39話 「クラリーヌ、ほんやくコン……翻訳してくれる錬金術みたいなのないの?」
「もうすぐ獣王国に着く」
「そっかあ」
山地が多い! カポカポと進む馬も、無数の上り坂下り坂で疲れ始めている。しかし、休む場所がない。
「国境近くの辺境ってのが救いだな」
「あぁ、ここから奥はもっと山が多い。涼しいんだが移動はな……」
「山の圧迫感がすごい」
「だな」
関東平野真っ只中の埼玉で過ごした俺達は、近くに山があるという経験が少ない。富士山が見えるんだから、どれだけ山がないか(秩父には勿論ある)わかるだろう。
この世界は山が多い。エンドレス長野だ。
「わたくしも、お山に登るのは初めてですわ」
「ヨルタルも山はあると思うけど」
「はしたないので」
「あー、クラリーも大変だったね」
「自分の故郷も山地だったから、なんだかホッとするっす」
「ビーダンファス族は山の方にあったんだ」
「そっすね。こんな感じの場所っす」
「へー」
緑と茶色しかない光景が、だんだんと開けてきた。
そして、木製の小屋がポツポツと並ぶ小さな村が見えた。微かに煙突から煙が上がってること以外、人がいるという証拠が見当たらない。
「あれがお前の村か?」
「そうだ……すぅっ」
トールフが息を吸う。
「ウォーーーーン!!」
狼の咆哮。獣の嘶き。トールフの獣としての面が出た。
「うおお」
すごい迫力だ。空気がビリビリする。馬も怯えている。棹立ちになりそうな馬を抑える。
「ほぉ」
馬も人も、多かれ少なかれ怯えているのに巴だけが泰然としている。さすともだ。そこにシビれる憧れるぅ!
『ひいいいぃ……』
あ、シンクがヤバい。マーレイがどっしりしているのが救いだ。
「どうどう……」
「ケーン、ケーン」
返ってきたのは、トールフの嘶きより迫力が劣る狐の鳴き声。
「ミーユ……」
どうやら、知り合いなようだ。
トールフが馬から降りる。
「許可が出た。入っていいぞ」
「さっきのが合図っすか?」
「そうだ。今は“奪い返し”も近いからな。こうしないと襲われる」
「こわっ」
馬を引いて村に入る。
「お邪魔しまーす」
「ガバランド、デーダーギルーストールフ!」
すると、うさぎ耳の獣人が家の一つから出てきた。獣人語だろうか何を言っているのかわからない。
「ジジ、ラグ! バマンルミーユ? チャ、グレー」
「なんて言ってんのかな……?」
「『トールフじゃねえか! 久しぶり!』『お前も久しぶり!』みたいなのじゃん?」
「友好的ですし、そうだと思いますわ」
「ダベールナガザバヌキセル? バブール? トールフ」
うさ耳さんが俺達を指差した。特に、シンクに不信感を持っているようだ。確かに、ぶっちぎりで怪しい。
「バマ、バマ。ガナーブリニン。メーグゲビルス、グダブ」
何を言っているのか分からない。
「『誰だそいつら、怪しいな!』『落ち着けよ、味方だ』みたいなの?」
「そうかなー?」
「獣人語は濁音が多くて難しいっす」
「『獣が唸るような』と評されるだけはありますわね」
「へー、そうなんだ」
確かに、そう言われればそうだ。
『ひょおおおおお……』
「シンクは大丈夫なの?」
さっきから、俺の服の裾を掴んで離さないシンクを巴が心配する。
「うん。フリーズしてるだけ。大丈夫か?」
『殺気怖いぃぃぃぃ』
「大丈夫だから落ち着け。誰も害を加えたりしないから」
「ダ、ジー…………カァ」
「ブハブズ」
どうやら、話し合いは終わったようだ。うさ耳さんがこっちを向く。
でも、トールフの翻訳なしにこの村を生きれるだろうか。
「おまえたち、仲間、みとめる。くる。いいね」
すごいカタコトだけど、あちらが喋れるようだ。やったね。
「ありがとう、ございます?」
「失礼します」
「お邪魔するっす」
《しつれいします》
「お邪魔しますわ」
一応、頭を下げながらうさ耳さんに続く。
「あいつはラグ。次期村長だ……この村の若い衆はある程度は人間語を話せる。老人は無理だけどな」
「へー。すごいな」
「トールフさんは流暢に話しますわね」
「オレも、最初はあんなもんだったさ。慣れだぜ、やっぱ」
「それは思うっす。自分も、いろんな人と話すようになってから上手くなったっす」
「お前は最初から上手かったと思うけどな」
「そうっすかね?」
「あぁ」
ラグさん家に通される小さな家の中には、大きなお腹を抱えたうさ耳の女の人がいた。
