レイカは母乳のせいでゲップに悩まされる/ヒビキはお師匠さんからジョーロリを褒められる
†【レイカ】
御仕度中。カリンとセイラから呼び出されたから。体育館裏に。じゃなくて、モールの駐車場に来てって。よかったよ、ヴァンパイアでも鏡映るって。本性現した時だけ映んなくなるんだって。〈保護色のごときものか。肉食獣が獲物を狙った時に対象の視界から消えてなくなるような〉。あー、うっさい。トリマ、メイクできてよかった。でも、ネイルだけはちょっと困ってる。なっが、この爪。尖ってるし。これじゃ、せっかく買った新製品、キラキラ黒曜石ブラックもすぐなくなっちゃうね。困るな。ヴァンパイア用のネイルって売ってんのかな。今何時? あー、いよいよこのスマフォだめだね。ガラケー、ガラケー。
モール遠かった。カリンの紫キャベツは。あった。タンクトップの肩が見えているのはセイラ。ゴッ、ゴゴッ。来たよ。セイラ驚かしちゃった? ゴメンゴメン。
ウイィ。車の窓、もちっと開けてくれないと話しづらい。
「レイカ、ウチら友だちだよね」
なに! そぃう展開?
「ウチらのこと、襲わないでよ」
何だ、そぃうことか。
「襲うわけないじゃん」
後ろ、失礼します。あれ? バスケのボールがゴロンって。もっふもふのシートカバーは?
「血だらけだったから、捨てた」
そ、なんだ。
カリンがバックミラーで何かを探すようにしてから、こっち向いて、
「大丈夫なのかな」
こっち見てたセイラが、わざわざバックミラーをのぞいてからまたこっち見て、
「うーん。わかんない」
なに? このアウェー感。
「カリンたち、いつから気付いてたの?」
「レイカがヴァンパイアってこと?」
「『R』ゲットした日あたりかな」
そういえば「この人たち」とかって言ってた。
「でもこの間はまだ鏡に映ってた」
「じゃあ、青墓の杜でカレー☆パンマン被せたのは?」
「映んないかもって」
「あの時は助かった。カーミラ・亜種一撃だった」
「そうそう」
そうそう、じゃないしょ。
「レイカ。ヴァンパイアになるってどんな気分?」
「うーん。もともとそういう体質だったし」
いままでと気分的には変わらないかな。
「体質って、どんな?」
「そーだね。夜目がすごく利くとか。鼻がいいとか。犬には必ず吠えられるとか。タマネギが嫌いとか」
「タマネギは単なる好き嫌いじゃない? セイラも嫌いだよ」
「血を見たらやっぱり抑えられなくなるの?」
何これ? インタビュー・ウイズ・ヴァンパイア?
「なんでそんなこと聞くの?」
「あ、ごめんね。セイラたち興味本位で聞きたいんじゃないんだよ」
「そうなんだ。これからすることをレイカと一緒で大丈夫かって」
「そう」
これからすること? なにする気だろ。
「さっきの質問なら、浴びたり口にしなければ大丈夫、多分」
試したことないけど。で、何するの?
「すぐ分かるから」
そのすぐが来たみたい。駐車場の街灯の下で、バスケのユニフォーム姿の女の子が何かを追いかけてる。シオネだよね、アレ。
「来たよ。行こう」
「うん。セイラが懐中電灯持つね。ゴマスリ、黒ごまでお願い」
「レイカもおいで。うしろのボール持ってきて」
三人で街灯のところへ。シオネが追いかけてたのリスだった。やたらすばしっこくて、今のシオネには捕まえられそうでない。
「シオネは、相変わらずココロザシが高いよ」
セイラの声、震えてる。
「動作鈍くなってるっていうのに、高い目標に挑むんだ」
セイラが、タンクトップの肩紐をずらして、シオネに近付いてゆく。
「シオネ」
セイラが呼ぶと、それまでリスしか眼中にないようだったシオネが、おもむろに振り向いてこちらに近づいてきた。そしてセイラの前まで来ると立ち止まった。シオネの髪の毛、パッサパサ。
「セイラ。シオネだぜ。オレたち友だちだよな」
「うん。そうだよ」
シオネが少し膝を曲げてセイラの肩に頭を傾ける。役場の駐車場を思い出したよ。ん? 何してんの? カリン。スリコギ構えて。
シオネのユニホーム芝生だらけだ。どんだけ野山を駆け回ってるんだろ。さすが野生児シオネだよ。
セイラが、ウチにコイコイって。
近付くと、シオネから体育館の匂いした。お日様が窓から射しこんで体育館の床を温めたときのほのぼのとした匂い。シオネが目をつむってるの、セイラの首筋に牙をくいこませてるの、音をたてて血を啜ってるの。全部が一気に分かった。セイラ痛くない?
「シオネっぽいとこ見てあげてくれる? そのボール、セイラの後ろから頭越しに投げてみて」
言われた通りにボール投げた。それをシオネが両手を上げて受けたからびっくりした。うお! すごい反射神経。さすが、シオネだよ。
「すごいでしょ。両目閉じたまんまなんだよ」
うちは、両手をあげてボールをつかんだシオネの横に立ってみた。シオネの腕の筋肉はホントに昔のまんま。男子とまではいかないけれど、強そうな張りのある筋肉。こんなとこにも芝生ついてる。脇の下までって、スライディングでもしたのかな。手で払ってもへばりついててとれない。
「すごいね。シオネ」
「でしょ、でもサイドパスはだめなんだよね。片手だからかな」
「サイドは、むづかしそうだもんね」
ボール落っことした。ボールが跳ねる音が駐車場に響いて止まった。ボール拾おうとしたら気付いた。バッシュ、レブロンスペシャル。ウチらがあげたやつ履いててくれたんだ。
「レイカ、ここ見てあげて」
セイラがシオンの首のとこ指してる。穴、二つ。そうか。ここからシオネのスピード、バネ、判断力、目的意識、賢さ、一途さ、優しさ、勤勉さ、向上心、楽しみ、笑い、うれしさ、悲しみ、涙、苦しみ、汗、幼心、経験、思い出、友情、愛情、夢、将来、そしてかけがえのない命が抜き取られたんだね。涙出てきた。
「カリン、お願い」
カリンがゴリゴリゴリゴリ。
カハ! て音させてシオネがセイラの肩から口を放した。シオネの牙から赤い糸が引いている。うまそ。シオネは目をつぶったまんまでコーコツの表情をしてる。体をゆっくりとゆらしながら。
「カリン、スリバチ貸して。セイラが代わるから」
セイラがゴマすってる間、シオネはなんだか子守唄を聞いてる赤ちゃんみたいだった。信じらんないかもしんないけど、幸せそうにみえたんだ。
しばらくそうやってゴマスリをして、いいタイミングで車に戻ってきた。シオネの元を去るとき、セイラの唇がサヨナラって動いてた。
「ウチらね、こうやってシオネやココロに血をあげてるの」
そうだったんだ。
「怖くないの?」
セイラの首、血がついてるよ。
「友だちだもん。それに、ネズミやカエルとか襲ったりしないで、少しは人間らしい生活して欲しいもん。・・・・死んじゃってるのに、可笑しいよね」
セイラ泣き笑いしてる。オカシクないよ。それと、セイラの首、血がついてる。
駐車場にシオネのユニホーム姿はもうなかった。
「シオネ、どこに行ったの?」
「戻るところ? シオネには戻るところがないの、家が火事になったから」
ウチ、それ知らなかった。
「空き家とか、森の中の暗いところとか探して隠れてる。でも、どうにもならない時は土に潜ってるみたい」
「シオネの髪の毛、パサパサだったのって」
「あ、あれは、もともとだよ」
「リンスとかしないでいつも洗いっぱなしだったじゃん」
そうだった。試合相手から辻女のトロール人形って言われてた。
「一度、死んじゃうと、その後は何をしても体は変わらないって」
そうなの?
「レイカはどう思った?」
セイラ息が苦しそう。それと首に血がついてる。
「なんか、悲しかった」
セイラは血がついてる。
「それだけ?」
「ウチ、じっと見ていられなかったから」
セイラの血が気になって。
「セイラだってそうだったよ。でも何回も何回も、ミルク、あ、ごめん。セイラたち、これのことミルクタイムって言ってるんだ」
「ココロもシオネも、ウチらにすがってくる感じが、赤ちゃんみたいなんだ」
カリン照れてる。わかるよ、ゾンビの姿してても二人にとってははそうなんだね。それなら二人は、ココロとシオネのおかーさんじゃん。ウチも欲しいな。セイラの血。なーんかあちーな。この車はよ。話題変えよ。
「なんで金髪にしたの?」
「これ? これは、セイラだってすぐわかるように」
「声をかけても、通りすぎちゃうことあるから、どうしたらすぐ気付いてくれるかなって」
「役場の駐車場で目立ってた」
金髪男。
「やっぱ見られてたんだ。レイカみたいな人見かけたから、もしやって」
見かけたじゃねーぞ、轢きそうになった、だろ。
「一人だった」
「うん。カリン仕事忙しいし、セイラもなかなか時間合わせらんないカラ、一人でやる方法考えてさ」
セイラの首のタオル、血が滲んでる。あっちーな。この車。窓開けろや。熱すぎんぞ。カリン。
「ゴマスリの音、録音しといて、スマフォで再生させたんだ」
「そんなことで、制御できるんだ」
「この間初めてやって出来たんだよ。ちょっと反応は遅かったけど。だから他にミルクを用意する必要はないって分かって」
「用意って?」
「セイラ、カリンみたいに体力ないから」
「ちがうよ、必要なのは量じゃない。だってココロはそうじゃない。ゴリゴリだっていらないんだよ、ホントーは」
セイラ、それくれよ。いいだろ。ほら、ヨコセッテバよ。その血が着いてるタオル。ウマそーだな。
「ココロのことは分からないけど、ミルクがいるの。あの子には、たくさんのミルクが」
「きっとシオネだってそうだよ。信じていればうまくいくんだよ」
「セイラがシオネを信じてないっての? 何よ! シオネのこと何も知らないくせに。セイラたちのこと放り出したくせに」
「ん、これなんの匂い? レイカ!」
ウイーィ。ウイーィ。ウイーィ。ウイーィ。窓全開? 痛―い。カリン、車を急発進させる時は言って。頭ぶつけちゃったじゃん。
「タオル捨てて! はやく! 外へ」
「え? え? なに。 あ! いや」
セイラがゴリゴリゴリゴリ。
あー、何すんだよ。もってーねーな。うまそーだったのに。タオルとーのいてくよ。ざんねんだなー。
風にあたったら、なんか落ち着いた。
風、涼しい。
「もう大丈夫だよ」
セイラがゴリゴリゴリ。
セイラがゴリゴリ。
セイラがゴリ。
最大級のアウェー感。
「レイカ。ココロにも会って」
モチロンだよ。ココロにこの間のこと謝りたいもん。
「多分頷いてくれてんだろーけど、ミラー映んないから声でお願い」
「あ、はい。いいよ」
セイラ、ワラウな。さっきはゴメンね。
「ついたよ。ココロんち」
お化け出そう。って、いまさらか。
「ここにいたんだ」
「そうだよ。ほとんど出てこない」
「なんでこないだウチとこ来たんだろ」
「はっきりとは分かんないけど、血が欲しいのとは違う理由の気がする」
どうしてそれがわかるの?
「この子は、休んでてもらうから、レイカ行こう」
「カリン。ゴマスリは? セイラがやらなきゃでしょ」
「そうか。さっきのことあるか。でも大丈夫? 顔色悪いよ」
「セイラは大丈夫だから。白ごまだったよね」
「そう。ココロは白ごまが好き」
暗いね。なんか変な臭いする。段ボールの腐ったような。でもココロのとはちがう。ココロは日向の香りだもんね。
「レイカ。ホントに大丈夫だよね。さっきみたいなのは、やだよ」
「ごめんねセイラ。もうしない」
鼻つまんどくね。こーやって。やっぱ血の匂い嗅ぐと出ちゃうみたい。次は大丈夫。多分。自信ないけど。
「この奥だよ」
台所だ。窓目張りしてある。昼も暗いんだな。しかし、何もないね。テーブルも椅子も。ジュータンだけ敷いてあって。カリンがジュータン剥いだら床に扉が。地下室なんだ。
「ここだよ。レイカ扉持ち上げるの手伝ってくれる? すごく重いんだ」
重いの? 扉。そんなでもない。片手でいける。コンクリの階段。
「天井低い」
「コンクリート、厚いから」
檻がある。それと真ん中に椅子が一脚と隅に古ぼけたロッカータンスが一つ。
「子ネコのパパとママが最愛の娘を閉じ込めておくために作った檻」
子ネコって?
「ぶっとい柵だね」
「かわいい一人娘でも、やっぱり怖かったんだよ」
「しばらくは、子ネコのママ、子ネコに血をあげてたんだよ。でも、自殺しちゃったんだ。耐えられなかったみたい。そのあとすぐパパが逃げ出して、子ネコは取り残された」
「そのころから、セイラたちが子ネコにミルクあげだしたのは。あ、セイラは1、2回だけだけど」
そうだったんだ。女バス仲間なのに今まで何にも知らなくてゴメンね。
「待ってるの?」
「ううん。もうここにいるよ」
どこ? 檻にはいない。
「ちょっと気持ちの準備させて」
カリンが息をゆっくりと吐いた。そして深呼吸して、
「ココロ」
ギー。ロッカータンスが開く音。通学靴。スカートのプリーツ。赤黒い血のついた辻女の制服。ココロ。名前を口にしないための「子ネコ」だったのか。
「カリン。ココロだよ。ウチのことすき?」
「すきだよ。生きてるとき言ってあげなくてゴメンね」
ココロがカリンに近づいて、少し体をかがめてカリンの首筋にゆっくりと口を持って行く。歯を立てているように見えないのはなぜかな。カリンが鼻をすすった。
カリンがココロの制服の襟首を少し開いて、二つの穴を見せてくれる。シオンのと同じ二つの穴。ココロがくねくねしだした。
「ココロ、脇の下弱点だったでしょ。今は他の場所は何しても感じないんだけど、脇の下だけはこうなんだ。かわいいでしょ」
うん。ココロかわいい。喉が小さく上下してるのも赤ちゃんみたい。
「おかしいな。いつもはこれくらいで自分から放すんだけどな」
「カリン。ココロってこんなミルクの飲み方?」
それはシオネの時とずいぶん違うように見えた。
「ほんとだ。目を開けてる。今までこんなことなかった」
ココロは焦点の定まらない目できょろきょろと、あちらこちらをに視線を飛ばして落ち着かない様子。
「入口に何かいる? 音がするみたい。レイカ見える?」
うん。いるよ。改・ドラキュラが。ココロあいつが分かったんだ。改・ドラキュラ、近づいてきた。こっち降りて来る。くそ、ウチだって、ザ・デイ・ウォーカー。って、何ができるんだっけ。いいや、適当に戦えば、何とかなるっしょ。あれ、逃げてくよ。この間は、ぐいぐい迫ってきたのに。変なの。カーミラ・亜種じゃないから?
「セイラ、ゴマすって」
セイラがゴリ。
え? セイラ倒れた。限界だったんだ。
「レイカお願い。ウチもたないかも」
スリ鉢、割れちゃってる。どうしよう。そうだ、スマフォ。セイラのスマフォにゴマスリの音が。どこ? ポケット。カバン。あった。あれ? このスマフォも反応しない。どぃうこと? ひょっとしてヴァンパイアってスマフォ使えないの? それはないっしょ。女子の必須アイテムなんだよ。
「カリン。大丈夫?」
「そろそろ、ムリ」
どうしたらいい? このままじゃカリンまでやられちゃうよ。ココロお願い放してあげて、ほら、口を開けて。はやく開けてって。そうだ、ウチのゴマスリストラップ。カバン。どこ? 車の中だ。急いで取りに。うわ、改・ドラキュラ戻ってきた。今度は大量。カーミラ・亜種と混合軍。階段下りてくる。ワッシワッシ降りて来る。くっそ、カリンたちに近づけちゃいけない。とにかく外に。うおー。ウチだって、みんなの役に立つんだ! テメーら、いい加減にしやがれ! くっそ。邪魔だっての。重いな。どんだけまとわりついてんだよ。出口狭い。マダラハゲが壁に擦れてんぞ。そのメタボバラが邪魔なんだって。ダイエットしねーと娘さんに嫌われっぞ。あ、なんか端っこのやつちょっとハラ引っ込めた。おかげでとーれるよ。よっしゃ、出たー。扉締めんぞ。だめだ、届かねー。足でなんとか。届け―。よっしゃ、出来たぞっと。扉に挟まって潰れたやつ。ま、いっか。締まったから。くっそ、テメーらどきやがれ、まとわりついてんじゃねーんだ。ウチを誰だと思ってやがんだ! くそー。アッツいなー。こいつら、すごい体温。苦しくなってきた。離れろよ。離れろって。手足いうこと利かない。苦しいよ。死ぬ。ウチは死ぬんだ。ここで、お終いだ。
イッテーナ。だれだ、ビン投げつけやがったのはよ。割れちゃったじゃねーか。アッツー。お! この味。うめーぞ。どっから飛んで来たんだ。しかし、うめーな。ミワのスムージー。ミワがいんのか? どこだ? うまいミワはどこだ? 邪魔だっての。カス。どきやがれ。すり潰すぞ。どけや、コラ。どけつってんだろーが!
あー、何だ? 何が起こった? 蛭人間はどこ行った? ま、いいか。ミワはどこだ? この扉の下か? お、いたいた。今そっち行って、食ってやっかんな。ん? ミワじゃねーな。お、人間じゃねーか。どっから食うかな。
(食べちゃダメよ)
ママ?
