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22話  「そうこなくっちゃなぁ! いいぜ! 肉片になるまでかかってこいよぉっ!」

今回は途中で視点が変わります

 










『我に挑むか』


 真っ白な騎士の声が、頭に響く。フルフェイスの鉄仮面をしているせいで顔は分からないけど、声はおっさんだ。

 魔物だろう。だけど、今までに見たことの無いような知性を感じる。


「挑むよ」


『そうか……我が名は白銀の騎士オーレム。迷宮の石を護りしもの。そしてこれが……』


 ヒヒーン、という嘶きと共に馬が突然現れた。雪のような毛並みの馬だ。


『愛馬のマーレイだ。そなたらも名乗られよ』


「冒険者パーティ、完璧な円(アブソルートサルコウ)のメンバーのアキルクっす」


完璧な円(アブソルートサルコウ)のリーダー、死渉(しわたり) (みつる)。満が名前で死渉が苗字だ」



『アキルクとミツル……死なぬ我を殺し、救わんとする者よ、いざ参らん!!』


『ヒヒーン!』


 馬──マーレイが突っ込んできた。お前も戦うんかーい。乗れよぉ! 騎士なら乗ってやれよぉ!!


「アキルク、馬お願い! 俺が騎士やるから!」


「分かったっす!」


『馬ではない! マーレイだ!』


「どっちでもいいぃぃぃ!」



 振りかざされた剣を、棍棒で受け止めて押し切るようにして弾く。次に、頭を狙って棍棒を振る。もう、この際これ駄目にしてもいいや。

 やはり、と言うべきか棍棒は弾かれた。横薙ぎの剣を飛び上がって避ける。


『素晴らしい身体能力だ』


「お褒めいただき光栄ですっ、こんな事もできるんだぜ!」


 そして、その勢いのまま空中で一回転し、騎士の背後に回る。


「らぁっ」


 そして、蹴り。


『くっ、だが甘い』


「そうかよ」


 この鎧、普通の鉄じゃないな。普通のだったら今の蹴りで壊れていたはずだ。

 俺の武器じゃあマトモにやり合ったら破壊するな。


 袈裟がけをいなして、足に攻撃をする。騎士の姿勢が崩れ、大きな隙ができた。

 その腕を取り投げる。そして、掴んだままの腕を折った。人体とは思えない、軽い感触。もしかして……?


「こういうのに限って関節は弱いんだよなぁっ」


『ぐぁぁ……まだまだぁっ』


 右腕をダラリと垂らしながらも騎士の戦意は衰えない。


「そうこなくっちゃなぁ! いいぜ! 肉片になるまでかかってこいよぉっ!」


 ゴブリンも、オークもレッドキャップだってみんなこれで怯んで脅えて勝手に負け認めて死にやがった。


 でも、


「お前とは楽しめそうだなオーレムぅ!!」


『我に挑んで笑うとは酔狂な奴。面白い、気に入った! 正々堂々参ろうぞ!!』


「違う場所で出会ってたら、いい友達になりそうだったな!」


 強い奴は好きだ。幾らでも挑めるし戦う度に発見がある。しかし、相手が魔物なら倒すまでだ。



 オーレムの雰囲気が、ガラリと変わった。


 持っていた剣が、普通の長さから大剣と呼ばれる程の長さになる。

 折ったはずの右肩が肥大し、鎧も全体的に進化する。


「第2形態を残してたかぁ」


 だが、面白い。この世界に来てから最大級の興奮を感じる。


 俺とオーレム、どちらともなく相手に突っ込む。思考なんてない。骨の髄にまで刻み込まれた動きだ。考える前に動け、止まれば負けだ。己を突き動かす衝動のまま、しかし、頭は冷静に保つ。体は熱く燃え滾り、頭脳は冷泉のように冷ややかだ。うん、最高のコンディション。






 どれくらい経っただろうか。オーレムの剣から飛んできた光線を掴んで投げる。

 棍棒はとっくの昔に曲がって、ゴブリンから奪った剣も3本折れた。俺の体も細かい傷がいくつもついている。

 オーレムも無事ではない。鎧の一部は剥がれ落ち、傷つき凹んでいる。

 ナイフを、オーレムの鎧の首の隙間に突き刺す。そこで押し上げようとすると、さけられた。

 が、胴に攻撃しながらしつこく突き刺す。ナイフが全て刺さっているのに、刺さった感触がしない。何故だ? 中身が、ない?