「ガナカマナ」
「ドゥードゥー?」
「ガガ、トールフ。ダバナザガ、バラル」
ラグさんが説明する。
「仲間認められたひとたち。いらっしゃいませ。座って。なにもないけど」
勧められるまま、用意された硬い座布団に座る。
「お茶、いりますか?」
「お構い無く……大丈夫です」
まさか、妊婦さんにお茶くみをしてもらう訳にはいかない。座っててくれ。
「ダベガバブ」
トールフが翻訳してくれる。
「この私、よういしよう」
ラグさんが立ち上がった。器の中に、お茶っ葉みたいなものを入れる。
「説明する。彼らは、奪い返しのために集められた、仲間。ワームより強い」
「ワーム」
「心づよい」
「それほどでも……あ、自己紹介しますか?」
「たのむ」
「ミツル・シワタリといいます。このパーティ……集団のリーダーです。よろしくお願いします」
「ダバ、メーン」
「メーン?」
「グオ……」
トールフが何やら捕捉すると、2人が驚いたような顔になった。
「トモエ・シワタリ。よろしくお願いします」
「アキルクっす。ヒーラーっすよろしくお願いするっす」
「クラリーヌと申しますわ。錬金術師ですの。よろしくお願いいたしますわ」
《シンクです》
「文字は読めねぇよ」
「そうか……シンクです。集団の仲間ではありませんが、訳あって加わりました。顔を隠しているのは、彼女の故郷の掟です」
「シンク。サナガガガダバハマヘブ。ヤー、ハワナルグ」
「ブバル」
「ミツル、トモエ、ジバー。トモエ、ダゴジバー。アキルクダガサカナザニガ。クラリーヌ、バーザーザー」
「グガ」
「クラリーヌ、ほんやくコン……翻訳してくれる錬金術みたいなのないの?」
喋る→トールフが捕捉→理解みたいな方法だと、全く進まない。トールフの負担もあるしな。
青いタヌキ猫の道具がほしい。
「ありませんわね」
「そっかー」
じゃあ、今はこのペースで進めていくしかないか。
俺達も獣人語を覚えればいいんだろうけど、それも難しい。トールフ通訳に頼るしかないだろう。巴なら頑張ればいけるか?
「やだよ」
「そっか」
いや、でも巴が増えたところでトールフ通訳が巴トールフ通訳になるだけだからな。
「村に、おまえ、晒し出す」
「えっ」
晒されるの? やだー。走って逃げよう。
「紹介したいだけだ……ラグ、晒し出すハマガ紹介。ラー?」
「すまない。まちがい」
「いいよ」
なんだ、ミスか。なら仕方ない。
ラグの家を出る。
「ワォーーーーン!!!」
外に出て、村の中心に立つとトールフがまた遠吠えをした。
「どういう合図なの?」
「集まれ」
「便利だな」
「鳴き声を持つ獣人の特権だぜ」
あー、そっか。兎とかは難しいか。
しばらくすると、老人時どき若者といった割合で人が集まってきた。みんな獣人だ。
「ダバ、ダバ」
「ガネー! トールフ!」
「トールフ!」
「トールフ!」
「ダバスバイヤ」
そして、トールフに群がる。どうやらトールフは人気者なようだ。
「これからお前たちを紹介する」
「わかった」
トールフがいきを吸う。
「タバー、トールフ! トールフがバナジナゲサタマネニ! ナバナサヤマハ!」
体育祭の選手宣誓のように、大声を張り上げてトールフが叫ぶ。
「ジー! ジー! ジー! ガゥスヌッスガービージ!カタナハカマラキ!」
「「「「「ウォォォォォォ!!!」」」」」
それに感化されたように老人とは思えない大声が聞こえる。空気が震える。
「なんて紹介されてるの?」
「仲間、つれてすくいに来た。かならず勝利する。この村、私達のもの。いいね」
「なるほど」
こりゃあ、期待大だ。頑張らなくちゃな。そしてこの光景を見て、気づいた事がある。
少ない村人たち、沢山の老人、非力な若者。
「満」
「なに?」
「勝つだけじゃ、駄目だね」
「そうだな」
勝つだけでは、依頼達成とはいえない。
「どうしたんすか?」
「ちょっとな」
「でも、なんとかなるよ」
「そうか?」
「今までそうしてきたよ」
「だな」
巴もいるし、なんとかなるか。巴いるし、仲間も増えた。
「お前らを紹介するから、前に出てくれ」
「わかった」
熱い視線が体じゅうに突き刺さる。
「トールフ、翻訳してくれ」
「は?」
「提案があるっ!」
俺は声を張り上げた。
獣人語は全て適当です。あしからず。