(食べちゃダメよ)
ママ。これもニーニーのなの?
(ちがうわ)
ママ。これもミワちゃんも、だめなんてやだよ。
(わがまま言わないって約束したでしょ)
ママ。おいしいのダメなんて、レイカやだよ。
(お約束守らない子は、ごはんぬきです)
ママ。ごめんなさい。もうわがまま言いません。
(もう寝なさい。ママのレイカはとってもいい子)
ママ。ごめんなさい。ちゃんとお約束守るからトントンしてくれる?
(ネンネ。ネンネ。トントン。トントン)
・・・・。
ゴリゴリゴリゴリ。
どこ? ここ。なにこれカーテンかけられてる。やだ。ウチ、裸だ。誰? どこなの? ウチのミサオを奪ったイケメンは?
「レイカ」
「カリン? 無事でよかった」
ウチ皆殺しにしたと思った。またガマンできなくて。
「ゴメンね。こんなところに閉じ込めて。でも分かって。ウチらあんたが怖い」
檻? 地下室なの?
カリン、寝たまんまって、起き上がれないんだね。無理もないね。セイラは? ゴマすってるのか。
「ごめん。それやめてくれる?」
「ゴマするの、やめてあげよ」
「でも。この子あんなに」
「いいよ。やられるんなら、夜のうちにやられてたから」
ゴリ。
「レイカは、昨日ね・・・・」
「悪いんだけど、何か着るものくれないかな」
「あ、ごめん。ちょっと待ってて。車にあると思うから、取ってきてくれる?」
セイラ、足もとフラフラ。扉開いててよかった。外は明るいんだね。ココロどうしたろ。
「レイカ、寝たまんまでゴメンね。体力使い果たしちゃったみたい」
セイラより吸われてたからね。セイラ戻ってきた。
「車の中、これしかなかった」
やっぱり『血塗られたJK』コスなんだ。あ、カレー☆パンマンはいいです(無声)。
「昨日の夜のこと」
「だいたいわかるけど。ココロは?」
「そのことだけど。昨日の晩、レイカが怪物になった時、あ、ゴメン」
「いいよ」
どうしたってウチは怪物だよね。
「辺りにいた蛭人間が全部、・・・・アレに群がって、おっきな蛭人間団子になったんだけど」
〈蜂球戦術という〉
また? いーかげんにしろ、げっぷやろー。
「アレは地下室の外までそいつらを引き摺って行ったんだ。そして、扉が閉まったら、しばらくしてすごい地響きがして」
「うん」
「収まったと思ったら、今度はアレが扉開いて降りてきて、ウチ正直終わったと思ったけど、そうじゃなかった」
「・・・・」
「ココロをウチから引き離そうとしてくれて、でも中々ココロは離れなくって、そしたら」
「そしたら」
「アレがなにかココロにささやいたの」
「なんて?」
「わからない。でも、それでココロはウチからはなれてくれて、離れたら今度はアレの首にかみついて、しばらくそうしていたんだけど、満足したのか、いつものようにロッカータンスに戻って行った。今は、その中で寝てると思う」
ココロ、ロッカータンスの中にいるんだ。よかった。
「そのあとは、ウチが襲われる番かと思ったら、アレはそこに倒れて動かなくなった。ウチらもそのまま気を失ってしまって気づいたら明るくなってて、レイカが檻の中に裸で倒れてた」
「だから、上からカーテン持って来て掛けて」
「今ココ」
「ココロみたいになった人は、フツーはヴァンパイアにかみつかないって聞いてたけど」
「蛭人間もかみつかないって」
そうなんだ。いろいろメンドーなんだね、ザ・デイ・ウォーカーって。
〈蛭人間どもは噛みついたのではない。奴らは、蒸し殺そうとしたのだ。ニホンミツバチが大スズメバチを蜂球で熱殺するのようにな。そもそも蛭人間というネーミングからして・・・〉
「勝手にしゃべんなって」
〈蜜蜂人間のほうが・・・・〉
「あー、うっさい!」
「レイカ。大丈夫? 一人でしゃべってるけど」
「あ、気にしないでください」
「ヴァンパイアも大変そうだね」
けっこー辛いです。
「カリン。セイラそろそろ帰りたい。立てる?」
「うん。なんとか。肩貸してくれると助かる」
置いてかないで。またウチ、放置プレー?
「あのー」
「鍵かけてないから自分で出ておいでよ。一緒に帰ろ」
セイラがカリンに肩を貸して階段に向かおうとすると、
「ココロにさよならして行かなきゃ」
ココロ、ロッカータンスの中で丸くなってた。まるで寝床の子ネコみたい。ココロの寝床には普段着と一緒に、女バスの9番ユニホームが敷いてあった。そういえばココロ、ヒマワリのいなくなる前の日、初めてユニホームもらったんだよね。サブはいっつも二年生だったから。ココロすごくうれしそうだった。あの時だけは、ギスギス忘れてみんなでお祝い言ったよね。結局、最初の事件で休部状態になっちゃって試合はなかったんだけど。ん? この中の匂い。そっか、日向ぼっこしてきた子ネコの匂いなんだ、ココロは。
地下室を出ると、家の半分が吹っ飛んで外が丸見えだった。誰がこんなことしたの? って、多分ウチなんだよね。ココロの大事な寝床、壊してゴメンね。
この町はやっぱどーかしてる。しんと静まり返って、何も起こらなかったよう。
「レイカ。送ってくよ。乗って」
「歩いて帰りたい気分」
「そのカッコウで? 『血塗られたJK』だよ」
そだった。ん? 木ノ芽のイー香り。庭の隅っこに植わってるや。お墓がある。手、合わせにいこ。フォー、ブンチャー、チャーゾーっていうんだ。
「ありがとう。それ、ココロが飼ってたネコたちのお墓」
わかるよ。でも詳しい話は聞きたくないな。
†【ヒビキ】
何日ぶりかでカイシャ来てみたけど、あたしの机あった。なければないで清々したのかもしれないけど。
「ねーさん。カイシャ出てきていいんですか? 謹慎9月末までってもっぱらの噂ですけど」
それはすでに噂でもなんでもないだろ。うるさいからついてくんなって。あたしは厚生室の住人に用があるの。いるかな? いたいた。北村シニアマネ。
「ヒビキくん。よく来たね。進捗はどうだい」
「大方は、見えて来たんですけど、聞いてもらえますか?」
これまでに分かったことを障らない範囲で話してみた。北村シニアマネは聞き終わると、しばらくバランスボールでブーラブーラして、
「さすがだね。そこまで分かったならどうしてここに?」
「まだ宮司さんの奥さんのことが把めてないからです」
「関連があるって思ってるんだ? 社長の案件と」
「はい」
「なぜだい?」
「町長みたいな余所者が、400年続いたかれらのネットワークを勝手にできるとは思えないからです」
「裏に誰かがいると」
「多分、千福オーナーが」
「なるほどね」
「20年前に何かあったんじゃないかって」
「私が、辻沢不動産を落とした時って言いたい?」
「はい」
「何故?」
「3カ月では短すぎるからです。お師匠さんが教えたのなら『碁太平記白石噺』新吉原揚屋の段は3カ月ではあがらない」
「何かあって、強制終了させられたと?」
「そうです」
「まあ、お稽古がどれくらいかかるかは教わる人に拠ると思うけれど、そんなところかな。ヒビキくん、よく調べたね」
ここに携帯の持ち主、調由香利が登場することになるとは思わなかった。。レイカのママだ。調由香利は知る人ぞ知る美人で、辻沢の男どもが秋波を送っていたのはよく知られた話。ところが北村シニアマネが千福オーナーのところでジョールリを習ってたころ、何の前触れもなく身籠ったという噂が流れた。彼女をものにした幸せ者はいったい誰か、町の話題はそのことで持ちきりになったが、それが大学のサークルの先輩と知れると、辻沢の男どもは大きな落胆を通り越して怒りを露わにした。辻っ子じゃだめだったのか? ごら! と。
でも、それは表向きの話。当時、宮司の奥さんであるお師匠さんは宮木野神社を出て、千福オーナーのところに居候する形で生活をしていたが、そこに大学を卒業し辻沢に戻った調由香利が行儀見習いに来ていた。ところが突然、お師匠さんは宮木野神社に帰ってしまう。それは、ちょうど北村シニアマネが辻沢不動産を落とした日だ。そして、そのあとすぐ調由香利懐妊の噂が立ったのだった。
どういうことか。その相手というのが実は千福オーナーだった。そのことを知ったお師匠さんが辻沢不動産の登記簿、権利書その他いっさいを持って千福の屋敷を出、それを北村すなわち社長に託したのだ。腹いせだったという人もいるがどうして社長に渡したのかは今も分からない。以後、二人の交流は絶えた。
その後、被害にあった辻王の家刀自、レイカの祖母が生まれてくる子の後見人になるとともに、世間体を気にしてカゲ婿としてレイカの父親を迎えたという。
「調は宮木野さんの直系。千福は志野婦さんの直系。いわば、弟が姉を犯した形になったわけ」
志野婦神社の隠された真実。志野婦は実は男。だから陽物神輿。
「ジョーロリが唯一無二の楽しみだった千福オーナーは、絶交とともにそれも断たれてしまってね。それで千福オーナーは、宮木野が定めたシキタリをことごとく否定し始めた。人を襲わない。人の為すことには黙って従う。その他いろいろね。まるで駄々っ子さ。それに便乗したのが町長。彼は二人の不和を利用することで、我々のネットワークの金と票をかき集めることに成功し町長になるきっかけを掴んだ」
我々?
「北村シニアマネのお家の屋号って」
「遅延証明」でも「小房の粂八」でも「鬼平の密偵」でもなく、
「ロ乃辻だよ」
千福の所に3カ月も入り浸れたのは宮木野の血筋ゆえだった。
「お師匠さんは、清算しようとしてるんですかね?」
「そうかもね」
「社長も同じく」
「多分」
「なぜでしょうか?」
「うーん。私にもよくは分からないんだけどね」
「脅迫されたからでしょうか?」
「脅迫? ないよ。そんなもの。私が知る限りではね」
「調由香利の死は?」
「そうね、それもあるかもね。でも薄いな」
「じゃあ」
「辻沢をきみたちに託したくなったんじゃないかな。キレイにしてね」
ありがとうございました、北村シニアマネ。これで3プロジェクトの相関が見えた気がします。厚生室無くなったら、北村シニアマネ、バランス・ボールチェア、プレゼントしますね。紫のがすっぽり収まるやつ。
†【レイカ】
ただいま。っても、返事あるわけないか。
「お帰りなさいませ」
高倉さん。来る日だったっけ。
「今日は特別にまいりました」
そうなんだ。
「お昼はどうされましたか?」
お昼ご飯まだ食べてない。これから作るの大変だな。
「店屋物でもとりましょうか」
それがいいです。そうしてください。
「どんなものがよろしいですか?」
なんでもいいです。おいしければ。
「お風呂、沸かしてありますから、待ってる間にいかがですか」
そうしよ。昨日の晩、入らなかったし。
気持ちよかった―。なんか久しぶりのお風呂って感じだった。てか、げっぷひどくなってきたらしくって風呂場で変なおっさんたちの薀蓄聞かされ続けってのもね。たまんないね。いつまでこれ続くんだろ。作左衛門さん、人に拠るって言ってたからな。まったく、どいつの話もウィキペディア見れば分かるよーな内容バッカでうんざりだよ。ん? このニオイは? イヤー、なんか和むねー。気分いーねー。おー、うな重だ!
「おいしそーですね。これ頼んでいただいたんですか? お金払います」
「いいえ、こういう時のためにと、前よりお母様から預かっておりましたので」
ん? どぃうこと?
「お母様はもしものことがあった時にと、レイカ様のために、色々ご準備されていらっしゃいました」
織り込み済みってこと? まいっか。まず食べよ。
「さ、お召し上がりください」
おいしそー。いただきまーす。
お、うちに山椒があるなんて。山椒掛けてっと、また掛けてっと、もっと掛けてっと、まだまだ掛けてっと。
「あの、かけすぎかと。山椒が山盛りになっていますが」
あ、ほんとだ。もうちょっとかけて。もうちょっと。んーいい匂い。
「お食べになりませんですか? ずっとそうして鼻をお重につけていらして」
はーい。これでいい感じデズ。
「しかたがないです。辻のヴァンパイアですから」
だよねー。山椒のことだけはママが正しかったよ。これは人をダメにする。って、高倉さんなんでそのこと知ってるの?
「私は棒辻の者。辻王にお仕えする家のものですので」
高倉さん、介護士じゃなかったの?
やっと、頭がはっきりしてきた。高倉さん、山椒片づけちゃったんだね。どこに隠したんだろ。
「山椒は我々の弱点です」
知ってます。
〈山椒の皮に含まれる痙攣毒、麻痺性成分キサントキシンが、ヴァンパイアの中枢神・・・・〉
「だまらっしゃい!」
ひぇ! ビックした。高倉さん、すっごい迫力。
〈・・・・〉
おー、黙ったよ。なんかママに叱られたぼーずみたいだな。
「今のでしばらくは黙るでしょう」
「ありがとうございます」
高倉さんの笑顔、初めて見た。
ゴリゴリするのはなんでか知ってます? ケッコー効き目あるっぽい。シオネやココロにも効いてた。
「あれも、我々の激情を鎮静させる効果があります。ただし、山椒のスリコギでなければなりません。屍人もこれは同じです」
そうなの? でも、セイラはスマフォの音でも放してくれたって。
「それは、その方たちに特別な繋がりがあるからです。屍人であっても大切な人のことは分かるのです」
そうなんだ。セイラとシオネ、気持ち繋がってたんだな。これ聞いたらカリンたちきっと喜ぶよ。
なら、ココロはあの時どうしてカリンを放してくれなかったんだろ。
「きっと、親に、つまりはその方を殺したヴァンパイアに操られていたのでしょう」
え?
「親は屍人を支配し、自由に操りますから」
あの時カリンがココロの様子がいつもと違うって言ってたけど、それは蛭人間を怖がってじゃなくって、親のヴァンパイアに操られてたからなの? ひょっとして、普段出歩かないココロが窓口のウチに会いに来たのも。
「レイカ様を見に来たのでしょう。親のヴァンパイアがその方の目を使って」
そうだったんだ。でもなんでウチなんかを。
「そうそう、ミワ様はどうされてますか?」
ん? 急にミワちゃんの話。ミワちゃん、連絡付かないんです。
「お母様とミワ様のことを、お話しておこうと思いまして。いえ、この間は、大変失礼なことを申しましたが、もしや誤解されているのではないかと思い、正しくお伝えせねばと」
高倉さんが話してくれたのは、ミワちゃんが何かの疑いを掛けられて、六辻家の筆頭ってことで辻王のうちに預りの身となっていたということだった。詳しいことは高倉さんも知ってなくて、とにかく疑いが晴れるまでは、うちで生活をすることになっていた。でも監禁とか軟禁というわけではなかったんだって。二人は友だちのように仲良くしていたって、ママが殺された最後の日まで。あれ? ママが死ぬ少し前に出て行ったんじゃなかったっけ。要するに、高倉さんは、ウチが居なくなったから、ミワちゃんを娘替わりに家に置いたわけではないってことが言いたかったみたい。ウチとしては、なんだっていいけど。
その後は、高倉さんとビデオを一緒に観た。高倉さんがパパのコレクションを整理してて、一度観てみたかったっていうやつ。『死霊伝説〈完全版〉』ていうヴァンパイア映画なんだけど、やたら怖かった。それがね、高倉さんたら、映画とか見慣れてないらしくって、いちいち反応して、「キャー」はいいとして「あれま」とか、「これはいけません」とかっていちいちうるさくて。怖いシーンなんか、クッションで顔隠して端から見てるんだから。乙女かっての。うちからすれば、そんなのがなんで怖いのってのまで悲鳴あげたり青い顔したりで、面白スギ!
でも、あれだよね、おんなじシーンでも人によって反応が違うんだなってことあるよね。前、N市のシネコンでドラキュラ映画を観たんだ。けど、その時は反応が真逆でびっくりした。ドラキュラ伯爵がジョナサン・ハーカーの髭そりを手伝っててカミソリで肌を切っちゃうシーンで、カミソリに付いた血をドラキュラ伯爵が舐めとったの。べろって。まあ、その気持ち良く分かるけど、その時はこれはゾゾゾってするところだなって思ったんだ。でもね、映画館では笑いが起こったの。他のたくさんのお客さんが笑ってた。あれ? ひょっとしてこれって可笑しいんかな、フツーに観てたら可笑しいシーンなのって、とっても不思議だった。なんだったんだろ、あれ。
高倉さんとさよならした。なんかいっぱいしゃべったな。高倉さんとしゃべると楽な気持ちで話せるからかな。癒されるっての? 多分、高倉さんはヴァンパイアじゃないよ。ヴァンパイア同士はもっとギスギスなんじゃないかな。女バスの最後の頃みたいに(実際に、ミワちゃん、ナナミ、ウチ、それにヒマワリも? ヴァンパイアの血筋だったわけだし)。それに、高倉さんの棒辻の家は、六辻家とは違うって言ってたから。棒辻は、棒という名に意味があるようですよ。屋号でもないです、だって。
棒辻が六辻家でないって聞いて、やっと、チタルの家が六辻家の一つっていうのがすっきりした。高倉さんに血の樽って書くんでしょって聞いたら、いいえ。乳が垂れると書きます。母の乳を意味する家柄で、六辻家最上位の家のハズだって。どっちなの。
第3回女子会のお知らせ。場所、町役場の駐車場。時間、8時半。参加者、女バス関係者全員(川田せんせーは除く)。備考、戦える格好をしてくること。送信元、ミワちゃんのアドレス。
月がぽってりとして明るい。バワオー! ってそれはサスガニ違うか。とりあえず、Tシャツにビブスとバスパンで来たけど、よかったのかな。カリンの紫キャベツ、役場の駐車場にぽつんと。そーっと、ぬきあしさしあし。ウイィー。あ、気付いてた? セイラ。
「遅いよ。後ろ乗って」
みんなそろってるね。ちょっとゴメンね、も少しつめてくれる? ナナミ、ありがと。ガーバン。ミワちゃん?
