1話 「この者たちも涙を流して喜ぶに違いない!」
「アアアアアアアアアアアア!!!!!」
「うえーい」
いくら助かると知っていても、高層ビルの上の階から飛び降りたら人は叫び声を上げるはずだ。今の俺のように。
安全性が確認されているジェットコースターで怖がるのと同じである。なのに、『うえーい』の一言で終わらせてしまうコイツはやはり規格外だ。
「巴ぇ! 捕まれぇぇ!」
だがしかし、いくら巴でも超巨大ビルの上から飛び降りたら無事では済まない。死ぬことは無いけど。
護符を1枚、指の間に挟み込んだ。
「ういー」
なんとか手を伸ばし、巴の手を握る。両手を繋ぎあったせいで、二人が向か合う形となった。
「……貴方の真の名前は、ニギハ○ミコハクヌシ!」
「何言ってんだよっ!」
この状況でそれ言うか!? 俺もちょっと思ったけど!!
面白いけどさ、千と千尋○神隠し。今言う事じゃないよね!
「飛○石が!!」
「確かにそういう映画もあったけどおお!」
ヤバい、突っ込んでたら呼吸がもたない。
「私の名前は、トモーエ・トエル・ウル・ラ○ュタ。某天空にあるの城の王族よ」
「まじかよ! じゃあ従兄妹の俺も王族じゃん!」
なのについつい、いつものノリで返してしまう。
「君の一族はそんな事も忘れてしまったのかね?」
「お前、それ言いたいだけか!」
「あ、そろそろヤバイ」
下を見ると、悠長に喋っている暇はないほどに地面が近づいていた。
「バルス!────────急々如律令制!」
身を守るための呪を唱えたところで、俺達はアグレッシブにコンクリに着陸した。地面が硬いよぅ。
なんとか間に合った。身体をコンクリートに強かに打ち付けたのに、俺達には傷一つない。当たり前だ。
元々うちの一族の体は丈夫なのに加えて、しっかりと身体を護ったのだから。
役目を終えた護符が、パラパラと真っ黒に変わり果てた姿で崩れ落ちる。
「ギリギリセーフだな」
「私、この仕事終わったらお休みいっぱい貰うんだ」
「それフラグ」
「「わっはっはっはっは!!」」
なんとか逃げ切れた安心感から、二人で大笑いしてしまった。まだ油断はできないけれど、今日の大仕事はこれが最後だろう。
しかし、神様はどうやら俺達を休ませたくなかったらしい。
「っ!」
異変に気がついたときにはもう手遅れだ。尤も、事前に知らされていても対応できたとは思えないけど。
俺達は、地面から突然現れた穴に落ちていった。
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微睡みのような空間の中で、俺は声を聞いた。
「うれしいです」
何が?
「だから」
「──だ」
何言ってんだ?
「どうか」
てか、巴は?
「どう、か」
「──────────」
そして、俺の意識は更に真っ白に……。
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意味のわからないこの間に、俺について少し話そうか。
俺の名前は死渉 満。高校を卒業したばかりの18歳だ。
そして脳筋一家、唯一の陰陽師だ。
俺の事を説明するには、この如何にも物騒な“死渉”という一族について話さなきゃなんないだろう。
よかったら聞いてくれ。
遠い昔、出自不明の男がいた。大食らいのその男は、化物のように強かったという。太刀を弾き、矢を掴み、岩を砕き、千の大軍を一人で打ち破り、妖も殺してしまった。(物理で)
どこで生まれたのか、どうしてそんな力を持っているのか、誰も知らない。
そして、偉い人に認められ“死渉”の名を給わった。
汝、死に魅入られたもの。
常に死が纏わりつく
敵の死を踏み躙り
盟友の死を抱え
己の死を潜り抜ける
“死”を“渡る”もの
渡、が転じて渉、にいつの間にかなったらしい。
つまり、ご先祖様は脳筋の死に狂いだったわけだ。
そして、時は流れ“死渉”の一族は立派な戦闘一族になった。
戦になれば呼ばれ、襲撃があれば雇われ…………特定の権力に跪く事なく誰かに媚びることのない自由な脳筋一族。それが死渉。
国の方も、なあなあで済ませている。自分たちも頼ることがあるし、その実力を目の当たりにしているからこそ、敵対したくないらしい。そこら辺はまだ詳しく教えてもらってないけどね。
死渉以外にもこういう特殊な一族はいるし、なんか色々決まりがあるらしい。今は関係ないからそこら辺は追々……。
