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35話  「これで村が救えるなら、素寒貧になることくらい安いもんさ」

 






「よぉ、トールフ」


「おう。軽く道のりの説明をするからギルドに入るぞ」


「わかった」


 朝、約束通りギルドの前に行く。そこにはもうトールフが待っていた。

 6()()でギルドの中に入る。


「そういえば、これは依頼になるんすかね? それとも個人的な手伝いっすか?」


「依頼にしないとお前らになんの利益も出ない。だから指名依頼にしといたぜ」


 なるへそ。指名依頼とは、その名の通り依頼を請ける冒険者まで指名できる制度である。


「ありがとう」


「いや、礼を言うのはこっちの方だぜ。お前らが話しを聞いてくれなかったら何も始まらなかった」


「そうか」


「で、故郷までの道筋だが、馬車を使って行く。本当は山を突っ切って行けば早いが、山越えの経験者でも危険な道のりを進むことになるから辞めておこう」


 地図を広げながら、トールフが説明する。ほうほう、ここをぐるーっといくのか。


「なるほどなるほど……みんな、わかったか?」


「馬車は、借りたんですの?」


「いや、馬に乗ってく……まさか、乗馬ができねぇとは言わねぇよな?」


「俺らは大丈夫だ」


「うん」


 乗馬は仕込まれている。


「わたくしも嗜んでましてよ」


 貴族はやっぱり乗馬もやるんだな。


「自分も乗れるっす」


 俺は、というか皆、知っている。アキルクがマーレイと乗馬を練習していた事を。


「よかったぜ。これでできないなんて言われた日にゃ……」


「そりゃよかったな。どれくらいであっちには着くんだ?」


「今から行ったら順調にいって明日の昼頃だな」


「ふーん。荷物は足りるか」


 2数日は野宿できるくらいの荷物は詰めてある。


「魔法の鞄か。羨ましいな」


「へへん。クラリーヌが作ったんだぜ」


 クラリーヌが居なかったら、まだこの鞄は持っていなかったかもな。

 クラリーヌさん優秀すぎだから。あの時クラリーヌをスカウトした俺ナイス。最高。


「錬金術師が冒険者になるなんて、聞いたこと無いな」


「そうですの? 確かに、どちらかというと戦闘要員ではなくて裏方メインですわね。戦闘の多い冒険者には少ないかもしれませんわ。こう考えると」


 クラリーヌは、戦闘もできるけどこの中では最弱だ。クラリーヌが怪我するのが怖くて前には出せない。

 適材適所だ。クラリーヌは戦えないけど、俺たちはクラリーヌみたいに錬金術をする事はできない。みんな違ってみんないい。


「そうなのか……それと、聞きたいんだけどよぅ、外に停まっているその馬とそいつは誰だ?」


 トールフが、お面をしてフードを被って姿が見えないようにしたシンクを指差した。


「ダンジョンマス……ぶっへぁ!」


 冗談なのに、巴に殴られた。実はあんまり痛くない。いや、笑ってんじゃねーよアキルク。










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
















 なんでシンクが変装してまでここにいるのか。それには、嵩山より高く、南緯47度9分西経126度43分の海底より深い事情がある。


 時は昨日に遡る。



「と、いうわけで20日ほど家をあける事になるんだけど──ってシンク⁉」


『な、泣いてなんかないもん〜』


 体育座りで顔を俯かせて……泣いてるよなお前⁉


「泣いてる……シンク?」


『泣いてないもんね〜……うぅっ』


 絶対泣いてる。20日ほど1人って悲しいよな。マーレイがいるって言ってもなんの慰めにもならない。


「泣かせたな」


「泣かせたっすね」


「泣かせましたわね」


 ええい、外野は黙れだまれ! てかお前らもなに呑気に見とるんじゃい!


『わかってるもん。依頼だからしかたないってわかってるもん……えええん』


 シンクが俺に抱き着いてくる。おぉ、よしよし。


『いい子で、まってるもん……だから、早く帰ってきてぇ』


 シンクを撫でながら考える。もう最悪、トールフには俺が虚空に向かって話す不審者って思われていいからシンクもつれてっていいんじゃないか? こんなに泣かれたら連れていくしかない。20日間ぼっちは悲しいもんな。

 何かあったら迷宮に転移できるし、他人に迷惑はかけないし。


「シンクつれてっていい?」


 正直、俺も心配だ。シンクが悪いやつに連れ去られたりしないかとか、チョロすぎてお菓子につられて悪いやつについていかないかとか、変なもの食べてお腹を壊さないかとか、夜に眠れなくって睡眠不足にならないかとか、他のダンジョンマスターにちょっかいかけられないかとか、ダンジョンバトルを挑まれないかとか、シンクに一目惚れした不審者にストーカーされないかとか色々心配だ。


『いいんですか?』


「ぶっちゃけ言うと思ってた」


「なんと」


「満は式神を孫みたいに甘やかすからね」


 それは俺がお爺ちゃんだと言いたいのか。俺がお爺ちゃんなら、同い年のお前はお婆ちゃんだぞ。


「なんだって。そいつぁ初耳だぜ、ばばあちゃん」


「式神な甘やかし方がもう、孫溺愛系じじいちゃんのそれ」


「ぬぁ、ぬぁんだってぇ!」


 名探偵トモーエ、流石の観察眼だ……!



