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涙の魔法・外伝 -unbalanced triangle-  作者: 燐紅
リアル麻雀初心者
4/35

リアル麻雀初心者 1/5

時系列・・・ラストシーン5から6の間。

豊島・茂松・田辺ら五人が麻雀をしているところへ菜々が顔を出した後。

せっかく少し麻雀がわかるならやってみよう、ということに。



【外伝:リアル麻雀初心者】




「――んで、親から見て左側の(はい)を出目の数だけ残す。親がその隣から牌を4個取ってくから…」


「え、ど、どっちの隣ですか?」


「違う違う。そっちはドラになる側。その反対から右回りに4個ずつ取ってくんだよ」


「12枚にするんでしたっけ」


「13枚な。最後の1枚は取り方特殊だから」


「うえー。やっぱり難しいです」


「とりあえず右回りに4個ずつ取るって覚えればいいよ。最後の1枚と菜々ちゃんが親の時は、俺が取り方教えるから。この局は南家だから、親が4個取ったら菜々ちゃんが4個取る」


「なんちゃ?」


「東南西北はわかるだろ?」


「とんなんしゃーぺー…字牌ですよね?」


「4人の席の呼び名もそれ。親が(トン)で、菜々ちゃんは親のシゲの右隣の席だから、(ナン)。南に家って書いて、南家。ちなみに親は起家ね」


「ちーちゃ」


「そうそう」



 初心者の横に座って卓上を指さしながら確認し合う丁寧な豊島の指導に、真剣な顔つきで熱心に聞き入る菜々。


 二人の初心者向け麻雀教室の様子を、茂松を含めた他の席の三人と、持ち回りで卓の外に腰を据える田辺が、各々酒を口にしたり煙草を吸ったりしながら微笑ましく見守っている。