平和なこの世では、大体お偉いさんの護衛をしたりしている。
脅迫状が届いたりすると、まず頼られるのだ。
一人雇えば平均して三百万円は貰うから、金持ちしか雇ってこないけど。
そして俺、死渉 満だが我が一族の中でも少々異色の人間だ。
俺の両親はもうこの世に居ないのだが、母方が陰陽師の血筋だった。
とは言っても長い時を経て、力も弱まっていて、いくつかの形式的な術を受け継ぐだけの家だ。しかし、何故か俺は、その不可思議な力を操る才能を強めに持って産まれた。
他の一族の特殊な力が現れる事が無い死渉家では、非常に珍しいことだ。
そのお陰で、純粋な戦闘能力は死渉の中では中の中から中の上だけど、一族の中でも上位の実力者として扱われている。戦闘に式神を使うことはないけど、偵察には便利だし、以来の幅も広がるのだ。
死渉の“紙使い”といえば俺の事だ。
…………待ってくれ、引くな。この二つ名は自称ではない。いつの間にかついていたんだ。
陰陽術を使うとき、護符や呪符を多様している事からついたあだ名だ。
俺達にとって、二つ名が付くということは、実力が認められているということだから、知ったときは恥ずかしがりながら喜んだもんだ。
そして、俺について語る上で、もしかしたら陰陽術よりも外せないやつがいる。
死渉 巴、俺の相棒で従兄妹だ。小柄な体型や、普段の死んだようなジト目からは想像もできないけど、巴は間違いなく死渉随一の天才だ。
本気のアイツに挑まれたら俺など3秒で肉塊だろう。5秒保ったら褒めてくれてもいい。
一族でも負け知らずで、高い戦闘センスを持っているし、一族の者が使える技は大体習得している。
そのトリッキーだが華のある戦い方に、世間は“奇術師”の二つ名を彼女に与えた。
俺が人生で最も多くの時を共にしているのは巴だ。
巴と俺は、俺が誕生日が3日早いだけで同い年の従兄妹だから、家族ぐるみで仲が良かった。
そして、俺の両親が亡くなった時はアイツの家が引取ってくれたのだ。
双子のように育った俺達のチームプレーは完璧だし、死渉の同世代で巴についていけるのは俺くらいだ。
これまでの人生、殆ど一緒にいた。きっと、もし万が一依頼で失敗して死ぬような事になったら、その時は巴も一緒だろう。
初めての依頼も、二人でこなした。
『完璧な円』という、コンビ名まである。
最近はその名前の知名度が上がってしまい、自分達でも使うようになってしまった。
とにかく、俺は脳筋一家唯一の陰陽師で、相棒の死渉 巴と謎の脅迫状に怯えた石油王のどら息子の護衛をしていたのだ。わざわざ日本の死渉を頼ってきたのだ。余程脅迫が怖かったのだろう。
対象を守り切り、犯人を見つけて、とっ捕まえたのまではいい。だが、犯人の仲間が室内に毒ガスを撒いてしまい、窓から逃げざる負えなかったのだ。アレはヤバイ毒だった。
二口でも吸っていたら、死んでたかもしれない。護符を出す余裕もなかった。
そして、なんとか逃げ切ったのに、また何かに巻き込まれた。
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空気が変わった感じがして、恐る恐る目を開ける。
目の前には、真っ赤な髪をしたイケメンと、威風堂々として自信有りげな彼とは対象的なほど憔悴しきった顔をしたピンク髪の少女がいた。
俺は教会の聖堂のような場所に座り込んでいた。巴も隣にいる。
「えーと? ここはどこですか?」
「我が名は選ばれし者である勇者にしてボネゼ王国第三王子のエドワード・グラッセン!! 貴様らを勇者パーティの仲間に入れてやろう!」
「さすが!」
「すばらしい!」
「懐が大きい!」
「この者たちも涙を流して喜ぶに違いない!」
両足を肩幅に広げて両手を大きく上げ、ふんぞり返るという、風を感じるポーズで赤毛のイケメンが言い放つと、その周りにいた人間達が口々に褒め始めた。どこから湧いてきたてめえら。
何を言いたいのか分からないな……俺とは違う文化圏の人間だったようだ。
ちらりと隣の巴をみると、いつものジト目と硬い表情筋に無を貼り付けて静かにしている。
あ、これ俺に全部任せる気だな。
ともかく、ここがボネゼ王国という場所である事がわかった。
この赤毛は選ばれし者で勇者な第三王子らしい。
全く意味がわからない!
