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海藻伝者

 一欠片、一欠片と、作蔵は畦道に散らばる昆布の欠片を拾い上げては逐っていた。


 逐う先に伊和奈がいる。

 作蔵は、伊和奈は“実体”でいると、確信していた。


 一歩、一歩と、息を潜めて作蔵は行くーー。



 ***



 逐っていた昆布の欠片が途切れた。

 作蔵が足止めをした場所は、線路沿いだった。

 伊和奈の足取りが絶たれた。しかし、作蔵は線路沿いの周囲を、右往左往していた。

 線路内に入るは、出来ない。

 レールを固定している枕木、盛り土と敷き詰められいる砂利、枯れたまま根をつけている雑草。

 隔たれている柵の隙間から、上から、下からと、作蔵は覗いて線路内を見渡した。


 作蔵の、手と足の動きが止まる。


「正しくは“バラスト”だ」


 は?


「線路に敷かれる砂利だよ。あれはな、列車の通過時の振動を吸収する、レールを支える枕木の腐食を防止する。と、ひじょおおおぉおおにっ、大、大、大事な役割を担っているのだ。だから、よい子は線路で『スタンドバイミー』ごっこをするのは絶対にするなっ!」


 蘊蓄うんちくと警告。

 しかし『スタンドバイミー』は……。


「知らないなら、レンタルビデオ店で(たぶん)貸し出してあるから、探して観るのだ。因みに、筆者は主題歌を出鱈目な英語で歌うっ!」


 本作のジャンルは『ホラー』の筈だ。

 これでは完全に『コメディー』だ。


「だからあらすじに『時代は、なんでもあり』と、記入されている」


 作蔵、伊和奈は?


「……。軌道修正をするのが、おまえの役目だ」


 都合がいい時にだけ担ぎ出される。いえ、慣れていますよ。


 兎に角、作蔵は動くことを止めていた。


 線路に敷かれる砂利の隙間に、作蔵は見据えていた。

 一目見ると、枯れ葉。よく目を凝らすと、白く粉を吹いている。

 昆布だと、作蔵は判った。

 伊和奈は、此処から何処かに行った。いや、連れていかれた。


 伊和奈が連れて行かれることに抵抗したならば、痕跡は必ずある。いや、痕跡はあった。


 昆布の欠片が証拠。さて、此処からが問題だ。

 途切れた“足取り”は、その後どのような方法で続いていると、作蔵は“途切れた場所”を丹念に目視した。


 木製の柵に、擦れた跡。

 作蔵は、じっと見つめて一本歯下駄を履いたままの右足を振り上げた。

 作蔵は下駄の底を、柵の上辺に押し当てる。

 乗り上げるかと思いきや、離して地面に足の位置を戻すのであった。


 作蔵は「ふう」と、溜息を吐きながら首を横に振った。


 何かが違う。

 作蔵の顔は、そんな様子を伺わせていた。


 作蔵は、腰を下ろした。柵の柱を背もたれにして、作蔵は地面を見下ろした。


 ーーおう、作蔵。何だか湿気た面してるな。


「おまえこそ、何処へ急いで仲間と頭をぶつからせている」


 作蔵は蟻の行列を見ていた。先頭から三匹目の蟻がまごまごとしていて、後方の蟻と衝突する瞬間を目撃した。


 ーー食糧の匂いがした。だから、仲間たちと其所へと向かうところなのだ。


「おまえたちが収穫しようとしているのは、乾燥した海藻だろう」


 ーーへっ、洞察力は健在だな。そうだよ、その通りだ。


「俺の相棒がわざと落としたのだ。おまえたちの食糧にではなくて、道しるべとしてだ」


 ーーはあ。でも、此方も生きるためにやってる。見逃してくれよ、作蔵。


 作蔵は「ふ」と、笑みを湛えた。


 ーー笑いやがって。何だよ、冷やかしかよ。


「ちゃう、ちゃう。気にせずさっさと仲間と食糧を調達しろ」

 作蔵は腰を上げた。


 点々と、続く蟻の行列は左右に別れていた。作蔵から見た左側で、昆布の欠片を群れを成した蟻が運んでいた。


 がたん、がたん。ごとん、ごとん。


 遠くから聞こえる、迫る音。

 作蔵は耳を澄ませていた。


 列車が通過する。と、作蔵は柵から離れた。


 しかし、だった。


 列車は汽笛を三回高らかに鳴り響かせ、作蔵がいる位置の左三歩前で停車した。


「だんな、急いで乗車してくれ」


 先頭車両である運転席の窓から人の顔が現れ、作蔵は促された。


「おい、駅でもない場所で停車していいのかよ」

「心配、ないない。運賃を払う心配も、ないない。さっさと乗車してくれ」


 列車の先頭車両の行き先案内掲示は“回送”だった。


 運転手の言い方に嘘はない。

 作蔵は「ああ」と、頷いて二両目の開く乗車口へと向かって、列車に乗車した。


 汽笛が一回長調と鳴り響き、列車は走行を始めた。


 乗客は、作蔵ただひとり。

 がらんと、している車内の座席に作蔵は腰を下ろした。が、作蔵は焦って腰を上げた。


 臀部に粘りと湿り気を覚えた。と、作蔵は座った座席を見下ろした。


 なんじゃ、こら。


 作蔵はズボンの生地に手を当てながら、見つめる先に呆然とした。


 青海苔。そして、海蘊もずくとヒジキ。さらにめかぶが(作蔵の尻に敷かれた為に)平らになって座席に貼り付いていた。


「おいっ! 聞きたくないが、一応聞いてやる。この列車は何を乗せて走っているのだっ!」

 作蔵は鼻腔を膨らませて運転席へと向かって、運転手に問い詰めた。


「海藻」


 がたん、がたん。ごとん、ごとん。ひぃいい、ひゃああ。


 無表情の作蔵は、レールと車輪が擦れる音に耳を澄ませていたーー。



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