「くはっ、ははは……お前、普通の方法じゃあ死なねぇな?」


 魔石の破壊のみだろう。こいつが死ぬのは。しかし、オーレムの魔石は守られている。じっくり狙わないと破壊は難しい。


『正解だ』


 だが、まだ戦える。方法が無いわけじゃないのだ。

 鎧の凹んだ部分に膝蹴り………。

 俺の体力と気力はまだ有り余ってるけど、オーレムは、中身が無いくせに疲れ始めている。魔力の消費が原因?




 そうだ。これなら、アレが使える。オーレムが絶対に知らない俺の力を使って、だ。






 壁に飛びつき、(しゅ)を呟く。陰陽術を知らぬ者なら聞き取れない言葉だ。それを5回繰り返す。


「─────」


 仕上げはできた。




「行け、魔縛りの結界陣」


 式が展開される。


「─────急々如律令」


 そして、不可視の縄がオーレムを縛る。


『なっ、これはっ……!』


「埒が明かないから縛らせてもらった。体がうごかないだろう?」


 首にナイフを刺したときに気づいたけど、オーレムの中身は空っぽだ。要するに、彼はリビングアーマーだ。

 それは、妖と近いということだ。妖は魔力は使わないけど、極めて近いものでできている。それが縛れるということは、リビングアーマーも縛れるということで……とか語ってみたけど、土壇場で成功してよかった。


『くっ、はは……まさか術士とは思わなかった。楽しかったぞ。久々に心が浮き立った。我を倒した暁には、マーレイを持っていくがよい。あれは名馬だ。

 亡国の忠誠に囚われ、定められた地を彷徨う事しか許されなかった我を死をもって救うてくれること、感謝する』


 ふと、隣を見るとアキルクがマーレイにロデオしていた。元気だな二人とも。


「ひぃぃ! あばっ、あびびばばば………」


 楽しんでるようだ。


「俺も、最近では最高に楽しい戦いだった。マーレイ、大切にするよ」


『さらばだ』


「じゃあな」


 オーレムの魔石を砕く。オーレムを構成していた鎧が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


 暴れ回っていたマーレイが静まり、オーレムだった鎧に顔を近づける。そして、俺をその澄んだ瞳で見つめた。


「マーレイ。お前の主人を殺したのは俺だ。救ってくれてありがとうとか言われたけど、殺したのは変わりない」


 マーレイの鼻面を触る。俺のものになったのだが、主人を殺されていい気分では無いだろう。マーレイは理解してないかもしれない、俺の自己満足だが言葉を紡ぐ。


「お前は俺のこと嫌いだろうけど、生憎オーレムに頼まれたからな。それに、この迷宮にお前みたいな名馬を腐られておくのはもったいない」


 マーレイは、微動だにせず、俺を見つめている。


「お前を名付け直す。マーレイ……そうだな“真令”と漢字を当てよう。読み方は一緒だ」


 真令、と鼻に指で書く。今日からお前はシンクの後輩だ。

 そういえば、こういう風に名付け直した式神がいたな。

 主人が死んで、荒神になりかけて……向こうの式神は思い出さないようにしてたんだけど……。




「“咲良(さくら)”」




 いかん、感傷に浸りそうになった。他の式神の事とか思い出してたらきりがない。よし気持ちを切り替えた。

 マーレイをもう一度見る。


「よろしくな真令(マーレイ)


 すると、マーレイは2、3度俺を鼻で強くつつくとブルル……と一声鳴いた。


「認められたんすかね」


「さてな」



 そして、俺達はオーレムの鎧と、その日の後にあった宝箱を集めて迷宮を出た。迷宮の石は破壊しない。










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










 迷宮を出ると、外はすっかり真っ暗だった。普通だったら一泊して帰らなきゃなんないんだろうけど、帰りだけは一瞬で済む。

 あの迷宮から随分離れた場所で、俺はその名を呼んだ。


「シンクー、シーンークー!」


『そんなに呼ばなくっても大丈夫ですよぉ。どうでしたか? 迷宮は………って馬ぁ⁉』


 シンクがマーレイを見て驚いてる。


「俺の新しい式神だ」


「ブルルッ」


『わ、私というものがありながら他に式神を作るなんてぇ……!!』


「何言ってんだお前」


『私の事が要らなくなったならぁ〜、そう言ってくださいよぉ、ええん……うっグスッ……馬に負けたんですか私? おしゃべりだってちゃんとできるしぃ、迷宮だって作れるのにぃ……よりにもよって馬なんてぇ。捨てないでくださいぃぃぃ』


 ついには座り込んで泣き始めてしまった。過去になんかあったのか?


