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31話  「それとこれとは……別っ!!

クラリーヌメインです。


番外編です。満とアキルクが重装の迷宮行ってるとき(21話、22話)の、その頃は〜的な話です。

 







 人間とは集まれば何かと会話してしまう生き物だ。

 朝会のお喋りは厳禁だと知っていながらも、教師の目を盗んで級友と雑談し、そもそも壇上に上がる校長やら教頭やらが“喋る”という行為を楽しんでいるようにしか見えない。(でなければあそこまで延々と身の上話を語れるものか)

 社会人になっても、休み時間には学生の頃と変わらず誰かと喋っている人間が多いだろう。

 教材を持って友人と集えば、始めはどんなに集中していても、途中で必ず無駄話をする時間が入る。寧ろ、それが勉強会の醍醐味と言っていいだろう。

 つまり、ダンジョンバトルの作戦を話し合ったり罠を作ったりしていた巴、シンク、クラリーヌの3人も昼過ぎには、作業4会話6の割合へとなっていた。

 いや、彼女らは善戦したといっていい。何しろ昼まではマジメに作業をしていたのだから。







「で、ミツルさんとトモエさんはどういう関係なんですの?」


 クラリーヌが巴にずいと迫る。


「相棒」


 即答。有無を言わさない即答だ。


「知ってますわよ! そうじゃなくてっ」


「満と恋人とか無いわ」


 この手の質問を何百回とされた巴は焦るでもなく機械的に返す。

『で、死渉君は受けなの攻めなの。顔は受けだけど』ぐらいの質問をしてくれないと巴は驚かない。


「なんでですのっ! あれだけ仲がいいのに」


「それとこれとは……別っ!!」


 巴が謎のタメのあと謎のポーズを決める。


「納得できかねますわ」


「納得して」


 むぅ、と頬を膨らませて巴を見る。クラリーヌの真似をして頬を膨らませる巴の心は分からない。


 何故だ。クラリーヌには理解できなかった。満と巴の仲のよさはもう散々見せつけられている。

 気がついたら一緒にいるのだ。その姿は、お互いが隣にいないと死んでしまうのかと疑わしく思うほどだった。

 勿論そんな事は無いが、暇さえあれば一緒にいる。お互いに別のことをしていても『え、当然ですが何か?』というように一緒にいる。


 この一ヶ月ほどで巴とはかなり仲良くなった。

 しかし、それでも満には敵わない。

 巴が甘えるのも、気を完全に許すのも、満のみだ。見れば、誰にだって分かる。

 満といるときも巴の無表情は変わらないが、何か違う気がするのだ。そう、穏やかになる。


 真冬の湖のように冷ややかな印象の人形のような美貌と、その全ての事象に絶望したような、虚無としか言えない死んだ瞳は近寄りがたい。しかし、満が隣にいるだけでそれは柔らかく穏やかなものへ変わる。

 目が死んでいるのは相変わらずだが、それが和らぐのだ。つまり、普通の少女のような可愛らしさを身に纏う。クラリーヌが5度見する程には印象が変わっていた。


(トモエさんは双子なのかと思いましたわよ……)


 満も巴に対しては甘い。砂糖菓子に蜂蜜かけて煮詰めたより甘い。


 死渉 満は器用な人間だ。誰に対しても卒なく会話をこなし、的確に相槌を入れて笑顔を向ける事ができる。

 大の大人でも平気でおちょくるような行動で、勘違いする人も多いが、そのようなスキルが必須の貴族社会で長年生きてきたクラリーヌは肌でそれを感じ取ることができた。その気になれば、満は円滑で無難な人間関係を築く事ができる。

 いつもの悪ふざけだって、相手がどこから怒るかを的確に見極めて悪ふざけをしているとしか思えない。


 しかし、それは誰にも心を開かない上っ面の関係しか作れないということだ。

 誰も気を悪くしないというのはその人に合わせて意見を変えているだけ。誰にも嫌われないというのも、そうやって自分を偽っているだけだ。


 実際、満がどうでもいい人に向ける笑顔は愛想良くあるがそれだけで何もない。勘のいい人間にしか分からないが、適当に笑っとけ感が満載だ。

 式神のシンクやクラリーヌ、アキルクもそのような笑顔を向けられたことはない。彼は認めた人間には心を許す性質らしい。


 だからこそ分かる。満が巴に与えるもの全てが真実だ。

 ここまで甘くて優しい笑顔をすることができるのかと驚いたものだ。

 巴を見つめる瞳はどこまでも優しく愛情が込められている。

 巴を触る手つきは宝物を扱うかのように繊細だ。しかし、巴を褒めるときや抱きしめるときは、その愛情を態度で示すかのように全力だ。頬を引っ張るような事はするが、巴は全く痛がってない。