「なんか新人の頃のおめーら思い出すな、茂松」


「懐かしいっすねー。俺も裕太もゲームでしかやったことなかったから配牌(はいぱい)のやり方わかんなくて、間違えまくって田辺さんによくどつかれてましたっけ」


「俺の指導も丁寧だっただろうが。豊島みてーに」


「田辺さんがヤロー相手にこんな風に指導すんの、想像したくねーっす」



 からからと笑いながら煙草をふかす茂松につられて笑い出しながら、彼の後ろにいた田辺がその頭をひっぱたく。


 まさにその頃の再現と言える二人のやりとりに、豊島も菜々も、他の席の二人も声を上げて笑った。


 加減気味に叩かれた頭をさすりながら、茂松が菜々に悪戯に笑いかける。



「なっちゃんも田辺さんにどつかれねーように、ちゃんと覚えないとな」


「えっ、やっぱりあたしもどつかれます?」


「菜々ちゃんどついたりするかよ。責任は全部おめーらにとらせるっつの」


「俺ら殴られ損じゃないっすか」



 口答えは無用と言わんばかりに、いい感じに酔いの回った田辺が今度は茂松にヘッドロックを仕掛ける。


 その光景を乾いた笑みで眺めながら、無条件で田辺の標的に含まれていることを悟った豊島は仕方なく菜々にしっかり覚えてもらわねばと、麻雀教室を再開する。



「まあ、やりながら教えるから。わかんないとこあったら聞いてくれ」


「了解です、先生」


「…田辺さん、親離してくんないと配牌始められないっす」



 あいよ、と田辺が答えてようやく拘束から解放された茂松が、疲れた顔で溜め息をつきながら、自身の目の前に並べた山の真ん中辺りから牌を4つ手に取る。


 それに続いて、菜々もたどたどしい手つきで牌を取る。取った牌をめくり、左にいる茂松の見よう見まねでそれらを手前に並べ、次の順番を待つ。


 横でそれを見ていた豊島は、口を挟むべきか一瞬だけ逡巡して、念のために言うことにした。



「ちなみに、左手使うのはマナー違反な」


「えっ!左手駄目だったんですか?」


「厳密に言うと利き手の反対が駄目。ツモる時に山の位置によって右手と左手使い分けたりするのは、もっと駄目」


「知らなかった…」



 予想もしなかった早々の駄目出しに、菜々は右手で左手を隠すようにしながら、豊島の顔を見つめる。


 菜々から見て左側にある山から、茂松が牌を取ったあとに彼女が牌を4つ取る。ルール上の間違いは何もなかったが、菜々は左手で牌をツモっていた。


 指摘するほどではないが、と付け足そうとした豊島の頭が、後ろからひっぱたかれる。



「左ヅモくらい多めに見ろや。初心者なんだからよ」


「…俺らの時は『左手使うな馬鹿』っつって、散々注意してたじゃないすか田辺さん」


「口答えすんな豊島。おめーら相手と菜々ちゃん相手じゃ、扱いが違うに決まってんだろ」


「…男女差別はんたーい」



 控えめにぼやいた茂松の一言も口答えと見なした田辺が、隣に並ぶ豊島と彼の頭を容赦なく同時にひっぱたく。


 今までのどつきより力がこもっていた制裁に、彼らは顔を歪めながら後頭部を押さえた。


 軽く呻き声を上げる二人と、満足げにこちらに笑いかける田辺をおろおろと見比べながら、菜々は努めて慎重に麻雀に取り組もうと心に決めた。







「えー…どれ捨てたらいいかなあ…」


「迷ってる迷ってる。四萬とかないの?」


「すーわん?」


「…三味線(しゃみせん)はやめてくださいよ島田さん」


「三味線ってなんですか?」


「ブラフだよ。自分の手を明かしたり、相手にカマ掛けるようなことを言ったりすること」


「ああブラフ。で、すーわんって?」


「…萬子の四のこと」


「まんず…ああ、萬子。でもこれって、捨てたら駄目な気がするし…」


「…ブラフの意味知ってて、どうして自分の手牌(てはい)教えちゃうかな君は」


「あっ」



 咄嗟に口元を抑える菜々と、その横で嘆かわしく額を覆う豊島。二人の様子を見ていた四人が、どっと笑い出す。


 慌てて四萬ではない別の牌を捨てて、菜々は三味線行為を図った右隣の島田を恨めしそうに睨む。


 初心者の弱々しい睨みに笑いを堪えながら島田は平謝りし、菜々が長考している間に決めていた牌を何の逡巡もなく場に捨てる。


 あっさりと手番が回ってきたその右隣、つまり菜々の対面(トイメン)の男が呆れたように笑いながら口を開く。



「お前がいちいち細かく言うのが悪いんだよ豊島。菜々ちゃんの手牌一緒に見てんだから、説明しなきゃバレなかったのに」


「言うと思わなかったんですよ」


「すみません…」


「いや、謝るほどじゃないんだけどさ…」


「じゃあ俺は、菜々ちゃんが鳴きそうな牌捨てるわ」


「安達さんまで三味線しないでください…」



 明らかな初心者いじりの流れを作り出す先輩二人に呆れかえりながら、豊島は軽く祈りつつ菜々の対面の安達が捨てた牌を見やる。


 捨て牌は、(はつ)だ。それを確認した豊島は、表情を変えない。


 だが、カマを掛けられた菜々本人は、その捨て牌と、自分の手牌と、豊島を順に見る。


 明らかに助言を求めてくる目線に、豊島のポーカーフェイスが一瞬だけ崩れた。


 二人の様子をじっくり観察していた次の手番の茂松が、おもむろに山に手を伸ばしながら菜々に尋ねる。



「なっちゃん、ポンする?しない?早くしないと俺ツモるよ?」



 急かす口ぶりの茂松は、あからさまに顔をにやつかせている。島田も安達も、菜々の反応を窺いながらにやにやと笑う。


 大いに戸惑いながら茂松と豊島の顔を見比べる菜々の慌てぶりに、豊島はもう何とも言えない表情で彼女と目を合わせないよう卓上の一点を見つめるしかない。


 そんな光景を茂松の後ろで見ていた田辺が、とうとう堪えきれずに煙草の煙とともに盛大に吹き出した。



「おめーら菜々ちゃんいじめすぎだろ。どう見ても發待ちなのわざわざバラすな」


「あー!」



 田辺を制そうと声を上げた菜々に、からかっていた三人も一斉に爆笑しだす。


 鳴きを躊躇う仕草を見せるということは、鳴ける状況だということ。つまり發を見せられた菜々の手牌に、同じ牌が2つあってポンを宣言できるか、あるいは3つ持っていてカンを宣言できる状態。


 13枚の手牌のうち、四萬が1枚と、發が2枚はあるという、少なくとも3枚の手牌を場の全員に知られたことに、菜々と豊島は頭を抱えた。



(この子はそもそも心理戦に向いてないな…)



 鳴けとも鳴くなとも答えられなかった立場の豊島は、諦めの表情で右隣の菜々を軽く慰め、左隣で笑い転げる茂松に先を促した。


 とはいえ、と瞬時に思考を切り替え、豊島は菜々の手牌を改めて確認する。



(鳴いても食い下がりのない役が狙えるからどっちでもよかったけど、やっぱり門前(メンゼン)で待たせた方が手数も広がるだろうし…)



 至って真剣に菜々の手を熟考する豊島は、次に場の捨て牌をじっくりと観察する。不参加状態の彼は他の三人の手牌を確認しに行っても許されたと思うが、菜々に告げ口はするなと彼らに釘を刺されそうだったし、何より自分も打っているつもりで考える方が楽しめたからそうしなかった。