「おい、ガチ泣きすんな……捨てたりなんかしないからな、な?」


「ミツルさん……泣かせたんっすか?」


「アキルク、そんな目で見るな」


『捨てないですか?』


「俺はな、式神を捨てたりはしない。この先どれだけ式神ができても、お前を捨てるなんてあり得ない」


『うぅ……ほんとですか?』


「あぁ、他の誰が式神を捨てても俺はお前を捨てたりはしない……巴に誓おう。俺はあいつだけには嘘をつけないんだ」


 シンクの手を引っ張り、立ち上がらせる。


『じゃあ、信じます』


「おう、信じろ……だいたい、お前がいなくなったら俺たちゃ今日からホームレスだぞ。おバカ」


『そ、そうでしたね!……ふっふーん。いやー、気づいたけど、確認っていうかー? ミツルさんが私なしでは生きていけないのは知ってましたしー? いや、そこは全然、ぜんっぜん心配してなかったんですけどぉ。いちおう? 女の武器は涙っていうしー! いやー。やっぱりミツルさんは私がいないとダメですねぇ、住む家さえ無いんですから! ふふん! 仕方ありません、ミツルさんが生きてる間くらいは支えてあげてもいいですよ。もう、ミツルさんがどうしてもって言うからぁ……へっへっへ〜。

 そ、それにミツルさんは私にリボンなんてくれるんですから! それからそれから……』


 急にウザくなったな。元気になった瞬間饒舌になりやがって。この、ちょろダンジョンマスターめ。

 シンクが止まりそうにないので、パンパンと手を叩く。


「ほら、そろそろ帰るぞ。シンク今日からお前はマーレイの先輩なんだから、ちゃんと世話しろよな」


『先輩ですか〜。ふふん!』


 ほんっとチョロいなシンク。










『はい、つきました』


『タダイマモドリマシタワー』


「誰だ!」


 今、明らかに機械的な音声が聞こえた。


『あぁ、これです』


 シンクが取り出したのは“ハニワ”みたいな人形だ。


『これがいってきますで』


 ハニワの背中に付いているボタンを押す。


『イッテキマスワー』


「声がしたっす!」


『イッテラッシャイマセー』


『あと、おやすみなさいも、おはようもあるんですよ!』


「宙に浮いた人形が喋ったっす!」


「凄いな。クラリーヌか?」


『ソウデスワー』


「「すごい!!」」


 錬金術師すごい!!



「満、おかえり」


「ただいま、巴」


 玄関口で騒いでいると、巴がやって来た。


「アキルクもおかえり」


「ただいまっす」


「どうだった? 迷宮」


「色々あったぞー。さ、打ち合わせだ」


「うん」


 巴の髪の毛をぐちゃぐちゃにする。巴が俺に飛び乗り、俺の髪の毛をぐちゃぐちゃにしかえす。わーい! 一日ぶりの巴だ。


「で、その馬なに?」


「驚かないのね……マーレイっていう式神になった馬。元々、あの迷宮にいたんだけど貰ったんだ。普通の馬じゃあないと思うんだけど……」


「ブルルッ」


 《わたしのコウハイです!》


「ふーん。ま、ミツルが犬とか牛とか拾ってくるのは今に始まった事じゃないし」


「そうなんすか?」


「うん。急に生き物を貰ってくるんだよね。小さいものは虫から大きいものはラマまで」


「ラマ……」


「ラマは預かってただけだし」


「牛は長らく我が家の乳牛として活躍してたよね。子供を産んだ時期だけだけど」


「うん。今はもうおばあちゃんだし」


 ハナコ、元気にしてるかなぁ。


「シンク、馬小屋作れる?」


 《できますよ》


「じゃ、洗濯物干すところでいっか」


「どんどんあそこが異空間になってくっす」


 まぁ、練習場としても利用してるからなぁ。


「利用できるだけ利用しなきゃあ」


「あ、皆さん帰っていらしたのね。おかえりなさいませ。わたくし、あっちに夢中で気が付かなかったんですの」


 クラリーヌがひょっこり顔を出した。可愛らしいワンピースに不釣り合いに見えるスチームパンクみたいなゴーグルをしている。本当に何してたんだ?