 そして、その言葉の一つ一つが巴の為だけに存在する。

 驚くべきはそれを全て無意識で行っている事だろう。意識せずして巴を甘やかしている。


 だったら、何故だ。何故なんだ。分からない。どうして付き合ってないんだ。そこらのカップルよりいちゃついているというのに。


「いやだってさ、お互いに恥ずかしいとこ散々見せて、目の前でオムツ変えあったような奴と付き合える? 私は無理」


「なるほど……では、ミツルさんが誰かと恋人になられてもよろしいと⁉」


 その言葉に、ガタンと机を揺らして動揺したのは巴ではないシンクだ。


「別によくない?」


 巴は通常通りのつれない反応だ。


 巴とクラリーヌには見えていないが、シンクはめちゃくちゃ焦っていた。

 満に恋人。想像した事は無いが、想像するとなんか嫌だ。胸が痛く呼吸が苦しくなる。

 何故だ。ハッ、これがもしかして……インフルエンザ⁉

 シンクは満の言葉を思い出す。『家に帰ったら手洗いうがいしとけよ〜。インフルエンザになったら嫌だろ?』と。

 インフルエンザとはイマイチ分からなかったが、満が注意するのだ。恐ろしい奴かもしれない。

 いや、待てよ? なる? インフルエンザになる……つまり、身体がインフルエンザとやらに変質してしまうのではないのだろうか。

『インフルエンザー! インフルエンザー!』

 とうめき声を上げながら迷宮を徘徊する自分を思わず思い浮かべる。


『嫌だよぉ……』


 涙目になるが、巴とクラリーヌは気づかない。見えないから。


「い、いいんですの?」



 あ、でも満なら治す方法を知っているのではないか? なんてったって満だから。

 シンクの満への信頼度は留まるところを知らない。


『よかったぁ』


 これでインフルエンザになっても安心だ。



「うん。()()()()で優先順位が変わるわけ無いし」



『はわっ、もしかして看病してもらえたりっ⁉』


 シンクを目視できるのは満だけだ。もしシンクが病気になったら、満が看病するしかない。



「恋人の優先順位ってとても高いと思いますわよ?」


「満の中で私の優先順位は最上だから。私の中でも満の優先順位は最高」



 きっと満なら看病するはずだ。性格上、式神を放ってはいられない。


『えへへへへへへ』


 そう考えるとなんだか楽しくなってきた。看病する=いつもより構ってもらえる。



「な、なるほど……」



『ふふふん』


 嬉しくなり、更に妄想を繰り広げる。







 そして、恥ずかしくなった。

 なんで自分はこんなに一生懸命妄想してるんだ? なんで満の事を考えるとこんなに時間が過ぎるのが速いんだ? ほら、巴とクラリーヌの話し合いが集結しようとしている。どれだけ長い間妄想していたんだ私は。満の事を考えると急に嬉しくなったり、逆に悲しくなったりするんだ?

 一緒にいるだけで楽しくて、安心できる。守ってくれると確信できる。気遣いが嬉しい。満の事をもっと知りたくなる。理解したくなる。なんだ、この感情は。知りたい……だけど、知りたくない。


『ううぅ……いたっ』


 悶えるあまり、机のヘリに足をぶつけてしまった。痛い。


「大丈夫?」


「大丈夫ですの?」


 それに気づいた巴とクラリーヌがシンクを見た。


『大丈夫ですぅ……あっ』


 《だいじょうぶです。すこし、ぶつけただけ》


『うぐぅ、もう考えるのやめ!』


 そして、シンクは思考を放棄した。




「てかさ、クラリーヌこの手の話題好きだね」


 巴が呆れたように言った。


「ふふ、ごめん遊ばせ。昔はおおっぴらにこんなお話できなかったから……つい」


「クラリー友達おおそうだけど」


 《いがいです》


 巴とシンクが同時に言った。


「貴族って友達を作りにくいんですの。常に家の格が背後に付き纏いますわ。“爵位か家の格がほぼ等しい家どうしでしか友達を作らない”という暗黙の了解もありましたわ。わたくしの家は子爵だから、対等に友達になれるのは格の低い伯爵家が上限ですわね。

