3話 「俺達、ただ遊びに来ただけなんですよねぇ」
ヤバいものを見た…………。
オレの名はジム。王宮の兵士だ。都市の門番というのは中々給料が良いから、ある意味勝ち組だともいう。
今日もいつも通り仕事をしていた。
休み時間だから同僚と無駄話をしていたんだ。
すると………
「ぜ、全員集合だ! 森から“ブラックスネイク”の大型種がでたぞ!」
「なっ!」
ブラックスネイクとは、本来そこまで驚異的な魔物じゃない。ちょっとでかい蛇くらいの大きさだし、毒だって痺れる程度だ。
しかし、大型種となると話が違う。
魔物としてのランクが、B級まで上がるのだ。
兵や冒険者が出張らないと駄目だ。
久々に、危機が訪れた。
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「魔物はどこだっ!」
準備をして門の前に行くと、入場待ちの人達が震えていた。
しかし、逃げていない。たまたまいた冒険者が始末したのだろうか。
だとしたら、かなり上位のパーティかもしれない。
「あちらです………」
指差した先を見るとそこには蛇の頭が無造作に転がっており、その隣では、黒髪で切れ長の目をした女にしか見えない少年……女か? いや、男だ……が、生気のない目をしているが、人形のように可愛らしい整った顔立ちをした小さい少女を肩車して、蛇の血抜きをしていた。なぜだ。
中々に恐ろしい光景だ。しかも、二人の口元は嬉しそうに釣り上がっている。
まるで、ブラックスネイクの末路に愉悦感でも得ているようだ。
ブラックスネイクには、頭と身体を切り離された以外に傷はない。
つまり、凶暴性と防御力とスピードが高いブラックスネイクを一発で殺すという人外じみた技量が必要ということだ。
魔法で足止めをしたとしても、周りに被害を出さず、尚且つ魔法耐性の高いブラックスネイクを一瞬でも止めるレベルの力がいる。
どちらにしろ、化け物じみた連中しかやることができない。
「こんな格好で失礼します。お探しの魔物はこちらでしょうか」
話しかけると、やたらと礼儀正しく少年が答えた。しかし、こちらへの警戒心を感じる。
「あ、ああ」
この子達が倒したのだろうか。とてもそんなふうには見えない。
「何か問題でも?」
「いや、問題というか……それを倒したのは君たちだね?」
同僚たちに押し出されて、対話役をする事になってしまった。くそっ、覚えてろよ。
「そうですよ。なんなら周りの人に聞いてください。見ていたはずですから」
えー、マジ? 今すぐ帰りたい。
「そ、そうだね。ちょっと話を聞きたいから来てくれるか?」
B級の魔物が出て、倒した人間がいたとしたら話を聞かなくてはならない。
でもこの子達、ただ者ではないだろう。
「トモエ、どうする?」
「行ってみる……カツドン出るかな」
トモエ、と呼ばれた少女が即答した。カツドンとはなんだ、カツドンって。
少年が、袋に入れていた黒い塊をひと粒投げた。トモエが器用に口でキャッチする。
何だあれは、そうは見えないけど食い物なのか⁉ 何を美味しそうに食べているんだ。
あー、ゴネられたらどうしよう。
ブラックスネイクを完封する化け物なんて、相手にしたくない。ここにいる兵士全員で対応できるかは微妙だ。
「じゃ、行きます」
よかった。
「じゃあ、着いてきてくれ」
すると、少年が嬉しそうに笑った。何か悪巧みでもしたかのような笑みだ。
何か企んでいるのか…………?
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やほほーい! タダで城下町に入れたぞー! 笑いが止まらない! すいませんねー、並んでる方々!
