40話 「バーカ! バーカ! せーんせいに言ったろぉー! お前のかーちゃんでーべーそー!」
視点が変わります。
「提案……?」
みんな戸惑ってるけどまぁいいや。巴、そんな宴会芸スベった人を見るような目で見ないで。悲しくなるから。
「俺達は、この戦いで勝つだろう。例え、100人が束になってかかって来たとしても負けない」
巴は過去にある組織を一人で潰している。あの頃より成長したし、大丈夫だ。
トールフがバウバウと翻訳してくれる。
「しかし、次はどうなる? 俺達は常にこの村を助けられる訳じゃない。もちろん、トールフから頼まれれば協力する。だが俺達は冒険者だ。予定が常に空いている事はありえない」
4年後の今日の予定なんて知らない。この国に居るかすらも分からない。
「そして勝てるのか? 今回の奪い合いでは負けた。次はもっと戦力は減っている。もし協力を得られなかったら今度こそこの村は終わる!!」
言い切る。もしかしたら終わるかもね〜じゃなくて言い切る。
「おい、そんな事言って……!」
トールフが驚く。一言も言ってないからな。驚くだろう。
「お前も気づいてるだろ? もう無理だ」
「それは、そうだけどっ! 説得できるのか?」
「任せろ」
「バツ! ガバグース!」
すると、若い鼠の獣人が顔を真っ赤にしながら反論してきた。何言ってんのか分かんないけど、声の調子と表情から反論もしくは罵倒だと分かる。
それもそうか。負けるだの終わるだの言われたら誰だって腹立つだろう。
それに続いて老人達も何やら言い始める。みんな怒ってる。いい感じに頭に血が昇ってんなぁ。
おーこわ………………………………うるせぇなぁ。
「トールフ、なんて言ってるの?」
「罵り言葉だ。本当に強いのか、とか。フザケるなみたいな。聞かないほうがいいぜ……オレが説得する」
トールフがしゅんとしている。まぁ、自分が連れてきた助っ人をボロクソに言われたもんな。
「いいよ。大丈夫」
「そうか?」
まぁ、作戦通りとは言わないけどね。
「うえーんこわいよぉー。ともえー」
「おーよしよしよし。いーこいーこ」
よっしゃ頭ぽんぽんされた。よっしゃ。
「よぉし、じゃあみんなで俺に掛かってこいよ。俺に勝ったら何でもしてやる。
出てけってんなら出てくし、謝罪しろってんならスライディング土下座して足の裏舐めながら涙ながして許しを乞うてやる。
代わりに、俺が勝ったら俺の言うこと聞けよ」
ほら、早く翻訳するのだよトールフ。
「いいのか?」
「もっちろん。武器使ってもいいぜ」
「さっきの頭ぽんぽん必要でしたの?」
「必要っすよ…………………きっと」
必要だよ。超必要だぜ。
「とにかく! ルールは簡単。そうだな……砂時計とかある?……ありがとう。何分? 5分ね了解。
5分間、そっちは俺に攻撃しろ。5分以内に一発でも俺が貰ったら負け。無傷で全滅させたら俺の勝ち。シンプルでいいだろ?」
「……ァバレー? やるらしい。頼むが、みんなを傷つけないでくれ」
「うん」
怪我されても困るし。怪我はさせない。
風習とか聞くとさ、君たちかなりの脳筋だろ? すぐキレちゃうし。そして、結構律儀だ。
いいじゃん、脳筋らしく殴り合って友情深めようぜ。
獣人たちが一斉に俺へと襲い掛かってくる。全方位囲まれてる状態だけど、ヌルい。
サッとしゃがむと、何人かがフレンドリーファイア。
次はジャンプ。高く飛び上がり、少し離れた場所に着々する。
「バーカ! バーカ! せーんせいに言ったろぉー! お前のかーちゃんでーべーそー!」
ムカつくような表情と声音で言う。ニュアンスで馬鹿にしてるとわかったらしい。
ドドドドド……とこちらに走ってくる。
獣人すげぇ。老人が多いっていうのに、そこら辺の人間よりずっと速い。
