豆鉄砲
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔の作蔵は、海藻と列車に乗っていた。
時代は、なんでもあり。
いや、どうでもいいことがなんでもあり。
伊和奈は、何処。
伊和奈は今、どうしているーー。
***
「お茶」
「きな粉団子」
「豆大福」
何処かの木造平屋の応接間であった。
何だかふてぶてしく催促をしている女性がいた。
「はあ」
「自分でわたしを連れてきたのでしょう。それなら、それなりにもてなしをするのが普通よ」
女性は相手を「きっ」と、睨んだ。
相手は背筋を伸ばし、応接間から出ていった。
「ふん」
女性は鼻息を吹いて、長椅子の背もたれに背中をつけた。
容姿は長い黒髪をひとつ縛りにして背丈はすらりと高く、瞳の色は紫。身に纏うのは朱色に黒のティシャツと、緑の五分丈パンツ。
「やっと、出番になった。絶対、忘れられているね」
おーい、語りをゴムボールみたいにぽんぽんと、弄くるのは止してくれよ。
「退屈だもん。あー、甘いものが食べたい」
暇で食欲旺盛。体型が恐ろしいことにならなければいいが……。あ、床に叩きつけられてしまった。
「時間稼ぎをしているから、黙ってて。あー、フルーツタルトもねだっとけばよかった」
今度は蹴られてしまった。
容姿とは裏腹に、手癖足癖が矢鱈と悪い。もう、誰だかははっきりとしているだろう。
「作蔵は、絶対に来てくれる。だから、わたしだってねばっている。相手の企てなんかに、引っ掛かるはしない」
女性は、頬の裏側を噛み締めていた。
一方、女性に振り回された“相手”が何をしているかといえばーー。
ーー毎度あり。
和菓子屋から背中を丸めて出てきた。
先程(脅されて)催促された甘味物を買い占めた。
財布の中は、空。
其処までして“相手”は何を考えている。
「あいつに合った“器”を手に入れる為にだ」
空を見上げると、陽の光が燦々。何処かを目指して羽ばたく鳩の群れ。
“相手”は和菓子が詰まる袋を右腕で抱えていた。
「これで、手に入れることが出来る」
“相手”は不気味に笑みを湛えたーー。
***
ーー伊和奈さん、伊和奈さん。
窓の外から名を呼ぶ声がする。
「弥之助なの? どうして、此処に」
1羽の雀が、窓硝子を嘴で突いていた。
ーー風が便りを送ってきたよ。おいら、作さんと伊和奈さんに会いたくて、伝書鳩さんに引っ付いて翔んできた。そしたら、伊和奈さんが何処かに連れていかれたと。風に捜すお願いをして、伊和奈さんを見つけに来た。
「作蔵は、其処に居るの」
ーーごめん。おいら、作さんのことまで考えがなかった。
雀に伊和奈と呼ばれた女性は、安堵をした顔つきだった。
「大丈夫よ、弥之助。もし、先に作蔵と会っていたら『付いてくるな』と、断わられていたよ。あいつだったら、絶対にそう言っていた」
ーー其れにしても伊和奈さん、何で連れていかれたの。
「わざと、よ。何事にも“証拠”を掴む。作蔵の『仕事』は特に、慎重が重要だから」
ーーはあ。
「作蔵は、絶対に来る」
伊和奈は、困惑している弥之助に言う。
伊和奈は握り締めていた。
開封された、包装袋に残っている乾物の欠片。
伊和奈は、包装袋を握り締めて揺すぶった。
***
生臭い。
列車の中にいる、通路に立っていた作蔵は鼻を摘まんで顔をしかめていた。
列車の座席で尻に敷いた海産物の匂いに、作蔵は悩まされていた。
手で触る臀部には、しっかりと粘り気が残っていた。
目隠しにと、作蔵は前掛けの前見頃を後ろにして腰紐を縛っていた。
痛い、痛い、ばぁ。
「喧しい」
だって『いた』が、ほっぺも痛いから。
「『タ形』だ。たぶん、始まりと終わりを繋げる。筆者の解釈だから、誰か詳しく説明して欲しい」
頭がこんがらがった。て、筆者は何に助けを求めたのだ。
考えてもきりがない。
さっさと、語りの続きをすることにする。
ごとん、ごとん。と、列車が徐行をする。
列車が停車する。と、作蔵は思った。
車窓からの景色が、緩やかに流れて見えていた。
で、再び伊和奈がどうしているのかといえば……。
