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23話 『出来損ない』



シンクサイドの3人称です。

 





 満とアキルクが重装の迷宮に行った次の日、完璧な円(アブソルートサルコウ)メンバーは、来たるべき日の為にああでもないこうでもないと自分のやるべき事や設計図を広げていた。

 その中でシンクも、ダンジョンマスターとして自分にしかできない事をしていた。


 シンク自身のちょっとしたミスで主人になってしまったミツル・シワタリと名乗る少年が、紙になにやら書き込んだりしながらも会話に参加する。

 それは何かと尋ねたところ、ニヤリと笑いながら『これまでにない陰陽術だよ』と言った。


 相棒の巴を膝に乗せながら、少年ではなく少女のものとしか思えない顔で笑う主を見て、自分がまさかこんな賑やかな場所に座る事ができるなんて……と思っていた。





 シンクは生まれた瞬間、持つ者と持たない者がいると理解させられた者だった。








 ダンジョンマスターとは不定期に生まれるものではない。数が減ってきた頃合いを見て、ダンジョンマスター達が定期的に集まる“集い”の日に一気に生まれるのだ。


 シンクは、それによって生まれたダンジョンマスターの、1番新しい9人の一人だった。










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











「あなたのたんじょうに、しゅくふくを」



 それが、シンクの始めて聞いた言葉をだった。そして、強い光のあと目覚めるとそこは豪華絢爛という言葉が相応しい会場──つまり、ダンジョンマスター達の集いだった。

 その場所には、老若男女、美しい者から獣のような者までたくさんのダンジョンマスターが、シンク達9人に注目していた。

 ふと、手のひらを見るとそこには白く輝く“迷宮の石”があった。


『産まれたぞ! 新しき仲間だ!』


 緑色の髪の男が嬉しそうに言った。


『あなた達の事を教えて?』


 妖艶な美女が怪しく生まれたばかりのダンジョンマスター達を見つめた。


『僕はスウェラー・ヘビーナイツ。重装の特長の持ち主だ!!』


 茶髪の男がいの一番に声を上げる。それに続いて、他のダンジョンマスター達も自分の特長を口々に言う。名前は、ある者もいればない者もいた。

 シンクは、その全てが理解できなかった。特長って何? 名前? なんの事を言っているの?

 “特長”という言葉を聞いて、ぼんやりと心に浮かぶものはあったが、彼らのようにハッキリと口にすることはできなかった。


『あなたは?』


 全ての視線が、一気にシンクへと注がれた。聞かれても、特長など分からないのだから答えようがない。


 オロオロしていると、獅子頭の男が低い声で言った。


『まさか貴様、自分の特長が分からないとでも言うんじゃないだろうな』


『もったいぶらないで、ほら』


 悪魔のような角の生えた女も、優しく見えるが声は冷たい。


 脅すようなその声に、シンクは絞り出すように言った。


『わた、しは……特長が、ありま、せん』


 当時、名無しだったシンクは名乗る名も誇るべき特長も無かった。

 一瞬にして周りが静まり、次にはざわめきが起こった。


『自分の特長を理解していないだと!』


『前代未聞だわ!!』


『ちょっと、ウィンドウを表示しなさい!』


 鬼のような形相の女に怒鳴られて、本能的に迷宮を管理する為のウィンドウを出す。


 他のダンジョンマスターが、無遠慮にそれを覗き込み、絶句した。


『基礎情報しかないだと!』


『本当に特長が無いとはな!』


『……出来損ないだ』


 誰かが、ポツンと言った。


『出来損ない』


『出来損ない』


『出来損ない』


『出来損ない』


 それに呼応するように、周囲のダンジョンマスター達が出来損ないと連呼する。


『あの娘は出来損ないだ。関わるな』


『あんなの押し付けられたら溜まったもんじゃない。無視しときな』


『目を合わすな』


『出来損ない』


『ダンジョンマスターの恥』


 それを聞き、シンクと同時に生まれたダンジョンマスター達も、シンクから離れていった。


『あんなのに関わったら将来が危ぶまれる』


『ちかづくな』


『あっち行け』


『あんな無能、気にしたら負け』






 “集い”は、完全に見捨てられたシンクを置いて、再開した。


 きらびやかな人々に押しのけられ、シンクは端の方に座り込んでそれを眺める事しかできなかった。


『ゴブリンが……』


『コボルドが…………』


『ファイヤー・ドレイクが案外使えて』


『マウス系も中々に……』


 ダンジョンマスター達の会話を部屋の隅で聞き流す。

 自分はどういう存在か、何をすればいいのか、本能的に理解はしていたが、それだけでは何も分からなかった。

 “特長”と呼ばれる、彼女自身には分からないものが無いだけで世界から否定され、一人になった。



 シャンパンを飲み、新しいダンジョンマスター達が先輩ダンジョンマスターと挨拶を交わす。


『君が名前持ちか』


『期待しているよ』


『是非ウチの派閥に……』


『いや、こちらの派閥に』


 その中でも、生まれたときから名前を持っていた重装の迷宮は一段とチヤホヤされていた。

重装の迷宮がシンクを見て、勝ち誇ったように笑う。


『…………』


 対極の2人、かたや有望株、かたや出来損ないの無能。その時シンクは、理解した。持つ者と持たない者がこの世界にはいて、自分は持たない者だという事に。そして、自分は持たないと致命的なものを持たずに生まれてきたのだ、と。