そこから先は、煽りに煽る。ひらひら走り回って、あっかんべー。右に走って戻ってうさぎ跳び。
チラッと時計を見る。あと1分くらいか。
逃げるのを辞めて、振りかざしてきた棒を掴む。
「スジはいいけど、大味すぎる」
反応できない相手を棒ごとぶん投げる。3人の足を引っ掛けて、転ばす。振り向きざま踵を腹に。そこから、くるんと回りながら飛び上がって、足の甲を顎に。着地と同時にぶん回されたクワを頭を下げながら避けて、相手の服を掴んで空手の要領で投げる。
「これで全滅、と」
最後の砂が滑り落ちる。
「おい、怪我はさせてないだろうな⁉」
「大丈夫、無傷だよ」
獣人って丈夫なんだね。
ほら、呻きながらもみんな起き上がり始めた。
「俺が勝った訳だけど……まだやる?」
誰も声をあげなかった。
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「俺が勝った訳だけど……まだやる?」
奪い返しの為に、村の英雄トールフが連れてきた人間の一人がうっすらと笑う。
普通ならば可愛らしく見えるはずの笑顔も、空恐ろしい。転んだときにぶつけた頬がヒリヒリと痛い。
僕の名前はブッカ。鼠の獣人だ。
あのムキムキの男以外はか弱そうな女ばっかりで本当に役に立つのかと疑問に思った……バカにしていたんだと思う。冒険者でも、獣人ではない。人間だ。僕達より劣るだろうと。
この黒髪の人間も、女かと思ったら男でびっくりしたし、僕達が終わるなんて言うからむかついてしまった。こんなぽっと出の奴に何が分かるんだ。頭に血が昇って、思わず罵った。
そして、勝負に乗った。たとえ冒険者でも、十人以上の……しかも獣人には勝てないだろうと思った。僕みたいに鼠の獣人でも、その身体能力は普通の人間より高いのは誰でも知っている。
だから、この調子に乗っている人間一人くらいどうにかなると思っていた。
だけど、それは間違いだったんだ。あの人間は、獣人でも不可能な動きを見せた。誰より早く走っても、まだ余裕そうだった。
投げ飛ばされて正気に戻った。認めよう。この人間には敵わない。勝負に負けたのは僕達だ。
「うん、だからね。これが終わったら“奪い合い”も“奪い返し”もやめようっていうこと」
ミツル、と名乗ったその人間はそう言った。奪い合いは昔からある伝統だ。それをやめるなんて抵抗感がある。だけど、僕達は負けた。言うことを聞かなくてはならない。
「もう気づいてるでしょ。総人口30人にも満たないこの村は、もう奪い合いをする体力なんてない。伝統ってだけで続けてるだけだ」
それは分かっている。これが来るたびに怖かったでも、僕達はこれを続けていた。それを今更やめるのはもっと怖い。悪いことをしているような気がする。みんな、そうだろう。
老人たちも、殺気立ちながら話を聞いている。
場の空気は最悪だけど、ミツルはニコニコ笑っている……どういう神経してるんだろ。
「伝統をやめるのが怖い? そうだろう。その気持ちは分かる。誰だって初めては怖いよな」
共感するように頷きながら語る。
「俺も昔はそうだった。古い伝統に惑わされて生きてきた。伝統が悪いとは言わない。歴史を語り受け継ぐものだ……しかし、時は移り変わる───」
数分後……。
最初は胡散臭く思って話を聞いていたけど、聞いてるうちにすごい納得できた! なんだか、自分にもできるような気がしてくる。他のみんなの目もキラキラしている。
「確かに、俺は言うことを聞かせる権利を持っている。この村も、約束を反故せずに守ってくれると信じている。だけど、俺は納得できる形にしてから約束したいと思った。納得してくれるだろうか」
ミツルの言葉が、トールフの翻訳によって伝えられる。
すごい! この人は僕たちの村のためにここまで考えてくれたのか。なんていい人なんだ!