「お茶です」
「きな粉団子です」
「豆大福です」
応接間の長椅子に腰かけている伊和奈の目の前にあるテーブルの上に、緑茶と和菓子がところせましと“相手”によって置かれていた。
「いただきます」と、伊和奈は豆大福を手にとって口の中に押し込むと、頬を脹らませた。
伊和奈は大口を開いて、一口で豆大福を平らげたのであった。
きな粉団子は串を3本まとめて握り締め、団子を口で挟んで、串を一気に引き抜いた。
伊和奈のくちのまわりは、白くて黄土色の粉が吹いていた。
「もう、食べちゃったの」
“相手”は呆然とした口調で伊和奈に言った。
「満腹」
伊和奈は緑茶がなみなみに注がれている湯呑みを持って、満面の笑みを湛えていた。
「あのね、お嬢ちゃん。完食した和菓子は1個ーー」
「材料はすべて国産。見た目は綺麗だけど、残念ながら甘さのバランスがいまいち。と、職人さんに言っといて」
「そうか、やっぱりか。大将は店のおじさんと喧嘩した勢いで独立したまではよかったが、きめ細かいところまでは行き届いていなかった。でね、お嬢ちゃん。それでも1個の値段はーー」
「でも、お茶の淹れ方はばっちり。茶葉の蒸らし方、注ぎ方お見事よ」
「ほうほう。それは、嬉しい。だからね、和菓子の1個の値段は、豆大福だけでもーー」
「ごちそうさま」
「さんびゃくごじゅうえん」
応接間に「げっぷ」と「はあ」の、口から吐かれた二酸化炭素が解き放されたーー。
おーい、作蔵。頼むよ、さっさと話を進ませてくれい。
「愚痴るな」
列車が停車して、作蔵は下車した。
其所からも、徒歩での移動となった。
見渡す景色は緑が濃いが、空模様は灰色。路は土と砂利が剥き出しになった、鋪装が中断されたようなアスファルト。
ぽつり、ぽつりと、水滴が降ってくる。作蔵は下駄を鳴らして駆け出した。
列車を降りてすぐだった。
作蔵は、道端に散らばっている乾物に気付いた。
粗削りの鰹節。木片状態、帯状態と、形は様々だが意図的に落とされていると、作蔵は察したのだった。
移動中。いや、連れていかれる最中でもしっかりと、伊和奈は道標を落としていた。鰹節の塊をどうやって削っていたのかは解らないが、伊和奈の行動に感服する作蔵だった。
雨水で流れてしまう。
折角の道標が消える前にと、作蔵は全速力で斑で路に落ち続いている鰹節を辿っていった。
が、虚しくも路は阻まれた。
ぽっぽう、ぽっぽう。
群れをなして路を塞いでいたのは、鳩だった。
鳩の群れは、路に落ちている鰹節を嘴で摘まんでいた。
「食事の途中ですまないが、路を開けてくれ」
作蔵は、恐る恐る鳩の群れに談判した。
ぽっぽぉおおうっ!
鳩の群れは一斉に作蔵を睨み付けた。
ーービーンズ砲、用意っ!
「待てよ、俺はお前たちと戦いたくない」
鳩の一羽が嘴から鰹節の欠片を「ぷ」と、路に飛ばして落とした。
ーー距離、南南東へ13歩。目標、誰だか知らない。
「ああ、面倒臭いっ!」
作蔵は肩に縛る襷を解き、折り畳んで一本の帯状にすると両端を掴んで、腕を鳩の群れに向けて真っ直ぐさせる。
鳩の群れは嘴に大豆を挟んでいた。
ーー撃ち方、始めっ!
ぱっぽうっ、ぱっぽうっ!
鳩の一羽の合図と共に、大豆が作蔵目掛けて砲弾される。
作蔵は、降り注ぐ雨粒を浴びながら大豆のひと粒、ひと粒を折り畳んだ襷で打ち返した。
そして、戦いは終わった。
「すまない、此方も相棒の安否が掛かっているのだ」
ーー完敗だ。へっ、いい打ち方をしやがって。
鳩の群れは路に倒れていた。
ある鳩は翼に大豆を受け止め、またある鳩は背中を地面に着けて、またまたある鳩は嘴に大豆を何粒も挟んでは飲み込んでいた。
ーー兄ちゃん、名を呼ばせてくれ。
鳩の1羽が右の翼を広げて作蔵に差し出した。
「『蓋閉め』の作蔵だ。あばよ、好敵手」
ーーああ。作蔵、おまえといつかまた会うと願おう。
作蔵の右手と鳩の翼が触れ合う、1㎜のところだった。
どすり。と、足元の衝撃。そして、風圧。
作蔵の身体は一度宙に浮き、背中から地面に叩きつけられた。
降り頻る雨。
作蔵は、全身をずぶ濡れにさせて雨雲を見上げていたーー。