28話 『今だってどうせ、シンクがいじめるよ〜、トモエー、慰めて〜とか思ってるはずです』
主人公が重装の迷宮をディスる回です。ひたすらディスります。
『か、か、か…………』
ゴブリンを叩きのめして帰ってくると、シンクが金縛りにあったように硬直し、何やら呟いていた。
「どうしたシンク。とうとうバグった?」
シンクが、大きく見開かれた目で俺を見る。
『み、つるさん………』
「どったの」
『………勝ちましたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
「勝ったぁ⁉」
勝ったの?
「勝ったぞ!」
「「「………か、勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」
来た、見た、勝ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「シンク! まじか⁉」
『ええ、ええ!!』
「よかった、よかったぁ……! よかったなぁ、シンク」
『はい、はい!』
みんなで抱き合う。この場の熱気は、どんな夏フェスより盛り上がっている。
「アキルクぅ!」
「ミツルさんっ!」
「クラリーヌ!!」
「ミツルさん!」
「シンクっ!」
『ミツルさんっ!』
「「「『やったー! やったー!』」」」
「巴! 巴はどこだっ⁉」
巴のおかげだ。巴が迷宮の石に触れた。全力で労いたい。撫で回したい。
《カオスゾーンにいきましょう。そこにいます》
「よし行くぞ!」
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「うお、真っ白」
「満っ」
『ぐぼえぼぉっ』
「巴ー!」
ひしと抱き合う。巴が握ったロープの先に誰かいるけど気にしない。そして、撫で回す。
「頑張ったね、偉いね、いい子いい子! 巴ならやれるって信じてたよ! 怪我はない? よーしよしよし! 巴最高! 大好き! いえーい!」
もうね、帰ってきただけで最の高☆
「いえーい!」
「「いえーい!!」」
「そろそろいいっすか? 自分たちじゃ話が進められないっす」
「ピクピクと動く亀甲縛りの縄も気になりますわ」
あー、そっか。ダンジョンマスターが見えるのは俺だけだわ。
「よぉ、負け犬」
「挨拶が喧嘩腰すぎるっす……」
魔法の鞄から椅子を取り出す。みんなの分もあるよ。
巴は椅子を無視して俺の足の上に座る。今回の主役のシンクは俺の隣に座った。
『くっ、殺せ……』
なんだっけ、鎧の迷宮だっけ? まぁ、とにかく巴に亀甲縛りにされたダンジョンマスターが悔しげに言う。
……それにしても、なんで亀甲縛りにしたんだろう。
「きょうみがあった。反省はしている、後悔はしていない」
まぁいいや。
「まさか男のくっころを見るとは思わなかった」
需要ねぇな。
『………』
「君のことは知ってるから自己紹介はいらないよ。でも、君は俺らのこと知らないだろうから、一方的に自己紹介するね。
俺は死渉 満。ダンジョンマスターを目視できるけど、正真正銘の人間。職業は冒険者。
オーレム倒したの俺だけどわかる? ほら、マーレイもここにいるし……で、君の迷宮を攻略したこの美少女は死渉 巴。
それと、君の魔物をギッタギタにした罠を作ったクラリーヌとヒーラーのアキルク。
で、こちらはご存知の通り俺の式神、シンク」
反応はない。下を向いてプルプルしている。
「でさ、今どんな気持ち?」
『最悪だと思いますけど』
「まだまだだね、シンク。分かりきっているからこそ聞くんだよ……。
ねぇ、どんな気持ち? 無能だとか出来損ないだとか散々馬鹿にした相手に完敗するとか超ダサいことしてどんな気持ち? あれだけイキっといて攻めも守りもロクにできてないじゃん。それも踏まえてどんな気持ち?
それもさ、一人だよ? こんなかわいい女の子一人に迷宮攻略されちゃったよ? なんだっけ? 使いやすい特長もあって名前もある選ばれし者(笑)が負けちゃったよ? かわいちょうに〜。選ばれし者なのにね〜。なんだっけ、薬用石鹸の迷宮だっけ? 雑魚祭りの迷宮だっけ?
あ、知ってるー? いきなり人の迷宮にやって来て人としてどうかと思うような失礼な態度とった挙句、怪我させて一方的に勝負押し付けて、えらそーにしたのにその勝負でぼろ負けした恥知らずがいるんだって〜知ってたぁ? ありえないよね? 誰のことかな〜? わっかるっかなぁ? 分かる人は、はーいって手を上げてね〜?