ワンチャン金持ちの中二病に誘拐された可能性もあるけど、俺達はただの子供ではない。無抵抗で誘拐などされるわけが無い。
それに、俺は地面に開いた謎の穴を見てしまっている。ワンチャンどころか、ネコチャンもリカチャンもねえな。
全部が事実かはわからないけど、異常事態だ。
今どき噂の異世界転移とかいうやつかもしれない。
えええー、やだー! チートをくれる神様はどこー? いらないけどさー。
あ~。このあと何されるんだろ。勇者の仲間に入れてやろうとか言ってたから殺されはしないけど魔王討伐的なのに参加させられるのかなー。面倒くさーい。胡散臭ーい。
取り敢えず馬鹿のふりして確約はつけないでおこうかしら。
この場所の知識のない俺たちがいきなり外に放り出されても野垂れ死にする可能性のほうが高いし、今逃げるにしてもまわりの戦力が未知数だ。
負ける気はしないけど、あの意味不明な穴を出した奴らの親玉ともなれば強いかもしれない。
感覚的に、この集団は巴どころか俺ひとりで鎮圧できると感じるけど、相手を甘く見てはならない。
特に、ここが異世界だとしたらとんでもないインチキ使われるかもしれないし、仮に逃げ出せても何の後ろ盾もない俺達は法の力に負けるかもしれない。下手打って権力にひざまずくのは、死渉として業腹だ。
「あの、ここはどこで……」
「僕様の仲間にする為に召喚してやったのだ! 感謝しろ!」
話は最後まで聞け。
「えっと急過ぎてちょっと」
何言ってるんだろう。勇者ってもしかして電波系? やっぱり生きてる時空違うの?
表情は少しも変わっていないけど、巴がイライラしている事が分かる。
「僕様に口答えするというのか⁉ 恥知らずめ!
……まあいい、僕様は心が広いからな! 牢獄ではなく塔にぶち込んでおけ!
ふんっ、そこの根暗女も三つ指ついて頼めば味見くらいしてやってもいいんどけどな!」
セーフ! その絶壁が巴の貞操を救ったっ!!! あ、待ってやめて殺気飛ばさないでごめんなさい。心を覗くのヤメテ。
ふんっ、見る目ないな自称勇者! 略してじしょゆう! 胸囲にしか目がいってない証拠だ!
身内びいきでも何でもなく、巴は結構かわいい。
ただし、その死んだ目を生き返らせて髪と服装と態度を改める必要があるけど。普通でもそこら辺の読者モデルなんかよりずっと可愛い。最高にかわいい。世界一といっても過言ではない。
でも、普段がアレ過ぎて死渉の新年会で奥様方に弄くり回された時しか輝かないのだ、我が従妹は。つまり原石。しかし、俺は巴が美少女なのを知っている。
それに気付かないなんて馬鹿だなバーカバーカバーカ! カーバ! 巴を貶してんじゃねーよ! 将来毛無しにすっぞ! テメーだって大した面してねーだろ! イケメンったって、まぁまぁイケメンくらいなんだから、勘違いすんな! ばぁぁぁーーか!
それは置いといて。
「連れて行け」
じしょゆうが後ろの兵士に命令した。フルプレートの鎧を着た兵士が俺達に近づく。姿勢から想像できるけど、引っ張って連れて行くつもりらしい。
「我慢しろ」
巴にだけ聞こえるように言う。
「ん」
ガシコン! と腕を捕まれ引きずられる。この程度なら無力化できるけど、抵抗したら面倒くさそうだ。
俺は、あのじしょゆうが嫌いになった。だから、俺達に関する情報は名前から戦闘能力まで出来るだけ渡したくない。
じしょゆうがこちらに興味を抱かずに、名乗って情報を渡してくれたのはよかった。
でもさぁ……迂闊すぎるよじしょゆう、いや……選ばれし者の勇者にして第三王子のエドワード・グラッセン。
名前が分かったら、それだけで相手を操ってくるような陰陽師がいるって知ってる? 俺はそうじゃないけどさ。
「俺達はなんの役にも立たない人間です。頭の片隅に入れなくてもよろしいのです。エドワード・グラッセン第三王子様」
「ふんっ」
でも、おまじないの暗示くらいならできるんだよね。
とりあえず、俺達から興味を失わせる事にした。まぁ、そんな強くは無いんだけどね、俺の力は。ゆっくりやってこう。
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ぽいっと放り込まれたのは妙に寒々しい狭い部屋だった。いや、部屋とか言ったら勘違いされる。ぶっちゃければ、石造りの独房だ。
天井がやたら高く、窓が見えない。
申し訳程度の机椅子とベッドがある。ベッドも、ホコリまみれで使いたくない。
巴とは引き離された。共闘されたら面倒と思われたか。
「特に何も奪われなかったし、良しとするか」
言い忘れていたけど、俺の今の服は仕事用のスーツだ。
