6 初出勤 (SIDE:澪)
小夜と少し電話会議した結果、髪型はローポニーテールとハーフアップ、ねじってヘアクリップで止めるだけの簡単シニョンを適当にローテーションすることにして、ナチュラルメイク──アイライナーやマスカラもするのだからナチュラル風メイクが正しいと思う──でいくことにした。
服はワイドパンツやスラックス、膝下丈のフレアスカートをカーディガンやジャケット、カットソーやブラウスと組み合わせて、靴はきれいめな茶色のローファーか黒のパンプス、バッグは花柄のトートか黒の小さめなリュックで行くことにした。
選択肢はそれほど多くはないけれど、着回ししやすそうな物をなるべくチョイスしたので、派手な柄物や変わった型の服はない。
ボトムは無地の黒とベージュのみ。カットソーはグレーとベージュ、ブラウスは白地に黒のストライプと白とベージュ、カーディガンは白と薄いピンクとグレー。
春物ジャケットは、生成りの麻、綿の紺、スウェット地のグレー、白と銀のツイードしかないので、後の二つは封印だ。銀が入ってなければツイードもいけたと思うけど。
ワンピースやマキシスカート、スキニーなども封印なので、無難な色と型しかないけど、新入社員のオフィスファッションなんて無難なものを選んだ方が、悪目立ちしなくて良い。
同じ課の先輩方が上下ジャージやTシャツ&ジーンズや作業着姿だからといって、初出勤の私までそれをそのまま真似るのは、ちょっと厳しいものがある。
いくら髪型・服装が自由だからと、ボサボサ髪とノーメイクでTシャツとジーンズにパーカー羽織って、くたびれたスニーカーで行ったりしたら、あいつ何考えてんのと思われるのは確実だ。
世間の目は、だらしない女に厳しいのだ。こういう時ばかりは男性が羨ましい。
もちろん営業とか外回りの仕事の人達は、男女共に更なる厳しい視線にさらされるのだろうから、内勤でなおかつ外部の人と接触する可能性が限りなく低い私はまだマシなのだろう。
システム開発課の人達は、いかにも理系男子的な風貌の人が多かった。たぶん鴻先輩や小清水課長がイレギュラーなのだろう。
周囲に埋没することはあっても──自発的に口を開かなければだが──馴染んだことのない異物の私を受け入れて貰えるかどうかは、神のみぞ知る。
協調性皆無と言われる私に皆と仲良くはほぼ不可能だが、排斥されずに業務が滞りなく遂行できれば、それで良い。
時刻は七時半、さて出掛けようか。朝食はヨーグルトを掛けたシリアルで軽く済ませた。忘れ物がないか確認して、家を出る。
◇◇◇◇
バス停で降りて、職場へ向かう。歩いて五分の距離だ。その間に、コンビニや飲食店や軽食もありそうなカフェなどを見つけて安心する。
この辺りはオフィスビルが多いのか、出勤途中と思われる人達が多く見られる。街灯もあるので、帰宅が遅くなっても大丈夫そうだ。
出勤・帰宅時は車などで混みそうだから、定時に帰宅する時は道路を横断する際には気を付けよう。私は混雑時に、横断歩道以外で片道二車線以上ある道路を素早く渡るということができない。
別段急ぐ必要もないのだから、道路の向こう側に渡る際は、横断歩道や歩道橋や地下道などを渡れば良い。
事前にスマホの地図で確認した通りの場所に、駐車場と五階建てのビルが見えてきた。歩道との境にある伸縮ゲートは開かれ、付近には警備員らしき人影が見える。
そちらの方へ歩いて行くと、二人いると思った警備員の片割れが、鴻先輩だった。
「おはよう、音無さん」
一瞬びっくりして立ち止まってしまった。良く見たら警備員の制服じゃなくて、紺色の軽めのジャケットとスラックスだった。ネクタイはしておらず、白のポロシャツを着ている。
