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涙の魔法・外伝 -unbalanced triangle-  作者: 燐紅
リアル麻雀初心者
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リアル麻雀初心者 4/5





 ――豊島は、田辺の不正に便乗して茂松を飛ばしてしまったことを、後悔していた。


 あの時はただ単に、一度も罰ゲームを受けていない茂松に、自分がすでに何度か味わっていた同じ屈辱を与えたい一心だった。さほど躊躇せずにロンを宣言した菜々だって、似たような心境だったはずだ。


 罰ゲームに菜々が巻き込まれることを想定してさえいれば、豊島は確実に田辺を咎め、茂松の發で彼女をアガらせようとはしなかった。


 己の迂闊さを全力で悔いながら、豊島は自身の手牌を眺めて軽く逡巡し、牌を切る。


 茂松の罰ゲームが終わって、彼と交代した田辺を面子に加えて引き続き麻雀は再開された。


 この場にいる誰もがその強さを認める田辺は、いつになく真剣な打ち筋を見せ、幾度となく場を制した。


 そして明らかに、菜々に狙いを定めた打ち方をしていた。遅れてそれに気づき、菜々の打牌に関して一切口を挟まずにいた豊島は、大事な局面では都度助言を入れるようにして田辺の攻撃を免れようとした。


 だが豊島の努力も虚しく、何度か田辺にアガリ牌を振り込んでしまった菜々はあっさり飛んだ。


 最後に菜々が田辺に振り込んで終わった局面を振り返り、豊島は直後に彼が言った台詞を思い返す。



『菜々ちゃんが飛んだら、振り込んだ相手に無条件でちゅープラス、そいつに大好きって言うこと。これ決定な』



 したり顔の田辺の一言に菜々は青ざめ、豊島は珍しく彼が本気を見せた意図に心から納得した。


 まんまと田辺の術中に陥った菜々は、もはや抵抗することを諦め、彼の命令を受け入れた。


 そしてその最初の罰ゲームの相手である田辺に彼女はそっとにじり寄り、躊躇いがちにその頬に唇を押し当ててから、蚊の鳴くような声で呟いた。



『……田辺さん、大好き…です』



 恥じらう彼女が発した一言に途端に有頂天になる田辺は、力強く菜々を抱きすくめながら歓喜の声を上げた。



『俺も大好きだ菜々ちゃーん!野田なんかやめて俺と付き合えー!』



 無茶苦茶なことを口にする田辺の腕の中で目を白黒させる菜々の様子に、愉快げに笑い声を上げる面々。


 周囲に合わせて笑って見せながらも、豊島はその光景を素直に面白がる気にはなれなかった。



(野田なんか、って…よく言えるよな、田辺さんも…)



 この場にいる誰もが知っている菜々の恋人を無下にしたことより、豊島は田辺の軽薄ぶりに呆れていた。


 田辺には菜々と同世代くらいの娘がいたと、豊島は記憶している。自分の娘と大して年の違わない菜々に対して、付き合えなどとよくも軽々しく言えたものだと、呆れを通り越して感心すら覚える。



(しかも…まどちゃんとガチで付き合ってるらしいし)



 円香本人から聞き出した茂松から伝え聞いたことも思い出し、今はそんな素振りを全く見せることなく普段通り麻雀を楽しむ田辺を見ながら、豊島は改めて彼に呆れた。


 菜々が初めてリアル麻雀を体験した局を終え、田辺が無双ぶりを見せつけた局を終え、三度目の対局を行っている今の卓の面子に、菜々はいない。


 人数の都合上、人を入れ替えながら行っているここでの麻雀は、飛んだ者を優先的に入れ替えるようにしていた。前の局で田辺によって飛ばされた菜々は、長いこと彼女の横で指導に専念していた豊島と交代し、少し離れたところで一服しながら卓を眺めているようだった。


 かなり疲れた様相の菜々を気にする豊島は、自身の左隣にしゃがみ込んで卓を眺める男の顔を盗み見る。


 自分の罰ゲームを終えてから二度目の対局に入った今までの茂松に、特にこれといった変化は窺えない。ただ卓の外から対局をひたすら傍観し、気まぐれに誰かの手牌を覗き込み、時折茶々を入れてくる。