(…發はまだ山に1枚残ってる可能性はある。菜々ちゃんの手牌の2枚の發を対子(トイツ)で持たせておいて、自力で發をツモるか、残りの手牌さえ揃えば發を雀頭(じゃんとう)にしてアガれるが…)



 横で真剣に考え込む豊島をよそに、腹を抱えながら茂松がおもむろに捨てた牌は、菜々の手牌に影響のない牌だった。


 手番の回ってきた菜々は、周りの先輩たちに弄ばれ続けた疲れと自分の情けなさに、もはや泣きそうな顔で山から牌をツモる。


 引いた牌を確認した菜々と豊島は、あっと二人同時に小さく声を上げ、思わず顔を見合わせる。


 なかなか笑いが引かなかった四人は、表情をぱっと明るくした二人の様子に笑いを引っ込めて目を見張る。



「…まさかなっちゃん、もうテンパイ?」



 まだ山を半分以上残した状況を確かめながら、茂松が目を丸くして口を開く。


 半信半疑に尋ねる茂松に、菜々は勝ち誇ったように悪戯な笑みを見せ、豊島も同様に安心しきった顔をしながら手元に寄せておいた菜々の点棒を一つ彼女に手渡し、それを置く場所を指し示してやる。



「リーチ!」


「牌捨ててからね」


「あっそうだった。えっと、これ捨てて…リーチ!」


「おっしゃ!」



 形勢逆転を確信して声を上げる菜々と豊島に、完全に油断していた三人は慌てて自分の手牌と菜々の捨て牌を交互に見る。



(初めてやるリアル麻雀で最初にリーチ掛けたら、そりゃ楽しくなるよな)



 いじられることに疲れて、この局が終わったら即座に自分と交代しようとするのではと危惧していた豊島は、余裕ぶっていた三人の慌てぶりを楽しげに眺めている菜々を見て、心から安堵した。

【蛇足的要点解説】


・麻雀について

 そもそも何故、麻雀なのか。難しい遊びを知ってる豊島さんとカナちゃんさんすごいなー意外だなー、と菜々が尊敬と憧れを抱いて彼らに興味を引く描写を入れたかったので、麻雀あたりが最適かなと。麻雀に集中して真剣な顔をする二人を見ていて、きっと菜々もご満悦だったことでしょう。

 筆者も菜々と同じく、麻雀はゲームではよくやるけどリアルは未経験です。なので言うまでもなく麻雀の描写は解説サイトを調べまくりながら書きました。いつも通り繰り返し読み直して文章校正はしていますが、麻雀の部分が間違ってたらどうにもなりません。わかりませんので。

 あくまで麻雀がメインの話ではありませんので、多少の間違いがあったとしても目をつぶっていただきたいと思っています。


・豊島と茂松の新人時代について

 この二人の新人時代も菜々と同様に、麻雀ができる仲間を募って麻雀を打っていた田辺に「ゲームでならやったことがある」と自分たちから先輩たちの輪に加わっています。田辺や他の先輩たちから配牌など諸々教授されたのですが、二人が凡ミスを見せるたびにきつめに注意したりどついたりしたのは田辺だけです。

 忘れがちですが、彼らはプログラマ集団です。その中でも田辺は珍しく体育会系キャラです。容赦なくしごかれることに後輩たちは辟易しながらも、持ち前の明るさとリーダーシップは誰もが認めているという、愛される先輩。割と濃いキャラを第一章とラストシーンにちょっとしか出せなかった脇役扱いがちょっともったいなかったなーと思い、今回だけは大いに暴れてもらいました。


・茂松の男女差別発言について

 前述の通りプログラマ集団の菜々たちの会社は、極端に女子が少ないです。イメージでは彼らはシステム開発部門に所属していて、女子は菜々と円香だけです。さすがの田辺も贔屓したくなるでしょうし、格好のおもちゃにしたいことでしょう。


・島田と安達について

 本編では完全にモブ扱いでしたが名前と出番を与えてあげました。設定では二人とも30代後半で田辺の麻雀仲間の中でも常連といったところでしょうか。


・豊島の読みについて

 麻雀に疎い方が豊島の真剣な読みを見て、なんか難しそうなこと考えてるすげーって思ってもらえる描写を入れてみたつもりです。純粋に麻雀を楽しんでいて、初心者の菜々を勝たせたくて一喜一憂する優しい先輩を書くのがすごく楽しかったです。

 ちなみにすごそうな読みをしていても豊島の麻雀レベルはあまり高くないです。五人の中では実は一番弱いです。

 菜々が麻雀に興味を示して加わってきたときに寝転がっていた豊島は、実はその直前にやった罰ゲームで一気飲みをさせられて潰れていた、という裏設定にしてあります。罰ゲームの常連ですが、酒に弱いのでほぼ毎回田辺に一気を命じられています。

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