本職?の警備員さんより頭一つ分以上背が高い。どうやら手前に警備員がいたので、うっかり奥にいる人もそうだと思い込んでしまったようだ。
「おはようございます、鴻先輩」
今日は着けてきた腕時計をチラリと確認した。まだ八時五分を過ぎたところだ。
「驚かせてごめん。昨日の冊子に一応施設案内の地図があったとは思うけど、念のため案内しようかと思って待ってたんだ」
そう言って笑う顔は、どう見ても何か企んでるっぽいラスボスもしくは裏ボスなのだが、見た目の割に親切な人だ。しかし、私と同じく新入社員と思しき人が怯えている。
これは早々に移動した方が良さそう。警備員さんにも会釈と挨拶をして、玄関へと向かって歩き出す。
施設案内によれば、五階建てビルの裏手の連絡通路の先に、製品試作用の施設や倉庫などもあるようだが、歩道側から見える建物は一つきりなので迷いそうにない。
鴻先輩は内部の案内をしにわざわざ待っていてくれたのだろうか。施設案内によれば、システム開発課は四階のほぼ中央付近にある。
手前にある駐車場奥に立っている箱形の建物に、ひさし部分が突き出している。出入り口の外扉はガラス製になっており、手動で開けた先に傘立てがあり、内扉は回転式となっている。
業務用の出入り口は裏手にあったはずだから、大きな荷物とかはそちらから運ぶのだろう。
正面玄関入ってすぐのところがロビーのようになっていて、右手に受付があり、その奥にエレベーターがある。
「ここがエントランス。奥にエレベーターが見えるけど、この時間はまだエレベーターは動いていない。右手の通路へ行くと男性用ロッカー、左手の通路へ行くと女性用ロッカーがあって、それぞれすぐ脇にトイレと階段がある。
右奥の階段が東階段、左奥の階段が西階段と呼ばれていて、一階のドリンクコーナーは右側でその隣に喫煙所が配置されていて、左側は代わりといってはなんだが化粧室が別途ある」
鴻先輩がそう説明してくれる。ふむ、施設案内は必要そうなところしか確認してなかったな。っていうか、朝はエレベーター使えないのか。それは説明されないとわからないかも。
「ロッカールームがあるのにすぐそばに化粧室もあるんですか?」
私の質問に、鴻先輩は肩をすくめた。
「何故そうなっているかは知らないが、大きな鏡の前で座って化粧ができるようになっているらしいぞ。俺は入ったことはないが、同僚からそう聞いたことがある。
角度の付いた鏡があるから、覗く位置によっては側面や背面も確認できるらしい」
「……それはすごく便利ですね」
ずいぶんと便利で行き届き過ぎていて、びっくりだ。建物自体は建てられてから十年だったか二十年だったかは経過していたはずだけど。
「では、ロッカーへ行ってきます」
「おう、ロッカーには名前がフルネームで表記されているはずだ。鍵を掛けるのと、無くしたら困るものは入れない方が良いぞ。以前、鍵が壊されて盗まれた事があったらしいから」
「え、そうなんですか? じゃあ、財布やスマホは置かない方が良いんですか?」
「財布は手元に持っておくやつが多いな。俺は私物のスマホは電源落としてロッカーに置いているけど、部屋に持ち込んでいるやつもいるから、使用はともかく持ち込みくらいなら良いのかもな」
なんだ、財布とスマホは持ち込んでも良いのか。安心した。
「わかりました。では、そうします」
「ああ。ドリンクコーナーにいるから、終わったら声を掛けてくれ」
そう言って鴻先輩は右側の通路へ向かったので、私は足早に左側の通路へ向かった。ロッカールームで少々戸惑ったものの無事自分のロッカーを見つけ、財布とスマホだけ抜いてコートとバッグを置いて鍵を閉めてから、ドリンクコーナーへと向かった。
