4話 「次、失敗した場所がお前の墓場だ」
「こちらが、冒険者ギルドです」
ミッシェルさんに案内された冒険者ギルドは、木造建築の大きな建物だった。
ほー、ここが噂の。
「あ、運がいいですね。どうやら今、新人ギルドメンバーの募集をしているようです」
ミッシェルさんが看板を見ながら言った。
「常に募集してるんじゃないんですか?」
「月に一回、10日ほどの募集期間以外はしていないですね。
常にしていると、対応が面倒なようです」
「へー」
それもそうか。大変だよな。
「早くいこう」
巴が冒険者ギルドの扉を開ける。巴もワクワクしているようだ。
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「冒険者登録をしたいんですけど」
受付のお姉さんにそう言うと、向こう側を示された。
「あちらにお並びください」
見ると、沢山の若者がキラキラとした顔で並んでいる。
なんだか、小学校の入学式みたいだな。期待と不安と喜びに溢れた顔だ。
「じゃ、いってきます」
「いってきます」
ミッシェルさんに挨拶して、俺達もその列にまじった。
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冒険者になるには、試験に合格しなければならない。
まず、称号と魔力量を見られて、戦闘能力を見られる。それに合格したら、晴れてF級冒険者だ。魔力と称号はついでなので余程の運動オンチじゃない限り、大体合格するようだ。
冒険者にはランクがあるらしく、一番下がF級で、E、D、C、B、Aと上がっていく。A級すら超えたと判断された一部の人間だけ、S級とやらになれるらしい。でもそれは、本当に一部の例外的ランクらしいから、A級が一番上と考えていいだろう。
俺と巴は魔力量と称号がアレだから、戦闘能力で勝負だ。
「おい、どうだった」
「いやー、魔力量が多いですねだって!」
冒険者候補と思われる少年たちが、嬉しそうに話している。女の子もいるけれど、男の割合の方が高いな。
魔力量と称号を見られた後、今は休憩時間だ。
俺達は、魔力量で『普通……………ですね』と言われ、称号で変な顔された。
「戦闘能力って確か、ギルドメンバーの人と模擬戦して認められたらいいんだよな?」
勝てなくても、見込みがあると思われればいいらしい。というか、殆ど勝てないらしい。本当に基礎的な運動能力だけ見たいようだ。
「そうらしいね。負ける気しないけど」
巴がいつも通り、強気な発言をする。
でもそれは、驕りでも何でもない。大人が赤子に負けないのと同じだ。
なんせ巴は、5歳で武術の師匠を降した天才である。異世界でも、それは変わらないだろう。
「では、ルールを説明する。武器は何でもあり、冒険者に『降参』か『合格』を言わせればいい」
ギルドマスターと名乗る、岩みたいなおじ様がそう言った。
単純明快でいいな。
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「では、始めっ!」
順番が来るまで、他の人たちの試験を眺めることにした。
実践を測る場所は他にもあるようで、巴はそっちに行くことになってしまった。故に暇である。
確かにそうだよね。一人でこの人数見たら疲れるもんね。
あー、暇だ。新人だからみんな弱い。でも、何人か才能のある人がいた。
「始めっ!」
ようやく俺の番になった。
俺は素手で、相手の前に立つ。構えは特に取らずに自然体だ。
相手は剣士の男だ。魔法系のものはこれまで使っていない。
俺は素手だが、俺は素手でも戦える。
さて、どうしようか。今回は武器はいらない。
「ハアッ!」
男が迫る。剣は中断の構えだ。
やって来た剣を最小限の動きで避け、足を引っ掛ける。
この男は、剣筋はいいのだが動きが単純で、次の行動が読めてしまう。だから足を引っ掛ける事ができた。
男がよろめくが、すんでのところで持ち直し、振り向こうとする。そのスキは見逃さない。
男の剣をはたき落とす。そして、剣を落とされて行動を一瞬失った男を空手の要領で投げた。ついでに、反撃ができないよう、首を手で覆う。
「こ、降参だ……」
やったぜ! すると、周りがざわついた。
「確かあの人は……」
「C級冒険者のはずだぞ」
「それを、新人が!」
「何者だ?」
「あの体術はなんだ!」
空手だよ。
C級冒険者って、強いのか? Fから始まってE、D、C、B、A……真ん中くらいか。
