ハッピーマンデーは寝て曜日 2/2
――何故、寝ているのだろう。そう思いながら、豊島はむやみに身じろぎ出来ずに目をしばたかせた。
ふと目が覚めると、近すぎる距離で寝息を立てている菜々の寝顔が、真っ先に目に飛び込んできた。状況を理解するより何より、むやみに起こしてしまわないよう、驚きで声を上げそうになったのを咄嗟に堪える。
寝起きの頭をうまく働かせられず、どうして彼女が隣で寝ているのか事態を把握できない豊島は、とにかく今日が月曜日であることを彼女の訪問から推測して理解した。祝日で会社が休みだろうと、週に一度の奉仕を楽しみにしているらしい菜々は、豊島が寝ていても朝食だけは作ってあげたいと話していたのだ。
(俺が起きるの、待っててくれたのかな…)
菜々の来訪にまったく気付かなかった豊島は、熟睡してしまっていたことを胸中で彼女に詫びながら、ぐっすりと眠る彼女をしみじみと見つめる。
土曜から三連休の予定だった豊島は、中日である日曜の夜に、先輩の田辺から不意に呼び出された。仕事の用件だろうかと警戒していたのだが、ただ久々に麻雀をしないかという誘いだった。ついでに言うと、茂松や馴染みの面々も呼び出されていた。
かつて同じ職場にいた菜々と交際していることを、豊島は茂松以外の社内の人間には内緒にしている。だがここ数ヶ月ほど、特に土曜に至ってはほぼ確実に、休日に遊びに誘っても断ることが増えた二人の独り身男達のことを、田辺は怪しんでいるらしい。浮いた話などまったくないと懸命に弁解しつつ、豊島は長々と麻雀に付き合わされた。
誘いを受けた時から覚悟していたが、夜になってから開催された麻雀は夜通し行われ、帰宅したのは明け方のことだった。その時点では、ほどなくすると夜勤明けの菜々が来ることを覚えており、いっそのこと寝ないで彼女を待とうかとも思っていた。だが凄まじい眠気に苛まれた豊島は、ものの十分ともたずに音を上げて、布団に潜り込んだのだった。
(で、寝ちまってからは、何も……してない…………はず……)
目が覚めて、寝る前にはいなかったはずの異性が、隣で寝ている。そんなシチュエーションから、寝ぼけた頭はあらぬ方向の想像を膨らませようとしてきて、豊島は軽く頬を引きつらせる。
呆れた妄想をする自身に幻滅しかけていると、目の前の菜々が不意にふるっと身震いをした。よくよく見ると、彼女は豊島が寝ていた布団を借りず、フローリングに身を預けている。このまま熟睡してしまっては、さすがに風邪を引くだろう。
迷いながらも、豊島は布団のぎりぎりまで身を寄せて彼女に近付き、手足を駆使して慎重に慎重に自身の毛布を半分彼女に掛けてやる。固い床に寝かせてしまっているのは仕方ないとして、ひとまず寒さは紛れるだろう。
「…………ほぁ」
豊島の体温で暖まった毛布の感触に、眠ったままの菜々は頬をとろんと緩ませ、小さく幸せそうな声を漏らした。
(こっ……れ、は…………死ねる)
ただでさえ距離を詰めて軽く緊張していた心臓が、無垢なその反応を目にしてどきりと大きく跳ね上がる。同じ毛布を共有した幸せそうな眠り姫の寝顔に、豊島の頭はもうすっかり覚醒しきっていた。
動揺を抑えようと努めつつ、もしかして、とにわかに浮かんできた企みを試みようと、今度は掛けた毛布を動かさないようじりじりと後ろに身を引く。二人の間に空間ができ、熱を保っていた毛布の中に、暖房も何も点けていない寝室の空気が入り込む。
すると寝ている菜々が、もぞもぞと身を捩って、おもむろに布団の中に潜り込んできた。布団の真ん中辺りまで戻っていた豊島にぴったりと寄り添い、ふいっ、と一つ満足げに息をついたかと思うと、再び寝息を立て始める。
暖かいところ、居心地のいいところを、本能で探り当てる習性。
(…………猫か)
声を大にしてツッコみたいのと、諸々の衝動を懸命に堪え、小さく喉を鳴らしながら豊島はもう一度毛布を掛け直してやった。
あざとい。あざといが、可愛い。いっそのこと起こしてしまうのも厭わずに、このまま目一杯抱き締めたい。むしろ撫でくり回したい。そんな衝動を表情に出すだけでなんとか堪え、豊島は自身の胸元ですやすやと眠る菜々を見守るだけに留めた。
せっかく朝から一緒に過ごせる月曜の休日なのだから、本当は二人でどこかに出かけるつもりでいた。だが、見ているこちらがつられて再びまどろみ出すほど、安らいだ顔で寝ている菜々を眺める豊島は、この上なく幸せな心地だった。
(……寝顔、見放題だし)
いつもであれば仕事に行く自分を見送ってから眠りにつく菜々の寝顔は、豊島にとって物凄く貴重なのだ。
――いつしか一緒に眠ってしまっていた二人は、すっかり日の高くなった頃に起き出して、とうに冷めてしまっていた朝食を仲睦まじく食べたのだった。
【外伝:ハッピーマンデーは寝て曜日】 - FIN -
SSはかなりお気楽作が多いものの、本編と外伝はかなりシリアスで重厚な内容ばかりの涙の魔法シリーズ。外伝一作目の「オーディション」以来の平和なお話、いかがでしたでしょうか。
交際するようになった二人は、これまで通り茂松と三人で遊んだりして、一見恋人らしいお付き合いなんてろくにしていないように思えますが、実はこんな風に週に一回だけ豊島の家に通うという微笑ましい習慣が出来たのです。
日曜に夜勤をこなしている菜々は、土曜日だけでなく月曜日も休みだったりします。まっすぐ自宅に帰ってただ寝るよりは、休み明けで出勤する気力がなかなか出ない豊島を起こしに行くのを楽しみにしているのです。まるで駄目なお兄さんだった野田に甲斐甲斐しく尽くしていた片鱗と言いますか、実は元々世話焼きな子だったりします。
とはいえ、二人とも主目的はただ顔を合わせる機会を増やしたいだけという、なんとも純情なカップルなのです。
純情すぎるが故になかなか進展は見られないのですが(菜々もまだ敬語ですし)、お互いに相手のことが本当に好きなんだなーという一面を窺わせる、そんなお話が書けて満足した一作でした。




