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涙の魔法・外伝 -unbalanced triangle-  作者: 燐紅
失恋男子の全力投球日記
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失恋男子の全力投球日記 6/6





            *   *   *




 ――数ヶ月後。いつものように遅刻ギリギリで出社してきた茂松は、いつもと比べてどこか楽しげな表情でパソコンに向かっている豊島を不思議に思いながら、隣の自分の席に着いた。



「うっす。なんだ、裕太。朝から妙にニヤついてんな」


「おう。朝からいいニュース見れたもんでな」


「いいニュース?」



 ソースコードの入力作業をしていた豊島は、キリのいいところで手を止め、茂松に見せるためにあらかじめ開いてあったWebブラウザに画面を切り替える。


 椅子ごと豊島の横ににじり寄った茂松は、そこに表示されたネットニュースの見出し文を見て、思わず興奮気味な声を上げた。



「うおっ、県大会優勝!?マジかよ!」


「いやー、地区優勝した時はガチで県代表狙えるかもなんて思ったけどさ、まさか本当に県大会も突破するなんてな」


「やるじゃねーか、あのガキんちょ。OBとして自慢したくて仕方ねーんだろ、お前」


「そりゃそうだ。記事にも書いてっけど、創立以来初の快挙だし」



 珍しく上機嫌を露わにしながら、豊島は繰り返し読み込んだニュースの記事をゆっくりとスクロールさせ、茂松に細部までしっかりと読ませる。やがて画面に現れた一枚の画像を見て、おっ、と声を上げた茂松に対し、豊島はにやりとほくそ笑んだ。


 決勝のマウンド上で右腕をしならせ、渾身の一球を投げる瞬間を捉えた、熱い魂のこもった高校球児の姿。写真いっぱいに写し出された真剣な顔つきの人物は、いつぞやのゲーセンで言葉を交わした事があった、あの野球少年だった。



「へー。あいつ、マジでエースだったんだな。あん時はやたらキョドりまくってたし、大舞台で投げる度胸なんてあんのかって疑ってたけど、ちゃんと結果残すもんなあ」


「顔つきもまるで別人みたいに変わるし、切り替えスキルが高いんだろうな。フォームも綺麗だし、なかなか肝も据わってるし、甲子園でどこまで通用するか楽しみだ」


「大先輩の裕太に喝入れてもらったのが、よっぽど効いたのかもな」


「あー……それなんだけどさ」



 わずかにトーンを落として、苦笑いしながら豊島は画面を一気にスクロールさせ、記事の終盤の辺りを表示させる。彼の反応と行動の意図を訝しみながら、茂松は軽く身を乗り出して、表示された文章を熟読した。


 どうやらそれは試合後に行われた、記者とあの少年のインタビュー記事らしく、一目見ただけで高校生らしさを思わせない密度の文面は、このように書かれてあった。



『――三年生が引退して、なかなか地盤を整えきれない一、二年生のチーム体制になった頃から、強豪校と肩を並べるほどの実力があったと見受けられました。いいチーム作りのために、ご自身ではどんな事を貢献できたと思いますか?』


『長い間個人的な課題にしていた事ですが、秋の地区予選までの投球フォームのままで大会に臨む事がとても不安でした。それが運良く年明け頃から身長が伸び出したので、思い切って投球フォームをしっかりと改善できたのがいいピッチングに繋がって、チームの勝利に貢献できたと思っています。いい球を投げられるようになって、自分自身に大きな自信を持てた事が、チーム全体のムードを盛り上げるきっかけにもなれたんじゃないかと僕は思います』


『――大会中や決勝のマウンドに立った瞬間は、自分達が学校の歴史を大きく塗り替えられるかもしれないという事を意識していましたか?』


『地区大会決勝の試合から、その事は常に意識し続けるようにしていました。意識する事は僕やチームメイトにとっては重荷にならず、多くの期待と声援に後押しされているという自信にうまく繋げる事が出来て、理想のチームプレーを発揮する事が出来たと思います』


『――県代表を勝ち取った喜びを、誰に真っ先に伝えたいですか?』


『指導してくださった監督やコーチ、様々な面で支えてくれた父兄や学校のみんなはもちろんの事、自分達の学校に身を置いていた先輩達みんなにも、喜びと感謝の想いを伝えたいです。中でも、僕達全員の憧れであり目標だった、これまでに唯一地区優勝の成績を残した野球部OBの方々には、他の誰よりも今の僕達の喜びを受け取ってもらいたいと願っています』


『――それではその熱い想いが伝わるよう、尊敬するOBの方々に向けて、意気込みをどうぞ』


『自分達の実力を信じて、チームメイトを信じて、諦めずに頑張ってこられたのは、先輩方の努力の積み重ねがあったからこそです。僕達の頑張りを今でもしっかりと見届けてくれて、エールを送ってくださった事で、ここまでチームを大きく成長させる事が出来ました。約束した県大会優勝は、通過点に過ぎません。甲子園の舞台でも、一球一球に全力を込めてプレーする事を約束します』


「……『先輩方』だの『OBの方々』だの、どう考えてもこれ、裕太個人宛てじゃねーか」



 思わず吹き出しながら口にした茂松の感想に、豊島も複雑な表情で小さく笑って返す。



「俺の言葉が励みになった事は何よりだけどさ、正直くすぐってーし複雑だわ」


「だろうな。もはやあのガキの中で、神レベルで崇められてんだろ、お前」


「大袈裟すぎるっての。才能あるし、度胸もあるし、この歳でこれだけ堂々と受け答えできるこいつの方が、俺なんかよりよっぽど神だろ」


「ちげーねー」



 含み笑いながら返す茂松につられて豊島も笑い、すっかり和んでしまった二人がちょうど、あのゲーセンでの出来事を思い返し始めた時だった。



「――おーい、ネタ合わせはもう済んだか、漫才コンビ。いつまでも自分達のネタにツボってねーで、さっさと朝礼始めろや」



 不意に割り込んできた声の主は、豊島と茂松の向かいの席で、呆れ顔で腕組みをしてふんぞり返った、田辺だった。思わず揃ってきょとんとした目で彼を見る二人を、田辺のすぐ横にいる円香がくすくすと笑う。