 菜々の罰ゲームの時でさえ、島田や安達と一緒になって、笑い転げていた。



(…本当に気にしてないのか?シゲは)



 茂松は、菜々にキスをした。


 罰ゲームで仕方なくとはいえ、その行為は深い事情を抱えている二人にとって、軽々しい気持ちでさせてはいけないと豊島は思っていた。


 案の定、菜々は明らかに複雑な心境を覗かせている。田辺の標的にされた対局中も、そうされずとも彼女は時折上の空になったり、打牌の判断を誤って誰かに振り込んだりと、とても麻雀どころではない様子だった。


 何も知らない先輩たちから、ちゅーされたのがよっぽど恥ずかしかったのかだの、野田には内緒にしとくからだの、好き勝手なことを言われながらも、彼女はぎこちなく笑って返していた。


 そんなやりとりでさえ、傍で見ていた茂松は軽く苦笑いするだけだった。



(どうせ罰ゲームだし、程度にしか思ってない…かもな)



 感情の窺い知れない茂松をさておくことにして、豊島は気落ちしている菜々だけを気に掛けておこうと決め、彼女が休んでいる今は麻雀に意識を戻すことにした。


 ほどなくして流局し、テンパイした者への点棒の受け渡しを手短に済ませ、4人は手慣れた様子で洗牌して早々に山を積み、難なく配牌を終える。


 手牌を眺めて考え込む豊島の視界の隅で、煙草を吸い終えた菜々が立ち上がってこちらに歩み寄ってくる。目だけでそれを一瞥して確かめた豊島は、自分の右隣に着いて見学するつもりなのだろうと深く気に留めなかった。


 その時、彼の対面にいる安達が、おもむろに彼女に呼びかけた。



「菜々ちゃん。ちょっと便所行ってくるから、戻るまで代打ちしててくれない?」


「えっ?代打ちなら、カナちゃんさんに頼んだ方が…」


「いいからいいから」



 訝しむ菜々にへらへらと笑いかけながら、自分が座っていた席へ彼女を誘い込み、安達はそそくさとトイレに向かっていった。


 有無を言わさず代打ちを任された菜々は、すでに配牌を済ませた手牌をじっと見つめ、眉根を寄せる。


 不穏な表情を覗かせる彼女を訝しんだ豊島の横で、茂松がおもむろに口を開く。



「…島田さん」


「ん?どした茂松」


「何か企んでませんか?安達さんと」


「何も企んでねーよ」


「じゃあさっき、安達さんと目で合図してたっぽいのは、何のサインだったんすかねー?安達さんの点棒って、確か二人の間に置かれてた覚えがあるんすけど?」


「…バレバレ、か」



 見透かすような茂松の口ぶりに、状況を飲み込めない菜々は安達の点棒を確かめる。自分の席と、左隣の島田の席の間に無造作に置かれた点棒を数えて、彼女はようやく理解した。


