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涙の魔法・外伝 -unbalanced triangle-  作者: 燐紅
失恋男子の全力投球日記
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失恋男子の全力投球日記 4/6


【ゲーセンにて】




 ……そりゃ、デートのド定番だってことくらい、僕だって知ってる。周りを見ればほら、プライズゲームに夢中だったり、メダルゲームで盛り上がったり、至るところにカップルはいる。ふいと現れてまっすぐに目指して行ったのが、まさかのスロットだとは思わなかったけど、あの二人がゲーセンに来るのは何もおかしいことじゃない。


 友人が来るまで音ゲーでもして時間を潰そうとしていた僕は、自分の背丈と同じくらいの筐体越しに見える二人の姿を、またもや観察し始めた。誤解しないでもらいたいのは、雑貨売り場の時と違って、今回は彼らの観察を目的にこの場に留まっているわけじゃないということだ。ほんのちょっと覗き込めば、二人が見える位置でただ遊んでるだけなんだ。


 もはや誰に弁解するつもりでいるのか、自分自身に呆れ返りながらも僕は、並んでスロットの前に座ったナナさんと長身の人の後ろ姿を眺める。スロットとか打ったりするんだ、ナナさん。なんだか意外。


 でも予想通りというかなんというか、おそらくそこそこ年齢は上であろう長身の人は慣れた打ち方をしていて、その横で打っているナナさんの手つきはなんだかぎこちない。時々横から長身の人が何かアドバイスをしてるみたいで、楽しそうに遊んでいる二人は、やっぱり普通のカップルにしか見えない。


 ……あれ、何があったのかな。長身の人がナナさんの台のリールを止めてあげたみたいだけど、なんか怒った顔したナナさんにぽかぽか叩かれてる。よくわかんないけど、可愛すぎるよそれ、ナナさん。いいなあ、本当に…。



(……んん?)



 二人からだいぶ離れたところにいてはっきり見えないけど、僕は長身の人とじゃれ合うナナさんに何か違和感を覚えて、懸命に目を凝らした。


 ナナさん、ピアスかイヤリングみたいなの着けてたっけ?落ち着きなくというか楽しげにというか、常に頭をゆらゆらさせたり周りをきょろきょろ見たりするナナさんの耳には、さっきまでは何もなかったと思う。


 おそらく、僕がいなくなった後にさっきの雑貨売り場で買ったんだろう。そしてほぼ間違いなく、長身の人がプレゼントしたんだろうな。ああ、もう疑いようがない。やっぱり長身の人が、本当にナナさんの彼氏――



(あっ…!)



 すっかり二人の観察に夢中になっていた僕は、思わずその人の登場にどきりとした。てっきり二人でデートを満喫しているものだと思ってたから、そこへ眼鏡の人が現れるなんて思いも寄らなかった。


 声を掛けられた二人は少しも驚くことなく、にこやかに眼鏡の人を迎えている。なんだ、待ち合わせしてたのか。ナナさんを真ん中にして眼鏡の人が彼女の隣に座ってからも、三人はやっぱり仲睦まじく言葉を交わしている。



(長身の人が彼氏で、眼鏡の人が友達。それでほぼ、間違いないんだろうけど…)



 改めて三人の関係を確かめたものの、どこか僕は腑に落ちなかった。どうもすんなり納得できない原因もよくわからなくなってきて、盗み見てるのを彼らにバレないように注意することさえ忘れて、思わず三人をじっくりと眺めてしまう。


 そうしているうちに、ナナさんの台から賑やかな音楽が流れ出した。おお、当たったんだすごい。……って、あれ?せっかくナナさんの台が当たったのに、長身の人がどこかに行っちゃった。どうしたんだろう。その行動を不満に思ったのか、ナナさんもふくれっ面で長身の人に何か文句を言ってるみたいだ。ああもう、どんな顔してても可愛い。