 世界にはどうしょうもない事がある、それを生まれてわずか1時間もしないうちに理解した。




 誰もシンクを気にしない。時折、道端の石ころに向けるような視線を投げてくる者もいるが、すぐにそれも消えた。


『ふんふん、無能の出来損ないという事を抜いてみたら中々に見た目はいい……』


 その時、頭上から声がした。見上げると、蛙を二足歩行にしたようなダンジョンマスターが、シンクを舐めるように見つめていた。

 ぬらぬらと光る手でシンクの顎を持ち上げ、まじまじと見分する。


『ワシの好みよりちぃとちっちゃいけど、顔は好み』


 生臭い息がシンクの顔にかかる。その見た目や、感触の全てに大抵の者は生理的嫌悪を抱くが、生まれた瞬間に全てを否定されたシンクは、誰かに認識して貰えた事に喜びを感じていた。


『さて、持ち帰ってしまおうか……』


『おいゲコルグ!』


 すると、トカゲのような体の男が、ゲコルグと呼ばれる蛙に近づいた。


『リーダーからこの出来損ないには関わるなとお達しがあっただろう! まったくお前は目を離した隙に……』


『チッ、見た目がいいから遊ぼうと思っただけだよ。お前はカタブツな……分かった分かった。

 諦めるよ』


 トカゲの男が睨みつけると、ゲコルグはあっさりとシンクから手を離していった。

 そして、それから一度も振り返らなかった。


『……………』


 そして、シンクまた俯いて座り込んだ。








 やがて、宴もたけなわになってきた頃新しいダンジョンマスター達の迷宮をどこに置くかという話になった。

 やはりと言うべきか、重装の迷宮は地脈的にも1番いい場所を得ていた。


『君は“水”の特長があるからこの海辺の……』


『君は……』


『ここがおすすめだよ』


 ……………


 …………


 ………


 ……


 …


『あの…………』


 ダンジョンマスターとして、迷宮を得なければならないという本能に突き動かされ、勇気を出して声を上げる。

 周りの視線が一気に集まり、そして、ため息。

 気が付いてはいたが、関わりたくないという気持ちのほうが強かったようだ。


『はぁ、この無能にはあそこでいいよ。あの……』


『あぁ、3回連続で誰も選ばなかったあの』


『そう、あそこ。文句はあるわけねぇよな?』


『………はい』



 そして、立地もあまり良くなく地脈も底辺の、他のダンジョンマスター達からすれば“最悪”といわれる場所を与えられた。










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










『ここは、こうした方がきっといい………多分』


 それからのシンクの生活は、孤独そのものだった。独り言が多いのは、そのせいだろう。


 本能に従い迷宮を作ったが、他のダンジョンマスターのように教えてくれるような親役もいない。

 他のダンジョンマスターは、どこかしらの派閥に入り、親役のダンジョンマスターを師匠や先輩と呼んでいた。ダンジョンマスター達の間で、新人には誰か先輩が付くという決まりがあるらしい。

 そこで、迷宮のノウハウを教わったり、名前をつけて貰ったりするらしい。が、シンクはそれから外れてしまったのだ。


『うーん、このまえ冒険者の人がやって来ました……えへへ、誰か来てくれるんですね。もうすぐ……がんばるぞー!』





 そして、漆黒の翼、ソムリラー・リッパー、完璧な円(アブソルートサルコウ)の8人が迷宮にやって来たとき、シンクは思い出した。


 シンクの少なく朧気な知識によると、ダンジョンマスターは人間には見えないという事、そして、冒険者という職種の人間は、迷宮の要とも言える“迷宮の石”を破壊するということを。





 そこでシンクは、運命的ともいえる出会いをする。

 人間なのにシンクを見る事ができる人間。死渉(しわたり) (みつる)

 成り行きで式神になり、名前を貰った。

 仲間ができた。会話をした。名前を呼ばれた。全て、シンクにとっては新鮮で、嬉しいことだった。自分の為に怒る人間がいるという事が信じられなかった。


 満に別の式神ができたと聞き、まさかと思いながらも悲しくなったり、確かめるような事をした。もっと一緒にいたいと思った。しかし、それをどういうふうに表現したらいいのかわからずに、満の服の裾をそっと掴んだ。


 そんな制御し難い感情を最近抱くようになっている。










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










「───で、だ。合言葉は『川の光を求めて!』

 これを叫ぶとたちまち、ボクっ娘ゴールデンレトリバーや父子家庭のクマネズミ達がやってきて……「適当なこと言わない」


 満が適当なことを言い、巴に突っ込まれる。しかし、その間には確かな信頼があった。


「ドブネズミもやってくるよ」


「アニメ版しか見てないからなぁ」


 《モノガタリですか?》


 シンクが首をかしげて質問すると、満と巴が代わる代わるに“アニメ”というものの説明をした。


 この先あるダンジョンバトルは、シンクの力だけではどうする事も出来ない。

 仲間たちの力を借りることになる。しかし、彼らはそれを負担に思うでもなく、笑顔で協力してくれた。

 それに報いるためにも自分はできる事を精一杯やるしかない。

 迷宮の構造をどうするかと提案を出しながら、シンクは改めて決意した。













シンクの制御し難い感情とは、2歳女児が「パパと結婚する〜」というような感情ですよ。

見た目と知能面が大人なのに生後1年も経ってないんで、そこら辺にズレがあるという。

普通のダンジョンマスターだったら親役がいるけれど、シンクにはいなかったので。

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