「あれ? 今日は内巻きにしなかったんだね、おはよう」
……すごく嫌な予感。
「うん、低い位置のポニテも可愛いよね。そのバレッタ、良く似合ってる」
たぶん気のせい。もしかしたら幻聴かもしれない。きっとそうに違いない。もっとしっかり朝食食べて来るべきだったかな。低血糖からくる幻覚なのかも。
「いや、君、聞こえてるよね。わかってて無視しているよね。そういうのって、かえって男の闘争心を煽るだけだと思うんだけど、それはわざとやってるの?」
なんて面倒臭い人なんだ。わざと無視しているとわかっているのなら、普通は迷惑がってるんだと思って、次からは控えるものだよね。わざわざ声掛けようとか思わないよね。
足が自然、早くなる。
「昨日は邪魔が入ったからできなかったけど、まだちゃんと自己紹介していなかったよね。俺は、第二営業課の高坂詠史。今年二十八歳になる独身だよ」
二十八歳にもなるのに、まだ十分大人になりきれてないんですね、大変ですね。主に周りの人達が。明らかに嫌がっているとわかる女を追いかけ回すとか、趣味も性格もすごく悪いんですね。
「君の名前が聞きたいな。聞かせてもらえるとすごく嬉しいんだけど、教えてくれる?」
この手の輩は反応しては駄目だ。これだけ無視しまくっているのにしつこいのだから、少しでも反応すれば相手を喜ばせて、こちらの精神疲労度が上がるだけだ。
あとちょっとで鴻先輩と合流できる。申し訳ないけど、あの人に追い払ってもらおう。あの人もほ乳類のオスだが、この人に比べればずっと害がないし、まっとうで信頼できそうだし。
ラブリーでキュートなニホントカゲやニホンカナヘビに追い掛けられるのなら大歓迎だけど。アオダイショウやヤマカガシとかは微妙だけど、シマヘビは可愛いよね。
ああ、でもやっぱりニホントカゲの愛らしさは随一だ。あのすべすべとしたなめらかな触り心地、つややかで美しい鱗に、愛らしい挙動と瞳。
彼らのことを考えただけで、思わずうっとりしてしまう。あんな可愛らしくて美しい生き物なら、いくらでも愛せるのに、人間の男ときたら臭いわ、無駄に大きいわ、むさ苦しいわ。
声は無駄に大きいし低いし、話し言葉や動作は乱暴だし、目にも耳にも優しくない。
私は小さくて可愛いものが好き。男が皆百五十cm未満の身長なら少しは好きになれたかも……ううん、やっぱり無理。
だけど、相手が穏やかな紳士であれば、大丈夫かもしれない。声を荒げたり、次の挙動が読めない何をするかわからない生き物だけは絶対に無理。
小学生の時に、乱暴な男子児童が隣の席になった時は最悪だった。授業中でもお構いなしに騒ぐしわめくし、暴れるし。
あの時は本当に、気が狂うかと思うくらい苦痛で、どこかに消えてくれれば良いのにとまで思ってしまった。
次の学年に上がる前に、親の転勤とかで転校していったから良かったけど。
耳元で騒がれるのは、すごく苦手だ。大半の人の声は、黒板やガラスのきしる音と同じくらい苦手。雨音とか、窓越しに聞く風の音はそれほど嫌いじゃないのに。
実を言うと電子音も少し苦手なので、スマホの着信音や通知音とかは全てピアノかオーケストラの曲で設定している。
ようやくドリンクコーナーに着いた。紙カップ片手にベンチに座っていた鴻先輩が、こちらに気付いて立ち上がり、紙カップをぐしゃりと握りつぶしながら駆け寄って来る。
「大丈夫か、音無さん」
「鴻先輩」
私に声を掛けてはくるが、彼の視線はその後ろにいる人に向けられている。申し訳ないが盾になってもらおう。彼の傍らに駆け寄ると、それと入れ替わるように鴻先輩が前に出る。
「高坂先輩、またですか。いい加減しつこいですよ」