あ、落ち込まないでくだちゃいね〜。お前が真の無能だっただけだから〜。
でさ、そろそろ教えてよ。どんな気持ち? ねぇねぇねぇねぇ、ほら、聞かせてよ。
だまってないでさ、ほら。無能の出来損ない君」
とりま煽っとこ。最初は、心を折ってお話をしようと思ってたんだけど割と折れてる。ヒビ入って倒壊寸前。今も、ひたすら震えるだけだ。
「ウザすぎてちょっと引くわ」
え、巴さぁん。巴に引かれるとかつらい。
「取り消し! さっきの取り消し!」
「やっぱウザくない」
「取り消しの取り消しで」
『なんで、僕が、こんな出来損ないに……』
「だーかーらー、お前の敗因はシンクを舐めくさってたことと。俺達の存在に気が付かなかったこと、だよ。
だいたいさ、シンクが前までしてない髪飾りしてる事くらい気づけよ。それで、バックに誰かいるかなー? とか考えるだろ」
シンクの髪に触れる。大ヒントだろうが。
あ、毎日つけてるせいで、ちょっとくたびれてきてるな。今度はシンクを連れて買いにでも行くか。マーレイにもやりたいことあるし。
『……気づかないと思いますけど、普通。ふふん』
なんか嬉しそうだな、シンク。
「そろそろ本題に入ったほうがいいと思うよ?」
「それもそうだな」
『…………だよ』
すると、重奏の迷宮が呟いた。
「どうした」
『いったいぜんたいなんなんだよ! 折角アイツが手に入ると思ったのに! 別の男の……しかも人間のものになるなんて! 聞いてない! そんなの聞いてない!! 勝手に名前持ちになりやがって!
なんでだよ……どうして、思い通りにならないんだよ………僕が欲しかったのに………』
「……………間違ってたらごめんね。もしかして、お前、シンクのこと好きなの?」
ラブラブきゅんなの?
顔が一気に真っ赤になる重曹の迷宮。え? マジ?
「話が一向に進まない」
巴がボソッと言うけど、お前だってこのゴシップに興味津々だろうが。
「マジかー」
『う、うるさいっ』
赤い顔のまま身を悶させる。こりゃ確定だわ。
「どう思う、シンク」
迷宮同士だし、ワンチャンあるかもしれない。でもなぁ。
『むりです』
「即答ありがとう」
ワンチャンもネコチャンも無かったわ。
「だってさ」
『なぜだっ』
寧ろイケると思った理由が聞きたいわ。俺様系も真っ青になる上から目線かまされて石投げつけられて……今のところは大丈夫な要素がない。
重曹の迷宮が、シンクを好きだった事に驚きだ。
『もう私、ミツルさんの式神ですし……』
『やっぱりな! シキガミがなんだか知らないけど、無理矢理囚われているんだろう。助けてやる!』
そして、シンクは決定的な言葉を投げつける。
『違います。それと、私はあなたの事が嫌いです』
『ぐふっ』
『好きになれる要素がないです』
『げふっ』
言葉のパンチを受ける重曹の迷宮。
「あーあ、振られちゃった」
「振られたんだ」
巴が嬉しそうだ。それにしても、他の二人は何してんだろうか。
「ヒヒーン」
「おぉ、よく食べるっすね」
「キャロロンを12本も……不思議ですわね。排泄はないのに食事が可能だなんて」
キャロロンとは、にんじんの事だ。
「まだあるっすよ〜」
「ブルルっ」
「まぁ、おすそ分けしてるれるんですの? ありがとうございますわ」
「自分にもくれるんすか?」
「マーレイは賢いですわね」
「そうっすね。まるで人間みたいっす」
「うふふ」
「あはは」
「ヒヒーン」
平和だな! そして欠片も興味持ってない! まぁいいや。メンバーが仲いいのは善き哉だし。こっちはこっちに集中力しよ。
『なんでだよぉ、なんで人間なんかに……こんな迷宮捨てて僕の物になれよぉ……』
『逆に聞くけど、私にとって貴方の価値ってなんですか?』
「シンクが頭良さそうなこと言ってる」
「え? まじ?」
珍しいことだから茶々を入れずに聞こっと。
『え?』
『確かに、ミツルさんの式神になったのは成り行きです。最初は不本意だったけど、ミツルさんはまず、名前をくれました。シンク・ラビリンスです』
いつも皆との会話に使っている黒板に、《真紅》と書く。
『か、漢字っ……』
この世界の人って漢字に過剰反応するよね。漢字辞典とか見たら気絶するんじゃかいかな。
『ミツルさんは、陰険サイコパスです。インケンノサイコティウスです。
からかってくるし、いじわるも言います。
女の子みたいな顔してるのに、全然女らしくありません』
すっごい悪口言われた〜。えーん、ともえもーん。またシンクがいじめるよ〜。慰めて。
『今だってどうせ、シンクがいじめるよ〜、トモエー、慰めて〜とか思ってるはずです』
お前、凄えな。
『そんな奴、なんでっ!』
『でも、私の話をちゃんと聞いてくれます。
他の人とお話しができるように工夫もしてくれました。お陰で、仲間ができました。
美味しいものを食べさせてくれます。色んなことを教えてくれます。
初めて私に贈り物をしてくれたのもミツルさんです!
