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29話  「………それよりも、今日ひとりで頑張った相棒を膝にのせて撫で回すほうが面白いと思うな〜」

 






「はー、疲れた」


 なんたらの迷宮との和やかな話し合いも終わり、家に戻った。

 ぐっと身体を伸ばしてリラックスする。


「お疲れ様ですわ」


「よかったら、今日の夕ごはん自分が作るっすか?」


 ありがたい申し出だけど……。


「いや、今日はビーフストロガノフだから」


「満が作ったビーフストロガノフがいい」


「巴もこう言ってるし」


『そもそもビーフストロガノフってなんですか?』


 ビーフストロガノフていえばお前、そりゃ……


「ビーフがストロガノフって感じの料理だ」


『全くわかりません! もう!』


「ビーフがストロガノフってなんすか……」


「ビーフがストロガノフ……」


 みんな、考えるなよ、感じろよ!








 ビーフストロガノフの作り方は、思ったよりも簡単だ。

 要約すると、きのこと牛と野菜を炒めて乳製品とかワインで整えた料理である。

 幻の食材もフランベも必要ないけど、問題はただ一つ。ビーフストロガノフを作った事が無い、それだけだ。

 人が作ってるのを横から眺めた事はあるけど、自分で作った事はない。


「唸れ、俺の器用貧乏ぅぅぅぅぅ……!」


 しかし、俺は良くも悪くも器用貧乏! 初めてでも卒なくこなせる器用貧乏! 要領良くできる器用貧乏!! そこそこできる器用貧乏!! 勉強でも何でも、上位には入ってるけど1番じゃない器用貧乏!!

 頑張れ、巴への想いの力と器用貧乏!!









「ふぅ………やってみたらできたな」


 普通に美味しくできた。店に出るかと言われたら微妙だけど、家で出したら褒められるだろう。


「おーい、ご飯だよー」


 お玉とお鍋をカンカン鳴らす。


「ビーフストロガノフ?」


「もっちろん!」


「どんな料理っすかね〜?」


 《ミツルさんのせつめいじゃ、わかりません》


「楽しみですわね」


 部屋に篭っていたクラリーヌも出てきた。それぞれが自然とコップを出したりお茶を注いだりして、素早く夕食の席は整う。


「「「「『いただきまーす』」」」」


「満、おいしい」


「よかった」


 その一言が聞きたかった!


「思ったよりもさっぱりとしたら味わいで美味しいですわ」


「コメと合う味っすね」


『もぐもぐもぐもぐ』


「そうだろうそうだろう」


 はぁー、うまくいって良かった。どうやら俺にはビーフストロガノフの守り神様がついていたようだ。


「おかわり沢山あるからなー」


 うん、また作ろう。














 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー













「満、いま読んでるのなんて本?」


 リビングのソファに座って本を読んでいる俺に、巴が話しかけた。


「“馬の王”」


 どっかで読んだことある題名な気がするけど気にしない。内容は全然違うしな。


「面白い?」


「うん」


「………それよりも、今日ひとりで頑張った相棒を膝にのせて撫で回すほうが面白いと思うな〜」


 巴よ、つまりそれは構えということか。かわいい。

 わざとらしくそっぽを向きながら俺をつつく。かわいい。


「確かにそっちのほうが面白そうだ」


 本はいつでも読めるけど、巴は撫で回したいときに撫で回せない。早速、巴を抱き上げ膝にのせて撫で回す。頭はもちろん、首筋、お腹などを丁寧に撫で回す。

 巴の髪はさらさらだし肌はすべすべで全体的にいい匂いだ。俺得でもあるな。


「んっ……もっと」


「お腹を望むか」


 くすぐったくないの? 


「えへへん」


 気持ちよさそうに瞳を閉じ、身体を捩らせ首に抱きついてくる。


「あと、寝る前に絵本の読み聞かせを所望する」


「それは一緒に寝るという事かい?」


 この前も一緒に寝たけど、年頃の男女が寝所を共にするというのは如何なものだろうかと思うわけですよ最近。やらしくなる可能性は1つもないけど、もう18歳ですよ。世間的がねぇ……。


「ん、首脳会談で決定した」


「なら仕方ないな」


 首脳会談なら仕方ない。今日は読み聞かせをして寝よう。

 むふー、と満足そうな巴に更に抱きしめられる。いつもと変わらない柔らかさと暖かさに安心する。


 んー、やる事ないし今日はこのまま寝ちゃおうか……?



 ゴッ、ドガッシャン!



「「どうした」」


 アキルクは腕立て伏せの状態で固まってる。クラリーヌは、錬金術の本を開いた状態で固まってる。俺らはご存知通り。じゃあシンクだ。


「……シンクー⁉」


 シンクがすねを抱えて悶絶している。痛くて声も出ない系だ。


「どうした⁉」


『うっ、う、痛いれす〜。ええぇん』


 泣くシンク、ズレたリビング用の脚の低いテーブル…状況から省みるに、何かあって座っていたシンクが思いっきり足を振り上げたらテーブルのヘリに思いっきりスネぶつけたってところかな。痛そ。