「……またお前か。今回は業務時間中じゃないぞ」
「そういう問題じゃないってわかって言ってますよね。それくらいにしないと、セクハラ案件として総務に相談することになりますよ」
鴻先輩が不敵な笑みでそう言うと、チャラ男先輩は眉間に皺を寄せた。
「脅しか?」
「ああ、そうだ、先輩。小遣いに困っているなら、無利子無担保無期限で一万円貸しましょうか? 俺はそれほど稼いでるわけでもないですが、使うこともないので金には困ってないんです。
三ヶ月で一万円でしたっけ。人に付ける値段にしては随分と安いもんですよね」
冷ややかな低音ボイス。うん、これは魔王様と呼ばれても仕方ないな。ところでいったい、何の話だろうか。
きょとんとした私とは裏腹に、チャラ男先輩の顔が青ざめ、目に見えて引きつった。
「おまっ、なんで……っ!」
「さぁ、何ででしょうね? まぁ、障子に目あり、壁に耳ありと言いますし、防音設備のしっかりした個室以外でする話は、多少の差はあれ、漏れる可能性がありますよね」
恫喝するような声音で、含みのある口調で、ゆっくりと畳み掛けるように話す姿は、敵にすると恐ろしいが味方であれば実に心強い。
チャラ男先輩は抗弁したげに口を開くが、結局は何も言わないまま口を閉ざした。
「どういうつもりかは知りませんが、冗談や悪ふざけで済ませる内に引いた方が良いと思いますよ」
そう言って最後の駄目押しとばかりに鴻先輩が言うと、チャラ男先輩は何かを飲み込むような顔をして、唇を噛みしめ、俯いた。
「……鴻、お前、小清水課長や中岡課長に何か言ったか?」
ポツリと呟くように言ったチャラ男先輩に、鴻先輩は真顔で答える。
「課長には、俺が実際に見た事実しか話してませんよ。憶測や確証のない事は口にしない主義なので。あと第二営業課に直接の伝手はないので、俺からは何も。
小清水課長は音無さんが『被害者』だと聞いて抗議しに行ったみたいですが」
鴻先輩のその言葉に、チャラ男先輩がカッとしたように反応する。
「……『被害者』? その言いようはひどくないか。あまりにも一方的だろ」
「そうですかね。何の罪も因果も関係も無いのに、入社式で見ず知らずの先輩につきまとわれる新入社員は気の毒じゃないですか?
高坂先輩がちゃんと規律を守って、常識の範囲内で人としてわきまえ、周囲に配慮した言動を心掛けていれば良かった話でしょう。
俺は倫理にもとる行いと、人の心をないがしろにする言動が一番嫌いなので。注意・忠告してそれを正せないなら、そいつは地獄に落ちるべきだと思います」
あれ、私の話? 何の話かはちっともわからないけど、もしかして私が思うよりもっとひどいことをこのチャラ男先輩にされていたのだろうか?
まぁ、今後私に係わってこないのならば、何がどうだろうと特に気にならないのだけど。
「それは、彼女が嫌がっているかどうかって話だろう?」
ほう、そう来たか。
「だとよ、音無さん。自分で言えるか?」
鴻先輩がそう、気遣わしげに尋ねてきた。こくりと頷き、チャラ男先輩に向き直った。
「迷惑なので、今後二度と話し掛けないで下さい。お願いします」
そう言って深々と頭を下げた。そんな私に、チャラ男先輩が驚いたように息を呑む。
「えっ、ちょっ、待って。俺、そんな嫌がられるような事したか!?」
有り得ないとでも言いたげな口調と声音だ。私の方が有り得ないなこの人とか思ってるのに。
「……申し訳ありませんが、成人男性全般苦手で、できうる事なら会話や接触はもちろん声を聞くのも控えたいと思っているので」
私がきっぱり言い切ると、一瞬、周囲がしんと静まり返った。
あれ? もしかしてやってしまった?