「レイカ、おっす。元気してた?」
そーいう感じなんだ、今日のミワちゃんは。
セイラ、新しいMYゴマスリセット。今度のキャラは「あんたかベービー」っていうの。かわいいね。でもウチ、知らない。ふーん。パパがミニバスやってた頃に流行ったんだ、かなりむかしー。スリコギに「I can Dunk!!」。セイラらしい。
よく分かんないけど、これから決戦なんだって。何と戦うの?
「ココロとシオネの敵を討つ」
カリン、勇ましい。で、敵ってだれ?
「町長」
「えっと、みんな了解済み?」
「「「イチオ―」」」
で、作戦会議。
「町長が、運営の元締めだった」
そなんだ。
「町長は、蛭人間を操るヴァンパイア。かなり手ごわいと見た」
ありえるね。
「そして『R』の『死霊の塔』ステージの最後が町長室。つまり町長がラスボス」
「そこにヒマワリもいる」
「ひょっとして、制服聖女エリって、ヒマワリのこと?」
「その可能性が高い。確認できてないけど」
おー、ヌッパとビーチ姫。
「ダブルチームを組んで、それぞれギジドーを目指す」
え? 一人あまるんだけど。マネージャーだからウチ放置プレー?
「ミワとナナミ、それとレイカは東棟から」
了解。それとレイカって。
「この子とウチは、西棟のジョーシツ寄ってから行く」
ジョーシツ?
「情報管理室。ネットワークとかデータベースとか管理してる」
カッコイー。そこで何するの?
「ギジドー前で、落ち合おう。じゃ、ケントーを祈る。スレイヤー」
え、『R』の続き?
「まちがえた。辻女ファイト」
「「「ファイト」」」」
「じゃあ、ウチらは先に行こう。サーバー室は大丈夫?」
「メンテでーすって言えば、スルー」
「今夜のイベントは『妓鬼・フィーバーナイト』だ。きっとやばい実況やってる」
「そうだけど、ちょっと不安」
カリンたち行っちゃった。
役場はとーに、みなさんご退出されてるけど、見上げる円盤の中では、何かが蠢いてる。
「あたしらは町長をやっつけて、この歪んだ町にあのころの輝きをとりもどすんだ」
ミワちゃんの戦える格好ってやばい。鉢巻にサイリューム3本差して、丑の刻参りみたい。しかも迷彩服って。
「ねー、ミワちゃん」
「なによ? こっち、気が立ってるから話しかけないで」
「やっぱチーム名決めとかなくちゃじゃない。ねー、ナナミ」
「うっさいな。どーでもいいしょ。名前なんて」
まー、ミワちゃんのカッコがカッコだから、ナナミのスケ番お蝶は許すよ。
「だって、ウチの好きな映画で、『ヴ、ヴァ、ヴァンパイアーズ 最後の聖戦』ってのがあるんだけど。ヴ、ヴァ、ヴァンパイア倒す人たち、チーム名あったから」
「おま、またそーいうこと言って。やっぱレイカ、オタクだろ」
「ちがうよナナミ。スリコギに誓って」
「は? 何に誓ってんだよ笑」
「どんなよ。言ってみ、イチオ―」
ミワちゃんありがと。ミワちゃんはいつだってウチの味方だね。
「映画のはチーム・クローっていうのだけど」
「くろーしそうな名前だから、却下」
「ミワちゃん、ちがくてね。ウチはもっとウチらに合った名前をって」
「じゃあ、チーム・レイカでいいよ。基本、レイカに戦ってもらうんだから」
そうなの? みんなは何すんの?
「ちょっと待って、それってヴァンパイア倒す側のチーム名じゃない?」
「ビンゴ! さすがナナミ。バチカンに雇われた人間のチーム名」
「ならダメだ。あたしらヴァンパイアの血筋だ。逆に、ヴァンパイアのほうは名前なかったの?」
「悪の軍団とかは?」
ミワちゃん、それちょっとだっさい。
「ヴァンパイアのほうはヴァンパイア―ズだった」
「いいよそれでいこ。ウチら向きだ」
「でも、まるパクリだし」
「じゃあ、ケツだけパクって、レイカーズでよくね。バスケっぽいし、ウチらにピッタだ」
おー、ナナミ、あんた冴えてるよ。レイカーズ。レイカーズかー。かっこいいな。レイカーズのザ・デイ・ウォーカー、レイカ! って誰か言ってほしい。あとでユニホーム揃えよね。今度はウチもゼッケン付きがイイな。できれば渡嘉敷来夢ちゃんの10番がいいな。
「辻女レイカーズでどう?」
ミワちゃんさすが、辻女こそウチらのアイデンティティー。
「よし決まり、じゃ、いくかい?」
「腕出せ!」
「いくよ! 辻女レイカーズ。敵は町長一人! やってやれ!」
「「「すりつぶせ!」」」
ミワちゃん、ナナミ、カリン、セイラ、ヒマワリ、シオネ、ココロ。みんなの腕、みんなの顔。思い出しちゃったよ。あの頃が一番幸せだった。
「レイカ」
ナナミ。
「いこう。レイカ」
ミワちゃん。
かつーん。かつーん。(効果音サービス。以下略)
「ミワちゃんだよね」
「あたしはミワだよ」
「じゃなくて、ココロの家で、スムージー投げてくれたの」
「なんのこと?」
「あれ、ミワちゃんのスムージーだった」
「あたしのスムージーは特製おっぱいスムージーだ」
知ってるよ。それ。
「元気に育ってな」
うん。
「ミワちゃん」
ミワちゃん、心ここにあらず。
「なんでもない」
やっと着いた。足ガクガク。
「ナナミ、この扉締めないで。鍵掛かっちゃうから」
「わかった、この竹刀挟んどく」
ギジドーの扉、少し開いてる。
「なんか、やってんね。中で」
「あの壇上にいるの、誰?」
遠くてよく見えないけど、マダラハゲのメタボばらはどっかで見たような。
「誰か来るよ」
エレベータが昇ってくる。
「ここにいたらやばいカラ、あの部屋隠れよう」
ミワちゃん、そっちはもっとやばいよ。ミワちゃんってば。あーあ、入っちゃった。ナナミも行くの?
「何やってんの? 早くおいでっての。ナナミも早く」
「大じょーぶなの? 誰もいない?」
「誰もいないよ」
静かだね。あ、エレベータが開いた音した。誰が来たんだろう。隙間から。
「小島さん。あれ、小島さんだ」(小声)
「誰だって? 知り合いなの?」
「うん。ウチのお向かいのオジサンで、セーヘキ持ちなんだよね」
「セーヘキはお前の方だろうが。レイカ」
って、誰? 痛っつー。またアタマ殴られた。ほんと、誰なのよ。
・・・・。
・・・・。
(ねえ、ウチら友だちだよね。なら、助けてよ。お願い)
・・・・。
何も見えない。ん? 音がする。何の音かな。ジュルジュルって。あ! これはきっと、死人のエキスをすする音だ。アン・ライスの『ヴァンパイア・レスタト』でそーいう場面あったもん。石の牢屋に閉じ込められたレスタトが、飢えに苦しんでる時に、ジュルジュルっていって、死んだ人からにじみ出るエキスをなっがーい舌ですすって、コーコツとすんの。きっとウチはたくさんの死体と一緒に石の牢屋に閉じ込められてるんだ。また、ジュルジュルって。怖いよ。ゾクゾクする。楽し。
「ホントに、性懲りもなく。ジュルジュル」
この声、聞き覚えある。
「お前は昔っから変わらねーな。ジュルジュル。そーいうとこ直せよ。ジュルルル」
ヒマワリ? ヒマワリだ。生きててくれたんだね。助けに来たよ。この目隠し取って。おねがい。顔を見せて。って言いたいんだけど、なんで声でない? ガムテか。まっず、ノリの味。
「んんんじゃわからねーよ。ジュル。ほれ、ヒマワリ様の顔を拝みな」
眩し。ここは? 壁にかかってるの町のマークだ。町長室? なんだ、石の牢屋でないんだ。残念。あれ、またムーディーな部屋に戻ってる。あ、秘書さん今晩は。でも、ちょっと待って。よっく見ると。ヒマワリ? ヒマワリだよね。ヒマワリ、なんかやつれたね。やっぱりココロと同じで着てるの制服。って、それ違うガッコのなんだけど。ショーケースのやつだ。袖にDJって入ってるやつ。ヒマワリ、キレイ。じゃなくて、なんで、ヒマワリそんなの着てるの?
「なんでこんな服着てるかって聞きてーのか? マダラハゲの趣味に付き合わされてんだ。ムリヤリ」
ヒマワリのパパってそういうセーヘキ持ちなんだ。お互い変な肉親持って苦労するね。
「お前の兄貴もみょーなセーヘキもちだから、ウチのくろーもわかんだろ。ジュ。おっとゼリーこぼしちまった。ティッシュ、ティッシュ。制服汚したらマダラハゲがキレやがるかんな」
ゼリー? あ、それ。ウチのドカ盛り白桃ゼリー。なんでヒマワリが食べてんのよ。わかった。ヒマワリだね。ウチの机に変なメッセージ入れたの。このゼリードロボー。
「は? 今、ウチのことドロボーって思ったろ。ここはウチの家みたよーなもんだから、ここにあるのは、みんなウチんだかんな。それにちゃんとお礼置いといたろ」
なにコイツ? わけわかんない。そーだ。ミワちゃんとナナミは。
「何探してる? お友だちか? あいつらは議事堂だ」
え、捕まったの? じゃあ、助けに行かなくっちゃ。
「ヒマワリ。お願い縄をほどいて。あ、喋れた」
「お、お、お、お。本性見せたな。このお天気おねーさんめ」
お天気おねーさん? あ、ザ・デイ・ウォーカーのことね。
「どうなってんの?」
「牙だよ。牙出てっから」
ホントだ。牙出ちゃってる。
「ほー、お前の牙は、出し入れ自在なんだな。回転とかすんのか?」
グリングリン、ウイィーン。イィーンウ。ウイィーン。
「一度出るとなんでもOKな感じみたい」
「感心するよ。抜けそーな歯みたいに、指で押すとぐらぐらとかしてんのか?」
指で押すと? あれ? 手、動かない。
「ヒマワリ、お願い。縄をほどいて」
「縄? ジュジュル。何のことだ?」
「だって、体動かない」
「おめでてーな。お前は、そろそろ自分のキュージョー理解しろや」
どぃうこと?
「このゼリー賞味期限切れてたぞ。今度はちゃんとしたの買っとけ。って無理か。もうすぐ死ぬ奴が笑」
「もうすぐ死ぬって?」
「これだよ。貧にゅー」
痛―い。人のおっぱい足蹴にしないでよ。カンボツになったら許さないからね。え? なにこれ。 刺さってる! ウチの胸に木刀、エグイの刺さってるんだけど。痛いよ。腰立たない。力でないでーす。
「なあ、レイカ。お前、とんでもねーことしてきたな。くわばらくわばら」
「なんのことよ」
「お前はこの期に及んでしらをきる気か?」
「なんか、時代劇っぽいね。ヒマワリの言葉」
「お、人の気にしてることをズケズケと。ずっとここに閉じ込められてっから、普段TVバッカ観てんだよ。でもな、ここのTV、いろいろ壊れてて、昼しか観れなくって、やってるの火サスとか時代劇の再放送しかねーんだ。わるいか?」
そーいえば、ここのTV、いまどきチャンネル、ガチャガチャやるやつって、地デジとかどーなってるの?
「じゃ、鬼へーとかみてたんだ。火サスもウチ、好きだよ」
「だから、その危機感のなさはなんだよ。お前死にかけてんだぞ」
「あ、そうだった。でさ。ウチ何したの?」
「ったく。殺しだろーが」
つまり、ウチはザ・デイ・ウォーカーのセーヘキを生かして、辻沢のヴァンパイアたちの肉親を殺しまわってる殺吸血鬼鬼ってことにされてて、その審判が今夜行われるから、ギジドーにミナサンが集まってて、結果によってはウチは打ち首ゴクモンになる。ってことでいい?
「まあ、そんなところだ」
ヒマワリ、鼻くそほじってきったない。それをどこにやる? 町長の名札になすくってるよ。
「まさか、ミワちゃんやナナミはもう?」
「コロシやったのはレイカだろ。どうしてミワやナナミが審理されなきゃならないんだよ」
「ウチら仲間だもん」
「お前は、ミワたちに連行されて来たんだぞ」
?
「わっかんねー奴だな。お前はミワに刺されたの」
? ?
「辻女レイカーズは、町長を倒して、ヒマワリを救いに来たんだよ」
「なんだレイカーズって。NBAのチームにあったよーな」
「ちがうよ。あれはレーカーズ。そっちのパクリじゃないから。ウチの名前から付けた。でも辻女レイカーズはみんなのチームだ」
よっし、決まった。
「まったくショーもね―な。ミワもよくまーこんなボケとつきあってたな。ま、それもこれも、この殺人鬼を連れてきて、ウチをここから解放するためだけどな」
あ、殺人鬼でいいのか。いやいや全然よくないよ。
「で、ウチだれのこと殺しちゃったの?」
「まず、一昨年に9人。去年が12人。今年になってからが6人だ。その中には自分のママも入ってるってんだから、恐ろしい女だな」
「そんなに? てか、なんでウチがママを殺すわけよ」
「知るか。セーヘキ持ちのヴァンパイアのすることなんて」
「ウチはセーヘキ持ってないよ」
「お天気おねーさんてのは、セーヘキじゃねーのか?」
「そっちはそうだけど、そのセーヘキでなく」
「まあ、いずれにせよ。お前が真犯人なのはそのセーヘキが証明してるからな。ヴァンパイアが眠ってる昼間にねぐらに忍び込んで寝首欠くなんてこと出来るのは、昼間出歩けるお天気おねーさんしかいねーからな」
「でもウチ、ミワちゃんにヴ、ヴァ、ヴァンパイアにされたのついこの間だよ。2年前はおろか1年前とか先月の分とか説明つかないでしょ」
「そもそも論で、お前のトコロの辻王は、生まれて来た子はすぐにヴァンパイアにするって、ミワの調査報告書ではなってる」
「調査報告書?」
「潜入捜査のだよ。ミワは危険を顧みずに、お前んちに忍び込んで、巷で噂になってることを調べ上げたんだよ。けなげじゃねーか。ウチのために」
高倉さんの言ってたこととまったく逆。
「しっぽをつかんだから、お前は今日連行されてきたんだ」
「でも、ウチがずっとヴ、ヴァ、ヴァンパイアじゃなかったのって、ヒマワリだって知ってるよね」
「何言ってんだよ。お前はずっとヴァンパイアだったよ」
「そんな、ウチのことちっさいころから知ってるじゃない」
「ちっさいころ? ミワとお前んちによく連れて行かれたよな。何て言ったけか、お前のきもクソ兄貴」
「その時だって、うちヴ、ヴァ、ヴァンパイアじゃなかったでしょ」
「ホントにそうか?」
「いっしょに楽しく遊んだよね」
「楽しく?」
「おままごとしたり」
「物色したり?」
「お医者さんごっこしたり」
「味見したり?」
「そんな言い方って」
「なんだ? お前んちに呼ばれるタンビに、ウチとミワはブルブルだったかんな」
(「ヒマワリはボクの。ミワはレイカの」)
(「なんで、いっしょに遊ばないの」)
(「おいしいおかずはひとりじめにしたいから」)
(「ニーニーやめてあげて、ヒマワリいたがってる。かみつくのやめて」)
(「おまえもミワにかみついてみろよ。きもちいいよ」)
(「ミワちゃんって、おいしいの?」)
ミワちゃん。ウチは・・・・。
「やっべ。火サスみてーに、犯人の前でついペラペラしゃべっちまった。なんせ、こんなに人と話すのは二年半ぶりなもんで」
「ヒマワリ。大変だったね」
「ああ。泣けるよ」
ヒマワリが食べ終わったドカ盛り白桃ゼリーの容器を部屋の隅のゴミ箱にシュートした。キレーな放物線を描いて、町長室を横切って、壁にかかったおもちゃのゴールボードにあたってゴミ箱に吸い込まれた。
「よっしゃ!」
やった!(小声)
「ま、レイカが殺人鬼云々の話は、お前らを陥れるポンチ絵だ」
(「チョーくん。このパワポにシステム構成のポンチ絵入れといてくれる?」)
(「シラベだっつーの。いーかげん人の名前覚えろよ、ササマダラが。ねーねー、ユメカ。ポンチエってなに? おいしーの」)
(「ばっか、レイカ。挿絵のことだよ。ササマダラは、わざとあーいうの。貫禄出そーと思ってか」)
(「ばっかじゃなーい」)
(「ねー。若いくせに」)
「誰がウチを陥れたの?」
「レイカのボケは全然治ってねーな。マダラハゲに決まってるだろ」
「なんで?」
「そりゃ、保身だよ。保身。ゲームで儲けようってのはよかったんだけど、やりすぎて辻沢のヴァンパイアに手を出したのがまずかった。それで皆さんがお怒りになってて、誰かを犠牲にしなけりゃ収まらなくなってる。あのマダラはげ、アー見えて小心者でよ」
あー、なんか分かる。自信なさそーな感じ。何かにすがってなきゃやってられない感じ。
「ほれ、ここに、これもそうだ。あっちの棚の上にも。隠しマイクもな」
隠しカメラだらけの部屋なんだ。
「こうやって逐一監視しないと落ち着かないらしい。ま、小心者ゆえの猿知恵と行動力はたいしたもんだがな」
そなの?
