オーディション 2/2
「いやーもー大満足ですよお。まさかカナちゃんさんがこれ歌えるなんて思ってませんでしたし、すっかりテンション上がっちゃいました」
「よくもまあこんなこっぱずかしい歌詞、堂々と歌えたもんだ」
「お前が歌ったヤツだって似たようなモンだったろが」
「まあ確かに」
「でも二人ともすごくかっこよかったですよ。両方ともあたしの好きな曲でしたし」
「趣味嗜好に合わせられる能力ってのは、キャラ攻略する上での必須スキルだからな」
「ギャルゲ脳乙、いでっ」
再び豊島の前を通って自分の席に戻ろうとした茂松は、密かに揚げ足を取ろうとぼそりと呟いた彼の一言をしっかりと耳にし、すれ違いざまにその片足を蹴り付けてやった。
再び横並びでやいやいと低レベルな口喧嘩を始めた二人の姿を眺めている菜々は、前のめりになってけらけらと笑い転げる。
「あーもう、面白すぎますよ二人とも。あたしの腹筋そろそろ限界です」
「楽しんでもらえて何よりだよ。ヒトカラの邪魔しちゃったってのに」
「全然気にしてませんよそんなの。二人のかっこいい歌聴かせてもらってすっごく楽しいですし、久しぶりの漫才もいっぱい堪能させてもらってますし」
「俺らの漫才はともかく、歌の方はどうだった?俺と裕太、なっちゃん的にはどっちが点数高かった?」
「どっちが点数高いかなんて決められませんよ」
「あえて点数つけてよ。お互い自信のある歌で勝負したわけなんだし」
「そこまで言うなら素直に採点入れりゃよかったろうが」
「カラオケの採点機能じゃ確実に裕太に負けるし」
「身の程わきまえてんのかそうじゃねーのか…」
「この茂松要が最も好きなことの一つは…」
「俺は自分で歌がうまいと思ってないし、四部ネタはもういらん」
「漫才は百点あげてもいいです」
「いや漫才の評価もいらねっつの」
茂松に渾身のツッコミを入れられた菜々は、ますます面白がって笑ってみせる。限界を訴えながらも絶えず笑い袋のように菜々が愉快な声を上げるたび、彼女の向かいに座る二人もつられて自然と笑った。
やがて笑い疲れて一つ息を吐き、菜々は中空に視線を向けながら思案する。
「そうだなあ、何点くらいかなあ?それこそ採点機能入れてたら、二人とも確実に80点は余裕で超えてると思うんですよ」
「技術点、表現力、選曲センスなんかを加味した、なっちゃんによる審査結果やいかに?」
「んなめんどくせー審査させんな」
なおも漫才に対して吹き出してみせるも、うーんと唸るだけで菜々は首を捻って考え込む。
具体的な数字を決めかねている菜々に向かって、しつこいほど彼女の評価にこだわる茂松がおもむろに口を開いた。
「俺と裕太、どっちが好きだったかでもいいよ」
その危うい発言に、豊島の頬が思わず引きつる。
(俺と裕太「の歌」まで言えっつの)
それを声に出してツッコんでも問題はなかったかもしれないが、判断に迷った豊島は思い留まった。
菜々が今、誰に想いを寄せているのか。そのことで散々議論しあったついさっきまでのことを、この男はもう忘れたのか。それとも自分が過敏に反応しすぎなのか。
ほんの刹那の間に物凄い勢いで頭を悩ませた豊島がおそるおそる菜々の反応を窺ったが、彼女は茂松の発言に対して豊島ほどデリケートに受け取った様子は見せなかった。
「どっちが好き、ですか。だとすれば…」
一旦言葉を切り、菜々はもったいぶって結んだ口に笑みを湛えながら二人を交互に見比べる。
悪戯な色を浮かべる瞳にじっくりと見つめられ、歌で豊島に勝てただろうかと茂松が、歌のことを差し置いて好意を寄せている方を答えやしないかと豊島が、それぞれ固唾を呑んで審査結果を待つ。
「……どっちも好きです!」
たっぷりと息を吸い込んでから告げた結果発表に、豊島と茂松は同時にずっこける。
「あはっ、いいリアクションしますね二人とも」
「なっちゃーん。せっかくガチで歌った俺らの本気、台無しじゃねーか」
「だってどっちがいいかなんて、決められないんですもーん」
「出たよ。まどちゃん譲りのなっちゃんの小悪魔っぷり」
「別にいいだろ、引き分けで平和的に終われたんなら」
「なんか腹立つわ、お前のその余裕っぷり。俺より歌うめーからって」
「まあまあ、そう卑屈にならずに。そんなカナちゃんさんのために、懐かしの歌、歌ってあげますから」
カナちゃんさんのために。懐かしの歌。審査結果が下されて油断しきっていた豊島は、その二つの言葉が想起させるついこの間の出来事を脳裏に浮かべ、再び緊張の色を湛える。
まさか、あの歌を歌うつもりなんじゃ。それだけはさすがにないだろうと肝を冷やしながら、送信機を手にとって操作する菜々の無邪気な顔に目を見張らせる。
滞りなく送信を済ませた菜々から、選んだ曲名が表示されたモニタへ視線を移す豊島と茂松。片や不安を抱えながら、片や純粋に好奇を抱きながら、菜々が何を歌うだろうかとそれぞれ想像を巡らせる。
そして曲名を目にした二人は、盛大に吹き出した。
「うっは!マジかよなっちゃん!」
「確かに懐かしいわ!」
二人の度肝を抜いたことにすっかりご満悦の菜々は、マイクを手にその場にちょんと立ち上がる。
「たまに歌いたくなるんですよー、こういう電波ソング」
「流行ったもんなー、一昔前に。菜々ちゃんクラスの歌唱力でこれ歌うとか、どんな歌になるか想像つかねーわ」