今日はマジついてる。この勢いで万事解決したい。
因みにだけど、あの蛇はブラックスネイクの大型種という魔物だったらしい。
そのブラックスネイクは、貸してもらった荷台に乗せて運んでもらっている。食べれるらしいから、あとでお肉を分けてもらおう。
いやー、いたれりつくせり。
で、俺達は今、この蛇を倒したときの状況を聞くために王城の近くにある待合所まで案内してもらっている。
ジムさんという熱心な兵士さんについていく。
一つどうです? と勧めた死渉式兵糧丸は断られてしまった。まあ、見た目悪いからね、これ。美味しいのに。
ヨルタル王国の城下町は、いわゆるRPGに出てきそうな中世ヨーロッパ風ファンタジー世界だった。
アスファルトに慣れた現代人からしたら、少々足場の悪く感じる石畳には人々が忙しなく歩き、たまに馬やそれ以外の生物が引く馬車が走っている。お祭りみたいな露天ではガタイのいいおっちゃんや、恰幅のいいおばちゃん達が商品を売ろうとアピールを繰り返しているな。そこに時たま足を止める人々は俺達が見慣れた人間だけではなく、獣の耳と尻尾が生えた人や、角の生えてる人にトカゲみたいな人もいる。
建物も、殆どが石造りで、家は少ないけど店は沢山あった。活気のある場所だ。
中世ヨーロッパは実は臭かったというけれど、この国は別に臭くない。
文明的な雰囲気は前の世界よりは遅れているけど、ファンタジー要素が何か仕事をしているのかもしれない。
例えばこの、どんな仕掛けをしているのかは分からないけれどぷかぷか宙に浮く真っ白な玉のオブジェとかだ。……本当になんであるんだ? これ、豆○木的な?『今日9時あの玉集合な』みたいなのに使われてるの? いや、でも 豆の○程人は集まってないし……ちょん、と触れてみると、弾力があるだけのただの玉だった。
「どうした?」
「いえ、なんでも!」
ふいに立ち止まった俺を訝しんだジムさんが振り返る。そうだった。ついていかないと道が分かんないんだ。
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「と、いうわけで、俺達は東の方にあるど田舎から来たんです。
家が武道家の多い家系で、それでちょっと武道を嗜んでて………」
俺はザッとそれまでの経緯を説明した。勇者の仲間として召喚された事は言えない。ボネゼ王国とヨルタル王国は仲が悪いらしく、下手したら戦争になるからだ。素人は国政に関わることは言わないほうがいいだろう。
だけど、嘘は言っていない。日本は極東だし、死渉家は武道家揃いの脳筋一家だ。
「ちょっと?」
俺達は、狭い部屋で事情聴取を受けている。
どうやら、出自不明なのと俺達の年齢と体格であの蛇を倒したことが怪しまれているらしい。
なんかヤバくない? てか、こいつら怪しくね? もしかしたら、なんかのスパイじゃね? と思われてるらしい。失礼な。
でもファンタジー世界ではか弱そうな美少女が斧ぶん回したりしてんじゃーん。(偏見)それくらい当たり前でしょー?
「いやー、田舎だったもんで。それくらいしかする事が無かったんです」
「ふーむ」
さっきからジムさんが半眼だ。絶対この人、俺達のこと警戒してる。
「マジですって。そんで、俺達は従兄妹なんですけど、広い世界を見てみたいって思ってそこから旅立ったんです」
死渉家の交渉事の大半を担当しているのは『口番長』という二つ名の、化粧の濃いおばさ……お姉さんだ。
で、その人にチラッと交渉術を教わった事がある。
その時に、お互いの立場や利害関係、感情関係なんかを意識しろって言ってた。もっと言ってたけど覚えていない。もうちょっと真面目に聞いてればよかった。別のやり方で相手を説得する方法を心得てたからそんなに興味が出なかったのだ。
巴はこういう話し合いや交渉事が絶望的に苦手だ。相手に興味が無ければ必要事項以外は話さないし、そもそも口数が少ないし、主語を言うのを忘れるし、相手に伝わらなくても自分が理解していればいいやと思ってるフシがある。その上、思ったことをそのまま言うから、喋れば喋るほどドツボにはまって相手の機嫌を損ねるタイプだ。今はだいぶ直ったけど、天才故に、意図せずして凡才を傷つけるようなことも言う。
お母さんのお腹の中でコミュ力の分の数値を戦闘能力に全振りしたに違いない。
だから、俺がやるしかない。
つまり、この人はこの場所の安全を求めている。
危ない魔物を一瞬で無力化する身分の分からない怪しい奴らが何かしでかさないのか不安なわけだ。
俺達は単純に外に出たい。冒険者になりたいお腹空いた。それ以外のやましい事なんて考えていない。お腹空いた。