「シオネが行方不明になった時、すぐさまウチを行方不明にさせた、とかな」
「シオネが行方不明になった時? ヒマワリを? 逆だよ、順番」
「それが逆じゃないんだな。シオネは、ウチの捜索願が出される前に、すでに行方不明になってて、非公開捜査状態だった。それを助役という情報を素早く握れる立場利用して、実はうちの娘がその前からってやって、先に公開捜査に踏み切らせた」
「なんで、そんなこと?」
「娘が行方不明ってことは、犠牲者様の仲間入りってことになるじゃね―の。しかも行方不明者第一号なら誰も疑わない」
「なんで、そこまでして?」
「辻沢の人間で、あの事件がヴァンパイアと関係ないって思ったやつはいない」
「ウチはまったく思わなかった」
「はあ? 黙れ、ボケが」
「じゃあ、辻沢のヴァンパイアは人を襲うことが禁忌ってぐらいは知ってるよな」
「最近知った」
なあに? その握りこぶし。
「マダラはげは、もともと余所者のヴァンパイアだ。疑いが掛けられれば、目論んでた町長選の出馬も危うくなる」
「だから、いつまでも欠番にこだっわってるのか」
「なんだ?」
「なんでもない。で、ウチが犠牲にされる理由は?」
「辻のヴァンパイアさんたちが、餌を殺されてお怒りなわけ」
「ウチが殺したのって、殺してないけど、殺したことになってるのって」
「特殊要介護者の介護人。つまり、ヴァンパイアたちの餌。食い扶持をなくしたヴァンパイアがお前の部署に泣きついて来るって構図だ」
「特殊戸籍課のお客さんって、ヴ、ヴァ、ヴァンパイアだったの」
「いまごろ・・・・。ボケは一生治らんのだな」
ヒマワリこそ、鼻くそほじる癖、治ってないじゃん。
「まあ、仕事熱心なヴァンパイアが、必死に業績伸ばそうとして、やっちゃったと」
「そんな」
「お前がいつ勤め始めただとか、最近ヴァンパイアになっただとかは誰も知らないし、知りたくもない。事実なんてどうでもいい。皆、誰かが処刑されるのが見たいだけだ」
(「ゴリゴリ! 殺せ! ゴリゴリ! 殺せ! ゴリゴリ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」)
「カワイそうだが、大人の事情ってやつ。そういう点じゃ、ミワも犠牲者だがね」
どぃうこと?
「シオネとココロを殺した犯人が誰だか知ってるか?」
「・・・・」
「知らねーのか? とんでもねーな、ママハイってのは」
「・・・・」
「ミワだよ」
「え?」
「正確に言うと、そういうことにされたんだ。大人たちに」
「大人たちって?」
「六辻家の面々だよ。ミワに暗示を掛けてそれをムリヤリ信じ込ませた。あいつが時々変なのはそのせいだ」
その時、町長室の扉が乱暴な音をたてて開いた。
「おっと、きやがった」
そいつが町長室に入ってきたときは、蛭人間かと思った。マダラはげのメタボバラ。
「ヒマワリさん、ごきげんよう」
うげ。お前が言うな。
「寮長先生、ごきげんよう」
寮長先生? ヒマワリの声ちっさ。
「おや、殺人鬼さん。町長の名において、アタシがしっかり成敗してあげますからね」
町長なの、これが? ウチがこの間会った町長とはまったくの別人。ヒマワリはどこ? 部屋の隅で縮こまってる。
「ところでヒマワリさん。いつまで大塔宮女子学院の冬季制服を着ているのです?」
「はい。申し訳ございません。寮長先生」
さっきの威勢はどうしたの? ヒマワリ、なんでこんなところで服脱ぐの? 制服の下、パンツとブラしか着けてないんだ。ヒマワリすごく痩せちゃったんだね。あのしなやかだった体はどこいっちゃったの? 背骨、曲がってない? 肩甲骨が飛び出て見える。どうしたの背中いっぱいの傷の跡。
ヒマワリは、そのままの姿で脱いだ制服をショーケースのマネキンに着させると、テーブルの上の丁寧に畳まれた違う制服を着はじめた。今度のは胸に三つ葉の模様のついた明るい緑のやつ。
「三ッ葉女子学館高等学校の夏季制服に着かえました。寮長先生」
「そう、それでいい」
「二時間ごとに着替えて私に見せに来る。約束を破ると」
「鞭で打たれます。寮長先生」
「今回は、私が来てさしあげたからいいようなものの、そうでなかったら」
「鞭で打たれます。寮長先生」
「よろしい。こっちに来なさい」
ヒマワリは体を固くして、動こうとしない。
「もう一度いいます。ヒマワリさん。こっちに来なさい」
やっぱり動かない。
「命令に背くと」
「鞭で打たれます。寮長先生」
ヒマワリの声、震えてる。
「制服の裾を上げ、向うをむいて、壁に手をつきなさい。早く!」
町長が、机から鞭を出して手にすると、牙の生えた口の端から汚い色の涎をたらし、ヒマワリのいる方へ歩み寄っていく。
ヒマワリ、ヒマワリ、ゴメンね。ウチ何にも知らなかった。違う。知ってた。ヒマワリがパパのことで悩んでるの知ってたのに、話を聞いてあげなかった。ウチは逃げだしたんだ。だって、そんな深刻な話、ウチには受け止められそうになかったんだもん。ホントは、みんなの苦しみを知ってたのに、ウチはこの町から逃げ出しちゃった。ヒマワリ、ゴメン。ミワちゃんゴメン。みんな、ゴメンね。
なんとかしてあげたいけど、体が動かないんだもん。ヒマワリを助けてあげたいけど、この黒い木刀のせい? 動かない。ウチはホントに役立たずだ。みんなが怪我したり、体調を崩したりして大変だった時だって、ママの言いつけを理由に、コートに立たなかった。ウチだって中学の時バスケしてたのに。ごはんの時左手で食べたり、みんなが帰った後こっそりシオネにコーチしてもらったり、家の近くの公園でドリブルの練習とかしてたんだよ。でも、見てみないふりした。ごめんね。ヒマワリごめん。知ってたんだ。ヒマワリが、膝、ダメにしてたの。それなのにヒマワリは、テーピングもしないで、試合に出てた。試合の時は痛い顔一つしないで、更衣室で一人で足を押さえて泣いてたのウチ知ってたのに、何もしなかった。ヒキョー者だ。ウチはヒキョー者なんだ。
ヒマワリ、逃げて、お願い。せめて逃げちゃって。そいつは怪物だから。逃げていいんだよ。パパなんかじゃない。娘にボーリョク振うなんて、怪物のショギョーだよ。
猛烈な菜っ葉が腐った臭いが部屋に充満してる。ウチは頭を下げて目をつぶってた。何回も何回も鞭で皮をたたく音がする。町長室にヒマワリのひずんだ悲鳴が小さく響く。その一つ一つの音は、ヒマワリの命を削り取り、心をコソゲ落とす音。
音がする。ヒマワリの命が削られてゆく。
音がする。ヒマワリの心が消えてゆく。
ウチは、涙をぬぐうこともできなかった。ウチはまた、みんなのことをミゴロシにした。
長い長い時間が過ぎてやっと、音が止んだ。町長がウチの前を横切って机に屈んだ。その横顔はもう人のものじゃなかった。
「女の子たちを寄越しなさい」
荒い息遣いをしてインターフォンで人を呼んだ後、ウチの方に歩いてきて、
「すぐに罪を償わさせてあげよう」
と言って、そいつは町長室から出て行った。
ヒマワリ。どこ? 大丈夫? じゃないよね。
「あー、うぜー。どんだけSなんだよ。マダラハゲめ」
ヒマワリがよろよろしながら、ウチの目の前まで来て町長の机に腰かけた。ん? ヘーキな顔してる。
「こんなのを何年も続けて、バッカじゃないのかね。何が寮長先生だよ」
「大丈夫? ヒマワリ」
「心配すんな。この程度のこと」
「ホントに? すごく痛そうだった。辛そうだよ」
「辛くない。痛みなんて三ヵ月で感じなくなったし」
「でも悲鳴を」
「ああすっと、すぐやめっからさ。あ、これオフレコな」
あんがい、ホントなのかも。
「ヘンタイオタどもの退屈さに比べたらまだましな部類だ」
「ヘンタイオタ?」
「忘れろ。お前には関係ない」
(「すでに制服着てらっしゃるエリ様に、どうやって着ていただくんだ」)
(「・・・・生着替え」)
「制服聖女エリ様はヒマワリ?」
「どうしてそれを知ってる? そうか、セイラだな」
また鼻くそほじって。
「あのゲームとSNSの仕様は全部ウチが決めた。打ち合わせもウチが仕切った。町長室広報としてな。3年前だ。その打ち合わせでセイラが端っこの席で一生懸命メモ取ってた。最後までウチのこと分からなかったみたいだったが」
鼻くそ、こっちにはじくなって―の。
「セイラが? なんで」
「あいつの勤め先のYSS。そこに役場が発注した」
「そうなんだ。それで、どうしてわざわざ自分でキャラになったの」
「暇つぶしだ。システム完成したら暇になるだろうと思って。それに自分の作ったゲームをやってる奴にも会いたいと思ってな。最初はみんな眉をひそめたが、蓋を開けてみるといつの間にかキラーキャラクタになってた。お、お迎えが来たぞ」
ヒマワリの後で扉がゆっくりと開いた。なんで? なんでココロとシオネがここに来てるの?
「なーに、鳩豆な顔してんだ。親が呼んだんだろ」
ほんとだ、地下室の時みたいに落ち着きがない感じ。
「じゃあ、やっぱり、ヒマワリのパパが?」
「チゲーだろ。マダラハゲのゾンビは、みんな蛭人間になっちまうから。せっかく制服の似合う子を見つけても、血吸ったら蛭人間になるって嘆いてたぞ。バカだろ」
エーキューに嘆いとけっての。それじゃあ、だれが?
ちょっとココロ、脇の下くすぐったいよ。シオネも。抱え方、もうちっとなんとかならない?
「ヒマワリは? 一緒に行こうよ。こんなとこ出よ」
てか、ウチどこに連れてかれんの?
「ばかだな、お前と一緒に出てったらウチがお前に味方したってことになるだろ。ミワが命かけてるってのにそれはできねーの」
「そか」
「ごシューショーサマ。レイカはこれからハリツケゴクモンっと。じゃ、ゼリーまたよろしくな」
死んだらゼリー届けらんないでしょが。扉しめちゃった。ヒマワリってば。ねーヒマワリ。
ヒマワリは来ないな。決めたら梃子でも動かない。いいよ、ココロ、シオネ。行こう。連れて行って。
細い廊下だね。今、後ろでドスンっていった。町長室の中で。ヒマワリ、やっぱり。ごめんね。ウチまた見て見ぬふりした。立っていられるはずなかったんだ、あんなことされて。顔色一つ変えないで、ウチのこと心配させないように。さすがウチらのキャプテンだよ。ふがいない、ジブンが。涙とまらない。
ココロ、シオネ、脇くすぐったいって。それと、ゆっくり引っ張ってくれる? 進むタンビに胸の木刀が痛いんだよね。抜いてくれっとありがたいんだけどな。それはダメなのね。ん? ここで待ってるの? ギジドーの中に入っちゃだめなのね。わかったよ。おとなしく待ってる。
横から見るとギジドーってこうなってたんだ。ミワちゃんとナナミどこだろ。マダラハゲが、前に出てナンカ演説してる。
†【ヒビキ】
展望エレベーターだけ稼働してる。今もだれか昇って行ったけどこれは使えないな。
「ユサ、サーバー室、何階だっけ?」
「鯖? 7階」
西棟の階段は外に入り口があるんだっけ。あれ? ドア開かない。鍵掛かってるのか。しかたない外階段を昇るか。今日は風はそれほどでもない。戦える服って、思い付くのがこれしかなかったんだけど。トリマ、ニッカボッカスタイルは乙女としてどーよってのは置いておく。ユサはユサでどうしてゴスロリなの? それ戦える服? 駐車場、結構車停まってる。ノーブルシャイニングホワイトのエクサスはっと。えーと、あった。隅っこの方。この仕事、12時59分までに方付けられれば、あれはあたしのものっと。
「ヒビキ、なにムフムフしてるの?」
しまった、つい。
ここの階、廊下しかない。左はずっと壁で、右側の窓から上方に議事堂の円盤が見えてる。一番奥に扉。秘密基地か? 重そうな鋼鉄の扉。厚さどれくらいあるんだろ。小窓開いた。
「誰だ?」
「システム監理のユサです」
中の人、眼光鋭い感じ。
「合言葉は?」
マジか?
「宮本君。ふざけてないで、早く開ける」
「すんませーん。カードかざしてくださいね」
扉、ぶあつ! 10センチ? 15センチ?
「ユサ先輩、何かのイベントですか?」
「あ、この格好? そう、今夜は町長主催の仮装会議」
「えー、いいなー、ボクも参加したかったなー」
「今度、上に頼んどいてあげるよ」
「ホントすかー、あざーす。えっと、そちらの方はー」
「この人、本社の人」
どうぞお入りください(無声)。こんばんは。あなた大丈夫? 青い顔してるけど(無声)。眼光鋭いんじゃなくって、疲れて落ち窪んでるんだね。床高くなってる。なに? スリッパに履き替えろって? ゴミとか極力サーバー室に入れないためですか。ナルホド。
すごく涼しい。中だだっぴろ。まったく窓がない。唸るような音、やばい。耳痛いくらい。あの縦長の黒い箱みたいなのがサーバーか。何本もあるかと思ってたけど数えるほどしかない。ずいぶんと余裕もたせて置いてある。床の黄色い線で道を作ってて、そこを歩けってのね。道以外は区画になってて、そこに番地が振ってあって、そこにサーバーを置く感じ。でも、それがほとんど空き番地で障害物ない。ショートカットしちゃお。結構これだけで踏み外し感味わえる。よ! はっ!。
「ヒビキ、何してるの? こっちだよ」
はいはい。
「これがSFS、『スレーヤー・ファウンデーション・サーバ』」
音すごくうっさい。シャーーーーって音ずっとしてる。けっこう大がかりなシステムなのに、小ぶりなマシンなんだな。
「ちっさいんだね」
「でしょ。これで、今市販されてる鯖の中じゃ最高スペックなんだよ。32コア256スレッドの石が・・・メモリーは・・・・ストレージも100ペタバイト・・・・VPS構築してて・・・・、こっちがDBサーバで・・・・、この子たちが壊れても、カイシャに同じのあって可用性が、・・・・」
そなの? 全然わからない。そこらへんのことは。
「どんどん小型化していってる。この部屋も建設当時の全町のシステム要件からこんなに面積確保したけど、ムーアの法則甘く見てたみたい、設計者」
半導体の集積率がどうたらって、あれ? だから、こんなにガラガラなんだ。
「えっと、光彩認証、書き換えできてるかな。ログインできたっと。あ、ヒビキ、そこの椅子に座ってて」
了解。ってか、めっちゃ寒くなってきた。さっきの人がダウン着てたのわかる。
「時間かかりそう?」
「そうね、15分ください」
それ以上いたら凍死する。
「彼、顔色悪かった」
「彼? あぁ、宮本君? 朝から晩までここにいるからね」
こんな環境に一日中? ゴリゴリ、ブラックだな。って、系列会社だし。
「辛くないのかな」
「ここでは鯖がマスターで、SEはスレーブだから、シカタナイの。でも、鯖のスレーブってどんだけ下流? って思うと笑」
サーバー(鯖)は給仕する人って意味だけど、役割的にはユーザー(マスター)の言うこと聞くからスレーブ。つまり奴隷。ユサが言ったサーバーのスレーブってのは奴隷の奴隷って意味。単なるIT用語の言葉遊びかもしれないけど、それに縛られて働いてる人がいるって思うと、笑えない。
宮本君、あんな隅っこの小さな机でモニターとにらめっこ。彼、何考えながら仕事してるんだろう。こんな窓もない一年中寒い部屋で。
こんなこと言ってると、また社長に「甘いぞ、ヒビキ!」って怒鳴られるかな?
「いいよ。終わった。次はジョーシツ」
宮本君、なんだか心細そうな顔してるのは気のせいか。
「宮本君だっけ? 頑張ってね」
「本社の方、またいつでも寄ってくださいね。次の時は温かいお茶やおいしいお菓子もご用意しときます」
「君の屋号は、『泣いた赤鬼』か?」
外に出たら、一気に静かになった。温かいのがありがたい。生き返った気分。
8階。ここが情報管理室。誰もいない。ユサ、さっそくPCに張り付いてる。作業完了? 早いね。
「これ借りて行きまーす。明日、返却しますのでって、誰もいないけど、一応」
でっかいバインダー。
「それ何?」
「システム設計書。入社したての頃、セイラが命がけで作ったの」
命がけで? 頑張り方あってたんじゃない。
「でも、あいつが全部横取りした」
「あいつ?」
「YSS 砂川システム開発部チーフ」
「誰それ?」
「高坂モンキーズ所属、ハンドルネーム、エイプ100」
あ!