新人が倒したら、確かに凄いかもしれない。
だけど、地球ではもっと凶悪な武器を持ったもっと強い人たちを、ちぎっては投げしなくちゃいけなかったからなぁ……。
その時……
「ギャー!」
男の断末魔が、向こうから聞こえてきた。確か巴の会場だったな。
「どうしたんだ?」
「あんな小さい女の子が!」
「目は死んでいるのに!」
「何をしたか見えなかったぞ!」
なんだ、巴か。巴はスピード命みたいな戦い方するからな。巴の本当の強さはそれだけじゃないし、筋力とかも桁違いなんだけどね。すっごい速い。
「では、本日の合格者達だ」
ギルマスさんが他の冒険者の前で俺達を紹介した。
俺と巴を合わせて11人だ。
おざなりな拍手と共に、冒険者ギルドのカードが贈られる。
保険証みたいな大きさで、名前とランクが書いてある素材不明の板だ。
しかし、沢山の情報が込められていてギルド専門の機械みたいな魔法道具で、不正はできないようになっている。
ランクが上がれば派手になるようだ。
失くしたら再発行に金貨一枚。だったら、失くしたくないものだ。
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「お二人なら、必ず合格すると思っていました!」
ミッシェルさんに全力で褒められながら、俺達は宿をとった。『ジミーの宿屋』という宿屋だ。
ボネゼ王国から追い出させたときに貰ったのは二人合わせて金貨5枚、大体五万円だ。
「ミッシェルさんの部屋はどうします?」
「大丈夫ですよ」
経費で出るんだろうな。
「2人部屋を一つ貸してください」
女将さんにそう言うと、変な目で見られた。
「あ、俺達従兄妹なんで。お気遣いなく」
たまに、依頼とかでホテル取るとき、二人一部屋でいいって言うとこんな目で見られる。
きょうだい同然に育ったから、お互い遠慮は無いし、いつでも作戦が立てられるから便利なんだけどな。18歳だからな……それだけでは許されないものもある。
「そうですか……銀貨5枚です」
「はい」
やっと休めるぜ。
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「もう寝るか」
ご飯も貰い、やる事の無くなった俺達は寝ることになった。
蛇は向こうで与ってもらっている。明日焼いて食べよう。
部屋は、シングルよりも少しだけ大きいベッドが1つあるだけだった。巴は小さいし寝る分には問題ない。
「これ読んでから」
普段本を読まない巴が読んでるのは、初級魔法読本だ。コップ一杯の水程度は出せるようになりたいらしい。こいつは才能に奢らない努力家だしな。すぐできるようになる。
「どんな感じ?」
俺も気になるな。陰陽術で飲み水を出すことは難しいし、覚えておいて損は無いだろう。明日覚えようか。
「んー、この魔力って感覚が捉えられたらできる。詠唱はいらない」
「そうなの?」
城で魔法を教えてくれたおっさんは詠唱してたぞ。
「うん、詠唱は補助具だと思う。魔法を出しやすくするための」
「へー。素早く出せないと使えないよな」
手を前に出してむにゃむにゃやってる間に死んでしまう。
「うん。だから…………んー、満って陰陽術出すときどんな感じ?」
巴が質問してきた。魔法と陰陽術の差を考えているのだろう。
俺はこれに関しては抽象的な事しか言えないけどな。
「信じる心が大事。ビリーヴ!」
「なるほど……あ、できた」
巴の手の上には、水の塊があった。
「おめでとう」
安定の巴さんやで。さすが、天才系努力家だ。
「満がヒントをくれたからだよ」
「どういたしまして」
「ねぇ」
「ん?」
巴が俺を見つめる。あぁ、そういうことか。
「大丈夫、何があっても俺らは二人でいれば怖くない。完璧だ」
いきなり、こんな所に召喚されて大まかな目標はたてたけど、俺達はあまりに無知で……でも、俺の隣には巴がいて、巴の隣には俺がいる。
だったら、心配いらない。
「うん。よかった」
巴の温もりを感じながら床に就く。大丈夫だ、二人でなら大丈夫だ。
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次の日の朝、俺達はさっそくギルドに向かった。蛇を担いで。
俺達の見張り(ブラフ)のミッシェルさんは、後ろから付いてきている。俺達の警戒を解こうとしているのか矢鱈と話しかけてくるが、俺達は絶対に心を開かない。
