どぎゃんなっどか
作蔵は倒れた。
強い衝撃の為に、起き上がるにも起き上がるが出来なかった。
ーー無様だな。だが、安心しろ。これでようやく目的が達成する。
朦朧としている意識の最中、作蔵ははっきりとした声を聞いていた。
ーー作蔵、貴様の“器”を手に入れる。それが目的だった。真っ正面では逃す、だから利用出来るものは利用した。
作蔵は、声が出せなかった。
しかし、聞こえる声の意味は何かはわかった。
伊和奈は、囮だった。
狙いは、最初から自分だった。
見解は、こうだろう。
伊和奈を捜す為に、心身が衰弱。ある程度弱らせて、抵抗する余力がない状態になったところで略奪を決行。
ーー倅は何年も“芯”で過ごしていた。いや、幾度も“器”を探して持って帰るが、どれも倅の“芯”に合わなかった。やっと、合う“器”が見つかった。
声は、男だった。
男は“芯”のままで過ごしていた息子の為に“器”を探していた。
『依頼』の内容と辻褄が合う。しかし、作蔵は気になった。
『依頼』は“あの子”と、指していた。ナニモノかが『依頼』として、作蔵に願った。
何かが、まだ足りない。
行動に移すには、慎重に見極めるが必要。
「持ってけ、泥棒」
作蔵は、意識をはっきりとさせて指先を動かしていた。男が近づいているとわかっていながらも、作蔵は動かない振りをしていた。
豪雨が、作蔵の全身をずぶ濡れにさせていたーー。
***
『ちゅん、ちゅちゅんっ!』
『ぽっ、ぽっぽう』
『ちゅちゅちゅ、ちゅんちゅんっ!』
『ぽう』
伊和奈は、応接間の窓越しから見える雀と鳩の囀りに耳を澄ませていた。
ーーその人、おいらの友達だよっ!
ーーそうだったんだ。
ーーなんてことをしてくれたのだよっ!
ーーすまん。
「何を言い合っているのかしら」
伊和奈は堪らずひとり言を呟いた。
窓を開けたいが、開けることが出来なかった。
家に“術”が掛けられている。用意周到だと、伊和奈は何度も窓枠を拳で叩いた。
わかっていたが、皸すら入らない。
息は上がり、呼吸するのが苦しい。見る拳は擦り傷で血が滲んでいた。
「作蔵、作蔵、作蔵」
自身に危険が迫るのは構わない。もしかすると、作蔵の身に何かが起きた。伊和奈は作蔵の名を叫び、目から涙を溢していた。
伊和奈は歯痒かった。
今の身体は正真正銘の“実体”だ。だから、血は流れ、呼吸は乱れる。
ーー『生きる』を当たり前にしていたら、わからなかった。ボクは、このままでいい。なのに、父さんは泥棒をしてまでボクに“器”を与えようとしている。もう、うんざりだ。
「わたしは作蔵に助けられて“実体”を戻すことが出来た。あんたの様子だと“器”を望まないと、いうことかしら?」
伊和奈は声に振り向いた。
向いた先に貌がぼやけている、蒼い球体が浮遊していた。
ーー父さんに悪いことをさせてしまった、ボクが悪いのだ。何とかして父さんがしていることを止めようとしても、父さんは聞いてくれない。父さんは“闇の術”を修得して、関係ない人から“器”を盗むをずっとしている。ボクはもう、嫌だ。
貌は泣いていると、伊和奈は察した。
「あんたが望んでいること、叶えてあげる。でも、わたしだけではどうすることも出来ない。わたしよりうんと強い『誰かさん』と一緒に絶対に叶えてあげる」
伊和奈は腰に着けている巾着袋に右手を入れて、掌の中におさまる蒼くて丸い空の容器を貌に差し出した。
ーー『依頼』は送ったよ。そう、キミが連れていかれる時に父さんの言うことを聞いている振りをしていた、ボクの最後の破片に詰めてね。
「やるじゃない『親孝行さん』」
ーー照れるよ。でも、ありがとう。
「こっちが勇気を貰ったわ。でもーー」
ーー解った。ボクはしばらくキミが出した容器に入っとく。キミとキミが信頼している『誰かさん』が父さんのことで思いっきり動けるようにする為に……。
「行ってらっしゃい」
伊和奈は空の容器をふたつに開き、貌が入り込むのを待つ。
ーー行ってきます。
貌はすっぽりと容器の中に入り、伊和奈はそっと掌で挟む。
伊和奈は貌が詰まった、掌の上にある容器を見つめた。
「『生きる』を当たり前に……。か」
伊和奈が見る窓越しでは、雀と鳩が囀り合戦をしていたーー。
***
『ちゅ、ちゅ、ちゅぅううん』
『ぽ、ぽぽぉおおう』
雀と鳩は息を切らしていた。
ーーお、おいらの囀りが最高だろう。
ーーふ、俺の野太い囀りが心に染み渡るのさ。
いつの間にか、本題が何かがわからない様子の雀と鳩だった。
あのう。取り込み中ですまないけれど、キミ達は最初何のことについて言い合いをしていたのかは、覚えている?