「マーレイも連れてったほうがいいと思うっす」


「うふふ、良かったですわね?」


 《はい!》


「俺も心配だったからな。みんなで行くか……離れていても迷宮で何があったかは分かるんだろ?」


『はい。えへへ、よかったぁ。嬉しいなぁ』


「じゃあ、シンクとマーレイも一緒に行くことで決まり! ほら、涙拭けよ」


 ハンカチでシンクの顔をこする。


『な、泣いてなんてないんだからぁ。見ないでください』


「照れるなよ。やりにくいだろ」


『今ぜったい、変な顔だからやだぁ』


「初対面で華麗な土下座キメといて何を今更」


 泣いてても美少女は美少女だっての。巴といっしょ。シンクも美少女。


『わー、忘れてください!』


「ははは」




 そうして身につけたものは他の人にも見えるという特性から『お面とマントで誤魔化せるのではないか』という結論になり、今に至る。










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー










「実は、古い知り合いに急に頼まれてな。この子はとある部族の族長の娘で、どうしても帰らなきゃならないんだ。一族のために。その護衛を頼まれた。

 まだ全然余裕はあるし、足枷になるような事もないから同行を認めてくれないだろうか」


 できるだけ申し訳なさそうに言う。

 自分の村のためにここまで頑張れるトールフならば『一族のために』というセリフには弱いはずだ。


「ううむ、そうか」


「本当にすまないと思っている」


 《めいわくをかけます》


 シンクと一緒に頭を下げる。


「いいけどよ。そっちの事情もあるだろうし放っとけねぇよな。お前も大変だな」


 最後のセリフは、シンクへだ。


「ありがとうトールフ」


「ありがとう」


「ありがとうございますわ」


「ありがとうっす」


 《ありがとうございます》


「外にある馬はマーレイといって、この子の馬だ。力になれると思う。マーレイの食事も、当たり前だがこっちで持つ」


 ちなみに、マーレイの額の魔石は装飾品を巻いて誤魔化している。まさか、ここに魔物がいるとはだれも思わないだろう。


「別にいいさ。それにしても、なんで喋んないんだ? 姿も隠して。掟か?」


「あぁ、掟で、未婚の娘は異性に姿を見せたり声を聞かせたり、直接触れてはいけないんだ」


 シンクがコクコクと頷く。

 これは、シンクがある有名な漫画の、錬金術に失敗して身体全部持ってかれたけど鎧で誤魔化している兄弟の弟の方みたいになっている事の、事前に考えていた言い訳だ。


「厳しい部族だな」


「全くだ……さて、行くか。何か必要なものはあるだろうか」


「野宿のセットはあるんだろ?」


「もちろん」


 魔法のカバンにしっかりつめた。


「それで十分だ。行くぞ」










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー










 馬を買ってヨルタル王国を出る。トールフの故郷である獣王国は、南東の方にあるから、ヨルタル王国より若干暑いのだそう。

 しかし、良質な馬を買おうと思ったら結構払わなきゃいけないんだな。でも、ここで安い馬を買うとすぐに駄目になって買いなおさなきゃなんないから、少し高い馬を買うくらいのほうがいいらしい。

 俺達の馬代まで出したトールフの懐は大丈夫なのだろうか。


「これで村が救えるなら、素寒貧になることくらい安いもんさ」


「そっか」


 トールフにとって村は、本当に大切な場所なんだな。本当に大切なら、生命を掛けてでも守りたくなる気持ちはよく分かる。


「しかし、マーレイはいい馬だな」


 トールフが、シンクを乗せたマーレイを見る。


「そうだろう、そうだろう」


 俺も、式神を褒められて悪い気はしない。へへっ、そこらじゃ見られない名馬だぜ。


「ブルルッ」


 マーレイも『お前見る目あるな』と言うように嘶いた。


「よし、じゃあ俺についてこい」


 トールフに続いて馬を進める。



「これからケモミミ王国に行くけど、意気込みはありますか満さん」


 巴が馬を寄せてきた。


「スキあらばモフり……何言わせとんじゃい」


「私は女子という特権を活かして、ケモミミ美少女をモフる予定だけど」


「う、裏切り者ぉ……」


 いいもん、俺はトールフをモフるもん。誰も得しないけど。


「でも、よく考えたら私にそんなコミュ力は無かった」


「……残念だったな」


「だから、満が私の代わりに交渉してモフらせろ」


 真顔で何言ってんだとこの人。


「いや無理だろ」


「流石に冗談だけど、見た目が美少女だから男と認識されない事が多々ある満なら大丈夫だよ」


 誰が美少女やねん。立派な男だわ!


「俺に女装しろと」


「男物の服を着ているというのに、ナンパされまくった満なら今の服で大丈夫だよ。冗談だけど」


 ところどころディスってくるな。そんな所も好き。

 うーん、しかしあの耳と尻尾に興味があるのは事実なんだよなぁ。構造どうなってるんだろ、とか考えちゃう。

 触れられるならまぁ……。


「……って言うわけあるか!」


「よっ、ノリツッコミ!」


 これが……ノリツッコミ! ようやく習得したんだっ!


「テロリン、みつる は ノリツッコミ を しゅうとく した !」


 一昔前のゲーム風に解説された。


「右に曲がるぞ!」


「「おう」」


 何はともあれ旅は、始まったばかりだ。











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