「え、朝礼ったって、まだ部長来てないじゃないっすか」


「何言ってるんですか豊島さん。部長は有休取ってて、今日一日不在ですよ」


「げ、それ今日だったっけ」



 田辺に続いて呆れ気味に放った円香の言葉で、豊島は大きく顔を歪めながら慌てて準備を急いだ。


 彼らが属しているシステム開発部において、始業前の朝礼は基本的に部長の号令で行われる。その部長が不在の際に代理を務める事になっているのは、プロジェクトリーダーを担う事が多い、田辺か豊島なのである。


 そして二人揃っている時の代理は、問答無用で豊島と決まっている。理由は朝礼を億劫がる田辺が執拗にその役割を豊島に押しつけたがるからという、なんとも理不尽な経緯があったのだが、とうの昔に折れた豊島はもはや率先して代理をこなすようになったのだ。


 朝礼の開始を待つ、開発部のフロア内の注目を一瞥した茂松はさりげなく自分の席に戻る。その様子を横目に準備を整えた豊島はその場に立ち上がって、仕事の表情に切り替えた真剣な眼差しを室内の全員に巡らせる。



「えー、遅くなりましたが、本日は部長不在とのことなので、朝礼を始めます。まずは現在進行中のプロジェクトのうち、主要の田辺チーム、豊島チームの進捗報告を。豊島チームの開発工程に関しましては、現段階で目立った遅れはなく――」



 報告事項を書き留めた書類と、各メンバーの進捗を簡単にまとめた画面に切り替えたモニタ。手元のそれらに目を落としながら朝礼を進行する豊島の声は、フロアのどの席にいてもしっかりと聞き取れる、通る声だ。もともと無気力で声を張ろうとしない部長や、進行役を面倒がって適当に進めたがる田辺より、豊島が仕切る朝礼は安心できる、という話を茂松は同僚達によく聞かされていた。


 相方を見習え、と周囲から言われてしまうほど勤勉さに欠ける茂松は、やはりこの時も豊島の進捗報告を半分しか聞いていなかった。隣で真面目に朝礼を進める彼の姿を横目で窺い、ついさっきまでの雑談を思い返して、一人静かにほくそ笑む。



(あのガキの切り替えスキルの高さは案外、OB譲りかもしれねー……なんてな)



 仕事に対する真摯な姿勢。オフからオンに即座に切り替えられる集中力の高さ。同僚や上司から寄せられる豊島への期待は、彼が自覚しているより遥かに大きく、いずれこのシステム開発部をリードする立場に就く日を誰もが熱望しているのだ。


 期待のエースを形成したのは、高校球児時代に培われた、チームをリードするキャッチャーのポジションを勤め上げた経験が大部分を占めている、と言っても過言ではないだろう。広い野球グラウンドで声出しをしていた事も、冷静に戦況を観察して戦術を立てるブレーンの役割を務めていた事も、社会人になった彼の働きぶりに生かされている。


 仕事にその経験を生かせるくらいならと、そこからさらに思考を巡らせた茂松は、横に立つ豊島に気付かれないようそっと息を漏らした。



(野球にも仕事にも全力出せんなら、彼氏の務めももう少し、全力見せられねーもんかねえ)



 同い年のエースとは人生の半分も共に過ごしている茂松にとって、仕事で見せるような優れたリードをなかなか発揮できない豊島の恋愛事情だけは、情けないやら不甲斐ないやらと切に感じている。


 もう少し時間を掛けて交際を続けているうちに、いずれはあの歳の離れた彼女をしっかりとリードできるようになり、伝えられる限りの想いを全力でぶつけられる日なんて、来るのだろうか。


 そんな器用さなど、この堅物男に期待できるはずもないか。そんな事を考えているうちに終わった朝礼の直後に、椅子に座り直した豊島から「朝礼の最中にニヤついてんじゃねえ」と注意された茂松は、何とも言えない心持ちで苦笑いを返すしかなかった。







【外伝:失恋男子の全力投球日記】 -FIN-

本編が完結して恋人になった菜々と豊島は、ちゃんと恋人してるのか?という疑問にお応えするために、二人の親密さを第三者視点で描く外伝にする予定でしたが、結局は豊島というキャラを詳しく掘り下げる事がメインのお話になりました。いかがでしたでしょうか。


この作品は、これまでの創作ではあまり取り入れた事のない技法に色々と挑戦してみました。ゲストキャラの一人称視点で進行する事。それに伴って人物描写を細かくふんだんに取り入れる事。同じ場面を異なる視点で描く事。試験的に取り入れてみた事で創作の幅が広がったとまでは思っていませんが、仕上がりを読み返して色々と見えてくる部分もあって、なかなか勉強になりました。


現段階で公開している作品群の時間軸上、最後のページで『数ヶ月後』という設定に決めた事は、個人的に少し勇気の要る決断でした。主人公の僕君が活躍を見せる春の選抜大会のことを語るには仕方ない事なのですが、このくらいの時期のメイン三人組の関係性というか細かい事情が、実はほんの少しだけ変化しているのです。その点に触れないよう最後のページを描ききるのに、少し苦労しました。


三人全員が春を迎えるには、まだ少し早いんです。一足先に野球人生の春を迎えた僕君が代わりに、春を全力で謳歌してくれることでしょう。

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