「そう。ヒビキのおかげで、セイラ、SEに返り咲き!」
そうだったんだ。そういうことなら、あたしも死にそこなってよかったよ。
「さ、セイラ。議事堂へ急ごう」
セイラ、どうした? 立ち止まって。
「やっと、名前で呼んでくれたね。カリン」
また泣く。いままでごめんね、セイラ。
「ジョーシツの管理PCでしてたことって」
「議事堂にネット繋いどいた。スレッター見てもらうために」
センプクさんたち、待ってるな。ここからは、中階段。わ! ドア開けたら蛭人間だらけ。セイラ下がって! あぶなかった。でも、なんだか静かだな。もういちど覗いてみよう。逃げる準備して、開ける! 閉める! 動きなし。ひょっとして。
「カリン。ここの蛭人間、襲って来ないんじゃない?」
それ、考えてたところ。理由は分からないけど、蛭人間反応ない。8階から10階まで2階分上がるだけだな。水平リーベ棒しっかり持ってっと。
「セイラ。なるべく音立てないように」
刺激臭で息できない。虫の巣に入ったみたい。足元がぬらぬらしてる。粘液状のものが床から壁から覆い尽くしてて、きもい。すごい数の改・ドラキュラやカーミラ・亜種が列を作って階段に並んでる。中階段、下まで全部こうなの? うわっ! 滑った。手を床に付けちゃった。ウエー、ネズミの死骸だ。カエルの死骸とかあっちこっちに。手貸してくれてありがと、セイラ。
蛭人間、ゆっくり下に移動してる? あの人、高坂モンキーズのTシャツ着てる。ども、ご愁傷様です。下はスカートって、人員不足の影響? それにしても、この人たち、どうしてそば通っても反応しないの?
踊り場でわだかまってる。こんなところに洗面台? 飛沫が飛んできた。これ臭い。何してんだろ? 口から何か吐き出してる。ひどい臭い。吐き気してきた。
「蛭人間って、吸飲した血を巣に持ち帰るってあったよね」
集めた血をここで吐き出してるのか。ここは9階、厚生課の裏にあたる。そういえば吐き出した後のメタボバラ、小さくなってるような。こっち見てるのいる。知り合いじゃないよね。んわ! なにすんの! やめって! ぶっかけられた。逃げろ。はやく上まで。
†【レイカ】
<・・・・以上の報告をもって、辻王シラベレイカは、みなさんの大切なご親族を殺害したことが証明されましたので、辻王いや、殺人鬼シラベレイカの刑執行の闕を取りたいと思います>
上の席にいる人たち、ママのお葬式で見たオジサン、オバサンたちだ。何人ぐらいだろ。五十人はいるかな。前の方の札付きの席が六席。知らないオジサンがいる。ロ乃辻だって。ミワちゃん、いたいた。一番向うの辻一の席に座ってる。ナナミも、その後ろの席だ。札見えないけど、五カ辻の席かな。あとは、辻まんと辻王と血樽? 乳垂だった。真ん中のが、うちのなのかな。ニーニー、来る気ないよね。来たら助けてくれるかな、あの人。部屋から出て来ないか。無理だな。辻まんは町長だから、あとは血樽だけど、左側の席、誰も座ってない。
前の大きなモニターに議席名だって。辻王:除籍。辻一:出席。辻まん:出席。ロ乃辻:出席。五カ辻:出席。棒辻:欠席。
うちは除籍だ。ニーニーがサボってるからだよきっと。血樽なんてないな。その代わり棒辻が入ってる。高倉さんの席なんだ、あの空いてる席。
「それでは、賛成の方、ご挙手を」
まって、なんで全員賛成なの? ミワちゃん? ナナミ? 知らないオジサンまで。ミワちゃんこっち見てよ。おーい。ミワちゃーん。ナナミー。そんなでたらめに賛成しないでよ。
「賛成、4票。棄権、1票。無効、1票。よって、賛成多数で辻王シラベレイカの処刑は可決されました」
場内拍手。ミワちゃんも、ナナミも拍手してる。なんで?
割れんばかりの拍手ってやつ。
「それでは、辻王シラベレイカを場内に呼び入れます」
扉開いた。マダラはげがミワちゃんになにか合図を送ってる。ちょっと、ココロ、シオネくすぐったいっての。もー少しやさしく運んでいただきたいのです。胸、痛いし。ギジドーの真ん中に引っ張り出されちゃったよ。ライトがまぶしいね。これは公開処刑ってやつかな。
「ご覧の通り、辻王レイカが暴れ出さないよう、黒古木刀で心臓を貫いていますので、ご心配なく」
〈黒古というのは、山椒の古木のうち極めて硬く・・・〉って、いいよもう蘊蓄は。
こんどはどよめいた。心臓に木刀刺さって死なないのは、自分でもびっくりだけど、この痛みはあんまり味わいたくないな。あ、ミワちゃんこっち見てる。
「ミワちゃん。ちゃんと話して。ウチがついこの間ヴ、ヴァ、ヴァンパイアになったばっかりだって」
ミワちゃん、手を振ってくれた。笑顔で。通じてなさそ。
「少し、黙らせますので」
また、ガムテ。牙出ろ。さっきみたく牙出てガムテを食い破れ。ダメなの? 痛いなー。わかったよ、マダラハゲ。立てばいいんでしょ。よっこらしょ。やっぱ力でない。フラフラ。
ミワちゃん、下向いてないで、こっちに来てウチの疑いを晴らして。お願い。ミワちゃん。ウチら友だちだよね。ウチら幼なじみじゃなかったの?
(「お前んちに呼ばれるタンビに、ウチとミワはブルブルだったかんな」)
(「ミワちゃんって、おいしいの?」)
ヒマワリ、ミワちゃん、ホントーにごめんね。ウチ、どうしようもないダメ女だ。
「それでは、処刑方法を発表します。前のモニターをご覧ください」
『抜血後、穴埋めの刑』
「血を全摘出後、地下一〇メートルの穴に埋葬します。これで、二〇〇年は出てこれませんので、皆様の安全は二〇〇年の間守られます」
拍手。
「全摘出は、私の屍人を使用するとお伝えしておりましたが、あれらは、今後も皆様のお食事を安心安全に供給できるよう、現在完全メンテナンス中ですので、代わりとしまして、シラベレイカの元同級生の女の子たちにお願いしたいと思いますが、いかがでしょう」
満場の拍手。つまり、どぃうこと。ココロ? シオネ? まさかね。そーなんだ。そーいうことなんだ。
「レイカ、オレたち友だちだよな」
「さ、返事をしなさい」
うるさいぞ、マダラハゲ。お前に言われなくても返事するんだって。もうウチにはシオネたちに血を分けることしか、役にたてないんだもん。
近いね。シオネの顔。シオネがこうなってから、ちゃんと顔を合わせるのって初めてだ。シオネってこんなにかわいかったっけ。なんだか、ファーストキスのときの乙女みたいじゃない? こんなこと言ったらシオネいやがるね。目の色、深い灰色だったんだね。キレイ。瞳の中に何か見える。深い、深い暗闇の中に。
星空。遠い街並み。山影。吹きすさぶ風。冷たい雨。ざわめく森の木。落ち葉。倉庫。コウモリ。空腹。脇。リスのしっぽ。歯がゆさ。稲の香り。田んぼのぬかるみ。カエルの足。玄関の扉。懐かしさ。父の顔。怒声。刃物。驚愕。火。恐怖。炎。焼け落ちる家。冷たい水。寂寥。ドブの臭い。ハゲデブ。ネズミの死骸。敗残。朝日の恐怖。土の臭い。ムカデ。ゲジゲジ。ダンゴ虫。駐車場の光。金色。友だち。セイラ。バスケ。温もり。レイカ。
「レイカ。オレたち友だちだろ」
「うん、シオネ。友だちだよ」
いたくないよ。シオネ。いっぱい栄養付けて風邪ひかないようにね。
「レイカ。ウチら友だちだよね」
ココロ。ココロ、こんなにきりっとした顔立ちだったんだね。やさしい顔をしてると思ってたけど、強い気持ちが現れたきれいな澄んだ目をしてる。青みがかった黒い瞳。ココロの目の中は、さびしい色だね。
暗い夜道。森。獣の足。変なオジサン。疲労感。山道。原っぱ。脇。重い足。風。月の光。町の灯。川の水。冷たい。魚。カエル。ママ。パパ。車。部屋。怒声。ネコたち。足。コンクリートの壁。ママ。温もり。泣き声。檻。すすり泣き。柵。泣き声。扉。静寂。扉。コンクリート。檻。変なオジサンたち。辛い。コンクリート。扉。檻。カリン。うれしい。カリン。すき。変なオジサンたち。嫌い。コンクリート。扉。檻。冷たい床。ロッカータンス。ゼッケン。うれしい。カリン。バスケ。温もり。レイカ。
「レイカ。ウチら友だちだよね」
「そうだよ、ココロ。ウチら友だちだよ」
ココロは、しっかりと噛むんだ。このほうが痛くないんだね。こうしていると、なんだか二人の赤ちゃんにオッパイをあげてる気分になってくるよ。お母さんって、赤ちゃんに自分の血を分けてるんだよね。すごいよね。ウチ、きっとオッパイ出なかっただろーから、二人にオッパイをあげて幸せを二つ分けてもらえた気がするよ。ありがとう。ココロ、シオネ。さようなら。これからもカリンとセイラに優しくしてもらってね。
高倉さん。わかったよ。カリンとセイラがこの二人をちゃんと受け入れたから大切な人であり続けたんだ。ココロとシオネのバラバラになってゆく思いを、カリンとセイラが一つ一つ丁寧に繋ぎ留めた。だから二人の間の絆が生き続けたんだ。
だんだん意識が遠のいていくよ。もうウチ無理かもしんない。立ってらんないかもしんない。
場内どよめき。なんか力がみなぎってるって感じなんだけど。どして? ココロ、シオネ。何したの? ウチに何が起こってる? 身体動く。まずこの胸の木刀を抜いて捨てちゃえ。
「あ、しゃべれる。あー、あー、ただ今テストのマイク中」
悲鳴。怒声。場内動揺。
「ご安心ください。この化け物は町長の私が退治します。穴埋めなどメンドーなことは言わずに、この名刀『火血刀』で即刻成敗しますので」
お、お前エグイ武器持ってるな。
「そこになおれ。この怪物め!」
お前が言うな。
〈地方自治体の首長ともあろう人間が、司法・立法・行政の弁えを知らぬとは、恥ずかしい限り。民主主義の教科書と・・・・〉
「あー、うっさいよ。こんなときに」
〈この町長は、議会政治の根幹の・・・・〉
「あー! 黙れってのこの・・・・」
場内どよめき。
「げっぷだ」
「げっぷを聞いた」
「辻王レイカは、生まれた時から、ヴァンパイアでなかったのか?」
「げっぷだ」
「なりたての、ヴァンパイアがする、げっぷだぞ」
「どういうことだ」
「げっぷだ」
「げっぷだ」
冷たく静まり返っていたギジドウに、熱気が起こりつつある。
「みなさま、ご静粛に、辻王家のヴァンパイアは下品ゆえ、いつまでもげっぷをするのです」
「辻のヴァンパイアに限ってそんなことはありえまい。余所者のお前のようなヴァンパイアこそ、汚らしい屍人を作る」
「言うがいい。すぐにその汚い屍人のありがた味を分からせてやる。その前にこの怪物の斬首をとくとご覧じろ」
町長が刀を振り上げると、それまでの熱気が一気に退いて、また冷たい空気で満たされた。
ココロ、シオネ離れてて、はやく。町長が切りかかってくるから。どいていて。はやく。
がっし。って、刀つかんじゃったよ。痛ったーい。掌に切り込んじゃってる。でも、絶対はなさないから。これで町長の武器は封じたよ。これからどうすれば。足、痛い。なんなの。蛭人間。新しめなのね。どっかで見たことあるTシャツ着てらっしゃる。あ、ゲリ男改めセーヘキ君。そーいうことになったんだ。ご愁傷様。これスリコギじゃない。尖らしてあぶないよ。あれ、足、力入らない。また、痛い。でも刀は放さないからね。くっそー、町長までいつの間にそんなぶっといスリコギ。
「最後までバカな辻王レイカに、過ぎ越しの唄でも歌ってやろうかね。辻沢の人間が歌うスギコギの唄とはちょっと違うやつをね」
「どこから穴をあけましょお。そーらよ」
痛い。脇腹!
「すぎこぎもって
ごりごりごり。そらよ」
ちくしょー。なんなの? 攻撃がテキカク。
「すぎこぎもって
ごりごりごり。ここじゃないねー」
肩! このスリコギすごく痛い。
「もうすぐ穴があきますよ。おやー、ここでもないねー」
お腹! 痛いよ。また、どんどん力が抜けてくよ。
「すぎこぎけずって
ぎりぎりぎり
すぎこぎけずって
ぎりぎりぎり なかなか死なないねー」
「そうら穴があきました。次は大本命! 脳天だー」
さすがにもう無理。ウチ終わりかも。
†【ヒビキ】
やっと着いた。服がどろどろ。セイラも? あたしのほうがひどい。うえー、臭いよ(無声)。議事堂の前、誰もいない。中で人の声する。隙間からのぞいてみよ。壇上でしゃべってるのは、きっとヘンタイ町長が変態したハゲメタボだ。何言ってるのかよく聞こえない。
(町長の声で)「えー、アタシはただのセーヘキ持ちのヘンタイメタボオヤジなのでー、どうかいますぐ、すり潰していただいてですねー」
ってキャプション付けてる場合じゃないか。傍聴席は満員の人。人? ヴァンパイア?
「ヒビキさん」
おっと、びっくり。
「お師匠さん」
「たくさん冒険をして来られたようですね」
冒険って言えば言えるかな。
「きっとよいお声がでるようになったことでしょう。ちょっと聞かせてくださいませんか?」
「それより、どうしてここにお師匠さんが?」
「そうそう、私もここに呼ばれたのですが、席があんな前なので入りづらくて」
傍聴席の前の方に6つだけ席があるけど、あれのこと?
「どの席ですか?」
「あの、右端の席です」
最右翼ってことか。で、よく見ると左翼にセンプクさんとスオウさんが座ってる。ナニゲに北村シニアマネいるし。
「カリン、前のモニターに、名前が6つ挙がってる」
六辻家ってあって、辻王:除籍、辻一:出席、辻まん:出席、ロ乃辻:出席、五カ辻:出席、棒辻:欠席。
「お師匠さんって、六辻家なんですか?」
「六辻家ではないのですけど、棒辻は私のことです。あれあれ欠席になってますね」
「誰か、引っ張り出されてきた」
「レイカ様ですね」
ホントだ。胸になんか刺さってるけど、大丈夫か?
「お師匠さん、シラベレイカをご存じなんですか?」
「はい、ようく」
どういう知り合いなんだろ。親戚とかかな、やっぱり。
「ねえ、カリン、両脇抱えてるのシオネとココロだよ」
「どうしてこんなところに」
「あの方たちの親が呼んだんでしょう」
たしかに親はいるけど。
「ヒビキさん。さあ、どうしましょうか? そろそろレイカ様のピンチかと」
わかってます。
「セイラ! 行こう」
「どうするの?」
「ウチは陽動部隊。議場で騒いでる間にセイラはスレッターをあのモニターに!」
よっし、これで準備完了! それいけ! カレー☆パンマン。
†【レイカ】
傍聴席から誰かが飛び出して来た。
「レイカ!」
なんでカレー☆パンマン? 場内。爆笑。でも見る人によって見え方が違うんだ。ウチにとっては、あのカレー☆パンマンはスーパーヒーロー。助けに来てくれたんだ、カリンが。
「あんたたちの親族を殺したのは町長だ!」
「これを見てください」
セイラ。いつの間に後ろに。でっかいバインダー抱えて。モニターに大写しになった真っ赤な背景のスレッター画面。妓鬼討伐の記事が投稿されたタイムライン。逐一増えてゆく投稿の数。
「なんだ、それがどうした」
「すべて、辻王がやったことだろ」
「違う。これは今現在辻沢で起こっていることだ。今まさに人間のゲーマーを使ってヴァンパイアを殺させてるんだ」
「ナニをいう。人間なんぞに、我々が殺せるものか」
「正確にはヴァンパイアのあなたたちの留守を狙って、お連れの方を殺させてるんです。今日は、皆さんがここに集まる日。それを狙ってゲームは『妓鬼・フィーバーナイト』を開催中です。大量のゲーマーが辻沢の街に放たれています」
「生実況を見せろ、セイラ。管理者でログインして」
「データベースのぞいたけど、セイラのIDだと参照までしかできなかったの。管理者IDは見れたけど、パスワードが暗号化されててダメだった」
「マジ? どうして言わなかったの?」
「だから不安だって」
「なんかそれらしいの入れちゃえば?」
カリン、それはちょっと乱暴すぎじゃ。
「設計書じゃ、初期設定時のパスワードはローマ字10文字の次にアットマーク、その後、三ケタ数字なんだけど」
「レイカ知らない?」
知るわけないでしょ。
痛い! このゲリ男改めセーヘキめ! ぶっ飛ばす。ここでウチがやられたら、ヒマワリにゼリー届けらんないから・・・・。
(あれ、ここに入れといたドカ盛り白桃ゼリーなくなってる)
(「それにちゃんとお礼置いといたろ」)
(「ごシューショーサマ。レイカはこれからハリツケゴクモンっと。じゃ、ゼリーまたよろしくな」)
(死んだらゼリー届けらんないよ)
そっか。ドカ盛り白桃ゼリーのお返しだったのね。
「レイカシネ! セイラ! ローマ字は、レイカシネだ」
「reikashine、OK、ちょうど10桁。あと数字3けた。数字なにか!」
「0から999まで全部入れれば? って無理か。ちょと出て来過ぎだよこのカーミラ・亜種」
「2回失敗するとロックされちゃうし」
「セイラ早く! ラストステージに改・ドラキュラ、こんだけいたら制服聖女エリ様に会うってほとんどムリじゃん。仕様おかしいでしょ」
(「あのゲームとSNSの仕様は全部ウチが決めた」)
(「なんと、制服聖女エリ様がお見送りしてくれた」)
(「これはありえん現象のようだぞ」)
(4階と2階だけ停まんなかった。縁起悪い)
ヒマワリが押したんだ、あの時のエレベーターのボタン。
「セイラ! 42。42入れてみて」
「42じゃ二ケタだよ」
「大丈夫。設計書v3.5 初期設定パスワード細則1『二ケタ以下の数字はゼロパディングすること』だから、42の前に0を入れて、reikashine @042。Enter! だめだ」
「そっか、初期設定パスワード細則5『ローマ字5文字目のみ大文字を使用すること』。だから、aを大文字のAに。reikAshine @042。 これで最後! Enter! よっし、入った」
傍聴席の人たち、モニターを見上げてる。暴れんな! 町長。
〈ただ今、西廓五丁目の妓鬼邸に侵入しました。ツレの1体は外出中という情報が、運営から事前通知ありました。この機をのがさず、一気に討伐します〉
「あれは、私の家の玄関の様子に似ている」
みんなモニターに見入っている。
〈寝ているヴァンパイアを今仕留めてきました。少し様子が変です。カーミラ・亜種などのような爆発現象はなく、ただ息絶えたように見受けられました。簡単すぎて後が怖いです〉
ギジドウのざわめきを、一つの怒号が全て打ち消した。
「辻まん!」(大音声)
〈人です。これは人間です。ヴァンパイアなどではない! ああー、オレは何ということをしてしまったんだ〉
傍聴席のあちこちから悲鳴が上がってる。本当にこの人たち、ヴァンパイア?