それに、戦ってるときは結構かっこいいし……。
とにかくっ、誰にも必要とされなかった私を必要だって言ってくれたんです。
私が怪我したときは、本気で心配してくれました。本当に怒ってました。
貴方達は、無能の出来損ないって差別して、追いやりました。
ダンジョンマスターに迷宮を捨てて、自分の物になれって言うよく知りもしない酷いことしてくるあなたと、必要だよって優しくしてくれるミツルさんと、大好きなみんながいるこの迷宮、どっちが私にとって価値があるか赤ちゃんにだって分かります!』
な、なんか照れるな〜。こう、目の前で持ち上げられると。
『…………』
重曹の迷宮が涙目でプルプルしている。
「満が照れてる」
「なぜわかった⁉」
「私の首筋に顔押し付けてグリグリしといてよくわからないと思ったね、ワトソン」
「流石だねホームズ」
『ミツルさんが照れるなんて珍しいですね〜。ふふふ』
「くっ、誰のせいだと………でさ、シンクの気持ちも分かった事だし、本題に入らせてもらうよ……重曹洗剤の迷宮」
『くそっ…………』
「まず、勝利の報酬は“相手への絶対服従”だったよな。
巴、縄ほどいて」
「えい」
巴の投げたナイフが、ロープを切り裂いた。
「取り敢えず……土下座して」
『誰がそんな事を…………!!』
しかし、その言葉に反して身体が徐々に土下座のポーズになってゆく。
「絶対服従って……すごいな。強制的すぎる」
もし負けていたら、という事を考えるとゾッとする。
重曹の迷宮がギリギリと歯を噛み締めた。
「えー、じゃあお願い。もう、シンクとその関係するもの全て……俺達人間から迷宮までお前は手を出すな。
誰に聞かれても、俺達の事は口にするな。何故負けたのか、どんな魔物を使ったのかと聞かれても何も言うなよ。シンクの周辺についての情報を出す事を禁じる。この勝負については、大まかな事さえ喋るのを許さない。
シンクが不利になるような事もするな、言うな。誰かに復讐を代理してもらおうなんて思うなよ。少しでもそういう感情の入った行動をするな。
ダンジョンマスターとして必要な情報が手に入ったら教えろ。
あと……そうだなぁ、君の迷宮のダンジョンポイントのそうだな……2割を毎月シンクに納めろ……これってできるの?」
『誰かにダンジョンポイントをあげる事ですか? できます』
「よろしい」
2割でいいなんて、俺ってば良心的ぃ。
『なんで……なんでこんな目に……鬼め……!』
「お前が負けたからだよ。聞くけどさ、お前が勝ったらどうするつもりだったの? 教えてよ」
シンクを傷つけられた時から、絶対こいつには100倍以上で返してやるって決めてる。一切の慈悲はない。
『僕だけの物にして、人の目につかない所でずっと──』
雲行きが怪しくなってきたので遮る。
「それに比べたらこっちのお願いとか生易しくない? お願いに反さない限り全てが自由だし、傷つける訳でもなく殺すわけでもない。奪うものといえば、2割のダンジョンポイントだけ。ねぇ、どこが非人道的なのか順を追って説明ちてくれまちゅかぁ〜〜??」
『…………』
重曹の迷宮は俺を睨むだけだ。まぁ、反論されても揚げ足取るだけだけど。
「はい、そういう訳でこれどーぞ」
カッコつけて指パッチンして式神を出す。式神といっても、単純なことしかできない低級のものだ。
ふわふわと宙に飛び出た人形が、ハゲタカの形に成る。
鋭い視線が重曹の迷宮を貫いた。
「こいつは俺の式神だ。さっきのお願い……つまり、情報を教えるときにこいつに言え。例えば……」
ハゲタカがこちらを向く。
「あいうえお」
「あいうえお」
ハゲタカが俺の声で言う。
『すごい! ミツルさんの声だ!』
「そういうこと。“行け”と命令したら勝手に俺のところに来るから心配はご無用だ。分かったか?」
『…………』
「分かったか?」
『…………………わかった』
「よーし良い子だ」
「ね、なんちゃらの迷宮」
すると、それまで黙っていた巴が口を開いた。重曹の迷宮がいる辺りを見下ろす。
「聞こえてるよね……一つ忠告してあげる。
これで許した訳じゃない」
凍てつくような殺気が重曹の迷宮を刺す。それを向けられていない俺が、これだけのプレッシャーを感じているのだ。重曹の恐怖は筆舌に尽くしがたい。
『ひっ……』
それまで反抗的だった重曹の表情が、怯えで埋め尽くされる。
「満はもちろん、私達もムカついてんの。怒ってんの。だから、まだ許してない。
じゃあなんで生きてるか知ってる? ムカつくからって殺してちゃキリがないし、“殺しは最低限”が死渉家に昔からある掟だから。それだけ」
恐怖に濡れた目に、巴の死んだ瞳が写る。
「つまりね、裏切ったら今度こそ容赦しないってこと」
重曹の迷宮の心は、完全に折れた。
家財道具と商売道具の殆ど持ってかれて、貯金が100万円くらい。自営業だから明日も店を開かなければいけない人から月収の2割を奪う行動は鬼畜と言えるのだろうか。皆さんはどう思いますか?