それを分かって貰わないとお話にならない。そろそろご飯が食べたい。
「俺達、ただ遊びに来ただけなんですよねぇ」
ふう、どうしようか。
因みにカツ丼は出なかった。無念。お腹空いてたのに。
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くっ、もうヤダお家帰る! 門番のジムこと、オレは心が折れそうだった。
「俺達、ただ遊びに来ただけなんですよねぇ」
ミツル、と名乗った女顔の少年がふと言った。さっきからこの少年が主導を握って話している。
非常にやりにくい。怒らせたら俺など勝てる相手ではないから気を使うし、言ってることも抽象的な上に確認が今すぐ取れるものではない。
それに一見して怪しい人間でもないのだ。もう開放してもいい気がする。疲れたし面倒くさくなってきてし、ハイハイって追い出したい。
しかし、俺の勘が言うのだ。コイツらなんかやらかす、と。
門番的にはそれを許容することはできないのだ。悲しいことに。
ミツルとトモエは従兄妹らしい。なんとなくだけど雰囲気が似ているから、血縁はあるのだろう。
「うん。近かったから」
トモエも、人形のように表情を崩さずに言った。
妖艶な美女というわけではないのだが、人形じみたキレイな顔立ちをした少女だ。目はこの世界の全てに絶望したかのように死んでいるが。
「だがなぁ」
俺は渋った。なんか、野に放してはいけない気がする。だけど抵抗されても困るしな……言うとおりにして解放……いや、タダでの解放は不味い。
「じゃあ、見張ったらどうですか?」
オレが悩んでいると、ミツルから提案してきた。なんでもないことのように。
「へ?」
見張る? それも自ら提案するなど、どういうつもりだ?
見張られるというのは、意外に精神的苦痛が大きい。平気なのだろうか?
しかし、この場合こうでもしないと延々と話が進まないだろう。
あの蛇を倒すなど、A級冒険者レベルだ。見張ったほうがいいかもしれない。
普通に冒険者だったら、もう開放しているのだが、この子どもたちは身分証明書の一つも持っていない。
これ以外に解決法はない気がしてきた。
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やったー。見張りがつくだけで出してもらえた。
じつは俺達、見張られることになんの痛切も感じない。
小さい頃から死渉という事で国からマークされてきたし、とある組織のブラックリストに載りかけてる。
つまり、常に見張られていたせいで慣れてしまい。見張られる事については何も苦痛に感じないのだ。
見張りを巻く術も知っている。
そもそも後ろめたいことなんてないし、風呂とトイレ以外は幾らでも見てよくってよ。
「ミッシェルです。よろしくお願いします」
「すいませんね。ご迷惑をおかけして」
「よろしくね」
俺達につけられた見張り係はミッシェルさんという金髪美人のお姉さんだった。
女性である巴に気遣ってくれたのだろう。
だけど甘いな。
ミッシェルさんはダミーで、本命はそこの木の陰に一人と俺達の後ろに一人、それからジムさんの隣に門番の格好をしてさり気なくいる一人の合計三人の男たちだろ?
見張りが誰だか分からなくする常套手段の一つだけど、全然意味ない。すぐ分かった。
視線と警戒心をビンビン感じる。スパイ失格だな。うーん、諸々合わせて30点。
ま、いいけど。俺は気付かないふりをして挨拶を進めた。
「俺達は好きに進みますけどお構い無く」
「ええ、分からないことがあったら何でも聞いてくださいね」
ニッコリと微笑むミッシェルさん。この人、あんまり強くないな。でも戦闘の基本は嗜んでる感じだから、もしかしたら搦手担当の人なのかもしれない。警戒して、あまり頼るのはやめておこう。
「ありがとうございます」
巴も訝しげな顔をしていたけど、何も言わなかった。
俺達はようやく、自由の身となった。大切なのはこの事実だ。
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気付かれたか? わざわざ見張りのプロを呼んだんだ。いくらあの子達でも無理だろう。
二人とも一瞬、警戒するような素振りを見せたから焦ったー。
ミッシェルは戦闘能力も高く、人を懐柔するのが得意だ。いくら強くても、搦手には弱いに違いない。子供だしな。
ミッシェルには警戒心を解いて、色々聞き出すよう言っておいた。
なんか気になるけど…………ま、大丈夫だろ。バレてないって。