ーーあ、れ?
ーー何だったけ?
だめだこりゃ。
所詮は、どっちも鳥だったのね。
ーーおいらは賢い雀だ。作さんから弥之助と、名前を付けて貰った。
ーー俺のご先祖様は、鳩時計のモデルとなった。正しく時を刻むことが出来るのは、ご先祖様の素晴らしいフォルムのおかげだ。
いや、今さら主張しても無理だよ。だって、鳥は3歩進んだらやってたことを忘れると……。
『ちゅんっ!』
『ぱっぽうっ!』
痛い、痛い。嘴で突かれてしまった。あ、何だか頭の天辺が窪んでいるような……。
ーー作さん、作さんが危ない。やい、伝書鳩め。よくも作さんを危険な目に合わせたな。
ーー実際にやったのは野鳩どもだ。俺は報告と連絡をする役目しか担ってない。
ーーグルには、変わりはない。
ーー国産大豆をご馳走するからひとっ翔びしてくれと、頼まれた。
ーー作さんを探る、誘き寄せる。そして、捕まえる。やったことがどんなに悪いことなのか、わかっているのか。豆を食べたくての為に、作さんをよくも、よくもっ!
ーー待て、待て。お詫びにあんたの友達を助ける為に、正しい伝書を飛ばす。
鳩は白い翼を広げて、羽根に嘴を挟む。
ーーこれは?
ーー誓いの羽根だ。咥えてみろ。
弥之助は鳩から白い羽根を嘴で挟む。
ーー俺が嘘をついていたら、羽根の色は黒くなる。でも、見てみろ。
ーーまっ白だ。
ーー必ず、あんたの友達を助ける。
鳩は灰色の空を目掛けて飛び立った。
弥之助は、鳩の翔ぶ姿を目で追った。悪天候で視野は朧、広げる翼の動きは水気の重みで鈍っているだろう。
ーー伝書鳩。あんたは、誇りを取り戻した。おいらはそう、信じる。
『ちゅんっ!』
弥之助は家の中にいる伊和奈に向けて、窓硝子に嘴を突いたーー。
***
「弥之助、あんたは何処かに隠れていなさい。大丈夫、こっちは何とかなるわ」
伊和奈は弥之助を促していた。
貌と会う前、時にすれば1時間前に『相手』は外出した。
家の中では、自由に動けた。窓もだが玄関、勝手口が押しても引いてもびくともしない以外は、部屋の出入りは何ともなかった。
貌が言っていた『相手』の目的は“器”の窃盗。
だとすれば『相手』は今頃ーー。
伊和奈は堪らず身震いをした。
先程、窓の外で弥之助が鳩と抗論していたことを思い出した。
作蔵に限って、しくじるはあり得ない。しかし、不意討ちをくらっていたらと、伊和奈は負の思考を膨らませた。
ーー嬢ちゃん、待たせたね。
ぞくっと、する声色。
伊和奈は振り向くことが出来なかった。
ーー倅の新しい“器”を持って帰ってきた。嬢ちゃん、手伝ってくれ。
鼓動が激しく打つ。息が止まりそうだがやっとの思いで呼吸を繰り返す。伊和奈は額に滲む汗を拭うをせずに、頬に這わせて顎から滴らせた。
「お茶を一杯、飲ませて」
伊和奈が見る窓の外は、悪天候。
豪雨に加えて雷鳴が轟いていたーー。