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8 高坂詠史(SIDE:澪)

 無視したかったけど結局そうするわけにもいかず、諦めた。


「音無さんって、本当に男が苦手なんだね」


 いったいどこを、何を見てそう判断したのだろうか。


「君にとってはどんな男もただの置物か、でなければ歩くのに邪魔な石ころ程度にしか感じてないんだろうね」


 なぜバレた。おかしい、そんな様子を表に出していただろうか。わからない。


「その、色々とごめんね、音無さん。ちょっと同期に面倒臭くて厄介な絡まれ方して、ついやけになって楽な方に流されちゃった。君には無関係でどうでも良いことだろうけど、本当に悪かった」


 なぜ同期に絡まれてやけになったからって、私に絡んでくる理由や言い訳になるのかわからない。わかりたくもないけど。


「まぁ、君だってどうでも良い男に、どうでも良いことでグダグダ謝られても困るよね。……どうかな、お詫びに食事か酒でも奢らせてよ」


「すみませんが、私はアルコールが分解できない体質なので」


 お断りします、と続けようとした。


「じゃあ、食事にしようか」


 いや、食事もあなたとはしたいと思わないんだけど。しかし、チャラ男先輩はにっこり笑った。


「ちなみに断るのは無しね」


 強引だ、この人。そして朝の謝罪はいったい何だったのか。何も言わないのにこちらが言いたいことを知っている、あるいは察知できているくせに全く怯む様子もない。


 結局最初の印象通り、相手がどう思おうが自分の理屈や意思を通そうとする、押しの強い人だ。だから営業向きなのかもしれないが、敵を作るのも得意そう。


 そして、間違いなく女の敵だ。



   ◇◇◇◇◇



 連れて行かれたのは、たぶんきっと一般的な若い女性──例えば、私とは方向性の違う可愛いものや美しいものが大好きな従姉妹などが、喜んで写メってSNSを更新しそうなイタリアンレストランだった。

 さすがはイケメンチャラ男、一般女子受けしそうなものを見つける才能・嗅覚は素晴らしい。


 残念ながら、私はおしゃれで高そうなレストランで外食するよりも、家で爬虫類動画を眺めながらコンビニ弁当を食べる方が好きだ。


 ニホントカゲの動画はそれほど多くはないけど、フトアゴヒゲトカゲはペットとして人気があって比較的飼いやすいので、結構多い。

 ただ、生きている虫やミミズが主な餌になるので──特に代表的なのは専用に飼育された海外産ゴキブリ──苦手だという人も多いだろう。


 冷凍マウスなどが餌となる猛禽類よりは餌代が安いし飼いやすいと思うのだが、日本のゴキブリと違って清潔だと言っても拒否感が強い女性は多い。


 私がどんな種類のトカゲも飼っていないのは部屋が狭いこと以上に、どんな命にも責任を取れる自信がなかったからだ。

 どれだけ愛していても、私のような人間が彼らを不用意に飼って、寿命以外の理由で殺してしまったら、それでも好きだと言える自信がなかったからだ。


 いかなる理由であれ、何の罪もない彼らを手に掛けておいて、どの口で愛を語れようか。私はトカゲや爬虫類に限らず、どんな生き物も飼うつもりはない。

 花瓶や水盤に生けられた花と同じだ。私はそれが動物だろうと植物だろうと、生きているものが死んでいくまでの過程を楽しむ心の余裕はない。


 愛でるという言葉で偽っても、自分自身は騙せない。他の人にとっては違うのだろうが、私には愛玩するということは、他の生命をその死まで見届ける行為を言い換えたようにしか思えない。