「町長! どういうことだ」
「このゲームが町に潤いを与えるのではなかったの?」
「貴様! 辻を裏切ったのだな」
「前からおかしいと思ってたのだ」
「だから、余所者なんかに町政を任せちゃだめだって言ったじゃない」
「うるさい! いまここで言うべきことか!」
なんか変な臭いする。菜っ葉の腐ったような強烈な匂い。うわ! なにコイツ。翼生えてる。町長って、ザ・フライヤーだったんだ。チートじゃん。それって、チートすぎだよ。ずるい。でも逃がさない。捕まえててやる。絶対放さない。誰か、ウチに武器を頂戴。こいつを八つ裂きにしてやる!
「ウチに武器を。とびきりエグイ武器を!」
カレー☆パンマンとったらカリン。サムアップ!
「みんな! 速攻でポイントゲットするよ!」
カリンがポイントガード。このゲーム任せたよ!
「ナナミ、ぼっとしてないで、サイドあがって」
「うるさいね。言われんくても上がるわ」
ナナミ。あんたの突破力にかなうやつはいない。当たって来るやつみんなぶん投げてやって!
「ミワ、ゴール下お願い」
立ち上がった。こっち歩いてくる。
「行け! ミワ!」
ミワちゃんのゴール下は絶対の安心。ミワちゃん、本当にゴメンね。
「セイラ、スクリーンお願い。大丈夫。ウチら蛭人間に気に入られてるみたいだから」
そういえばセイラたちのこと蛭人間が全然攻撃しない。うちの時はあんなにグイグイ来たのに。
「シオネ! 分かるかい。ナナミのパス受けて、ココロに渡して」
シオネ。大丈夫?
「ココロはそこでポスト!」
ココロ。頑張って! みんなも頑張って! ウチここで待ってるから! 絶対ポイントゲットして!
「行くよ! 辻女」
「「「「すり潰せ!」」」」
これはココロが出るはずだった最後の戦い。絶対負けられない! 勝ってヒマワリを取り戻すんだ!
ゲーム開始の笛が鳴った。ピ!
カリンが邪魔する蛭人間を交わしながら階段を駆け降りて、サイドを上がるナナミにパスを投げる。
ナナミがそれを受けてさらにサイドを上がれば、寄せて来たカーミラ・亜種をぶっ飛ばして、すかさずパスだ。
ナナミからシオネにパスが通る。ハッとさせたがギリギリのところでキャッチ。さすがシオネ。
シオネは、演壇前に構えたセイラのスクリーン使って、邪魔するゲリ男改めセーヘキ改め改・ドラキュラをかわし、
フェイクで惑わせながら、ポストのココロにパスを出す。
パスは見事にココロにわたって、振り向きざまのココロのシュート。
ウチの手に届きそうなところでギリギリ町長に払われて、武器は壇の下に。落ちたかと思えば、
そこにはミワちゃんが。ミワちゃんがきっちりリバウンド取って、すぐさまココロにパスを回せば、
ココロの上から押さえる町長の汚い手を交わし、アウトサイドに控えたカリンにダイレクトパス。
「カ・リ・ン・キ・メ・テ」
ココロ?
カリン、完全ノーマーク。涙を一拭き、ココロに向かって頷くと、狙いを定めて打った! スリーポイントシュート!
武器はゆっくりゆっくりウチの方へ。キレーな放物線を描いてくるくる回転しながら飛んできたのは、ピカッピカの水平リーベ棒? それでも必死にのばしたウチの指をかすって、
(「カリン、ハズすから」)
(「それな」)
(「しかも、カンジンなとき」)
(「それー」)
(「4ピリ残り三秒、逆転のスリーポイントとか」)
ギジドーに響く鈍い音。抱き着いた町長の全身がブルブルブルってなりはじめて。押さえてらんなくなって離したら。うわ、きっも。白目むいて激しく痙攣しだした。ばったりその場に倒れた町長。脳天にカリンが投げた水平リーベ棒が突き刺さってる。ちょうどその時、ギジドーの鐘が12時の時を刻んだ。ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン。
「よっしゃー! ブザービーターっしょ!」
カリンのガッツポーズもつかの間、町長が爆発炎上! 同時に、そこらじゅうの蛭人間が破裂して火を噴きだして、ギジドーは一瞬で火の海状態になった。
†【ヒビキ】
ココロ、シオネついてきてね。出口に殺到する人たち、三社祭の時のざわざわする気持ちを思い出した。
「この人たち、みんなヴァンパイアなの?」
セイラが立ち止まって呟いた。そう、これはヴァンパイアの集まりだったね。
「辻沢にこんなにヴァンパイアがいたんだ」
「そうじゃなくて」
「何?」
「そうじゃなくてね」
セイラ、どうして泣いてるの?
「人と変わりない。でしょう?」
お師匠さん、どこにいたんですか?
「ヴァンパイアとて、情報に振り回され、偏見や悪意ある言葉をうのみにし、家族を殺されてもおろおろして悲嘆にくれるしかできない、人と変わらぬ存在なのです」
「なのにセイラは」
「お師匠さんはセイラのことをご存じだったんですか?」
「前園様から色々と」
知り合いだったんだ。道理でね。
「だって、この子にミルクが必要だったから。あたし一人のじゃ、足りなかったから。だから。ごめんなさい。ごめんなさい」
「ユサセイラさん、それはもう良いではないですか。そもそもの始まりは私たちの仲間の過ちからなのですし。ここは痛み分けということでお互い水に流しませんか? 大事なのは未来です。ね、ヒビキカリンさん」
「はい。お師匠さんたちのお気持ちはよく分かっているつもりです」
「そうですか。それはよかった。どうか全て滞りなく完了しますように」
議事堂の扉が一斉に火炎爆風で吹き飛んだ。
「お師匠さん。早く逃げないと、炎が回ったらお終いです」
「それはいけません。どちらに行けばよいでしょうか?」
「西棟の階段はおそらく行けませんから、東棟に回りましょう」
あそこを行くのはシラベたちだ。 どこへ? ここ揺れてる。この円盤危ない。急がないと。お師匠さんこっちです。お師匠さんの手すごく冷たい。そうか。この人もヴァンパイアなんだっけ。
「ヒビキさん。あの人のことはどうやってお仕置きしますか?」
「シラベレイカをぶつけようと思っていたんですけど、あの様子じゃ、モチベが心配です」
「モチベ? ああ、やる気ですか。それは、こちらで何とかしましょう。ヒビキさん、ユサさん。下に着いたらちょっとお手伝いください」
その前に寄るところがあった。西棟へは6階まで下りないと連絡通路ないな。シカタナイから、セイラ先に行ってて、それとIDカード貸してくれる?(無声)。なんで? 分かったセイラも行く(無声)。お師匠さんを一人にできない(無声)。一緒に付いて来てもらお(無声)。
「いいですよ」
話し早いね、この人たちは。
ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。
「宮本君。大丈夫?」
「あ、ユサ先輩、セキュリティーロックが掛かってて、僕のカードじゃ出れないんですよ。何とかなりませんかね」
「あたしのセキュリティーカードでもだめだな。もっと上位の人のカードいる」
「少し、どいていてもらってください」
お師匠さん?
「宮本君。そこどいていて」
お師匠さんってば。あ、これ辻沢の香りだ。しっとりと夜露がおりだした夏の暮れ方の香り。木ノ芽、香る里。あたしたちの故郷の香り。
うわ! お師匠さん、鋼鉄の扉に突進した。扉が中にひしゃげ飛んでった。
「これで、出れますね」
鉄の焼ける匂いする。あーあ、宮本君、腰抜かしてら。
「ありがとうございます」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。ヒビキさん」
お師匠さん、髪のセットぐちゃぐちゃだし、お着物の肩のところぼろぼろになっちゃってる。高そうなお着物なのに。歩く姿、艶っぽくてなんだか遊女みたいだな。
「そうそう、さっき下の階でこれを拾ったんですけども、どうです? お二人さんかなり臭いますから、お着替えなすっては」
お師匠さん、紙袋たくさん持ってると思ったら、中身、辻女の夏服だったですね。それではありがたく。宮本君、あっち向いてなさい。あ、白目向いてる。ココロとシオネ怖かったんだ。
†【レイカ】
ウチは必死になって炎のギジドーを探した。ミワちゃんは? ミワちゃんがいない。
「ナナミ。ミワちゃんいない」
「きっと町長室だ。ヒマワリのとこ」
もいちど階段上がって、ナナミと町長室の前へ。扉に鍵が掛かっててあかない。
「ミワちゃん。ヒマワリ。一緒に逃げよう」
「ここを開けて。ミワ。逃げなきゃ死んじゃうぞ」
「ミワちゃん!」
中からヒマワリの声。
「あんたたちこそ、逃げな! もうこっちは火の海だから。すぐそこも火につつまれっから」
「でもヒマワリ、二人を置いて行けない」
「ウチらはレイカを売ったんだよ」
ミワちゃんの声。
「そんなの、あとで考えようよ。今は一緒に逃げなきゃダヨ」
「じゃあ、本当のこと言ってやろうか?」
「ママを殺したっていうんでしょ」
長い沈黙。ウチとミワちゃんたちを隔てる距離のような。
「そんなのナンカの間違いだから。きっとウチが真相究明してみせる」
〈何故なら、私は一流のミステリーを読み漁って・・・・〉
「うるさいね。こんな時に」
「大変だな。レイカ」
「ナナミ。ウチ辛い」
「レイカ! ここ傾いてる」
ホントだ、床が揺れてる。ふわふわした感じ。
「やっぱり、これ飛んで脱出するヤツ?」
「ばっか。落ちんだよ。はやく。非常階段へ!」
「でも」
「ウチらだけでも下まで降りなきゃ。こいつに巻き込まれたら終わりだ」
「ミワちゃん! ヒマワリ!」
ナナミに手を引かれて階段へ。
「誰だ階段締めたヤツ」
「展望エレベーターは?」
ドアが開いたから乗ってみる。
「動くみたい。ポチっとな」
ドアが閉まるより早く降り出した感じだった。気のせい?
「なんか、速くね?」
「うん。これ落ちてるっポイ」
「ウチら死ぬのか?」
「ナナミ、こっち来て」
「きめーな。レイカそういう趣味もあったのか?」
「もう!」
ナナミをお姫様抱っこする日が来るなんてね。
「テメ! 何する。この放せ」
足の下から激痛が全身を伝わり脳天を突き抜けて行った。エレベーターの箱、めちゃくちゃ。やば、もう少しで床のスプリングに串刺しになるところだった。扉開かないか。こっちの窓から出ちゃお。
「ナナミ、大丈夫だった?」
「うん。ってか、早く降ろせ。いつまで抱っこしてるんだよ」
宮木野さんの銅像、誰かに似てるって思ったら、これって高倉さんだよ、マンマ。
なんとか庁舎を脱出して、駐車場の端まで逃げて来れたけど、なんてこと、オジサン、オバサンがカリンたちを取り囲んでる。セイラ、失神しそうでしょ。やめたげて。
「ちょっと、何してんの?」
「辻王。この者どもはヴァンパイアの敵だ」
「償いをさせねばならん」
「レイカ」
カリン、違うよ。ウチはそんなんじゃないからそんな目で見ないで。この人たちとは別だから。何があってもカリンたちを守るから。
「オジサンたちの家族を殺したのは町長」
「違う。こやつらは」
((青墓の土へ帰れ))
さっぶ。あの声だ。零下三〇度だ。ニーニーの声だよ。頭の中に響いてる。ニーニーどこ? みんなには聞こえてるの? この声が。
「レイカ様、ご無事で。この者たちは、すぐに引き下がらせますので、ご安心ください」
高倉さん?
((皆の者、我が辻の血を汚すことのなきよう、速やかに安息の地へと戻るがよい))
寒い。フルエル。やっぱりあの時の声だけど、これは高倉さんの声だったの? そういえば、あの時高倉さんも居たっけ。
あれ、オジサン、オバサン帰ってゆくよ。案外あっさりしてるね。
「ヒビキさんたちも、気持ちをお楽にしてください」
高倉さん、カリンのこと知ってるんだ。背後でものすごい轟音。地響き。
「あらあら、盛大に落っこちましたね」
ギジドーがまっさかさまに落ちちゃった。脱出失敗ってこと。って、ヒマワリとミワちゃんたちは? 一緒? ウチ、助けに行かなきゃ。
「待ちなって。あれじゃ助からない」
「でも、ナナミ。ウチ、まだミワちゃんにちゃんと謝ってない」
「ああなったら、ウチら行ってもどうしようもない」
どれくらい経っただろう。ウチらは駐車場の真ん中で、やっと駆けつけた消防車や警察の車をながめていた。ヒマワリ、ミワちゃん。ホントーにゴメンね。ウチのボケは死ななきゃ治らない。って、ヴァンパイア、死なないじゃん。
高倉さんのまわりに座ってる。なんだか、高倉さんがコートの川田せんせーに見えてきた。
(「みんな、よく聞きなさい。これはあんたたちのトール道だよ。相手がどんなに強くっても、自分がどんなに傷ついてても、決して諦めちゃダメ。メンタルを強く持って耐え抜いて、頭を使って切り抜けるの。そして勝利をもぎ取りなさい。あんたたちならやれる。挫けるな。チームのみんながついてる」)
・・・・川田せんせー、全部分かってたんだ。
ココロとシオネは? 少しはなれた林のトコロに立ってる。そういうこと? あの男の子誰?
「最後の仕上げの前に、お話しておきましょうね。最初に辻沢に現れた二人のヴァンパイアは、宮木野と志野婦。双子というのは、もう」
「知っています」
あ、ウチは。
「その宮木野というのが、私です。そして、志野婦というのが、辻一、ミワさんの養祖父で、本当の名前は与一といいます」
「お師匠さんが、宮木野なんですか?」
「そうです。母の名も宮木野といいます。遊女であったのは母なのです」
おかあさんの名前を引き継いだんだ。
「戦国の世のことです。遊女だった母は父と出会い、身請けされて安穏に暮らしていました。ところが父が長く留守にしていたある日、戦乱に乗じて暴れまわっていたヴァンパイアに殺され、村人の手によって山椒の木のもとに埋められました。父は客死したのか、二度と戻ることはありませんでした。それを知って不憫に思った高倉の養父が、母を供養しようと山椒の木のもとを掘り返したところ、母宮木野は生きたままの姿をしており傍で私と与一が泣いていたといいます。高倉の養父は母の亡骸を地元に運び墓を建て埋葬し、私たち姉弟を養子として育て始めますが、私たちは何も口にしようとしない。ところが私たち姉弟はいつも穏やかで腹を空かしているように見えない。不思議に思っていた養父は、ある日、寝かせておいた赤子のところに夜遅くに何者かが忍んでやって来ていることに気づきます。訝しく思ってその者の後をつけると、墓場に入っていくではありませんか。そして母の墓の前まで来るとその者は忽然と姿を消したといいます。これはと思った養父が墓を掘り返すと棺桶の中には母宮木野が美しいままの姿で眠るようにしていて、おおきく張った胸からは乳が垂れていたといいます。屍人となった母宮木野が墓を抜け出して私たち姉弟に乳を飲ませにやってきたと分かったのでした」
宮木野お母さん、宮木野さんと与一さんが心配だったんだね。
「宮木野さんたちはいつヴ、ヴァ、ヴァンパイアになったんですか?」
「私たちは後になってから人の血を浴びてヴァンパイアになりましが、そもそもは母宮木野がヴァンパイアに殺された時私たちをすでに身籠っていたからだと思います」
そうなんだ。
「ヴァンパイアになった後、辻沢の人たちに受け入れらるために契約を交わしました。我々は人を襲わない、村の人は我々をそっとしておくというものです。しかし残念なことですが、それは守られることありませんでした」
「やっぱり、血が欲しくなって?」
「違います。人が約束を破るのです。村に何か災厄が起こると我々のせいにされ、犠牲を強いるのです。一時は根絶やしにされかねない勢いでした」
(「事実なんてどうでもいい。皆、誰かが処刑されるのが見たいだけだ」)
「幸い、我々には村の人に知られていないことがありました。男もヴァンパイアになるということです」
「与一さんは?」
「あの子は、小さなころから女の装束で育てられました。ですからいつも可愛らしい女童の格好をしていました。偶然それがよい目くらましになったのです」
女装好きは血筋なのね。ニーニーもウチの服着たがったからな。ニーニーのセーヘキ、女装趣味。フツー寝てる妹の服脱がして着ようとするか? マイメロメロのパジャマ。
「ホントに、可愛いらしいのです。あの子は。いまでもあの時のままなのが、せめてもの救いですが・・・・」
ため息ついてる。
「えっと、どこまでお話ししましたか。そうそう、つまり、村の人がどんなに我々を贖罪羊にしようと、彼らが狩り出すのは女のヴァンパイアのみ。400年しぶとくも生き残ることができたのは、男子が殺されることがなかったからです」
作左衛門さんのお姉さんも、作左衛門さんを生かすために殺された?
