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涙の魔法・外伝 -unbalanced triangle-  作者: 燐紅
リアル麻雀初心者
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リアル麻雀初心者 3/5

 やがて一同の興奮が少しずつ収まってきた頃、茂松がようやく後悔の声を上げながら天を仰ぐ。



「あーもう!なんで安達さんが發切った時に捨てなかったんだよ俺ー!」



 切実な茂松の叫びに、田辺が豪快に笑い飛ばしながら答える。



「そういうところがおめーの詰めの甘さなんだよ茂松。自分が持ってた發を安達が切って、菜々ちゃんが2枚持ってるってわかったら、普通おめーも發切って菜々ちゃんが鳴かざるを得ない状況に持ち込むのがセオリーだろーが」


「そうっすよねー…」


「菜々ちゃんいじることばっか考えてて、そんなセオリーすら忘れちまってたのがおめーの敗因だよ。素直に負けを認めろや」


「うあーもー!悔しー!」



 本気で悔しがる茂松を見て、全員がそれを笑い合う。


 そして彼が懸命に考えまいとしていた残酷な現実を、無防備に田辺に確かめる者がいた。



「田辺さん田辺さん」


「お、なんだなんだ?ビギナーズラックで役満ぶっ込んだ菜々ちゃん」



 悪魔と小悪魔の会話を耳にした茂松が、再び卓に伏せていた顔をばっと上げて二人を凝視する。



「罰ゲームって、いつもどんなことするんですか?」


「ノリ気じゃねーか菜々ちゃんも。そんなに自分が負かした茂松を貶めたいってか」


「そんなひどいこと思ったりしませんよ。どういう罰ゲームやるのかなーって、気になってはいましたけど」


「気になったんで役満かましちゃいましたーってか?おもしれーなー菜々ちゃんは」



 飼い犬を褒めるかのように田辺に頭を撫でられ、菜々も悪戯に笑って返す。


 その様子を眺めながら自然と隣ににじり寄ってきた豊島に、茂松は平坦な声で尋ねる。



「なあ裕太」


「ん?」


「俺の目の前に悪魔が二人いる気がするんだけど、もうすぐ死ぬかな俺」


「死んだ方がマシって思わされるようなことを、させられるだけじゃねーか?」


「どうやったら今すぐ死ねるかな」


「…九蓮宝燈(チュウレンポウトウ)でも並べとくか?」


「頼むわ」



 放置された卓上の牌を無造作に崩し、豊島は茂松の前に牌を並べ始める。


 この役でアガった者は死ぬと言われている九蓮宝燈(チュウレンポウトウ)という役満に頼る茂松は、実のところそんな迷信など微塵も信じていなかったが、この時ばかりはそれで死ねたらと無謀な思考に至らざるを得なかった。