 そのくせ見ず知らずの赤の他人が飼っているペットの動画は楽しんで鑑賞するのだから、矛盾している。


 たぶんきっと、責任を取りたくない言い訳なのだ。自分が手を汚したくないだけなのだ。自分がそうしたいと思う時だけ愛でたいだけの、無責任で勝手な人間なのだ。


 私は卑怯でわがままで身勝手だ。両親や親戚に愛されて育ったけれど、たぶんきっと愛の絶対や普遍性を信じていない。

 それは生育環境に問題があったわけではなく、自分のそれを信じられない、信じていないのだ。


「音無さんって無口だね」


 それはあなたと会話したくないからです。


「ずいぶんと嫌われてるよね、俺。その理由が知りたいって言ったら迷惑?」


 至極迷惑です。


「でもね、音無さん。男ってそうやって女の子に黙られると、自分の都合良いように勘違いする生き物なんだけど、それでも良いのかな」


 本当に面倒臭い。


「嫌です」


 そう答えると、チャラ男先輩は満足げににっこり笑った。しまった。


「じゃあちゃんと会話しようよ、誤解を生まないように。君にとっては不快なだけかもしれないけど、僕だけでなく君にも少しは得られるものがあると思うよ」


 何も言わなくてもそこまで察せられるのなら、わざわざ会話する必要もないだろうに。


「ねぇ、音無さん。たまには無駄なことをしてみるのも良い経験だよ? たとえ嫌いな男との会食でも、相手と対話することによって理解を深めて、次からはもっと上手くかわせるようになるかもしれないでしょ。

 何事も経験だよ、経験。嫌なこともたまには経験してみたらどうかな、きっと損はさせないから」


 口が上手いというより屁理屈だと思う。たぶんこの人は、押しの強さと相手に断らせにくい空気を作って、自分の望みを叶えようとする人なのだろう。ろくでもない。


「どうしてそこまでして私に口を開かせたいのか、わかりません」


「それは知りたいからかな。俺はこの世で何よりも人間が好きなんだ。何にも増して、多種多様な人達と出会って、彼らと会話して、彼らを理解したい。それ以上にそれら全てを楽しみたいのかも」


 その気持ちならなんとなくわかる気がした。私もトカゲ達のことをもっと良く知りたくて、学びたくて、大学を選んだから。


「物好きですね」


「そうかもしれない。でも、俺は君のことを知らなくて理解できないからこそ、君のことを知りたいと思う。現時点ではただの興味本位で探求心しかないけど、ひょっとしたら将来的には恋愛感情になるかもね」


「すごく迷惑です」


 私がそう言うと、何がおかしいのかチャラ男先輩はクスクスと笑い声を上げる。無言で睨むと、笑いを噛み殺しながら楽しそうな声で答える。


「ごめんごめん、いや本当に悪いけど反応が面白い。良いなぁ、率直で。ちょっと羨ましいかも。俺は汚れてるからつい保身を考えたりより楽な方へ流されたりするから、結構新鮮」


「それは人との付き合い方に問題があるのでは?」


「そうかもね。先日、ずっと友達だと思っていた相手が実はそうじゃなかったと知ったばかりだし。ろくでもない付き合い方をしているから、ろくでもない知り合いしかいないのかもね」


 そう言って笑った。


「そうですか、至極どうでも良いです」


 そう返したら、何故か受けたらしい。口元に拳を当てて笑うのをこらえようとしている。ちっともこらえられてはいないが。

 どうやら笑い上戸なようだ。まだ彼は食前酒しか口にしてないけど。私には梅サイダーを勧めてきた。彼のオススメらしいそれは、悔しいけどおいしかった。


「あはは、君は最初から口説かれる気がないからそうなるよね。いや、試して悪かった」


 いったい何の話をしているのかわからない。


「ところで、興味ついでに聞くんだけど、そのティ○ァニーのティアドロップペンダント、お気に入りなの?」


「……ティ○ァニー?」


 何だろう、良く知らないのにどこかで聞いたことがあるような気がする。ティアドロップは涙の雫、つまり父から貰ったペンダントのことだ。


 他に持っているペンダントは金色のハートのロケットペンダント、後は冠婚葬祭用のホワイトパールとブラックパールのネックレスくらいだ。

 いずれも親から貰ったものなので、どこの店で購入したかは知らない。私が持っているアクセサリーやバッグは全て、お金は父、選ぶのは母が担当しているため、母の好みが反映されている。私はそういった審美眼的なものは皆無なので。


 研修期間中は、涙型の銀と金のロケットを、その時の服装などに合わせて付けていた。襟ぐりがある程度開いた服の時は、アクセサリーを付けるのが乙女のたしなみだと助言されたので。

 スカーフは帽子と違って屋内でも着用が許されているけど、実際に空調の効いた屋内で長時間筆記などの作業をする時は、邪魔になったり暑苦しく感じたりして外したくなるから。


「えっと、そのペンダントが入っていた箱や袋の色って、黄みがかったシアンみたいな色じゃなかった?」


「シアン?」


「ターコイズブルー、もしくは緑がかった水色に近い青かな。とにかくそういう印象に残りやすいちょっと独特のブルーの装丁だよ」


 ターコイズはわかる。母がアクセサリー好きで色々なものを持っていたから。言われてみれば、そういう感じの装丁だった。

 さすが息をするように女を口説くイケメンチャラ男、現物を見ただけでブランド名がわかるのか。装丁まで知っているとは、店に直接買いに行ったこともあるのだろうか。


 なんだかすごい。私とは別世界の住人だ。


「誕生日祝いに両親から貰ったものなので詳しくは知らないのですが、言われてみればそんな色の箱に入っていました。母がそこの商品を好きならしくて、卒業祝いには金色のロケットペンダントも貰いました。

