27話 「オーダーは、“できるだけ早く終わらせろ”」
満たちが迷宮を守っていたときの、巴サイドです。
巴スピード無双。
視点が変わります。
そこは、真っ白な空間だった。シンクによると、“混沌の空間”というらしい。
《いってらっしゃい》
シンクの目標である黒いリボンが揺れる。
「いってきます」
巴は、迷うことなく重装の迷宮に足を踏み入れた。
「オーダーは、“できるだけ早く終わらせろ”」
重装の迷宮は、シンクの迷宮と同じ洞窟型の迷宮だけど、広くて魔物が沢山いた。奥には扉が見える。
それらが、一斉に巴を見る。
巴が腰のグラディウスのような剣を抜いた。
まるで、瞬間移動したかのように扉の前に巴が立つ。実際は瞬間移動ではなく、走っただけなのだが。
そして、このフロアにいたすべての魔物の命は終わっていた。
巴がやった事は単純だ。一直線に走り、武器が届く範囲の魔物は全部斬り殺し、遠くの魔物は投擲武器で殺した。それを最速で行っただけだ。
ズルリ、と岩の後に隠れていた魔物が倒れる。
言葉にすれば簡単だが、それは非常に難しい。
視界に入らない魔物の位置も把握し、それが移動する前に動く。そして、全部一撃だ。
死渉 満も、位置の把握までならできる。しかし、そこから先はできない。
死渉 巴は天才だ。だが、並外れたスピードや体力、筋力などはその一部でしかない。
それだけが規格外の存在なら、死渉家にいる。血反吐を吐くほどの努力をすれば、追いつけない事もない。
巴が扉を蹴破る。そこにはいくつかのゴーレムがいた。剣を仕舞う。
そして奔る。
無数のゴーレムが崩れ落ちた。
巴は、誰に教わらずとも“正解”が分かった。
何も考えずとも、それぞれの状況で何をすれば最速で敵を圧倒できるかを理解していた。そして、それを実行するだけの能力があった。
無数にある戦闘方法の引き出しの中からどれを選べば最適なのかを理解する事が、何も知らない時からできた。
その“勘”や“センス”と言うには余りにも規格外な能力は、誰にも真似ができない、努力では追いつけない領域だ。
巴にとって戦闘とは、常にカンニングペーパーを丸写しするようなものだ。
昔は苦戦した事もあったけど、かつての敵は全て越えた。
他人が何十年も掛けて取得したものを、ものの数日、数時間で我が物にする事ができた。
何故お前が、と憎しみで濡れた目は何度も見た。嫉妬もされたが、今やそれすらも無くなった。みんな、自分には無理だと逃げた。
目標にされる事は多々あるが、本気で巴と互角になろうとする者は、この世界でたった一人しかいない。
死渉 満だ。
純粋な戦闘能力だけでなく、陰陽術、呪術、仙術、自分の得られる全てを駆使して常に巴に追いつこうとする。巴が満の好きなところの一つだ。
正面からぶつかっても追いつけないからと、巴が予想できない方法で攻めてくる。
そして、巴にとっては亀のように遅い速度ではあるが着々と成長する満には驚かされる。そんな努力をした上で、巴が苦手な交渉なども難なくこなしてしまう。巴は誰にもできないことができるが、満は巴にできないことができた。
自分の相棒として相応しいのは、満しかあり得なかった。巴の力を見て努力もせずに絶望して、端からサポーターという言葉を言い訳に自分の力の弱さと努力不足から逃げようとする人間など必要無かった。
飛び出してきたコボルトを、手癖のように切り捨てる。
「つまんなぁい」
この迷宮は、自分を楽しませるには弱すぎる。満との思い出を回想しているうちにかなり進んだように思う。そう考えながら、扉を蹴破った。
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『なんだ、これ………』
重装の迷宮は絶句した。人間が入ってきた。女の子供のようで、将来が楽しみなとても美しい顔立ちをしている。
頭にはてなマークを浮かべて観察していた2秒後、魔物が全て死んだ。
最初は理解できなかった。そして、“化物”が自分の迷宮に侵入してきた事を理解した。
『来るな……』
