『俺の嫁』になりたくて 3/5
<2着目:隠れた名作アニメの準主役(茂松リクエスト)>
「どうですか?着方とか合ってます?」
初めに披露した時とは打って変わって、控えめに寝室から登場した菜々の姿に、豊島と茂松の口から自然と感嘆の息が漏れた。
「おー、完璧にセーラ再現してるわ、なっちゃん」
「いやー懐かしい。VHSだった時代に小遣い貯めて、アニメ全巻揃えてたりしたなー」
「俺は録画したヤツ何回も見たわ。このキャラ死ぬ回なんか、再生しすぎて初めてテープ駄目にしたし」
「そんなに名作なアニメなんですか」
懐かしのキャラになりきった菜々のもとに集まりながら遠い過去を振り返る二人の目の輝きぶりに、菜々はますます興味を引いて、まとった衣装をじっくりと堪能する。
「あとで見るか?俺DVDBOX持ってるし」
「マジか。初回盤?」
「当然。特典フィギュアは飾るのももったいなくて、ケース入れたまま向こうの収納部屋にしまってある」
「あとでそれ見せて」
「ノリノリですね、豊島さん」
「俺らの青春アニメだからな」
「ちなみにどんなタイプのキャラなんですか?」
「そうだなー……わかりやすく言うと、無口系で謎の多いキャラ?何考えてんのかまるでわからない、常に無表情で口数の少ねー、ミステリアスタイプっつーの?」
「何年か後に出た続編で、成長した主人公の回想で登場した時なんか、かなりグッときたな」
「そういえば、続編の方の主題歌ってケイナ様じゃん。なっちゃん知ってんじゃね?」
「あー!もしかして――」
思い出したように声を上げた菜々は、時々カラオケで披露するとあるケイナの歌の、サビのワンフレーズを軽く歌う。それを聞いて「それそれ!」と嬉しそうに声を揃える二人に、菜々はぱっと顔を輝かせた。
「どうりで見覚えあるなーと思ったら、カラオケの時にちょこっとだけ見てました。アニメ映像付きだと、その回想シーン出てきますよね?」
「あー、そういえばそうだっけな。カラオケでそれ見るたびに、続編でデジタル絵になったこのシーンもいいけど、初代のセル画時代もよかったなーって思ってたよ」
「二次元のそのキャラと、三次元のあたしのコスだと、どっちがいいですか?」
不意の問いかけに即答しかけた豊島だったが、笑顔を湛えたまま不自然な間が空いた。
「…………三次元だな」
「クソ真面目に迷うヤツがあるか駄目彼氏。そこは即答しろよ」
「じゃあさっさと写真撮って次の衣装に替えようか」
「全然ごまかせてませんからね、豊島さん」
「……ごめんなさい」
かつて二次元の嫁の代表格とも呼ばれた架空のキャラと、目の前の恋人を天秤に掛けて真剣に悩んだ豊島を、菜々と茂松は思いきり笑い飛ばした。
気を取り直してまた撮影を始めようと、各々が準備を整えだしたところで、ふと菜々が問いかける。
「そういえば、このキャラの定番ポーズ的なのってあります?」
「そうだなー…」
スマホで画像検索を始めた茂松は、見つけた画像をいくつか二人に見せて、どのポーズで撮るか相談し合う。
最初のうちはワンポーズで済ませるつもりだったが、やがて菜々が画像の見よう見まねでポーズを取るたびに、豊島は惜しみなく写真を撮っていった。
「すごい撮りますね、豊島さん」
「思い入れ強いからな、こればっかりは。あと、あんまり笑っちゃ駄目だからね菜々ちゃん。セーラのキャラ崩れるから」
「はいはい」
「なあ、お前ばっか撮ってないで俺にも撮らせろって裕太」
画像を見せるためにスマホをカメラに切り替えられない茂松の一言で、上機嫌だった豊島は途端に彼をきつく睨んだ。
「何言ってんだ軽犯罪未遂者が。ガチの撮影会なら出禁だぞ、シゲ」
「撮っていいですよ別に。この衣装なら胸チラしませんし」
「マジかよ。さすがなっちゃんはどこぞの石頭と違って寛大だわ」
「後で本棚の一番上の本、読ませてくださいね」
「前言撤回。どこぞの石頭以上に厄介だったわ…」
悪戯に出された菜々の条件に茂松が顔を引きつらせて嘆いてみせ、そのやりとりのおかしさに三人は思いきり笑った。
結局茂松にも写真を撮らせ、一通り撮影を終えて次の衣装に着替えに行く菜々を見送った二人のうち、豊島が重い口を開く。
「……ものっすごく気になってることがあるんだけどさ」
「なんだよ」
声を潜めて問いかけられた既視感のあるやり取りに、茂松は薄々勘付きながら豊島に先を促す。
「今の衣装、再現率が高かったってことは認める。だが、高すぎるが故にどうしても気になるんだよ」
「だから何が」
「……前の持ち主、あの衣装着れてたのか?」
「あー。忠実に再現してたからな、キャラの代名詞とも言える身体的特徴まで」
「どうやって再現してたんだよ」
何もかも予想通りの疑問を投げかけてくる豊島に、茂松の口から思わず乾いた笑いが漏れる。
菜々に着てもらっている衣装をしっかりと着こなしていたコスプレイヤーは、女性にとってステータスの一つとも言える体の一部分が、同性が羨むほど突出していたと茂松は記憶している。