 二人きりになったナナさんと眼鏡の人は、その場を離れた長身の人を気にすることなんかすぐにやめて、当たったナナさんの台を楽しんでいる。異性の友人にしては近すぎる距離で肩を寄せ合い、さらには眼鏡の人がナナさんの代わりに少し打ってあげたりして、その後にナナさんが満面の笑みではしゃいでみせたりする。


 わからない……眼鏡の人は本当に、彼氏じゃなくて友達なんだろうか。まさかとは思うけど、元彼とか?なのに今は普通の友達として普通に仲がよくて、その上さらに長身の人という恋人と三人で遊んだりもして、なんて憶測が本当なんだとしたら、ナナさんとあの二人の関係って一体――



「――おい」



 背後から掛けられた低い声に、油断しきっていた僕の肩が大袈裟に跳ねた。


 後ろを振り返るなら、首の角度をだいぶ上に確保する必要があることをなんとなく察して、おそるおそる身を捩ると、そこには――







            *   *   *




*菜々side*




「菜々ちゃん。左リールなんだけどさ…」



 見かねて口を開いた豊島を遮って、菜々は軽く苛立ち混じりの声を上げた。



「あーもー、わかってますよお。ちゃんとBAR狙ってるんですけど、うまく止められないんですー…」


「三連図柄過ぎたタイミングで打ってる?」


「だってその方法でしか狙えませんもん。BAR全然見えないし。お手本見せてください豊島さん」



 悔しげに顔をしかめた菜々は、レバーを叩いてリールを作動させてから、軽く台から身を離す。菜々の隣に座ったまま腕だけを伸ばし、豊島は目まぐるしく回る左リールの直下のボタンに指をあてた。


 横一線か斜めに揃うと大当たりである、いわゆる『ボーナス図柄』と呼ばれるコマが、三つ繋がった箇所がある。豊島が『三連図柄』と呼んだその部分は、リールが回っていると大きな塊に見えて、確かに最も狙いやすいのだ。それのわずか数コマ上にある『BAR』の図柄を止めるには、それそのものを視認できない限り、目立つ塊に気を取られてしまい、正確に狙うのが難しい。


 人一倍視力がいい豊島は、難なくBARの位置をしっかりと捉えて、あっさりとボタンを押す。



「ほい」


「うがー!ムカつくー!」


「いでで」



 簡単にBARを止めてみせた豊島の涼しい顔に腹を立て、手本を頼んだにも関わらず菜々は豊島をぽかぽか叩いた。


 そんな二人のやりとりの横から、何やら愉快そうなことになっていることしか察していない笑い声を発しながら、彼らの待ち人がのんびりと歩み寄ってくる。



「お待たー。出てっかー?」


「あっ、カナちゃんさん。豊島さんが目押し自慢してくるんで、なんとかしてください」


「やってみせろっつったのは菜々ちゃんだろうが」



 互いに口を尖らせながら言う二人の言葉で、何があったのかをおおよそ推測できた茂松は、けらけらと笑いながら菜々の隣の席に腰を下ろした。



「まあある程度目押しスキルねーと難しい機種だからな……って、ボーナス入ってるくせーぞ、なっちゃん」


「へ?これリーチ目ですか?」


「リーチ目っつーか、ボナ図柄斜め揃いしてんじゃん」



 きょとんとする菜々に示そうと、茂松はリールが制止した盤面を指でなぞってみせ、大当たりが確定した状態であることを教える。


 斜めに揃ったボーナス図柄はてんでバラバラであり、決められた配列の図柄が揃わないとボーナスにはならないため、まだボーナスは始まっていない。だがスロットのリール制御の性質上、ボーナス図柄が配列を問わず横一線か斜めに揃うと、大当たりしているとわかるのだ。