 だから、友達というというよりは“一人にならない為の集団”のようなものでしたわね」


 流行りに乗り遅れないようにした結果、似たりよったりになる服や髪型、趣味、話題。

 女が男よりいい成績を取るとあまりいい顔をされず、賢すぎると生意気と言われ、男の言うことに取り敢えずでも頷くようなものが望まれた。

 そんな環境で錬金術が好きなどとはとても言えず、クラリーヌも趣味は刺繍と偽っていた。


「うわ、めんどくさ」


 巴が顔を顰める。


 《キゾク、こわいです》


 シンクのリボンが震えた。


「ええ、婚約者がいる殿方も多いから、誰それがかっこいいなどという噂をし過ぎると場合によっては大事になりますわね」


 貴族でもどこでも、人の粗を探し重箱の隅をつついて見つけたなんてこと無いソレを、鬼の首を取ったようにあげつらう者というのはいる。

 貴族令嬢はなまじ権力がある分、厄介だ。

 何気ない一言のせいで『人の男に色目を使うあばずれ』の烙印を押された令嬢を知っている。

 悪目立ちせず、そして派閥のトップには従順に。家の為に生きて、死ぬ。それがクラリーヌの人生だった。


「でも、今になって思いますの。もっと真剣に生きれば良かったと。

 わたくし、目に見えない習慣や常識に縛られすぎていたように思いますわ」


 好きな事をひた隠しにして、貴族の悪しき風習を嫌い心のどこかで嘲笑い……しかしそれに従い続けた。自分はそれに逆らえるほど強くないから、正しいって誰かが言ったから、怖いから、みんなそうしてるから。自分は違う、盲目的に貴族の習慣に依存しているこの人達とは違う。

 ………何が違うんだ。心では何を思っていても、行動しなければ軽蔑している人間と何も変わらない。


「でも、やっと……自分を開放する事ができましたわ」


 決して捨てたくないものを捨てろと言われた。クラリーヌにとって錬金術とは生きることそのものだ。


「貴族としては、決して褒められた行動ではありませんわ。でも、わたくしは自分を殺して家のためだけに生きることは正しいとはどうしても思えませんでしたの。

 死んだように生きるなら、どうにでもなれと婚約破棄をして、家を出ていって……あっさり柵を破る事ができて驚きましたわ。

 その時思いましたの。あぁ、わたくしは夜中に見える自分の影に怯える子供と同じだったのだと」


 《かげ?》


「えぇ、大きく見える。それだけで、自分がどうにかするなんて絶対無理と決めつけて、すごく強大なものなんだといつの間にか勘違いしていましたわ。

 でも、正体はただの影なんですの。それも、自分が作り出した影ですの」


「じゃあ、影には勝ったんだ」


「もう、ただの影にしか見えなくってよ! 黒くて大きくけど、実際は自分が大きくしているだけの薄っぺらいものでしてよ!」


 《すごいです》


 これから先、似たような事は多いだろう。貴族社会以外にも暗黙の了解や悪しき風習はある。しかし、クラリーヌはそれにもう惑わされない。


「わたくし、ここに来て良かったですわ」


 ゴブリンに誘拐されて、たまたま助けられて……凄い偶然だが、クラリーヌにはこれが運命のような気すらしていた。


「友達と仲間を一気に手に入れる事ができましたもの」


 巴とシンク。クラリーヌがそれまで関わった事のないようなタイプの二人だが、一緒にいて心地よかった。

 それは、昔のような偽りの関係ではなかったからだろう。クラリーヌが今、真剣に生きている証だ。


「んふふ、良かったね」


 巴が珍しく笑う。


 《トモダチ、です!》


 シンクは、姿こそ見えないもののせわしなく動くリボンが分かりやすい。


「あら、お喋りしすぎてしまいましたわね……」


 時計を見る。随分と話し込んでしまっていたようだ。


 《がんばらないと》


「ちょっと急ごっか」



 少女たちはまた、作業に没頭していった。















一言も話題に上がらなかったアキルクっ!

お前の活躍はもうちょい先だから待ってて!!!

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