彼が無能だと断じる今回の相手は、どうせ禄に迷宮攻略などできないだろうと思い、普段の対人用に使っている迷宮をそのまま使用していた。
つまり、簡単に攻略されてしまう。
もう次のフロアも鎮圧されてしまった。何も考えずに道を伸ばす。
『あ、そうだ魔物……』
頼りになる魔物、オーレムが死んでしまった為、戦力として別の魔物を召喚していたのだ。
オルスにもまだ追いついていないが、手持ちの魔物の中では強かった。
『オークキング』
流石に、オークキングならばと前に出した。助手として、幾つかのオークも付けた。
それに、重装の迷宮の魔物は皆、鎧と武器を一式持っている。
勝てるかもしれない、と思った。
『な、なんでっ!』
しかし、化物はその全てをゴブリンと同じように蹂躙していった。
全て、的確に魔石の中心を砕かれていた。その他には外傷はない。つまり、無抵抗に殺されていったのだ。オーク達は。
『くそっ、どうする⁉』
これ以上強力な魔物は現在持っていなかった。だったら道を伸ばし、時間稼ぎをするしかない。
『畜生……』
どこであんな化物を仕入れた、と問い詰めたかったが、今はそんな事を考えている暇はない。
悔しくて仕方ないが、仲間が相手の迷宮を攻略するまで持ちこたえるしか無いだろう。
報告が無いという事は、順調だということに決まっている。
『よし、今いる魔物は全部アレの足止めをしろ!』
重装の迷宮は、悲しいほどに報・連・相がなっていなかった。
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「ちっ」
迷宮を駆け抜けながら、巴は舌打ちをした。ゾロゾロと無策でやってきた魔物は全て返り討ちにして、今は何もない道を駆けるだけだ。
「明らかな時間稼ぎ」
巴に魔物をぶつけるだけ無駄だと判断したのだろう。いや、満の予想が正しければまだ、おばけが来るはずだ。
チリッと右側に焼け付くような痛みを感じた。巴にダメージは無いが、避けなければ、もうすぐこれくらいの怪我を負うという予感のようなものだ。本能のままに避ける。
巴の鼻先を、炎の玉が通り過ぎる。
「きた」
真っ黒なローブを目深に被った集団がいる。レイスだ。
「不審者がいる」
残念ながら、素質の無い巴はこれを倒すことができない。触れられるものなら全て壊せるが触れられないなら壊せない。
ポイッと懐に入れてあったお守りのようなものを投げる。
満特製のお守りだ。効果は知らないが、霊に効くらしい。
そして、巴は振り返らずに走りだした。
満の言葉を思い出す。
『どーせ、あっちは時間稼ぎしてくるから頑張れ!
ダンジョンポイントが先に無くなるか、巴の体力が尽きるかの勝負になるけど………』
死渉 満を知らない人間ならかわいい、知る人間なら邪悪と答える笑顔を口元に浮かべながら
『巴が先に疲れるなんて事、ないよね?』
と言った。巴の勝負意識を刺激する発言だった。
「もちろん」
頭の中の満に応える巴もまた、笑っていた。
とても綺麗な、笑顔だった。
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『魔法が使えなくなったぁ⁉ どういうことだ!……今解呪しているが難しいだと? くそっ、レイスも使えないとはな! 半分残しておいてよかった……』
しかし………と残りのダンジョンポイントを見る。着々と無くなってゆく。しかし、あの化物は疲れた様子はない。
『何に手間どっているんだ!』
早く、味方が迷宮攻略をしてくれないとこちらが保たない。
『あの、ご主人様……』
『なんだ!』
おずおずと出てきたのは、あっちの迷宮に向かわせたオルスにつけたコボルトだった。
コボルトなのに、妙に頭が回ると今は亡きオーレムが言っていた気がしたから、付けたのだ。
『まさか! 失敗でもしたのか⁉』
『いえ! ただ、確実性を出すためにレイスを貸し出していただけたらな! と! それだけです!』
ならば、さっさとしてもらう為に貸したほうがいいだろう。
『もってけ!』