 罠を仕掛けた島田を睨み、安達が姿を消したトイレの方を振り返り、手元に並ぶ手牌を確かめ、そしてまた島田を恨めしそうに睨む菜々。


 またもや、嵌められた。せわしなく動揺を露わにする彼女に、田辺は必死で笑いを堪え、茂松と豊島は哀れみの視線を送った。



「…持ち点をだいぶ減らしてたのと配牌がよくなかったのを機に、無理矢理代打ちさせて飛ばして、菜々ちゃんに罰ゲームさせるつもりっすね」


「ご名答ー」



 豊島の推理に悪戯に応える島田に対し、菜々は田辺に弱々しく訴えかけ始めた。



「…田辺さん。安達さんが戻るまで、待ちません?」


「駄目だ。観念して打て菜々ちゃん」


「嫌ですよお。またあたし、田辺さん相手に…」


「俺はもう菜々ちゃんの牌でアガらねーよ。アガリは島田か豊島に譲る」


「さあっすが田辺さん。わかってらっしゃる」


「島田さーん…」


「まあ、頑張れなっちゃん。勝っちゃえば罰ゲーム受けなくていいんだからさ」


「カナちゃんさんまで…」



 ごねる菜々を見かねて、豊島は念のために田辺に釘を刺しておくことにした。



「振り込みにダマするって言っておいて、また菜々ちゃんからアガったりしないでくださいよ?田辺さん」


「ほおー?」


「…なんすか」


「いや、意外だなーと思ってよ」


「なんのことっすか」


「豊島。おめーも堅物そうに見えて、実は菜々ちゃんのちゅーを本気で狙いに行く気だな?」


「なっ!」


「ほえっ!?」



 対面同士の二人が動揺の声を上げ、他の三人がどっと笑い出す。


 顔を引きつらせる豊島の横で、茂松は笑いながら彼の背中を叩いた。



「なんだよ裕太。そうならそうと正直に言えよ、協力してやるからさ」


「ふざけんなシゲ!自分もあんだけ恥ずかしい思いしたくせに、また菜々ちゃんに罰ゲームさせる気か!」


「恥ずかしい思いした仕返しだよ。俺が田辺さんのズルで飛んだのは、お前となっちゃんのせいだからな」


「そうかも…しれねーけどよ…」


「おう茂松。菜々ちゃんの手牌見てやりながら、ついでに豊島と島田の動きも見張っとけ。菜々ちゃん以外の振り込みにダマしたりしねーようにな」


「了解ーっす」



 含み笑いを込めて返答しながら、茂松は回り込んで菜々の横にしゃがみ込む。



(こいつ…菜々ちゃんに罰ゲームさせるの、マジで何とも思っていないな…)



 隣の茂松とこちらをちらちらと見てくる菜々から懸命に目を逸らしながら、豊島は茂松を飛ばしたことを再度深く後悔した。

【蛇足的要点解説】


・田辺相手の罰ゲームについて

 ここは削ってもよかったかな。田辺さんがあまりにもいいキャラ過ぎてちょっとサービスし過ぎちゃいました。

 円香という者がありながら菜々に対しても平気で付き合えだなんて、と思うかもしれませんが、彼は元々プレイボーイ気質なことを円香も承知しています。田辺から彼女として認められているとはいえ「どうせたくさんいる彼女のうちの一人なんでしょ」くらいの認識で交際しています。


・島田と安達の企みについて

 茂松の罰ゲームや、田辺相手の菜々の罰ゲームを見ていて、キスの罰ゲームの面白さを覚えた二人は早い段階で手を組んでいます。菜々が抜けたのを機に、どちらかが持ち点を減らしたら菜々に代打ちさせて飛ばしてまた罰ゲームをさせようと。今回はたまたま安達でしたが、島田が不利な状況だったら島田と交代させるつもりでいました。

 ちなみに二人は妻子持ちの設定です。とはいえ、結託してまで若い子にキスされたいと思うのが男というもの、でしょうか。


・菜々に罰ゲームさせたがる茂松について

 書きながら彼の考えそうなことをつい勘違いして書き進めてしまい、よくよく思い返して修正した部分です。島田と安達が結託していたことを知り、彼も陰で豊島と結託して菜々の罰ゲームを阻止しようと企む流れにするところでした。

 考えてみたら茂松には菜々を庇う理由がありません。心配性の豊島は彼女にこれ以上恥ずかしい思いをさせるのは忍びないという気持ちがありますが、茂松は彼女が誰とキスしようと何とも思いません。むしろ豊島と結託して自分を飛ばした仕返しをする機会と捉えるのが彼の心情なのでは。

 でも菜々の飛びを阻止しようとこそこそ作戦を練る二人の会話、何気に好きで削りたくなかったんですよね。菜々がごねている間に周りに気づかれないように「なっちゃんアガらせるか裕太が二人のどちらかからアガれば罰ゲームを阻止できる」「ああ。菜々ちゃんの手牌見ててやれ、シゲ」「わかってる」みたいな会話を挟んでたんですが、残したかったなー。茂松が罰ゲームに乗り気になってしまったばっかりにボツに…。

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