ハッ、と気付いて周囲を見渡すと、チャラ男先輩は勿論のこと、鴻先輩や無関係のただそこにいただけの男性社員らしき人達まで固まっており、幾人かいた女性社員まで驚いた顔や興味津々といった表情でこちらを見つめている。
……おかしい。そんなにひどい暴言や毒舌は吐いてないはずだけど。常態の私であれば、ずいぶんと遠回しで穏便な表現なのに。
もしかして、言い回しがおかしかった? 言い方がまずかったのかな? 常日頃から語彙や表現に関しては問題しかないから、何が問題なのかわからない。
ああ、やはり、今日は帰りにコミュニケーション関連のビジネス書を買いに行こう。電子書籍でも良いけど、どれを選んだら良いかわからないし。
紙書籍の良いところはスマホNGの場所でも読めて、店頭で冒頭だけでなくそれ以降も確認できるところだ。
他人の心情や感情の動きや理屈がわからないのも問題だが、私に一番足りてないのは自身の語彙や表現力と文例集的な質疑応答用のテンプレートだ。
実の母には感性や情動、美的感覚が致命的に足りないとも言われている。感性なんてものは生まれた時に欠片も持ち合わせなければ、たぶんきっと一生手に入らない感覚だ。
食べられもしなければ使えもしない感性とやらの使い途がわからない。
きれいな花を見て何か思わないかと聞かれても、確かにきれいなのだろうけど、それを切って花瓶に生けるとその内枯れてゴミになるから、切らずにそのまま土に生えたままにしておいた方が良いと思う。
情動に関してはないわけではないが、自分のそれを自分以外の人に伝える努力なんてする必要性があるのかどうかは謎だ。何故、それをわざわざ表現する必要があるのかわからない。
誰か親しい人にそれを伝えて共感してもらおうとは思わないか? それをして何の意味があるのかわからない。
そんな私はきっと、人の心というやつが足りてないのだろう。学習や経験によって、これをしたら相手の気分が悪くなるからしてはいけない、などといったことがわかるようになってはいくけど、一度も経験したことも見たこともないことについては、わからない。
致命的に何かが足りてなくて、どうしようもなく隔絶した見えない壁がある。人が生まれつき持っている何かを、私は持ち合わせてない。
そのことで、身近な誰かが、そんな私でも大切だと思っている人が傷付くというのであれば、どうにかしたいと思う気持ちはある。
ただ、これをすれば絶対大丈夫、という魔法のような手段は存在しない。だからといって、改善するための努力をしないというつもりはないのだけど。
でもやっぱり、時々、思ってしまう。知らない人間は恐ろしい、理解できないからこそ恐ろしい。なるべくできる限り、必要以上に接触したくない。
人に傷付けられること以上に、気付かずに人を傷付けてしまうことが恐いから。
ああ、生きていくって難しい。
「うっわぁ、すっげーキッツイな、音無さん。確かに自重しないしつこい手合いには、はっきりキッパリ言った方が良いけど、あまりやり過ぎるとかえって逆上させたりするから、気を付けた方が良いかもな。
ほら、わかっただろう、高坂先輩。これほど迷惑がられてるんだから、もうかまわないでやってくれ。あんたもそうそう人前で恥を掻きたくはないだろう?」
そう鴻先輩が口にすると、周囲の空気が弛緩した。
あれ?
私が慌てて俯き掛かっていた顔を上げると、鴻先輩が苦笑し、チャラ男先輩が困ったような苦笑を浮かべていた。
「……悪かった。迷惑掛けて、気分悪くさせてすまなかった。この通り、謝る」
そう言って、チャラ男先輩が深々と頭を下げた。この人、絶対心の底から謝りそうにないと思ってたのに、それは嘘っぽくなくて、ポーズではなく、心の底から本気で謝っているように見えた。
「あ、いえ、こちらこそすみませんでした」
何故そうなったのかは、良くわからないけど、たぶんきっと今、鴻先輩に助けてもらったんだということだけはわかった。
何がいけなかったのか、何が引っ掛かったのかはわからないままだったけれど。
「お~い、若造。何やらかしたかは知らねーけど、あんまり無茶はすんなよ~」
そんな声が聞こえた。それと共に周囲が少し前までのざわめきと雑音を取り戻す。
「じゃ、この件はこれでいいよな。……じゃ、行こうか、音無さん」
「あ、はい」
そして周囲の人に会釈してから、鴻先輩の後について『システム開発課』へと向かった。