それこそセーラというキャラを完璧に再現するには、設定を忠実に再現した衣装なんて確実に入らないのでは、と思えるほどに。
「貧乳キャラと男キャラのコスプレする時は、サラシ巻いてたって」
「……把握した」
「素のままで衣装着れたなっちゃんはつまり…」
「それ以上言ってやるな」
小は大を――二人はあまり考えないことにした。
<3着目:日曜朝のお子様向けアニメのヒロイン(菜々の自選)>
「会場の大きいお友達のみんなー!おっ待たせー!」
不意打ちと声真似の精度の高さに、豊島と茂松はソファの上で盛大にずっこけた。
「うわー、ちびっ子向けイベントでガチ勢の心にダメージ与える台詞だそれ」
「しかも微妙に声似てるし」
「妹ちゃんほどじゃないですけど、このキャラの真似も得意ですよ」
「多芸すぎんだろなっちゃん」
苦笑されながらも声真似を褒めてもらえたことを喜んで、菜々は落ち着きのない動作で喜びを体現してみせ、躍動感のあるピンク色が主体の衣装をふりふりと揺らす。
「もともと好きなの?このキャラ」
「うーん。好きなことは好きなんですけど、歴代シリーズで考えると、ピンク系統の主人公より黄色系キャラが好きです、あたしは」
「ほー。あざとい系多めの黄色派か、なっちゃんは」
「……菜々ちゃんらしいわ」
「何か言いましたか豊島さん?」
「何も言ってません」
安定の夫婦漫才に肩を揺らして笑いながら、歴史の長いこの女児向けアニメを語るにはありがちな、どの系統のキャラが好きかという話題を膨らまそうと、茂松は軽く思考を巡らせる。
「俺はシリーズによるけど、青か赤かな。主人公の2番手ポジのキャラ。裕太は?」
「あー……緑とか、紫?」
「まあ、真面目タイプが多いけど、不遇で不人気な苦労人キャラも多めだよな」
「豊島さんらしいというか…」
「何か言った?」
「言ってませーん」
しっかりと天丼が決まってひとしきり笑い合ったところで、三人はすっかりお決まりの流れになった撮影の準備に取りかかり始める。
「そんじゃ、お決まりの決めポーズで写真撮ってみるか」
「はーいっ。えっと確か……こんな感じでしたっけ」
「違う。それは2つ後のシリーズの主人公キャラのポーズだ」
「ツッコミがハイレベルすぎて引くわ」
菜々がポーズを間違えたことに気付いてはいたものの、脊髄反射で具体的なツッコミを入れられる豊島に対し、茂松は割と本気でドン引きする。
「あれっ、えーと、じゃあ……こうでしたっけ」
「それだそれ。もうちょい肘下げると完璧」
「こうですか?」
「そうそう」
「おー、再現できてるわすげー。撮らして撮らして」
「コスプレ撮影でのポージングも板についてきたな、菜々ちゃん」
「なんだか楽しくなってきちゃいました。豊島さんとカナちゃんさんも着れる衣装があればよかったのに」
ひとまず菜々を写真に収めてから、豊島と茂松は揃って嫌そうな表情を湛えて、互いに顔を見合わせる。
「それだけは勘弁してくれ。俺は着る方はさすがに無理だ」
「俺もパス。アニメキャラの格好して人に見られるとか絶対嫌だわ」
「えー!二人とも高身長なのにもったいない!コスプレ界では貴重な人材ですよ!宝の持ち腐れですよ!」
「大してコスプレ好きなわけでもないのに、コスプレ界規模で語るのか」
「腐ってんのはどっちかってーと、俺らよりなっちゃんのような気が」
「誰もオフィスラブ系BLゲーの主要キャラのコスプレしてくださいなんて一言も言ってません」
「言うつもり満々で用意してあんじゃねーか」
ふんふんと鼻息を荒くしながら期待の目を向けてくる菜々が、女児達の憧れのキャラクター像からどんどんかけ離れていくのを見かねて、豊島はスマホ片手に額を押さえた。
「頼むから、その格好でそういう際どいこと言わないでくれ菜々ちゃん。小さいお友達と俺らの夢が壊れる」
「あ、すっかり忘れてました」
「はい、そこで裕太のカメラに向かって、勝利後の決め台詞言ってみよう。321キュー」
唐突な演出監督の合図に、カメラマンは軽く慌てて、演者はノリノリで、咄嗟に準備を整えた。
「女の子だって、地球の平和を守れるんだからねっ」
「ぐはっ!」
しっかりとカメラ目線で決めポーズと声真似を繰り出され、さらにウィンクまで決める菜々の完全再現ぶりに、豊島は思わず身悶えて床に突っ伏した。そのリアクションに菜々と茂松は、腹を抱えて笑う。
「やだあ。敵を倒したはずが、大きいお友達倒しちゃいましたね」
「おい、専属カメラマン。なっちゃんが可愛すぎたからって、今の撮れてなかったりしてねーよな?」
顔を伏せたまま、豊島は震える手でスマホを二人に差し出す。写真はブレずにしっかりと撮れており、これまでに撮った写真の中でもベストショットと呼んでいいくらいの、菜々のコスプレ姿が収められている。
かなりの動揺を受けても、写真を撮るまでは耐えきったカメラマン根性に、二人はさらに声を上げて笑った。




