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あれはなんだっ!

 こんなことって、あってたまるか。


 作蔵は、頬の内側を噛んでいた。

 樹木の幹から分かれて伸びる太い枝に腰かけているのが誰かを、姿が誰なのかを信じたくなかった。


 作蔵が見つめる先には、伊和奈がいた。

 “モノ”が言うことが本当だったら、伊和奈は自ら“実体”を脱いだ。


 作蔵は何度も伊和奈に呼び掛けた。

 しかし、伊和奈は顔色をひとつも変えずに作蔵を見下ろしていた様子だった。


 ーーおっと、言うのを忘れていた。嬢ちゃんにはあんたの声は聞こえていないし、声だって出せないとな。


 漆黒の闇の中で、姿がわからない“モノ”が、けらけらと高笑いをさせていた。


 作蔵は脚の脛に突き刺す痛みを覚えた。

 手で触ると液体が付着しており、鼻を近付けると生臭い。


 ーーへっへっへっ、聞いたことがあるよ。あんたは“殺生”が出来ないとな。今あんたの身体に傷を入れた“モノ”を消さないと、あんたの命は危ないよ。


 “モノ”は二体いる。

 作蔵に攻撃、語り掛ける役割りを分けての“モノ”が漆黒の闇の中にいる。


 “モノ”たちの姿を捉えられない。例えどちらかに当てずっぽうで仕掛けてもかわされるが目に見えていた。


 作蔵は、脛を切られて血を流していた。

 身体の血の巡りが脈打つ度に、傷がうずく感覚。


 絶対に“瞬間”が来ると、作蔵は“根気”を選ぶ。

 “モノ”に隙を与える何かを探す。


 作蔵は、視野に入れた。闇の中でうっすらとした、あやふやな“状”を視野から外すまいと、作蔵はじっと見た。


「へ、俺を嵌める、揺する。と、勝ち誇っているつもりだな」


 ーーどうだろうね、あんたの出方次第だね。


 今度は腕の筋に切り裂く感覚。作蔵は、それでも抵抗をしなかった。


「おい、おまえは俺が何の『仕事』を生業にしているのかを承知で、何かを企んだのだろう」


 ーー『企む』か、残念ながら違うね。言えるのは、あんたに興味を持っている“モノ”がいるってことだな。


「わかった」

 作蔵は肩に背中にと、掛ける襷を解く。

 そして、端と端を合わせてさらにみっつ、よっつと折り重ねていく。


 太く、短くの襷を、作蔵は右の掌で掴んでいた。


「あれはなんだっ!」

 作蔵は叫びながら見上げた、漆黒の闇で瞬く光に指を差した。


 ーーえ? 何。


「阿呆がみぃいいるぅうう」


 作蔵は、声の方向を目掛けて棒状になった襷を振り回しながら投げつけた。


 ーーあうちっ!


 作蔵は悲鳴があがった方向へ、空かさず駆けつける。同時に地面へと落下する襷を掴み、帯状と拡げた。


 “モノ”のひとつが、作蔵によって捕まった瞬間だったーー。


 ***



 時は深夜になっていた。


 作蔵は畳の上に寝そべっていた。

 天井にぶら下がる蛍光灯の明かりをじっと見つめて、作蔵は畳の上に寝そべっていた。


 左手首に巻く襷の端が締めつけられると、作蔵は襷の布を掴み、探り寄せた。


「何処へ行くのだ」


 ーー厠に……。


「嘘こけ。水分を排出する機能はない癖に“イキモノ”の真似をするな」


 作蔵は“モノ”のひとつを捕獲していた。

 作蔵によって“逃走ご法度の術”が掛けられている襷に“モノ”は縛られていた。


 ーーあちきは頼まれただけです。嬢ちゃんは、悪くはないです。嬢ちゃんが何処に連れて行かれたのかはわからないのです。


「ああ、さっきも同じことを聞いた。もう、飽きた。だから、さっさと“黒幕”が何かを吐け」


 ーーそれは……。言っちゃったら、だんなに危険が迫ってしまいます。


「とっくに、だ。と、いうよりいつもの事だ。俺が、おまえなんかの間抜けなほだしに動揺するは、ないっ!」


 ーーはあ、そうなのですか。


「先ずはおまえが『利用』されているか、されていないか。そっちを吐け」


 ーーえ、あちきがですか? 何でですか。


「俺の『相棒』はしっかり者だからだ。だから、おまえともう一体の“モノ”が俺に見せたのは俺を嵌める企みだと、はっきりとした」


 しくしくしく。


 作蔵は啜り泣きが聴こえると、耳を澄ませた。


慟哭どうこくか」


 ーーだんな、あちきは惨めで堪りません。


「おまえの“依頼”を承けよう」

 畳の上に寝そべっていた作蔵は起き上がり、部屋の隅に置く段ボールの梱包を解き、取り出した掌の大きさはある茶色の巾着袋を“モノ”へと翳した。


 ーーだんな、駄目ですよ。あちきは汚れた“モノ”です。きっちりと、裁きを受けるがあちきの役目です。


「生きる為にやりたくないことを担ぐ。俺は、嫌というほど味わってきた。だが、おまえには生きる為の選択が幾つもある。俺は、おまえの生きるを潰すはしない」


 ーー恩は必ず返します……。


 “モノ”は姿を霧状と変えて、巾着袋に入り込んだ。

 作蔵は巾着袋を紐で縛り、綴じた。


『アノコガヤッテイルウツワドロボウヲヤメサセテ』


 3分後、作蔵は綴じていた巾着袋の紐を解く。開くと同時に出てきたのは、朱色に染まる煙だった。噴出した煙は天井に立ち込める、そして拡散されて消えた。


 作蔵は、煙に混じっていた“声”を聞いた。覗いてみる巾着袋の中は空になっていた。


 “モノ”そのものが“依頼”だった。


 作蔵は解釈をする。

 “モノ”を“依頼”として向かわせた。だとしたら、送り主がいる。


 “依頼”だけ。


 下手すれば、気づかれなかっただろう。だが、送り主はまどろっこしい手段をしてまで“依頼”に踏み切った。

 送り主は、直に“依頼”を願えない何がある。何処かにいて、身動きが出来ないような何かが起きている。


『“器”の窃盗を止めてほしい』と、いう依頼内容と、先程遭遇した漆黒の闇に紛れて姿が見えない“モノ”と、帰ってこない伊和奈。


 情報がまだ足りない、事は慎重に行わなければならない。


 作蔵は、空腹と眠気に際悩まされいた。

 身体が限界だと、動くにも動けない。せめて、軽く食事を摂るだけでもしなければ身がもたない。


 腹減った、腹が減って堪らない。

 眠い、眠たい。

 作蔵は、悶々としていた。


 時は、夜明けの刻。


 作蔵は、気付いていなかった。

 お湯を注いで美味しく食べられる『なんちゃって、鳥さんラーメン』とやかんと丼が、台所のテーブルの上に置いてあったことに、作蔵は気付いていなかった。


 〔作蔵。たぶん、蕎麦を作って食べるまで空腹に耐えられないだろうから、先に食べて腹を落ち着かせてといて〕


 側には、メモ用紙が置いてあったーー。


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