「はー、いたいのいたいのとんでいけ〜。はい飛んでった!」


 優しくスネをさすりながらいたいのいたいのとんでいけをする。


『うぅ……ちょっと治った、かな? ええん、痛かったよぉぉ……』


 シンクが俺の腹部にダイブする。


「はいはい、大丈夫、大丈夫……アキルク、治癒魔法だ」


「うっす。何事かと思ったっすけど大丈夫なんすかね」


「うん」










 そして、痛みも引いて落ち着いたシンク(涙目)に事情を聞く。


「どうしたんだ」


『あのですね、よくわかんないけど、重装の迷宮の魔物を召喚できるようになっててぇ……』


「え、マジ⁉」


 どういうことだ。


「ちょっと召喚してみて。ゴーレムを」


『は、はい!』


 地面が光り、ゴーレムが出てきた。


「「「ご、ご、ゴーレム⁉」」」


「何故か、重装の迷宮の魔物を召喚できるようになったらしい」


「「「えぇ〜!!」」」


 仲いいなお前ら。


『な、なんでぇ⁉』


「もしかしたらさ、それがお前の“特長”なんじゃねえの?」


『え?』


「ここに来てすぐの時さ、米が召喚できるようになったじゃん」


「あー」


『はい』


「俺と巴の米に対する執念が成したミラクルだって考えてたんだけど……」


 多分、違う。ある意味執念なんだけど違う。


「あの頃さ、今よりも金が無くって調味料とか無かったから、にほ……故郷の食材を懐かしんでたんだよね、巴と」


「うん……あっ」


「そう、その中でも米が無いとやってられんわみたいな事を言ってて、その場にシンクも居たじゃん。で、その話を聞いて『コメってなんだろなー』くらいに思ったんじゃない?」


『んー、あっ、そんな事もあった気がする!』


「だから、召喚できるようになったんですの? よく分からないですわ」


「シンクさ、特長はダンジョンマスターなら誰でも持ってる物なんだろ、それがシンクには無かった」


『はい……』


「でも、それっておかしいんだよ。

 シンクはダンジョンマスターだ。ダンジョンマスターなら特長を持ってる、つまり、シンクは特長を持っている。それが目に見えないだけで」


「お前さ、自分の認識したものは()()()()召喚できるんじゃない?」


「米が召喚できたのは?」


「俺の式神だから。式神になった時点で俺との親和度は高い」



「なるほど」


「うーん。よく分かんないっす」


 アキルクが頭をかかえる。


「シンク“漢和字典”って何だと思う」


 この世界にあるわけ無い。


『かんわじてん?』


「そうだ、漢和字典だ」


「漢和字典だったらいっぱいあるでしょ。商品名の方が良くない?」


「そうだな“大漢○辞典”世界最大の漢和字典だ」


『うーんうーん……あ、一覧に出てきました。すごい……えい』


「「だ、大漢和○典ーー!」」


 出てきた大○和辞典!! パラパラと捲る。漢和字典だ。


「漢字がこんなにたくさん……!」


「かんじ……」


『私の特長? これが……私に、特長が、あったの?』


 シンクが呆然と漢和字典を見つめる。


「そうだよ。お前の特長だ……すごいな」


 その気になれば、なんでもできる。限界もわからない。


「なんて、名前の特長?」


「そうですわね。“認識したものは召喚できる”素晴らしいですわ。なんと呼べば……」


「“可能性”」


『え?』


「お前は“可能性の迷宮”だ、シンク。なんにでもなれる、無限の可能性だ。そういう迷宮なんだお前は。

 無能の出来損ないなんてとんでもない。最高の迷宮だ」


『可能性?』


「そうだ。他のやつは、最初からできる事が決定してる。だけどお前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『ほんと、ですか?』


「ああ、すげーなお前」


 すると、シンクの瞳に涙があふれ出した。


「ど、どうした?」


『わた、し……自分のとくちょう、とか、分かんなくてっ。いらないって言われて。さみしかった、けど皆が必要にしてくれて、うれしくて……特長なんて、なくても、いいと思ってたの、に……。

 こんな、凄い特長が、わたしの特長で……こんな、いい事が沢山あって、いいのかなぁ……』


 泣きながら、いいのかなと言い続けるシンク。


「そんな事か、気にするな。泣くなよ。馬鹿だな……ほら、死渉式兵糧丸あげるから」


『ええぇん、あ、ありがとうござい、ます』


「うん」


 兵糧丸を食べながら、泣きじゃくるシンク。


「泣かせたの満……サイテー」


「泣かせたんすか」


「……酷いですわ」


「えぇー、これ俺が悪いの⁉ えぇー」


 ちょっと違うじゃーん。


『へへへ……』


 な、何笑ってんだシンク⁉ さっきまで泣いてたと思ったらぁー!


「ええい、お前めぇ!」


『ふぃやぁ! ほっぺを引っ張らないでほひいれす〜』


「はー、まさか今日がこんな濃い日になるとはな……」


 シンクの特長判明が本日のびっくり出来事ナンバーワンだ。


「そうだね」


「ダンジョンバトルで勝って、すこい特長があるって分かって……確かに濃いですわね」


「まず、自分がダンジョンバトルなんて、普通の人が知らない物に関わるなんて思ってもみなかったっす」


「それもそうですわね」


 迷宮に住んでること自体が異常だもんなぁ。











 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー












「悪い魔法使いを倒したお姫様は、そうして思い人のパン屋さんと結婚しました」


 おしまい、と。絵本を閉じる。


「シンデレラと赤ずきんを足して二で割った上に男女逆転したような絵本だったね」


「だろ? 思わず買っちゃった」


「面白かった」


「そりゃ良かった」


「読み聞かせは満に限るね」


 そうか? 俺、巴にしか読み聞かせしたこと無いし、巴も大して読み聞かせしてもらった事がないはずだ。


「声が安心する」


「そう?」


 ゴソゴソと巴が布団に潜り込む。


「うん……ふむぁ、おやすみぃ」


「おやすみ」


 読み聞かせのあと、大抵巴は眠くなる。安心するってそういう事か。


 俺も布団に入る。巴はどこだ……いた。なんでこんな深いところにいるんだよ。窒息するぞ。

 ま、いっか。苦しくなったら自分で出てくるだろ。胸に頭をくっつけてくる巴を抱き寄せながら、俺の意識は沈んでいった。












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