「この素材、買ってくれませんか? 肉は一部だけ残して」
「え? ええ、はい。わかりました。しょ、少々お待ちください」
お姉さんを、おどろかせてしまった。
「金貨100枚です。お確かめください」
おお、けっこう良い値段になったな。財布が一気に潤う。
向こうの世界から持ってきていたリュックサックに入れておく。蛇の肉も忘れずに、だ。
「おいおい。ガキどもが出しゃばってんじゃねーよ」
すると、声が聞こえた。荒々しい男の声だ。
「はあ」
なんと、本当に新人冒険者は絡まれるのか。
よくラノベであるやつだ……! うおう、すげぇ。
あの、ガラの悪い冒険者に絡まれてテンプレだなって思うところまでがもはやテンプレとなりつつある感じすらするあの新人冒険者絡まれだ。
相手の冒険者も汚らしいおっさんで、いかにもそれっぽい。
「たまたまブラックスネイク倒しただけでデカい顔しやがって!」
あ、よく見たら、昨日俺が試験で倒した男だった。
「あのっ、ギルド内での争いは……」
「うっせえな! クソアマは黙ってろ!!」
受付のお姉さんが勇気を振り絞るけど、効果はなかった。
お姉さんは奥に下がってしまった。
周りがざわめき始めた。遠巻きに俺がどう動くか見ている。
冒険者にとってこんな喧嘩は日常茶飯時なのかもしれないな。誰も止めない。
「喧嘩だ喧嘩だ!」
「やっちまえ!」
だけど、無責任な野次と、どちらが勝つかという賭けのチップだけは元気に飛ぶ。
「はあ。デカい顔なんて、してませんけど」
どちらかって言うと、この人の方がデカい顔している。普通に顔も大きい。巴の顔が二つくらい入っちゃうんじゃなーい?
もしかしたら、試験で倒した事を根に持たれたかもしれない。たまに居るんだよね、そういう人。
自分の力不足のくせにこっちのせいにしてくるつまんない人間。俺が不正でもしてたならともかく、正々堂々の勝負だった。つまり、俺に悪いところはない。
「ああん、口がなってねえな! 先輩が来たら頭を下げて挨拶だろうが!」
男が俺の頭を掴んで下げさせようとするけど、そんなんでよろめくほどヤワな鍛え方してない。だから下げてやんない。
「クッソ、生意気なぁっ!」
「……………チッ」
あー、どうしよっかな。巴がそろそろキレそうだ。舌打ちしてるよ。
一番最初は巴よりも、俺がやった方がいいだろう。ある意味、自分が招いた事だしな。
「あの、止めてもらえません?」
「は? まさか逆らうつもりかっ⁉」
地団駄を踏み、喚き立てるおっさん。
「そのまさかだよ、おっさん」
俺は男の手首を掴んで、くるりと捻り上げた。
「なっ……ぐああっ!」
そのまま捻り落とし、床に押さえつけて、動けないようにする。
今の体勢はこの男が無理に逃れようとすれば、男の腕は折れてしまう。そういう体勢だ。ビキビキと嫌な音が伝わる。
「これ以上、巫山戯た事言ったら折りますよぉ」
こういうのは、一回上下関係を叩き込んでおいたほうがいい。負けたのに負けたことを理解していないから、もう一度理解させるのだ。
「ひいっ! やめてくれ!」
そして、追い打ちをかけるが如く男の顔の真横に、トランプが突き刺さった。
床に、さっくりと、なんの抵抗もなく。
「ふぃっ!」
男が泡を吹く。
「次なんかしたら目を潰す」
そう、トランプである。大抵の日本人が触れたことがあるであろう、あのトランプだ。因みに百均で買った。
そして、その国民的おもちゃは巴の武器の一つである。
そんな、アニメみたいなロマン武器使うやつが居るのかと思うけど、実際隣でバンバン投げられていたらトランプの実用性を認めるしかない。
本人曰く、量があって持ち運びがしやすいらしい。
巴はこのトランプで人の腕くらいだったらあくびしながらでも切断できる。さすが巴だ。
だから“奇術師”なんて言われるんだよ。
「脅しじゃないから」
更に、巴がトランプを投げる。あ、ハートのAだ。
トランプが男の頬をかすり、頬の皮が一枚剥がれた。巴のコントロール力が生み出した結果だ。
巴がもう一枚トランプを構える。
男の顔色がリトマス紙みたいに真っ青に変わった。
「……………わかった! わかったから! もうお前たちにちょっかいは出さねえ! だから許してくれ!」
「わかりました」
相手が完全に折れたことを察知して、俺は大人しく手を離した。あんまりやり過ぎると過剰防衛になるかもしれない。
「次、失敗した場所がお前の墓場だ」
それにしても巴さんや、なんでそんな悪役みたいになってるの?
