30話 「昔々、ある所にそれは美しい娘がいました──」
ガチのヤンデレがちょっとだけ出てきます。
なんか区切りがいいので番外編的なのを書きたい。
夢を見ている。夢だと自覚できる夢、つまり明晰夢だ。
普段は全く夢を見ない死渉 巴は、極たまに見る夢をはっきりと覚えている。そして、その殆どが明晰夢だ。
現在彼女が見ている夢はその一つで、珍しいことに、何回か見る夢で────とんでもない悪夢だった。
気がつくと、床も壁も真っ黒な廊下で巴は食事を乗せるお盆を持って歩いていた。その上には、具が一つも入っていない茶透明のスープとそれを食べるためのスプーンがあった。既に冷めていて、お世辞にも美味しそうに感じない。
延々と同じ道を歩くと、やっと行き止まりにつく。そこには、真っ黒な扉がある。黒いということ以外は、何の変哲もない扉だ。
巴は、迷うことなくその扉を開ける。
すると、次は真っ白な部屋に入ることができる。
それまで黒い部屋にいたせいか、眩しく感じるほど白い部屋に、目を細めながら入る。
そこには、死渉 満がいる。
もっとも、いつものように優しい声で名前を呼びながら出迎えてはくれない。
彼は、白い部屋にある白いベットの上で静かに眠っていた。いや、昏睡というほうが正しいだろうか。
白い部屋、白いベットの上で白い布団の中、白い寝間着を身に纏う、血を全て抜かれたように白い肌の満は、死体のようだった。浅く上下する胸だけが彼の生きてる証だ。
巴は迷うことなく満の側に行く。相棒の顔を見て、安心感が胸に広がるのを感じた。
──これで何かあってもすぐに助けられる。
「満」
名前を呼ぶ。それは、巴が口にする名前で1番多いだろう。なぜなら、世界で1番好きな人物の名前だからだ。
それでも満は動かない。唯一黒い髪の毛が、場違いに見える。
この部屋にはベットの他に、病院のベットサイドモニターを思わせる機械と、学習机の下に入ってしまいそうな大きさの引き出しのある棚と椅子がベットの側にあった。どれもやはり白い。
巴は一息つくと、スープのあるお盆を棚の上に置き、迷うことなくベットサイドモニターを掴み床に力いっぱい叩きつけた。その顔には、憎しみと怯えがある。普段表情が表に現れない彼女としては珍しいほどあからさまである。
ガッシャーン、という部屋の静寂さを破る音が響き渡る。その程度では満は目覚めないことは経験により知っていた。
そして、このベットサイドモニターを放置すると、恐ろしい事になるということもまた、経験により知っている。
仇のように壊れたモニターを踏みつける。画面の部分が粉微塵になった事を確認すると、巴はようやく安心して椅子に座った。スープを手に取る。
そう、これは満の食事だ。
「満、口あけて」
返答はない。それは知っているが、構わず語りかける。
そして、その唇にそっと触れて満の口を開いてゆく。
優しく起き上がらせて、スプーンでその口に少しずつスープを運んでゆく。己の力で飲み下すことはできないので、ゆっくりと流し込むように飲ませてゆく。
スープを全て飲み終わらせると、満を寝かせ、巴は棚の引き出しを上から順に開けていった。
1番上から1番下の手前まではいつも何も入っていない。
しかし、1番下にはいつも絵本が入っている。
表紙は真っ白で、開くまで中がどんな物語かは分からない。
ひとまず、開いてみると『シンデレラ』だった。
『シンデレラ』の記憶を辿る。普段、本を読まない巴の本の記憶には、どんな些細なものでも満が関わっている。
シンデレラは確か……巴が珍しく風邪をひいて寝込んでいた時、隔離されていた筈の満が幾つかの絵本を抱えて巴の部屋にこっそりやってきたとき持っていたものの一つだ。満は『マスクしたから大丈夫だって』と言いながら、巴を甘やかした。
その時に読んでもらった本だ。
巴は満に本を読んでもらうのが好きだ。
低く落ち着いた声、たまに確かめるように巴を見る瞳はとても優しく、巴の身体の何処かに添えられた手は壊れ物を扱うかのように気遣いに溢れている。
満にとってそれは、当たり前の無意識の行為だ。だからこそ巴は、満の愛を感じることができる。
「昔々、ある所にそれは美しい娘がいました──」
今度は、巴の番だ。満にしてもらった事を一つ一つ思い出し、実行しながら丁寧に語る。
満に届くように、巴の愛情が伝わるように。
「──おしまい」
満からの反応はない。しかし、巴は語りかける。手を握り、頬を撫でながら、思い出話をする。
「ねぇ、満……なんで起きないの?」
これは夢だ。それは理解している。が、それが悲しくて仕方なかった。
もし、現実で最愛の相棒がこんなふうになってしまったら、自分はどうなってしまうのだろうかと、ふと考える。
きっと、死んだように生きることになるだろう。満が目覚めたときのことを考えて意地でも生きるが、感性は死ぬだろう。それは、満が目覚めるまで蘇ることはない。
「私が一人で寂しくならないようにしてくれるって言ったじゃん」
幼い頃の誓いは、いまだ破られていない。
「夢でも、寂しいよ……早く、目が覚めないかな」
満に会いたかった。抱きついて、くだらない事を話したかった。しかし、この夢に関しては終わるまで、途中で目覚めたことは一度もない。
「なんでこの夢見ちゃうんだろ」
そろそろ、あの悪夢がやってくる。巴を絶望に叩き落とす瞬間だ。
今も満が起きない夢という十分に嫌な夢だが、今は満が近くにいる。
「っ!」
夢なのに、激しい悪寒が巴を襲う。
「満」
満を抱えあげる。そして、実にシンプルに彼に対する思いを告げる。
「大好き。愛してる」
現実では、素直になれずにあまり言えないが、夢の中ならいくらでも言える事が有難かった。
「だから、夢でも諦めない」
白い部屋が、一瞬で黒くなる。そして、満を抱えた巴は扉に向かって全力で走り出した。
扉を突き破り、走る、奔る。
「わたしの」
来た──!