『ありがとう御座います!』
レイスの部隊をつれて、コボルトが去っていった。
『ふん、無能じゃないなら、早く終わらせろよ!』
そろそろ、本当にダンジョンポイントが尽きそうだ。
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壁を蹴る。巴の後ろが爆発するが、罠の発動より早く移動した為、問題ない。
地面から槍が生える。だが、ジャンプする巴には届かない。
(たぶん、あと少し)
巴の直感が告げる。もうすぐだ、と。もうすぐこのつまらない道を抜けられる、と。
「ん? おお……」
また、直感が告げる。この地面を踏んではいけない、と。
「えい」
だが踏む。それが死渉 巴だ。
ガラガラガラ………
そして、踏んだ場所から地面が崩れ始めた。随分と大掛かりな落とし穴だ。
「ほっほう」
しかし、その程度で巴は止まらない。空中を蹴り穴から脱出して壁に足を掛ける。
そしてそのまま壁走りを始めた。アクション映画さながらである。
「んー、でもいい加減にしなよ」
巴はこのダンジョンマスターに文句があった。魔物が禄に出ない廊下ダンジョン。つまらない時間稼ぎ。楽しくない。
自分の仲間であるシンクをいじめた上に、こんなアンコの入っていないおしるこみたいな迷宮しか作れない名前だけがやたら長いダンジョンマスターに怒りを抱いていた。
とっ捕まえたら自分からも文句を言おう。そう決意する巴であった。
「やっとついた」
扉が見える。最後の扉だ。景気づけに、剣で扉を切り刻む。
そこにあったのは、白い“迷宮の石”これに触れた瞬間、巴の勝ちだ。
だが、本当にこれで終わりなのだろうか。こういうのは普通、ラスボスとして盛大にドラゴン連れてきたりしてくれるところじゃないのだろうか。巴は首を傾げる。
なんだ、この広いだけで迷宮の石しか置いていない部屋は。
実は、この部屋には巴が序盤で倒したオークキングが配置されていた。
そして現在、この迷宮には魔物がマトモにいない。
そんなこと、巴は知る由もないが本当に何の気配もない事を理解する。
「あー、つまんなかった」
そして、唐突に口を開いた。
「雑魚しかいない」
思ったままを口にする。
「迷宮作りのセンスないよね。ダサいっていうか……」
しかし、それは重装の迷宮に対する悪口だ。
「なんだっけ? 重曹石鹸の迷宮? 名前はポコポコアホ太郎だっけ? 雑魚田 ゴミ次郎だっけ? まぁ、掃除にだけは役立ちそうだよね。使える幅狭すぎ」
「きっと、ダンジョンマスターの顔はブサイクなんだろうなぁ。ゴブリン系統かオーク系統かは気になる。チビデブハゲの三重奏かもしれないけど」
真顔で淡々と、煽っていく。
「……………あ、もしかして“じゅうそう”ってそういう、意味だった? チビデブハゲ三重奏の迷宮。今まで勘違いしててごめん」
そろそろだろうか、と思い決定的な言葉を吐く。
「無能の出来損ない」
空気が揺れる。無論、それは巴だからこそ気づけた些細な揺れだ。
「弱虫が来た」
気配がする。おそらくそれは、ダンジョンマスターのものだろう。
ゆっくりと、迷宮の石に向かって歩き出す。あと一歩で迷宮の石に触れられる、というところで迷宮の石が浮く。
巴にダンジョンマスターを見ることはできないから、そう見えるだけだが、実際は怯えたダンジョンマスターが迷宮の石を避難させたのだろう。
そして、その試みは失敗に終わる。
「姿が見えない程度で私を欺けると思った? 気配を読んだら位置把握なんて、すぐできるの。身体がどうなってるかなんて、すぐ分かるの」
何かに触れた感触。それを投げ技の容量で投げる。地面に組み伏せ、どこからともなく取り出したロープで縛った。『ちょっと“おはなし”があるから連れてきて』と満に頼まれたのだ。
これは、巴が“奇術師”と呼ばれる所以の一つだ。いつも身軽で何も持っていないようなのにトランプやらロープやらを持っている。
それはともかく、巴は見えないダンジョンマスターを縛り上げ、ようやく迷宮の石に触れた。
扉を壊しがちなパーティ