 そんな彼らをよそに、二人の悪魔は仲睦まじく処刑の算段を企てる。



「そうだなー。そん時の俺の気分とか、飛ばした時の役とかで、色んな罰ゲームやらせてっけどなー」


「例えばどんな?」


「一気飲みとか、秘密の暴露とか、一節歌うとか、俺のプロレス技の餌食にするとか」


「なるほどなるほど」


「でもせっかく菜々ちゃんいるんだし、菜々ちゃんに協力してもらえるようなのがいいかもしれねーな」


「えっ、あたし?」



 おっ、と期待の声をあげたのは、麻雀が一段落ついて酒盛りを再開し始めていた島田と安達だった。


 田辺の提案と彼らの反応にぽかんとする菜々に対し、九蓮宝燈(チュウレンポウトウ)を茂松の手元に並べ終えた豊島が田辺に釘を刺す。



「あまり菜々ちゃんに無茶なことさせないでくださいね田辺さん」


「そ、そうっすよ田辺さん。せっかく勝てたのに、俺なんかの罰ゲームになっちゃん付き合わせなくたっていいじゃないっすか」



 ここぞとばかりに豊島に続く茂松を訝しむ田辺の顔色を窺いながら、咄嗟に思い付いた案を茂松が口にする。



「そうだ。なっちゃんと俺のデュエットなんてどうすか?なっちゃんの歌、聞きたいですよね田辺さん?」


「そりゃ菜々ちゃん歌うめーから聞きてーけどよ」


「でしょでしょ?」


「でもおめーが余計だ。菜々ちゃんの歌はソロで聞きてーし、それじゃおめーの罰ゲームになりゃしねえ」



 あっさりと自分の案を却下された茂松は、がっくりと肩を落とす。


 そんな彼の様子と田辺の顔を見比べ、すでに企みの色を浮かべている田辺に気づいた菜々が尋ねる。



「…田辺さん、もう罰ゲーム何やるか、決めてません?」


「お、さすが勘がいいな菜々ちゃん。大三元かましただけのことはあるな」


「待ってなっちゃん…お願いだからそのおっさん止めて…」


「へ?」



 とうとう力ない懇願を茂松に振られ、自分が関わるらしいその罰ゲームの内容に見当のついていない菜々はきょとんとする。



「誰がおっさんだ、初心者に役満振り込んだくせして」


「振り込んだのは俺じゃなくて部外者のおっさんです」


「女々しいこと言ってんじゃねえ。おとなしく負け認めて罰ゲーム受けろ」


「何させる気っすか、俺となっちゃんに」



 決して明かして欲しくはなかったが、九蓮宝燈(チュウレンポウトウ)では死ねないと改めて知った茂松は、観念して田辺の処刑宣告を促す。


 蚊帳の外で処刑を待ち望む島田と安達。薄々感じ始めた嫌な予感を覗かせる豊島。勘の良さを見せた割には今の状況を理解し切れていない菜々。そして、抵抗を諦めた受刑者の茂松。


 全員の反応を一瞥し終えて、執行人の田辺はにやりと笑った。



「――男女が揃ったんだ。ほっぺにちゅーくらいしねーと、面白くねーやなあ?」



 聴衆に賛同を求める田辺に向けて、様々な感情が込められた声が一斉に上がる。


 唯一大声を上げるのを堪えた豊島が、懸命に落ち着き払いながらも躊躇いがちに確かめる。



「待ってください。…どっちが、どっちに、ですか?」


「そりゃ茂松が菜々ちゃんにだ。菜々ちゃんにちゅーしてもらったりなんか、茂松の罰ゲームになんねーだろ」


「確かに…いや、どのみち菜々ちゃんにとっても、割と罰、なんじゃないかなーと」


「なんでだよ。ちゅーする茂松が恥ずかしいだけだろ」


「されるのを見られる菜々ちゃんだって恥ずかしいですって」


「んなこた知るか。罰ゲームに協力させるって言った時に断らなかった菜々ちゃんが悪い」


「です……よねー」



 説得らしい説得もできなかった豊島が、大いに戸惑いながら顔を見合わせている二人にただ哀れみの目を向ける。


 茂松の顔を直視できなくなった菜々は、無駄な抵抗と知りつつも田辺に懇願する。



「や、やっぱり違う罰ゲームにしません?さすがにカナちゃんさんから、その……される、っていうのは…」


「いいよ別に」


「へっ?ほ、本当ですか?」


「菜々ちゃんが俺にちゅーしてくれたらな」


「あうっ…」


「ただし俺の場合は口同士だから」


「うぐ…」



 彼女の懇願の一手も二手も先を読んだ田辺の攻撃に、菜々はたじたじになるしかなかった。


 その一部始終をけらけら笑いながら眺めていた蚊帳の外の赤ら顔の二人が、別の意味で顔を赤らめている二人に野次を飛ばしてくる。



「いいからちゅーしろよ茂松ー」


「ご褒美過ぎるぞー。菜々ちゃんにちゅーできるなんて滅多にないぞー」


「…………わかりましたよ、もー!」



 やけくそな大声を上げる茂松にびくりと肩を震わせ、意を決してこちらににじり寄る彼に菜々は身をこわばらせる。


 勢い任せで彼女に近寄ったとはいえ、さすがに顔を近づけることを躊躇ってしまう茂松に、なおも企み顔を絶やさない田辺が口を挟む。



「抱き締めて軽くちゅーすりゃいいんだよ。ついでに大好きくらい言っとけ」


「田辺さんっ!?」



 随分ととんでもないことを付け足された驚きで、目を最大に見開いて田辺を凝視する菜々。


 菜々が田辺に意識を向けたおかげで顔が横を向いた隙を突き、今度こそ茂松は覚悟を決めて彼女の体に腕を回した。


 咄嗟に目を固くつぶった菜々の頬に、一瞬、柔らかい感触が当たる。


 直後、一斉に歓声を上げる周りの男たちの反応と、ほんの一瞬で終わったその感触に、心拍数の上がる胸を懸命に押さえつける菜々。



(ほんとに…ちゅー、されちゃった…………カナちゃんさんに…)