「「「ズルーサ! ズルーサ! ズルーサ!!!」」」
この人についていこう。そう決心した。
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俺は驚いている。この村の人たちの純朴さに。
この村は“奪い合い”をやめたほうがいい。そう思っていたのは事実だ。依頼を完璧にこなすには、そこまでやっておくべきだ。
しかし、それは難しいだろう。例えば、毎日タバコを吸っている人にいきなり『タバコはやめるんだ!』と言うのはどうだろうか。
その人が禁煙したいならともかく、大抵は『お前に言われる筋合いはねぇ!』と思うだろう。例え、タバコが健康に悪いと言われても『だめだ!』と言われたら意固地になってしまう人もいる。禁止されればされるだけやりたくなる人もいるだろう。
どうすれば円満にタバコをやめさせられるのか? 理解させて、納得させて、その気になってもらえばいい。要するに自分からやめるように促せばいいんだ。
ところで、カリスマ塾講師などの話を聞いたことがあるだろうか。俺は一度、友人に誘われて、有名塾講師の話を聞きに行った事がある。その時は『うま○棒もらえるから行くか』みたいなノリだった。特に期待もしていなかった。塾に行ったことも無かったしな。
で、それが結構面白かったのだ。
生徒たちをその気にさせる話し方を心得ているとでも言うのだろうか。巴も割と興味深そうにしてたし。
結局その塾に行くことは無かったけど、俺は話術に興味を持った。生徒をやる気にさせる話術、使えるんじゃないか、と。
死渉家の交渉担当の、化粧の濃いオバサ……ゲフンゲフン、叔母の“口番長”に交渉術を習ったときはそこまで興味なかったけどそれから密かにその塾講師的な話術を勉強していた。共感をよぶ、具体例を提示する、表情の作り方とか基礎的な事だけだけどさ。
何が言いたいのかというと、今回それを披露してみたのだ。
プロみたいに上手く行くとは思っていなかった。話し合いのスパイスになればいいかなぁぐらいだった。
最悪、勝負で勝利したことを使えばいい…………納得されなくても、タバコをやめさせたいなら片端からタバコを物理的に消せばいい。
だけど、恐怖や権力などで抑えつけても何にもならない。寧ろ、人々は自分たちに押し付ける悪人を倒せと立ち上がる。恐怖政治がうまく行った試しはない。できれば、友好的に納得してもらうしかない。
しかし、彼らは俺の演説で超納得してくれた。
だが、考えてみるとそれもそうだったのかもしれない。
アホといいたい訳ではないが、彼らはなかり単純だ。俺を追いかける時も愚直に走ってきた。
トールフを見れば分かるが、嘘をつくような器用さも無く素直で裏表のない性格。
獣人全部に言えるのかは知らないけど、彼らに限ってはかなり“いい人たち”だ。
理由はなんとなく分かる。この閉じられた田舎、助け合わなければ生きていけないだろう。
そんな場所で自ら騙しにいったり、悪事をはたらいたならば、村八分は必須だ。余程のことがない限り、悪意を持つ必要がないような、そんな環境だったのだろう。外界からも遠く、他者から害された経験も少ない。畑の様子を見ると、痩せている様子もないし獣人である彼らはウサギ程度簡単に狩れるだろう。食物も十分だ。
つまり、純粋培養で育った人々なのだ。悪意というものを気にする経験がない。
そこで、俺が『その気になるように、やる気になるように』と悪意はないけど他意を込めて話した。そりゃあもうコロっと納得するだろう。シンク並みにチョロい。
「ありがとう。納得してくれてありがとう。さぁ、これからについて話そうか」
人々の心がこっちに向いた。信頼の目、期待の視線。嗚呼、懐かしい…………やりやすくなったな。




