36話 「あ、でもよく考えたら巴が俺以外の足の間に入るわけないか」
カッポカッポと調子よく馬が進む。
乗馬服を着ているとはいえ、馬に乗ると身体が痛くなるし、体力も要る。数時間も乗っていると、身体を伸ばしたくなってきた。お昼を食べてからぶっ通しだった。
巴や、乗馬に慣れているクラリーヌ、体力のあるアキルクはまだ大丈夫そうだけどシンクはそろそろ限界だろう。マーレイは賢いから振り落とすような真似はしないが、いくら馬が良くても騎手が素人ならもうそろそろ辛い。
それに、馬の体力の問題もある。とても急がなきゃいけないという訳じゃないんだから、乗り潰すような真似をしてはいけない。
「そこの木の下で休憩を入れてもいいか?」
「そうだな。コイツも疲れてるぜ」
トールフが、自分の乗っている馬の首筋を軽く叩いた。
ちょうど近くにあった大きな木の下に馬を停める。
「ふぅぅ……」
馬から降りて、思わず伸びをする。身体固まったぁ。ギシギシと身体が鳴るような幻聴がする。
馬は木に繋いで自由に草を食ませる。お前らも疲れたよな。どこかくたびれた様子の馬たちとは違い、マーレイだけが威風堂々としている。白い毛を靡かせ、馬とは思えない気品だ。魔物だから馬じゃないけど。
「馬は繋いだか?」
「うん」
「うっす」
「今終わりましたわ」
《はい》
巴を引っ張って足の間に入れて……。よし、落ち着いた。
「よぅし、じゃあ休むぞ。30分くらいでいいか?」
「「「『さんせーい』」」」
「仲いいなお前ら」
何なの? そのたまに見せる協調性。すっごい揃うよね。
「パーティ仲がいいんだな」
「そうか? 生命を預け合うパーティだし、みんながいい奴らだからってのもあるけど、仲良くなるもんじゃないの?」
“漆黒の翼”の皆さんとか、すっごい仲良いよ。パーティってそういうもんじゃないの?
「いや、ここまで仲がいいのは珍しい。冒険者パーティってのは元々、利害の一致で繋がった集団だからな。あえて深い関係にしない奴らも多い。それならいいんだけどよぉ、ヒーラーとか前線で戦わない職業を馬鹿にしてパーティ内で明確な順位がついていたりする場合もあるぜ。そうなったら、仲良くしようもねぇな。
まぁ、お前んとこのヒーラーを馬鹿にするような奴はいないだろうけどよ」
トールフは俺たちより長く冒険者をしている。そういうのも見てきたのだろう。
「確かに、見た目はヒーラーじゃないよね」
「わたくしも最初、戦士の方だとばかり思っていましたわ」
自己回復力付き拳闘士みたいな。
アキルクをヒーラーと一発で分かる人は少ない。寧ろ、アキルクがリーダーだと勘違いする人も出るくらいだ。
そして、トールフが俺達をチラッと見る。
シンクは身バレを防ぐ為にアキルクと俺の間に挟まっていて、アキルクの隣にはクラリーヌが座っている。
普通の光景だ。どうした、そんなじっと見て
……まさか巴を足の間に入れたいとでも言うんじゃないだろうな。よろしい、ならば戦争だ。
「あ、でもよく考えたら巴が俺以外の足の間に入るわけないか」
「うん。満だけだね」
「ドヤッ」
この戦争は俺の勝ちだな! どーだ、羨ましいだろぉ!
「いや、べつに羨ましくないけどよ」
羨ましいくないんかーい。初対面で情熱的なプロポーズかましてきたくせに。
「あれは錯乱していただけなんだ!」
「えぇ〜」
はー、これだからトールフは……。
この喜びが分からんとは……まだまだじゃのぉ。
こんな美少女とお近づきになれるというのに。さてはお前、熟女好きだな?(激しい偏見)
「男女関係の諍いでダメになるパーティも多いって話だ。お前らのパーティからはそんな雰囲気はないから、大丈夫だろ」
「「「「『あぁ〜』」」」」
「仲いいな!」
なるほど。無いだろうけど、パーティリーダーとしてそういう事も気を配っといた方がいいのかもな。これからも仲良しパーティでいたいし、色々気をつけとこ。
「そろそろ進むか」
「わかった」
「それにしても、魔物出ないっすね」
「そうですわね」
「出ないなら出ないでいいじゃねぇか。ワームなんか出られた日にゃ、オレは大苦戦だよ」
馬に乗りながら雑談をする。
この世界では、門から一歩出たらそこは整備があまりされていない道だ。人が歩いたから道ができたみたいな。都市周辺はまだましだが、もうここらへんは地面がガタガタしている。
《ワーム?》
「でっかいイモムシみたいなやつだ。お前、見たことねぇのかよ」
《はい》
「ふぅん」
「ワームって食えるの?」
もしかしたら、美味しいかもしれない。
「食えないことはないけど、見た目がキツイぜ」
「ほー」
でっかいイモムシってさっき言ってたもんな。
「満って虫大丈夫なクチだっけ?」
「生きてくためには割り切れる」
「駄目じゃん」
できれば食いたくないな。
「はい出発」
「ここから暫くは山地が多いから気をつけろ」
「「「「『はーい』」」」
「……仲がいい」
このまま旅は順調に進むと思っていた。だけど、そんな事は無かった。
多分、誰も悪くない。悪いのは、さっきの会話をフラグとして立ててしまったフラグを司る神だろう。
おのれ邪神め。浄化してやろうか。
ゴゴゴゴゴ………と地面が揺れる。
「! なんだ⁉」
「魔物?」
地面の揺れは酷くなる。地震かとも思ったけど地下から感じるプレッシャーがそうではないと言う。
「全員逃げろぉぉぉぉ!!! 前へっ!」
馬を全力で走らせる。待ってましたとばかりに疾走する馬たち。元々臆病な性質の動物だから、逃げたくて仕方なかったのだろう。
そして、背後が爆発した。
「クソッ、ワームじゃねえか!!」
振り向くと、イモムシとミミズを足して2で割ったような生き物が地面を突き破って出てきた。
「巴! 行くぞ! 他の奴らは先に行ってろ馬を任せた!」
返事を聞く前に馬から飛び降りる。トールフが大苦戦と言っていたら、巴と二人でやった方が早いだろう。
『ミツルさんっ!』
シンクが悲鳴を上げる。
「大丈夫! すぐ戻るから……とにかく前向いて進め! マーレイにしがみつけよ!」
「それフラグ」
「へし折るから問題なし」
「フゥー、カッコイー」
「おいお前ら無茶だ!」
トールフがこちらに戻ろうとする。
「さっさと逃げて。弱いやつはいらない」
巴が死んだ目を鋭くさせてトールフを見る。見がすくみ、止まるトールフ。
「5分で戻るから」
そう言って巴はワームに向き直った。
「くっ、任せた!」
完璧な円の他のメンバーはもう前に行っている。ワームの力量より俺達が勝っていると信頼してくれたのだろう。
「5分ね、おっけ」
武器買いたしといてよかった。腰に下げていた剣を抜く。棍棒も書いたしたのだが、ブヨブヨして効果が薄そうだから剣の方がいいだろう。
「──火の札」
手に持っていた札が紅く燃える。
さて、ダンジョンバトルで活躍できなかった新・陰陽術のお披露目会だ。