「そこまでだ! 一体どうした?」
すると、岩みたいなおじ様が現れた。ギルドマスターだ。
「お前たちは確か………昨日の試験の合格者だな」
ギルマスさんが険しい顔で言った。
うおう、覚えられてたぜ! 目ぇつけられたか⁉
「はい。そうですが」
「うちの者から話しを聞いたのだが、どうやらコイツから君たちに絡んだようだね」
ギルドマスターの隣には、受付のお姉さんがいた。どうやら、呼んできたようだ。
「はい」
「ふむ、そうか……話を聞こう」
ギルマスさんのお顔が険しい……もしかして、やりすぎた?
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「うむ、あの男は前から新人潰しが酷くてな………正直、やってくれてよかった」
ギルドマスター室に連れて行かれ、事情を話すと、そんな事を言われてアッサリ許された。
というか、冒険者というものは基本的に行動が自己責任で、こういう場合も殺したり、必要以上に痛めつけたりしなければ問題ないし、ギルドも関与しないという。
今回の被害は、先に手をだしたほうが頬の皮をぺろんちょしただけだし。それ以上はやってない。結果だけ見たら、穏便に済んだほうだ。結果だけ見たらね。きっと、あの冒険者の心は穏やかじゃない。
ただ、今回は俺達に突っかかった冒険者が新人潰しの常習犯だったので、ギルマスさんが出たようだ。
「それ以外にも色々小さな問題を起こしてて……才能があるから、試験の手伝いを見事こなしたら不問にするつもりだったんだけどなぁ」
除名しなくてはならないかもしれない、ギルマスさんが残念そうに言う。お顔が険しかったのも、それが原因だったようだ。
「はぁ。そうですか」
ギルマスさんは可哀想だけど、それしか言えないな。
「何はともあれ、大事にならなくて良かった。
それにしても、どこで鍛えたんだ? お前たち。
昨日、そこの……トモエ・シワタリの戦いを見させてもらったが、新人冒険者だとは思えない動きだった。
何処で学んだ?」
「実家が少々…………」
「武術をやってて………」
俺達は異世界から召喚された人間で、前の世界では主に戦闘関係の護衛などを行う特殊な一族の出身でしたので、実は戦いに関してはプロです、なんて言える訳ない。
「ふうむ……そうか、訳ありなのか………」
言葉を誤魔化したら、勝手になんか納得してくれた。やったね! この冒険者という職業は、試験に合格さえしたらどんな身分でもなることができるので、訳アリの人も多いようだ。
「どういう出身かは知らないけれど、兎に角、大型ルーキーとして期待しているよ」
そして、退出の許可が出た。
これは後で知ることになるんだけど、俺達はこの一件でかなり目立ってしまったらしい。
“誅殺ブラザーズ”という、ダッサいあだ名を貰うことになった。
俺達はブラザーズじゃない、カズンズだ。