「そっか。ただいま」


「ただいまっす。どうっすか?」


「ええ、あちらの状況を聞かないと何ともいえませんが、罠などを沢山作ったんですのよ。見てくださいまし」


「おう、てかシンクのあの人形も作ったのか?」


「ええ、シンクさんとおはなしする時に少しでもやりやすい様に作りましたわ。どうかしら、気に入って?」


「ありがとな。シンクもすげー喜んるぞ」


「よかったですわ」


 みんなでゾロゾロと部屋に入る。そこには、たくさんの設計図と試作品があった。


「触ってみてもいいか?」


「爆発するのでやまてくださいまし」


「こっわ……あの迷宮にも爆弾あったからおあいこか」


「どんな爆発するのですの⁉」


 おお、いい食いつきだ。


「あっちで試そう」


 ヤドガニは危ないからな。


「アレは怖かったっすね」


「どんなの?」


「触った瞬間爆発するんだよ」


「面白そう」


「爆弾から逃げようゲームは敢行しないからな」


「ちぇっ」


 それから俺達は、あの迷宮の特長や出てくる敵、苦手そうなものを提案していった。そして、それに合わせてこっちの迷宮をどんな風に改造していくか作戦を話し合い、盛り上がりながら夜は更けていった。










 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











 己の主が死にたがっているのは知っていた。







 マーレイと名付けられた馬の主人は、オーレムという、王からの信頼も厚い騎士だった。

 人間の事情はよく理解していなかったが、オーレムの事は気に入っていたし、軍馬としての誇りのようなものもあった。



 時は過ぎ、戦争でオーレムの国は負けた。マーレイはオーレムを背に載せ、最後まで勇猛果敢に戦ったが、敵の槍に主人諸共貫かれてその命を閉じた。






 それからどれだけの時が経ったのかは知らないが、主人と共に魔物として生まれ変わり、ダンジョンという場所を守っていた。“ダンジョンマスター”と呼ばれる人物からの信頼も厚かった。

 やはり主人は素晴らしいのだ。しかし、同時にオーレムは死にたがっていることに気が付いた。マーレイは魔物になり、知性も上がっていたのだ。


 今は亡き国の思い出に囚われ、今もなお心にある忠誠に苦しんでいた。

 しかし、情けない戦いや自殺は騎士としての矜持が許さなかった。

 マーレイはただ、共にいる事しかできなかった。



 また、時が過ぎた。



 オーレムとマーレイは、そのダンジョンマスターとやらの教え子に貸し出された。


 二人はそこで、最下層を守っていた。来る敵は皆、弱かった。オーレムには勿論、マーレイにすら敵わなかった。





 ある日、それまでとは“格”が違うと感じる人間にがやって来た。

 他の冒険者がそっと開ける扉を蹴破り、不敵にオーレムに挑んだ。


 その隣にいた男にマーレイは挑んだ。そちらのほうが、弱かったからだ。

 しかし、その男はマーレイの背中にふわりと飛び乗りしがみついてきた。


 狂ったように暴れまわったが、遂に振り落とせることは無かった。




 そして、




 喜んでいた。オーレムが、やっと自身を殺せる人間に出会えたと歓喜していた。

 その敵は、一見ひ弱そうだったが強かった。オーレムとは比べ物にならない貧弱な装備で、オーレムの腕を折った。

 そして、ソレも笑っていた。全身で歓喜していた。己の身一つでオーレムを圧倒し、そして………やっと殺した。




『マーレイよ。もし我を救うものがあれば、そなたはその人間に渡そうと思う。

 そなたのような名馬は、我のような亡霊には似合わぬ代物よ』





 その言葉通り、マーレイはそのミツルとかいう男の物になった。


 主人を殺して救った人間だ。恨みこそしないが、自分にふさわしくない人間なら、言う事を聞かないとつもりでいた。急に主人ヅラするなら、一発蹴ってやろうと思っていた。

 マーレイは、人一倍……いや、馬一倍プライドが高かった。


 しかし、その人間は誇るでもなく静かに語った。マーレイを見つめた。そして、マーレイはその人間のものになった。






 その日の夜、与えられた新しい家で人参を食みながら考える。あの人間なら、言う事を聞いたり乗せたりしてやってもいいかな、と。











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