真っ白な手が伸びてくる。それを避けながら、なおも走る。
この白い手は、最初の夢では巴が最初に破壊したベットサイドモニターから伸びてきたのだ。
その時は迷わず手刀で切り捨てたが、手はベッドサイドモニターから無限に溢れ出てきた。
「かえしてわたしのいとしいひと」
白い手が闇から何本も伸びて、執拗に巴が抱えている満に迫る。
手を踏みつけ駆け抜ける。
ここがどこだか分からないが、走り続ける。闇の中、白い手の数は増え続ける。そこら中が真っ白な手で埋め尽くされる。
「わたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしの」
「うるさい! 満は誰のものでもない!!」
手の間をすり抜ける。
「みつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけたみつけた」
巴の足首を掴まれるが、速度で振りぬく。
「あいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてる」
「すきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき」
「みつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつる」
「とわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわにとわに」
「はなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさないはなさない」
「ほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしい」
同じ声が、同時に鳴り響く。頭がおかしくなりそうだ。
狂気が何本もの手になって迫ってくる。満を欲しがって伸びてくる。
一本の白い手が、他の手を掻いた。赤い血が溢れる。それが何度も繰り返される狂気の中、何も考えずにひた走る。
「いとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいとしいとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひといとしいひと」
「だまれ!」
満を更に強く抱える。満の体温だけが、巴を正気にさせる。
「やだ…………みつる……」
もはや、道など存在しない。四方八方、視界の全てを満を求めて空を掻く沢山の傷付いた白い手が被っていた。それを足場に奔る。巴でなければ、とっくの昔に捕まっていただろう。
ガンッと身体が重くなった。
「なんでっ」
徐々に身体は重くなる。足が遅くなる。思考は鈍る。
しかし、諦めたくない。全身を叱咤して走る。
そして、限界がきた。
押しつぶされるように全てが重い。執念で満を抱きしめるが、またたく間に白い手に奪われてしまった。白い手が協力して、巴から満を引き離す。
巴も、白い手に引っ張られ沈んでゆく。凍っているかのように冷たい手が巴を押さえつける。腕を強く握られた。痛い。骨が砕けるかのようだった。
「みつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつるみつる」
「あいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいしてあいして」
無機質な声が、懇願するように聞こえるのが不思議だ。
「満、みつるっ! お願い、やめて…………」
満だけを見つめ、必死で手を伸ばす。が、人形のように動かない満は、無数の白い手に包み込まれていった。
「おまえは、じゃま」
白い手が巴の首をひどく絞めた。機嫌の悪そうな低い女の声が聞こえる。そんな事は構わない。満の姿が完全に消えてしまった。
心が、深い絶望に支配される。
「みつる──────!!!」
視界が、暗転した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ………」
酷い寝汗をかいている。初めてこの夢を見たときのように悲鳴を上げなかったのは、傍らで満が眠っていたからだ。18年隣にあった満の香りに、少しだけ落ち着く。
初めて見たときは、絶叫し、満の部屋まで走り出して、何事か理解できない満を強く抱きしめて、泣きながら、うわ言のように『行かないで』と何度も呟いていた。
満は何も分かっていなかったけど、巴を優しく慰めるように撫でながら『行かないよ』と囁いてくれた。
「んん……」
満が身動ぎした。
「ともえ?」
殆ど寝ているのだろう、舌足らずに呟く。
「うん」
「ともえ……だいすき」
普段なら、巴にすら滅多に見せないような気の抜けた笑顔で巴を抱き寄せる。
その言葉に、心が一気に安定する。巴もさらに満を抱きしめた。
「満、大好き」
安心して瞳を閉じる。眠る前に、満の額に口付けをする。今度は、朝まで夢を見なかった。
ちょっとだけ(手だけ)出てきたね。
ちなみに主人公たちは互いに恋愛感情はありません。しかし愛し合ってます。