「やったあ。豊島さん、揃えて揃えてっ」



 容易くBAR図柄を止めた豊島に腹を立ててみせたのはなんだったのか、態度を一変させてボーナスを揃えろとせがむ菜々に苦笑いして、豊島は再び回したリールを真剣に狙う。


 一つ目の中段に7が止まり、二つ目にも7が止まり、三つ目も同じ図柄が止まればビッグボーナスだ。もしも三つ目の7がずれた位置に止まれば、7以外の図柄が揃うビッグボーナスか、ビッグより恩恵の少ないレギュラーボーナスのどちらかだ。軽く念を込めて豊島が三つ目のボタンを押すと、めでたく7が横一列に揃う。



「……お、7揃いか」


「わーいっ、ビッグ一番乗りー」


「ちゃんと14枚役取れよ?なっちゃん」



 喜びもつかの間、含み笑いながら釘を刺した茂松の一言に、菜々は嬉々とした表情を瞬時に固まらせる。


 ボーナスに入ると、小役図柄が揃うたびに15枚のメダルを獲得でき、規定の枚数に達するまで繰り返しメダルが払い出される。その間に特定の手順を踏んで14枚の払い出しを一度だけ行うことで、規定の枚数よりその分多くメダルを得られるのだ。


 その知識だけはあらかじめ豊島と茂松に教え込まれていた菜々は、その手順をなんとなく覚えてはいたものの、嫌な予感を覗かせながら茂松に確かめる。



「あっ……どうやるんでしたっけ」


「左に7図柄ビタ押し」


「ビタ…」



 目押しとビタ押しは、似ているようでまるで違う。特定の図柄を狙って止める点においてはほぼ同義なのだが、目押しはアバウトに狙っても図柄を止められるのに対し、ビタ押しはジャストのタイミングでボタンを押さないと図柄は狙った部分に止められない。


 目押しさえ心許なくて豊島を頼ったばかりだった菜々は、軽く頬を引きつらせながら縋る目を豊島に向ける。だが豊島は、視線を送ってきた菜々の首の動きと同じ速度で、すいー、と顔を背けた。



「便所行ってきまー」


「あー!逃げたー!」



 何食わぬ顔で席を立った豊島の背中に思わず非難の声を上げたが、菜々の声を無視して彼はさっさとトイレの方向へ行ってしまった。


 そのやりとりをからからと笑いながら、自分も手は貸してやらないと言わんばかりに腕を組んで、茂松はすっかり困り果てた顔をした菜々の、大当たりに賑わう台に向かって軽く身を乗り出す。



「さ、ボナ終わるまでに7ビタ押しできっかなー?」


「むうううぅ…!」



 三人で遊ぶようになってからスロットを覚えた初心者の菜々は、意地悪な経験者二人の仕打ちにむくれてみせながら、仕方なくビタ押しに挑む。


 リールの回転に合わせて頭を揺らしながら、タイミングを図って左リールの直下のボタンを押す。やはり難易度の高いビタ押しはそう簡単に成功することが出来ないながらも、菜々が狙おうとした7の図柄は数コマ上下した位置にずれて止まり、まるで見当違いな狙いをしているわけではないと横で見ている茂松は感心してみせた。



「一応、狙えてはいるな」


「7は見えるんですよ。でもビタで止めるのはさすがに…」


「実は裕太、目押しはそこそこできっけど、ビタ押し苦手なんだよ」


「え、じゃあさっきのはマジの逃げですか?」


「そーそー。俺より下手なのバレたくないから」



 そう言ってにやりと笑ってみせながら茂松はずいと身を乗り出し、菜々と台の間に割り入って左リールのボタンに指を添える。


 不意の行動に菜々は面食らったが、すぐに期待の目で茂松の頭越しに左リールをじっと見つめ、その瞬間を待つ。じっくりと時間を掛けてから、やがて気持ち力のこもった指で茂松がボタンを押すと、狙っていた7の図柄は中段にビタッと停止した。


 誇らしげに振り返って親指を立てる茂松に、菜々は手を叩いて彼の技量を讃えてみせる。こうして一発で止められる自信がないなら、確かに逃げてごまかしたがるのも仕方ないと、すっかりトイレに行ったものと思い込んでいた菜々はそんな風に考えて、豊島の帰りを待った。

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