「時代が下って、宮木野と志野婦とは双子の女ヴァンパイア。だからヴァンパイアになるのは女の双子という俗説が耳に入るようになって一番ほっとしたのは私でした。弟や息子たちを守ることができると思ったからです」
それって。なんか。
「そうです。それは間違いでした。血筋を守るために女が犠牲となる。おかしな話です。ましてや、今は21世紀。本当ならば、女性が大きく羽ばたく世紀のはず。けれど女性はいまだに虐げられている。男はそれを知っていながら、知らぬふりで胡坐をかくか、気力をなくして引き籠るばかりです」
ニーニーちゃんと聞いとけよ、って、いないけど。
「人は、誰かの犠牲になったり、他人に遠慮して生きるものではありません。あたりまえのことですが。レイカ様、辛い思いをしている女性はたくさんいますよね」
ミワちゃん、ヒマワリ、ココロ、シオネ、セイラ、カリン、川田センセー、ユメカに宮木野さんも。そしてママだって。
でも、
「高倉さん、じゃなかった、宮木野さん。ウチらはその分、メンタルが強くなってる! くじけないもん。どんなことがあっても。切り抜けられる。笑って明日を生きて行こうって思える!」
「レイカ様。いえ、遠い娘よ。あなたならそう言ってくれると思っていました。だからこそ、私はあなたに頼みます」
突然、巨大な爆発音が駐車場に響きわたった。
「与一を倒してください」
高倉さんの後ろで、西棟と東棟が轟音と共に倒壊した。ウチたちは呆然ともうもうと上がる土煙を見上げていた。
高倉さんが、ちょいちょいって手招きすると、ココロとシオネがゆっくり近づいてくる。
「この方たちの傷は、首筋に穴が二つ」
高倉さんが、セイラとカリンに耳打ちした。カリンは立ち上がって、駐車場の紫キャベツに向かって走って行って、座席からバスケットのボールと水平リーベ棒とを持って、戻ってきた。
「ありがとうございます。ヒビキさん、お願いします」
カリンが手にしたボールをオーバーヘッドパスで投げると、シオネが両手を上げてはっしとボールをつかんだ。そのままで、シオネのもとに高倉さんが近づいて行って水平リーベ棒を受け取ると、伸ばしたシオネの脇に押し当てて、そのままぐっと力を入れた。びっくり。水平リーベ棒が脇の下にずぶずぶと入っていく。深さで言えば30センチくらい。高倉さんはそれを引き抜いて、ウチらに水平リーベ棒を見せた。半分くらいのところまで赤黒いものが絡みついている。ウチはシオネのもとに行って脇の下を見ると、この間、柴草がついてると思った場所が傷口だった。
今度は、セイラがココロの傍に立って、左の腕を持ち上げる。高倉さんはシオネにしたのと同じように、水平リーベ棒をセーラー服の半袖のすき間から差し込んで、押し込んだ。こっちも30センチは潜ってゆく。引き抜いた痕を見ると、シオネのとおんなじ傷があった。
「二人の致命傷はこの傷の方です。首にある傷は、おそらく六辻会議に対する目くらましでしょう」
どぃうこと?
「辻のヴァンパイアには、二種類います。我々のような犬歯を牙とするもの。レイカ様もそうです。もう一つは、前歯が牙となるもの。前者は首に歯を立てて血を吸いますが、後者は脇の下から心臓に直接牙を差し込みます。その傷はこのような鋭利な刃物で切り裂いたようなものになります。そして、いま辻沢にいるヴァンパイアでこの牙を持つのは、与一だけです」
(「ぼく、とっとこネズたろーだお」(チュー))
そういえば、高倉さんと観た映画のヴァンパイアって前歯型のやつだった。手強かったな、あいつ。
「真犯人は与一だったんだ」
それをミワちゃんのせいにするなんて、どんだけ身勝手な大人たちなんだろう。
「そうです。与一をかばうために六辻会議はミワさんを犯人に仕立てました。女性が犠牲になるのが当たり前という思い込みのためです」
非道い。
「同じ大人として恥ずかしい限りです」
でも、その大人の中にはママもいたんだよね。ママがそんなことする? ウチのわがままを厳しくしかったママが。
「レイカ様。これを、持って行きなさい。山椒の皮の毒が煎じつめてあります。普通のヴァンパイアなら一口で殺すことができるでしょう。これを与一に飲ませなさい」
これ、ウチの台所にあったペットボトル。
「((それはおまえのではない))」
だ。でも、どうやって飲ませるの。ほれ、これ飲めや。って渡しても飲んでくれないよね。
「ヒビキさんは、レイカ様と一緒に行って、私が教えた義太夫をあの人に聞かせてください」
「え? まだちゃんと習得してませんけど」
「大丈夫。義太夫を聞かせれば、きっとあの人は稽古を付けようとするでしょう。稽古を付けているあいだは集中しているので雑事は気にならなくなっています。レイカ様は隙を見て、与一の右手の床に、このペットボトルを蓋を開けて置いてください。習いで必ずそれを口に含みますから、その時一気に飲ませてください」
「「わかりました」」
とはいえ大丈夫なのかな。これから行くとなると、ウチのアドバンテージ、ガン無視じゃない。ザ・デイ・ウォーカーなのに。日が昇ってからじゃダメなのかな。
「与一は用心深いので、日中の居場所など探しても分からないでしょう」
カリンの紫キャベツで六道辻のミワちゃんのうちまで来た。少し酔ったみたい。セイラとナナミも一緒。でも二人は車で待っててね。
玄関わきの垣根の花は、今はほとんどくたってる。やっぱ。ここは、
「「たのもー」」
って、返事ないよね。
「「御邪魔しまーす」」(小声)
カゲゼンした部屋。いない。ミワちゃんの部屋。誰もいない。ずっとまっすぐ行って雪隠。いないな。どこにいるんだろ。お出かけ? なら、タイミング悪スギしょ。
「ごきげんよう」
ヒッ――――――――ッヒ。
「中村先生のお部屋を教えてもらおうか。辻王の娘と、そちらは、この間の修学旅行生」
やっぱ、あんただったのか。見たことあると思ったら、与一さん。
「何をしに来たのだ?」
この人、線が細いのにすごい威圧感ある。
「宮木野さんから、ジョールリの手ほどきしてもらえって言われまして」
「なに? 姉サアから? で、稽古は三味線でしてお貰いか?」
「はい、サワリの部分ですが」
「どれ、聞かせて御覧な」
「なげきのむちもあにぇはなおー。いもとがしぇなを、なで、おろしー、おーお、そなやにおもやるももっとも。しかし。そなたがちちははに、なごおそやったみのかほおー。これこのあねをみやいのおー」
カリン、こんな芸があったんだ。
「ほう、よい声をしておるな。しかし、やはりフシは語りがやらねば本当の語りにはならぬの。あたしがお稽古をつけてあげよう。ささ、書院へ」
宮木野さんの言うとおりになった。ホントに後ろ姿も女の人だよ。キレイだねー。美しいねー。ウチもあんなになれたらいいのにな。ここ、カゲゼンした部屋だ。
「さ、もう一度、聞かせておくれな」
「なげきのむちもあにぇはなおー」(以下略)
与一さん、さっきまでの威圧感どこいっちゃったの?
「いい声だねー。ホントに。もう一度、お願いしようかね」
「なげきのむちもあにぇはなおー」(以下略)
あれ? 与一さんの顔にしわが出来てきた。なんだか体も縮んだような。ホントーのおじいさんになって来た。よし、今だ。ペットボトルのふたをきゅっと開けて、右の床に置くんだったな。
「おやおや、すまないね。ちょうど喉が渇いてきたところだった。辻王の娘も気が利くじゃないか。どれ。おー、この香りは辻沢醍醐。これをどこで手に入れたのだ?」
え? 知らんない、そんなこと。
「えっと、宮木野さんが与一さんへって」
「そうか、そうか。姉サアは、いつもつれないことをお言いでて、あたしをかららっていたのかね。ミワや。これミワや。お茶の用意を。おかしいね。ミワの返事がないのだよ。お風呂かね。あの子はお風呂が大好きだからね。ちょっと覗きに行ってこようかね」
こいつ、ホントにエロじじーなんだな。
「ミワちゃんなら、ついさっき出かけたみたいですよ。小口ネギ切らしちゃったって」
「小口ネギ? だれがそんなものが必要なのかの? まあ、よい。ささ、そこの茶碗を取っておくれな。あたしの分をそれに分けて」
茶碗ってこれのことか。でっかい茶碗だな。はい、半分ずっこ。
「よい香りぞ。これこそ辻沢醍醐。母者宮木野の乳から作った源の滴ぞ。味は似せられても、この香りは、なーかなか」
なんか飲んでくれそーな感じ。このままそれを、ゴっくんって。
「どうした修学旅行の娘。なぜ口を付けぬ」
「はい、あたしは好きではないので」
「そうか、そうか。なら、辻王の娘と二人で分けてしまうが、よいな」
カリンうまく逃れたね。うちは全力で、飲む真似っと。
「ささ、勢いよく飲まれよ。ロ乃辻は毎度、駆けつけで一気に飲みおったぞ」
「辻王の娘、どうした? 飲むふりなどして、何をしてやる? 飲まぬか、飲まぬば、あたしがこうして」
すごいバニラの匂い。強烈。鼻の奥がツーンとするくらい。痛い、痛いって。肩を放せよ。爪が食い込んでんだろって。与一またイケメンに戻ってる。やばい。だから、やめろ! 出っ歯、出てきてるから。とっとこネズたろーになってるって。ウチに飲ませるんじゃないの。それは飲んじゃダメなの。飲んだらヴァンパイア一瞬で死んじゃうから。ウチはいいから、与一さんに飲ませるようのだから。だめだって、口につっこむな・・・。ウぐぐぐ。うぐ、ぐうぐ、うぐ、うぐ、うぐ。ごく。のんじゃった。ケッコーうまかったよ。ウチ、やっぱ舌バカになってんのかな。
「あさはかなり」
またディスった? 女子を侮るとあとで痛い目に合うからね。
「姉サアよ、見え透いた手を使うの。毒とは、さてもおなごぞ」
熱い。うおー、あついんですけどーーーーーー。やけるよーーーに、あついです。ウチ、体の中が、カッカしてきて。まてこら、にがさねーぞ。お前、散々女の子のこと、コケにしやがって。ぜってーゆるさねーて。まてこら! ミワちゃんのことをバカにしやがって。消・え・て・な・く・な・れ! ご・き・げ・ん・よ・う、だ!
・・・・。
(どうして裸足なのかって? わかんない。ウチすごく寂しいんだ。一緒にいてくれるよね。ウチら友だちだよね。ココロ)
・・・・。
静かだな。寒い。
ゴリゴリゴリゴリ。
「レイカ」
「レイカ。目を覚まして」
ウチ裸だ。で、屋敷、全部吹っ飛んでて。
あ、カリン。サムアップ! ゴマすってんのはセイラっと。どっかであったシチュだな。ちがうのはナナミがいること。
「レイカ、これ着な」
「ありがと、これ辻沢の夏の制服。どしたの?」
「役場からがめってきた」
「わー、ぴったり」
って、そんな目で見んな、カリン。ウチは制服系のセーヘキ持ちじゃねーから。
「で、どうしたの? セイラ、ゴリゴリもうよくない?」
「あ、ごめん」
ゴリ。
「宮木野さんからはレイカに変化があったら、とにかく遠くに逃げろって言われててね」
「どこに逃げたの?」
「雪隠の隅の個室で小さくなってた。しばらくしたら」
「地響きがしだして」
「そう、お腹の底から響いてくるような。真下の地面から突き上げるような」
「車が跳ね上がるくらいの縦揺れ。止んだら、今度は、屋敷の中から七色の彩光が射してきた」
「セイラ眩しすぎて目が開けられなかった」
「ドーーーーーーンって、すごい音がして」
「屋敷が吹っ飛んだ」
「爆風やらなんやらで、もみくちゃにされて」
「車、10回転くらいして、あそこで大破」
「廃車決定」
「新車だったのにね」
「ツライよ」
光?
「そう、地平線にお日様が出て来た時のような」
〈『元始女性は太陽であった』と言ったのは・・・・〉
こんな時にげっぷかよ。
「「「「ハイハイ」」」」
†【ヒビキ】
夜10時、持ち物は特にないか。キー持って。
[カリン(そろそろ出るよ)、セイラ(おk)]
「ヒビキ、行くのか?」
「はい、社長。納品日ですから」
「そうか」
「あの」
本当にいいんですか?
「よろしく頼む」
更生室に寄ってから行こう。これ終わったらなくなるし。最近は、北村シニアマネが新事業立ち上げに奔走しててカイシャにいないから、変わって吉田クンが更生室を占拠してる。役場倒壊事故の責任取らされてヤオマン建設代表取締役から経営戦略室付き平取締役に降格になってから、社長の水平リーベ棒。一応ぶーらぶーらは黄緑のバランスボール使用。
「お、ヒビキくん。よく来たね。こっちのに座りなさい」
いえ、紫のは遠慮しときます。
「いよいよか。社長は何か言ってたかい?」
「よろしくとだけ」
「二人のことだから、僕も横から口は出せないが・・・・」
お、何か言うつもりか? ぶーらぶーら、ぶーらぶーら、ぶーらぶーら、ぶーらぶーら。いつまでやってるの?