 そこって有名な店なんですか?」


「えっ、テ○ファニーで金色って十八金だよね、それ」


 十八禁? いや十八金か。それは知らなかった。大事にすれば一生使えるからとは言われたが。


「詳しいんですね。現物見なくてもわかるものなんですか?」


「超有名なブランドだから、知らない人の方が少ないと思うけど」


「そうなんですか、知りませんでした」


 トカゲ以外のものにはあまり興味がないので。一般常識を覚えるのに精一杯でそこまで気が回らなかったが、もしかして有名なブランド名やメーカー名も覚えた方が良いのだろうか。

 学んだり覚えたりすることが多くて大変だ。今まで興味があること以外はスルーしてきたせいで、自業自得ではあるのだけれど。


「本当に興味ないことはどうでも良いって感じだね。友達はいるの?」


「います」


 稀有で唯一無二と言って良い親友が。


「へぇ、羨ましいな。俺はどうでも良い付き合いしかできない知り合いしかいないんだよね、本当に。日頃の行いが悪いって言われそうだけど、生まれてこの方一人もいないから。

 さすがの俺も小学校低学年の頃は純真だったから。少なくとも幼稚園に入った頃から老若問わず女性に大人気だったけど」


「そういうところが問題なのでは?」


「ははっ、そうかもね」


 人のことは言えないけど、当人は自覚なく周囲の人の気分を不快にしていそう。


「自信過剰な言動は嫌われると思います、一般論的に」


「別に過剰ではないよ、ただの事実だし」


「私の友人曰く、概ね人にとって不快な事実は、それについて言及する人も嫌悪や憎悪の対象になり得るらしいです。

 だから、たとえそれが事実でも忠告でも、それを口にする際は言い方に気を付けないと、人に嫌われる元になるそうです」


「へぇ、すごい友達だね、その子」


 チャラ男先輩の言葉に、一瞬唇を緩めそうになって慌てて引き締めた。


「君はその友達のことがとても好きなんだね」


 危ない、術中にはまっちゃ駄目だ。これは罠だ、トリックだ。確か心理学か話術の本にあったはずだ。

 相手の話すことを肯定して、その人が好きだと思っていたり大事だと思っているものを肯定したり褒めたりして気分を良くさせた上で、自分の好感度を上げようとするやつだ。


「俺もそんな友達が欲しいな」


 そう思うなら誰に断らずとも作れば良い。私には関係ない話だ。それがこの人の会話テクニックなのかもしれないけど、今年二十八歳になる男が欲しいなとか言っても正直微妙だと思う。


 大人の男性から垣間見える少年ぽさ? それってたぶん幻想だと思う。より正しくは幼稚さ、それが計算であればあざとさと言い換えるべきである。


「ちょっと、そこでスルーするのはやめてよ。発言したこっちが恥ずかしくなるでしょ」


「先輩は少し恥じらいを持った方が良いと思います」


 かなり本気で、心の底からそうして欲しいと思いながら言うと、どういうわけかチャラ男先輩は、テーブルの端に顔を伏せて笑い出してしまった。

 この人の笑いのツボが理解できない。


「良いなぁ、音無さん。好きになりそう」


「迷惑なのでやめて下さい」


 心底ゾワッとする。


「いやぁ、そう言われると燃えるよね」


「本気でやめて下さい」


 私が嫌悪に顔をしかめると、楽しそうな笑い声を上げる。わかってはいたけど、なんて人迷惑な人だ。


「俺さぁ、ドMだから相手に嫌がられると嬉しくなるんだよね」


 たぶんそれ、被虐趣味ではなく嗜虐趣味だと思います。


「ねぇ、何か言ってよ」


 絶対に嫌です。


「うわぁ、どうしよう、すっごく楽しい。ヤバイな、うん」


 こっちはドン引きなんですが。


「君を好きになっても良い?」


「お願いですからやめて下さい。他の人でお願いします」


「え~、どうしようかな」


 幼い子供みたいなこと言わないで欲しい。それが許されるのは一桁年齢までで、対象は家族または親族までです。

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