 あまりの恥ずかしさに上気する顔を菜々が隠そうとした瞬間、その顔は無理矢理抱き締めてきた茂松の胸に押しつけられた。



「むぐっ!」


「なっちゃん、大好きだーっ!!」


「むーーーーーっ!?!?」



 田辺の命令にやけくそで応える茂松の叫びと、頭を抱え込まれたまま慌てふためく菜々の叫びに続いて、一層大きな歓声が巻き起こる。


 ようやく罰ゲームを終えた二人は、体を密着させたまま耳まで真っ赤になっているのを自覚した。

【蛇足的要点解説】


・田辺の駄目出しについて

 セオリーと言い切っていますが、本当にセオリーかどうか筆者は自信がありません。

 確かに安達が發を切った直後に茂松も發を切っていれば、大三元を狙う豊島としては菜々にポンさせたと思います。そして鳴かせてしまえば、菜々のテンパイに繋がった牌をツモらせずに済んだので、確実に一発アガリは阻止できましたし、茂松が振り込む可能性も薄くなるはずでした。

 たった一回の凡ミスで3万2千点払い。仮にツモアガリだとしても8千点オール、しかも茂松は親なので倍の1万6千点払い。ビギナーズラック恐るべし。


・菜々と田辺の会話について

 この悪魔の駆け引きぶりは書いてて本当に面白かったです。悪戯好きで罰ゲームに期待を寄せる菜々と、後輩いじりが大好物の田辺は実に相性がいい。

 田辺は菜々が参加した時点で罰ゲームの内容を決めていました。普段から仲のいい菜々と茂松のどちらかが飛んだら、絶対にキスをさせる罰ゲームにしようと最初から決めてあり、都合よく茂松が飛んでしかも菜々に振り込んだ。描いた絵図通りの展開が舞い込んだことに田辺はよほど満足だったことと思います。


・豊島と茂松の会話について

 うまいこと麻雀ネタを絡めたと満足している内容です。全く信じていない九蓮宝燈の迷信に頼る二人。並べる豊島のこの時の顔は確実に無表情ですね。こういうくだらないノリ大好きです。

 ノリはくだらないですが、死を連呼する二人の台詞に密かに裏テーマを隠したつもりです。どんな罰ゲームをさせられるか想像するだけで死にたくなる茂松の心境は、裏テーマの一つです。


・歌う罰ゲームを却下する田辺について

 覚えていらっしゃるでしょうか。第一章の回想で、菜々の新歓三次会のカラオケの時に実は田辺も登場していたことを。本編のラストシーンで初登場かと思いきや、実は割と早い段階でほとんど名前だけの出番ですが登場させていました。


・田辺に食い下がる豊島について

 菜々と茂松の事情を唯一知っている彼としては、黙っていられなかったでしょうね。菜々としてはフラれてもなお憧れている相手から、茂松としてはフッた後輩相手に、何も知らない先輩たちの前でキスを見せないといけないという状況。

 こうなることを予知していた茂松が勘の鈍い二人に打ち明けてさえいれば未然に防げていたかもしれませんが、初心者の菜々に飛ばされるなんてことはないと高を括った彼の驕りが招いた結果でしょうね。自業自得だよ茂松。


・やけくそな茂松の罰ゲームについて

 この時の彼は早く罰ゲームを終わらせたい一心です。恥ずかしさのあまり中途半端に済ませようとしては、先輩たちの不満を買ってやり直しを命じられることも考えられます。経験上そうなることを知っている茂松は、菜々の心情を理解しつつも、罰ゲームに付き合わせる彼女を早急に解放させることを優先させたのです。

 耳まで赤くなった二人のうち、菜々は確実に茂松にキスされて大好きと言われたことに対してのみの赤面だと思いますが、茂松の場合はどうでしょうね。人前で恥ずかしい思いをさせられたせいなのか、相手が菜々だからなのか、真相は彼のみぞ知る。

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