「なあ、俺も一緒に歌っていい?」
「どーぞどーぞ」
「よっしゃ!」
置いたばかりのマイクを手にとって張り切って立ち上がる隣の茂松を、呆れた目で見上げながら豊島は心底安堵して笑い声を上げる。
やがて調子外れのメロディを奏でだしたイントロに歌い出しのタイミングを図り、菜々と茂松はぴたりと声を重ねた。
『ねえ こっち向いてよマイダーリン
好き好きなのは 笑顔のキミだからねって
伝えたいな でも言えないの
もう! 魔法かけて笑わせちゃえっ!』
ヘーイ!と声を揃えてイントロを締めた三人は、歌の懐かしさと歌詞の馬鹿馬鹿しさに目一杯笑い合った。
* * *
(どっちが好き、か…)
手早く化粧を直し終えた菜々は、化粧台の前に立ってじっと自分の姿を確かめながら、ほんの少し物思いに耽った。
茂松の発言が言葉足らずだったことくらい、菜々は十分承知していた。とはいえ、それを耳にして一瞬だけ言葉通りの意味に捉えてしまった彼女は、懸命に動揺を隠そうとしていたのだった。
それこそ、優劣をつけることなど出来ない。茂松が本当にその答えを求めでもしてきたら、今の菜々にとっては容易に答えを返せることではない。
だがいずれ、確かな答えを示さなければいけないことでもある。
どちらを選ぶか。どちらも選ばないか。
鏡に映る自分を真剣に見据える菜々の頭の片隅で、豊島の声が囁きかける。
『別にいいだろ、引き分けで平和的に終われたんなら』
引き分けで、平和的に。
自分が今まさに頭を悩ませていることをそんな形で終わらせるには、どんな決断を下すべきなのか。そもそも、引き分けとはこの場合、どうなることを意味するのか。
最善なのは、どちらも選ばないことだ。このままただの先輩後輩として、遊び仲間として、互いに異性として意識し合うことなく友人関係を築き上げることが最も望ましい。
あるいは、と想像を巡らせかけて、菜々は鏡の前の自分に苦笑いを向ける。
(…二人とも選ぶなんて、欲張りすぎでしょ)
自身の中に浮かべた発想に呆れ返り、いっそのこと冷水で顔を洗って悩み疲れた頭をすっきりさせたい衝動に駆られたが、化粧を直したばかりだったと菜々は思い留まった。
顔を洗ってから直せばよかった。軽くそんな後悔をしているうちに、ふと気付く。
選ぶだの選ばないだの、自分は何故そんな偉そうなことばかり考えているのだろう、と。
選んでもらえる保証なんて、ありはしないというのに。
(……それだ)
名案を見出した菜々は、すぐさま化粧ポーチを手にして颯爽と化粧室を出る。
選んでもらえばいいんだ。素面であればもっと慎重に後先を考えて思い留まりそうな発想は、カラオケで浮ついたテンションと少しばかり酔いの回った菜々の頭の中で、審議に掛けられることはなかった。
(どっちがいいかなんて、決められないんですもん…ってね)
審査を放棄した菜々は、審査の権利も譲渡しようと彼らの待つ部屋へいそいそと戻る。
二人の審査員がきっと、自分を真剣に審査してくれるはず。
オーディション会場の扉を開けると、彼らは何故か魔法がどうのこうのと言い争っていた。
真剣に審査……してくれる、だろうか。
【外伝:オーディション】 -FIN-
三人揃ってようやく再会できたカラオケでの一幕、いかがでしたでしょうか。
偶然と呼ぶにはどこか引っかかりを覚える、たまたまヒトカラをしていたという菜々視点の話を書いてみたかったのと、題材の一つに「歌」を掲げているこの作品の終盤で、あの歌の歌詞を披露しなければならないので作詞の練習をしておきたかった、という理由からこのネタを思いつきました。
冒頭で茂松が最高難度の歌と称した、菜々が披露したケイナの歌。ちなみにケイナというアニソン歌手が、実在する誰をモチーフにしているか、お気づきでしょうか。ヒントは菜々のフルネームです。御崎菜々(みさきなな)です。紅白の出場経験がありそうですね。
豊島と茂松が披露した歌も、それぞれ実在するとあるバンドの曲調というか、よく歌詞に入れてきそうな言い回しを軽く参考に作詞しました。豊島の方は、ボーカルの本業がケイナのモデルになった方と同じである二人組のユニット。茂松の方は、特定のバンドをモデルにしてはいませんが、なんとなくV系あるあるなフレーズを入れてみただけ。ただ茂松が歌いそうだなーと勝手にイメージしてる歌は何故かあって、コメント投稿できる某動画サイトで「けしてえええ!」とか弾幕が流れそうな歌とか似合いそうだなーなんて思ってたり。
電波ソングは…難しいです。いや、恥ずかしいです。照れ屋さんの豊島は決して電波ソングに参加はしませんが、恥ずかしくない程度の合いの手には加わります。第一章で電波を敬遠していた菜々も、吹っ切れた今では割と乗り気で歌えます。茂松はノリノリで歌います。そして筆者は畑○貴には到底敵わないと身の程を知りました。
そして今回のテーマであるオーディション。豊島と茂松の歌を評価するカラオケオーディションをきっかけに、二人に自分自身を選抜してもらおうと思い立ったのが、第三章の菜々の爆弾発言の真相、という裏話でした。
あくまで明るい三人の空気は崩さないように、本編に沿った菜々のシリアスな心理描写も交えることが出来、割と満足のいく内容に仕上げられたと思っております。