「満太郎もビックリだ」
はあ? あんた二人の同期だろ。もっとないのか? 二人のなれ初めとか、愛情示すエピソードとか、社長の気持ち代弁するとか。そのためにここにいたんじゃないのかっての。もう、何なの破綻した世界の住人みたいに。情けない。
夜10時半、時間まで30分ある。約束の場所に着いたのはいいけど、車停めるところ神経使った。なんせ、今度の車はそこらのとは格が違うんだから。マーブルシャイニングホワイトのエクサスLC―X。菜っ葉の腐った臭いがなかな取れなくて、インテリアのクリーニングに手間取ったけど、ついにあたしのもの。このビルがスクリーンになって、ちょうど現場からブラインドになる適所だと思うんだけど、大丈夫だよね。セイラここわかるかな。
[セイラ(カリン見つけた)]
ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。ウイィー。
「おまたせ。すごい車だね、今度の新車」
とりあえず乗って。
「会長、何て言ってた?」
今日は、新プロジェクトの最終運用テスト。会長直々にテスターを頼んで見た。
「二つ返事だった。『僕の雄姿見せるの初めてだね』とかって」
やっぱり会長、見られてたことに気付いてない。ということは、あのスレッターは会長ではなく誰かが成りすましてたってことになる。てか、ハンドルネームの時点で会長の下半身の秘密知ってるセイラ。あたしは乙女だからなんのことだか分からないけど。
伊礼バイプレに聞いたら、『桜の森の満太郎のつぶやき』のチェックはセイラの仕事だってから、イグジフファイルなんかアップされてたらセイラが一番に気付いて差し替えるはず。つまり、セイラはわざとアップされたままにしてた。それから、スレッターと同期してるのがわかるくらい会長がこまめにつぶやくってのも変な話。多分、こっちもセイラの仕業。
つまり、今回の件ではセイラがいろいろ主導してたってこと。例えば、セイラの部屋で見せられたスレッターは、会長がログインしっぱなしってことにして、あれをあたしに見せるためにセイラが芝居を打ったんだし、シラベのスマフォの『V』チートバージョンだって、インストしてあったふりしてセイラがあの場で入れたものだろう。ついでに言えば、あたしのスマフォの『R』だって、『V』インストしてもらったタイミングで入れたに違いない。
どうしてセイラがそんなことをしたか? それはあたしを巻き込みたかったから。もちろん、あたしはそれだけで動いてたんじゃないけど、結果的にセイラの思惑に乗ることになった。
ココロが変わり果てた姿で帰って来てしばらくした頃、セイラから連絡があってシオネが青墓の杜を彷徨ってるって知らされた。その時同じ境遇のあたしたちはこの子たちを守るってことでチームを組んだ。でも、社会に出て、お互いの生活に忙殺されるうちに段々と会わなくなって、いつかあたしたちは、それぞれの相手の世話だけして、時々連絡を取り合うけどお互いに干渉することのない冷めた仲になった。そして3年が過ぎて、気付けばあたしは社畜になり、セイラは鬼畜になってた。ホント、ワラエナイ。
社長SNSの「桜の森の満太郎のつぶやき」ってタイトルはセイラが付けたんだと思う。会長が坂口安吾を読むとは思えないから。「桜の森の満開の下」。あの物語は山賊にかどわかされた女が首遊びに興じて都の人の首を取って来させるけど、セイラは会長が持って来る首から血を受けて、シオネにあげる足しにしてただけ。首謀者は会長のほう。おおかたそんなところ。これがセイラの企みだったら、宮木野さんが水に流すなんて言うわけない。あの時点でも、セイラからシオネを奪ったことへの債務意識のほうが宮木野さんには強かったと思う。だからあたしを千福オーナーに向かわせたんだ。最愛の弟に。
セイラは以前からずっとあたしに訴えかけてた。セイラを見て、気付いてって。そして助けてって。でも、あたしは気付かなかった。いや、気付いていたけど知らないふりしてた。あたしはココロと二人であの地下室にいられればそれでよかったから。この町で何が起ころうと、この先どうなってしまおうと、そんなことはどうでもよかった。
でも、みんながそれを変えてくれた。社長が、お師匠さんが、川田先生が、シラベが、センプクさんが、ツジカワさんが、スオウさんが、セイラが、シオネが、何よりココロが変えてくれた。
7月初めの雨の夜、ココロがうちに来た時も、あたしはどうしてココロが会いに来たか分からないままで、歩き去ったココロの背中がずっと気になってた。そしてこのプロジェクトが動き始めたころ、それがココロが何かを決心したときの後ろ姿と一緒だとやっと気づいた。あの毅然とした後ろ姿に。
だからあたしはこのプロジェクトをやり遂げようって、最後に何が待ってるか分からないけど逃げないようにしようって思った。そしてみんなと関わるうちに少しずつ何かが変わっていくのを知った時、あたしにはまだやることがいっぱいあるって思えるようになった。
(「みんな、よく聞きなさい。これはあんたたちのトール道だよ。相手がどんなに強くっても、自分がどんなに傷ついてても、決して諦めちゃダメ。メンタルを強く持って耐え抜いて、頭を使って切り抜けるの。そして勝利をもぎ取りなさい。あんたたちならやれる。挫けるな。チームのみんながついてる」)
・・・・川田先生。あたしたち切り抜けられたかな。
セイラがノートPCを出してカチャカチャ始めた。
「それって実況中継見るための?」
「うん。カイチョーに赤外線対応のカメラ付けてもらっててね」
「赤外線?」
「やっぱターゲット見えないと、ごっこ遊びっぽいから」
「赤外線だと見えるんだ」
「分かんない。ま、テストだし。こういうこともしておかないとね」
セイラ、黙々と黒いウインドーにコマンド打ってる。エクサスの車内にキーボードの音だけがしてる。
「始めるよ」
いよいよだね。
「20××/09/30 2306。『スレイヤー・R リブート』、妓鬼討伐ステージ、運用テストスタートします」
〈ターゲット位置、プッシュ通知送信します。プッシュ通知受信確認しました。ターゲットゲット返信を確認。ゲッターにターゲット情報送信。ゲッター、ターゲット情報受信確認しました〉
「カイチョー、動き出した」
「ターゲット詳細情報。住所、辻沢町広小路三丁目○番△号。ダンジョンマップリンク。ターゲット種別、与一型妓鬼。弱点、未詳。ツレ、引き籠り中。人間名、シラベレイカ」
†【レイカ】からの、†【ヒビキ】
今日は一日暑かったけど、やっぱり秋だね。夜は肌寒さ感じる。
カリンとセイラはココロとシオネにやっとさよならが出来たって言ってた。二人とも泣いてたな。やっぱり、どんな姿でもいてくれた方がよかったって。分かる気がする。
ミワちゃんもヒマワリもあのまんま行方不明。行方不明っていうのはあの二人が死んだなんてどうしても考えられないから。ミワちゃんだってまゆまゆ残して行くはずないし。まゆまゆのことだけど、ママ友に預けてたってのは嘘だったみたい。辻一の屋敷の蔵から見つかったんだよね。蔵、ふっ飛ばさなくてよかった。ミワちゃん、与一エロじじーの隙を見て、おっぱいあげてたっぽい。見つかった時はちょっとお腹すかせてるくらいで、栄養状態はとってもよかったって、茉優奈ちゃんと茉優乃ちゃんの双子の姉妹。二人とも可愛いのおー、ほっぺがツゥルッツゥルで。赤ちゃんってピーリングもニベアもしなくてあーなんだね。ほとんど犯罪だよ。
今は、ナナミが預かっててくれてる。なんか、まゆまゆお世話してたら、おっぱい出てきちゃったんだって。ナナミもびっくりしてた。そういうことってあるんだね。ナナミったら、ママの顔しちゃてて。ついでに、ウチもナナミ製スムージーをいただけるんで、ラッキーっちゃ、ラッキー。それで分かったんだけど、母乳ってだれのも同じなんだね。ミワちゃんのとまったく一緒なの、味が。
ウチはママとの約束、二千万円は絶対ゲットするつもり。あと半年はニーニーと一緒にいることになるけど、そのあとは、またN市に戻って職探ししてパワハラとかセクハラとかに負けずにガンバローって思う。ココロやシオネの分まできちんと生きなきゃって思うもん。
お仕事のほうは、夜間窓口が閉鎖になって、ウチも昼間の窓口担当に変わったから夜は家にいる生活になってる。で、特殊戸籍課は一般の戸籍課に吸収されて、うれしいことにLGBT案件も扱うようになりました。ウチの町も捨てたもんじゃないでしょ。町を離れるまで、もうしばらくこの仕事は続けさせてもらうつもり。みんなに恩返しがしたいもん。仮設庁舎はプレハブだから、めっちゃ暑いし寒いし埃っぽいけどね。
高倉さん、いや、宮木野さんは、相変わらず週三でニーニーのお世話しに来てくれてる。ニーニーも辻王だからデイ・ウォーカーなのに、なんで昼出てこないのって聞いてみたら、
「オンラインゲームで席が外せない、世界中の仲間がボクを待ってるから。だそうですよ」
ですと。ニーニーのことはいつか〆ることにしてる。
高倉さんが与一エロじじーとの戦いの前に持たせてくれたのは、本物の辻沢醍醐だったんだ。それを毒ってウチに渡したのは、傍でココロやシオネがじっと見てたから。与一がね。毒って言えば、ウチに飲ませにかかるから、それを見越した作戦。あの濃縮母乳飲めばウチに何が起こるか、宮木野さんは知ってたんだよね。ケッコー単純な作戦に引っかかったって喜んでた。ムジャキに。
なんか、外で音がしたね。ニーニー? じゃないよね。
「こんばんは」
こんな夜更けにヘルメットは許すけど、チェーン・ソー持参ってのはぶっそーすぎだよ、前園のオジサン。
「すまないね。窓が開いてたんで、屋根伝いにお邪魔しに来たよ」
「で、何の用? お茶しに来たわけじゃ、ないよね」
「あー、そうだね。そんな穏やかな要件じゃない。君の命をいただきに来た」
「それはそれは、いらっしゃいませ。そうやって、ママの命もいただいちゃったわけだ。カスが!」
お葬式のあと、ママのガラケーなくなってるの気付いて、電話鳴らして探したらあんたの家の方から音してたからひょっとしてって思ってたけど。
「最近の子は目上に対する言葉遣いがなってないな。それに君は女の子だろう。もっと上品にしないといけないんじゃないかな。そんなことじゃ、雄蛇ヶ池に捨てたママの首が悲しむよ」
首を捨てた? 雄蛇ヶ池に? 持って行っちゃったの? お葬式でママの顔を拝ませてもらえなかったのは、お前のせいだったのか。
「ミワちゃんが手引きしたの?」
「ミワちゃん? あー、あの腹ぼて女か。いや、関係ないよ」
そうなんだ。よかった。
「可笑しんだ。チェーン・ソー見せてやったら、産気づいちゃってね。帰るとき『病院に連絡してって』って腰にすがりついてきたな。振り払ったけど」
それってフェークだ。ミワちゃん、お葬式のあとの出産だったもん。
「さっさとかかってこいや! 皆様が待っていらっしゃるんだろ! ウチの血を!」
「ご名答。それとヘイゾーのカタキ」
「ヘーちゃんは老衰じゃないの?」
「あ、そーだったかな。なんでもヴァンパイアのせいにしたがるのが、辻っ子のいいところでね」
ブウィ、ブウィ、ブウィ、ブウィイイーーーーーーン。
「いい音だ。天下の名刀、TCS。テキサス・チェーン・ソー受けてみよ、ってね。有名な怪物の獲物でやられるってのもわるくないだろ。バチもんだけど」
「怪物? 『テキサス・チェーン・ソー』のレザーフェースは人間だ。文字通り人の皮被った化け物だ」
「皮を被った化け物? そいつは僕にぴったりだ。それに人間が怪物を狩るのは、自然の摂理ってもんだ」
「消えな! でないと」
「まてまて、もう少し話をさせてくれよ。これを見てる人たちがいるんだから」
頭に付けてるのウエアラブルカメラだ。なにこれ、『スレイヤー・R』なの?
〈あ、気付いた? いっとくけど、このカメラ赤外線対応だから。あんたらカメラに映らないらしいが、動きぐらいは分かるようになった。バージョンアップってやつさ。うちの技術陣は優秀でね。どこよりも短い工数が自慢。拙速を尊ぶ、ヤオマン・システム・ソフトウエアをよろしく。ちょっと宣伝〉
〈あんた何者?〉
〈ヤッチャ場から人気ゲームアプリまで。皆様の暮らしを微に入り細に入りサポートする、ヤオマン・ホールディングス会長、前園満太郎です。あ、名刺切らしちゃってる。ゴメンね〉
〈ヤッチャ場? あんたも町長の一味?〉
〈あいつは、僕の腰ぎんちゃく。ヤッチャ場のゴミ捨て場で野垂れ死にそうになってたのを拾ってやったんだよ。小物だけど頭の回転は速かったんでね。2か月前の役場の事故で死んだときはびっくりしたが、あとからヴァンパイアだったって聞いて、、かえって清々したよ〉
〈みなさん見てらっしゃるんだろ。そんなこと言っていいのか?〉
〈心配ないよ。この実況中継は関係者しか見てないから。今はテストフェーズなの〉
〈なら、なんで宣伝してんだよ〉
〈まずいところは“編集”(耳の横でチョキチョキ)して、後でゴリゴリ動画にアップ。まさに無駄のない経営術〉
〈なんだお前。何ポーズとってるんだ?〉
〈おしゃべりはこのくらいにしておこう。ユーザーは移り気だから、すぐ他行っちゃうからね。とっとと死んでください。辻沢には、もうヴァンパイアは必要ないんで〉
〈ヴ、ヴァ、ヴァンパイアいないと、『R』もできねーだろが〉
〈あー、それ? ユーザーから要望があってね。怪我するのは勘弁って。今度からキャスト雇ってやることにした。中の人なんていませんってね〉
〈ふざけやがって、ウチらは張りぼてのぬいぐるみじゃねーぞ〉
〈知ってるよ。怪物だろ〉
ブウィイイイイイィィィィ。
「なんでカイチョー、行くって言ったんだろ」
「そんだけ期待されてるってことだよ、セイラは。はい、これ昇進お祝い。新プロジェクトリーダーさんへ」
「わー、カリンありがとう。開けていい?」
包装紙を丁寧にはがして、たたんで、カバンにしまう。セイラらしい。
「欲しかったんだ、この本。『女バスな人でもわかる プロジェクト進行』。ありがとう」
〈あれ? 変だな。チェーン・ソー回らない。首に当たってるんだけど、どして?〉
やってるやってる。会長いつもと違うのそろそろ気づいたね。
「こうやってトップが先頭に立ってやるから、うちのヤオマン・グループは勢いがあるんだろーけど笑」
「そうだけど笑。レイカのこと侮りすぎだって。カイチョーったらセイラに『なーにがヴァンパイアだ、デイ・ウォーカーだ。俺は無敵のアントレプレナーだ』って言ってた。女の子バカにしてると痛い目に合うのに」
「それな」
〈なに飲んでるの? 試合中だよ。フェアーにいこうよ。ね。怪物さん〉
「あれ、やっぱり画面から消えちゃってる」
「ほんとだ。レイカ映ってないね」
「赤外線でもだめってこと? どーしよう」
おっと。きたきた、地響き。セイラどっか掴って(無声)。すっごい振動。
「やばい。やばいって」
車、大丈夫かな。まぶしい。横道という横道から光が射してる。空、夜が明けたみたいに明るい。わっ! 爆発だ。サイドガラス震えてる。通りの向こうのビルの窓、一瞬でヒビだらけ。土埃がすごい速さで目の前横切っていった。言ったとーりになったよ。
ようやくおさまった?
「セイラ大丈夫?」
「うん。ホントニすごいね、レイカのは」
「デイ・ウォーカーどころじゃないよ」
レイカのママが一番タフだと言っていたのがよくわかる。あれじゃ、だれも太刀打ちできない。それを何も分からないで、あたしたちは解き放ってしまった。本当にこれでよかったんだろうか、悩む。
「車、ビルの影に停めといてよかったね、カリン」
「今度のは大切に乗らなきゃね」
「車出してくれて、ありがと」
「いいって、セイラ」
これで納品完了。社長に完了メール打ってと。今日はここまで、詳細は社長に会って話そう。
「レイカってPKだよね」
セイラが窓の外を見ながらぼそっと言った。PlayerKillerのことか。
「まだ思い出してない気もする。シオネやココロに会わせたのムダだった?」
「辻沢に帰って来たくらいだし、実はちゃんと分かってるのかもよ」
「ふつー分かるよね、そもそもレイカの髪型とか容姿、あの頃とまったく変わってない。ずるくない?」
確かに、レイカは高校入学当時からまったく変化ないよな。
「歯並びのことだってそう。ヴァヴィヴヴェヴォって言えてないとか、たちつてと言いにくそうとか」
「レイカの中学の時のあだ名、とっとこネズたろーだったしね」
「でしょ。宮木野さんがレイカのことも『犬歯を牙とするもの』って言ったときレイカがうんうんって頷いてたの見て、『レイカあんた犬歯ないから』って突っ込みたかったもん」
あれはレイカ向けの小芝居だけどね。それに、あの時ホントのこと言ったら、それこそモチベ下がってたろうし。
・・・父親殺しに行くんだから。
「レイカのボケはヤマハイ仕込みってレベルじゃないよ」
スオウさんに聞いたけど、レイカをセンプクさんの母乳でヴァンパイアにしたってのも、ホント―かよ、だし・・・・。だったらヴァンパイアみんな赤ん坊の格好してるだろって。だから、全部レイカのママのギミックだったんじゃないかって思う。レイカのママが作った時限爆弾。それがレイカなんだろうけど、じゃあ、そのギミックを起動させたのは誰か? あたしがレイカのママのメッセージを間違えて送らなかったら、レイカは永遠に帰って来なかったかもなんだよな。やっぱりそれは、センプクさんなんじゃないかと。だって、今回のことで一番目的を果たしたのは、彼女だもの。囚われの姉を助け出し、いけ好かないエロ養父を排除して、積年の恨みの調家に復讐できた。
まあ、それも生きていたらの話だけど、ツジカワさんとあのアメージングな脱出劇を体験した身としては、あの二人があのまま死んだとも思えないんだよね。
「ボケだけじゃないんじゃない」
「そうだね。そこらへん、バイアスかかってそう。でも、どんな?」
「レイカのママの?」
「ありえそー。おかーさんなら、娘が苦しんでるの見てたくないもん」
「おかーさんは、あなたのことを思ってしてるのよ」
「それー笑」
そうなんだよね。娘のウチらからしたら母親のすることなんて迷惑なことの方が圧倒的に多いから。
「レイカ大丈夫かな? きっとまた裸でひっくり返ってる」
「無邪気な顔してね」
「助けに行く?」
「トリマ、何か着せてやらないと」
エクサスのエンジンをかけると、心地よい振動が総皮のシートから伝わって来る。ずっと待ち望んでた感触。アクセルをゆっくりと踏み込むと、その暴力的な加速に思わず笑いが込み上げてきた。セイラもすこし上気した感じで、
「なんだか、セイラもベービーちゃんたちに会いたくなっちゃったな」
「ココロとシオネに?」
「うん。でも、セイラたくさんお肉食べて、いっぱい血を作らなきゃ」
「ヤオマンBPCってのはどう? ゴリゴリポイント貯まってるんだよね」
「セイラのこと誘ってる?」
「うん、誘ってる」
「一緒に行きたい?」
「うん、行きたい」
「じゃあ、行く」
「行こう」
了
【参考文献】
以下に参考文献を掲げるが、本書に描かれた内容のいっさいの責任は作者ノタクロにあることを明記しておく。
○山椒
・新特産シリーズ サンショウ 実・花・木ノ芽の安定多収栽培と加工利用 内藤和夫著 農文協 2015 第6刷発行
・WEBフリー百科事典 ウィキペディア 「サンショウ」の項 2016/6〰9 参照年月
○バスケットボール
・基本から戦術までよくわかる 女子バスケットボール 村松敬三監修 実業の日本社 2014 初版4刷刊
・わかりやすいバスケットのルール 伊東恒監修 成美堂出版 2014 発行
○怪談・ヴァンパイア・怪物
・江戸怪談集 上中下巻 高田衛 編・校注 岩波書店 1989 初版
・モンスター図鑑 〰SF、ファンタジー、ホラー映画の愛すべき怪物たち〰 ジョン・ランディス著 ネコ・パブリッシング 2013年 初版第一刷
○浄瑠璃・義太夫節・文楽
・浄瑠璃集 新編日本古典文学全集77 小学館 2002/10 第一版第一刷発行
・邦楽決定版2000シリーズ 義太夫 キングレコード 1963年
・実践「和楽器」入門 伝統音楽の知識と筝・三味線・尺八の演奏の基本 財団法人 音楽文化創造 伝統音楽委員会監修 株式会社トーオン 2001年/10/20 初版発行
・文楽・義太夫節の伝承・稽古を探る その1〰4 後藤静夫 日本伝統音楽研究(紀要)8〰11号 京都市立芸術大学日本伝統文化センター刊
○雑草
・道ばたの食べられる山野草 村田信義 偕成社 1997/6 1刷発行