そこら辺に売っているやつではなく、死渉の人間が仕事──つまり戦闘で使えるように、素材から仕様まで魔改造したスーツの形をした戦闘服である。見た目はスーツ、というより喪服だ。これには『お前は死ぬけど喪に服してやるから安心しろ』という意味がある。うちの一族は中二病な上に趣味が悪いね。殺してないのにさ。
特殊な用事がない限り、死渉は依頼のときこれを着る。普通の服よりよっぽど機能的だ。
でも、この格好で召喚されて本当に良かった。
家着とかだったらシャレにならん。
「ではでは、よいしょっと」
先ほど、天井が高いとか文句垂れてみたけれど、じつはあんまり問題ではない。
僅かな突起を掴んでロッククライミングみたいに登っていけば、簡単に上につく。
「ほーほー。イケるな」
今は寒い時期なのか、ビュオオオオオオオ……と冷たい風が吹いている。
そして、下を覗くと、大自然が広がっていた。かなり下だ。
生身で飛び降りるのはキツイかもしれないけど、なんとかなるだろう。高層ビルの上の方よりは全然低い。
そして、俺の探していたものもあった。
「こんな寒い場所にいるなんて……奇跡だな」
隅っこに巣を作っていた蜘蛛を捕まえる。
もうちょっと探すと、あと二匹蜘蛛が見つかった。
ネズミは流石にいなかったけど、これだけいればいいだろう。
少しまじないを掛けて、部屋から出してやる。
1匹は部屋の見張り、あと二匹はスパイだ。
「それにしても、遅いな巴」
昔から、こういうとき巴が俺のもとに来る。なぜかって、向いてるからだ。
まず、俺より隠密行動が得意だ。スパイは式神を使えばいいから俺のほうが得意だけど、直接手は出せないから情報収集で終わってしまう。
式神を攻撃に使ってもいいけど、何故か当主に式神を使った普通の人間に対する物理攻撃を禁じられてしたから使えなかった。
情報収集だけのスパイだったら許されたからバンバン使うけどね。
つまり、直接動くなら巴の方がいいのだ。
「それにしても遅いな……シクったか?」
いや、巴に限ってありえない。きっと、念入りに情報を探してるに違いない。
「満」
すると、巴の声が聞こえてきた。上を見ると、巴がいた。小さい窓枠に、器用に乗っている。
「ちょっと入り組んでた」
「そっか」
シクッた?とか思ってごめんね。
飛び降りてきた巴を抱きとめる。数分ぶりの再開だ。あー、よかった。
更にこちらに体重を掛けてくる巴の背中をポンポンする。
「寝る体制に入るなや」
もうひと踏ん張りしようぜ。
「んー」
「で、なんかわかったか?」
「あの後ろにいたピンク女の居場所なら分かった。なんかよく分からんからついてきて」
俺の腕から、石の壁に飛び移る巴。
巴の、なんかよく分からんは『考えるのだるいから満が考えてー』という意味だ。巴、別に頭が悪いという訳では決してない。寧ろ、切れ者の部類に入る。が、気まぐれで面倒くさがり屋さんなのだ。本人の性質だから仕方ないよね。
「わかったよ」
俺も、壁を登ってゆく。ここからが俺の仕事だ。
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「では、また明日」
文官のような男が、ピンク髪の少女に頭を下げた。
「では明日、手筈通りにするのですよ」
少女がベッドの中で答える。彼女は今日、俺達を召喚したので魔力枯渇で立つことすら難しいらしい。
「なんつーおっそろしい事を……」
天井裏に潜んで盗み聞きをしていた俺はそう呟いた。
「つまりー?」
巴が話しの要約を求める。めんどくさがりめ、自分で考えろ。
理解したけど言語化がだるいだけだろ。
「ここはどうやら、剣と魔法のファンタジー世界のようだな。言葉が通じる理由は知らない。
俺達が召喚されたボネゼ王国は、それなりに大国らしい。
そして簡単にまとめると、異世界から召喚された人間はみんな強いから、無理やり奴隷にして手駒にしちゃお!
なんの知識も与えずいいのいいの言ったら、それくらいできるよねっ!
それで、この国の王位も簒奪しちゃおうかな!
って、あの赤毛は考えているらしい」
「へー。逃げる?」
暗闇の中、巴が死んだ目に怪しい光を灯す。今日いきなり逃げて、じしょゆうが焦るのを見るのも面白いかもしれないけど……………。
「いや、この世界の情報をある程度集めてからにしよう。俺達は今、後ろ盾なしで経歴不明の怪しめな素寒貧だ。野垂れ死ぬぞ」
「具体的には」
「一週間以内に情報を集めてプランを立てて逃げる。できたら前の世界に帰る」
「図書館行こうか」
情報収集は大切だ。俺は事前に飛ばした式神や、蜘蛛から得た城の内部構造の知識を駆使して城の図書室まで向かった。
「「作戦開始」」
依頼達成率十割の実力を見せてやる。