ハッピーマンデーは寝て曜日 1/2
時系列・・・「涙の魔法」完結後。とある祝日の月曜日の朝。
恋人になったものの同棲はまだしていない豊島と菜々。付き合うようになって新たな決め事を設けた二人の、とあるほのぼの一幕。
【外伝:ハッピーマンデーは寝て曜日】
――何故、起きないのだろう。そう思いながら、菜々は寝室の半分を占める布団の傍らに座り込んだ。
はだけた毛布をそっとかけ直してやっても、すっかり熟睡してしまっている豊島は、まるで起きる気配がない。眠りの浅い彼は、いつもであれば菜々が寝室に向かってくる気配だけで目を覚まし、ドアから顔を覗かせた彼女に「おはよう」と眠たげな声を掛けてくるというのに。
交際を始めてから少しして、彼らには新たな習慣が出来た。週に一度の夜勤をこなしてから、菜々は自宅ではなく豊島の家に向かう。そしてあまり物音を立てないように朝食を作り、豊島を起こしてやり、二人で朝食を取って、出勤する豊島を送り出すのだ。
そんな話を茂松にしたら「通い妻だな」と笑われたりもしたが、月曜の朝はそうやってささやかな二人の時間を過ごす、半同棲のようなことをする日になったのだった。
「……ごはん、出来ましたよおー…?」
遠慮がちに声を潜めながら、菜々はそーっと豊島の寝顔を覗き込む。耳に届いてはいるはずだが、まるで反応がない。
平日であれば遅刻してはいけないからと起こしにかかったが、今日は祝日で仕事は休みだ。世間の休日などまるで縁のない仕事に身を置いている菜々は、そんな日だろうと構わず毎週豊島の家に上がり込んでいたし、朝から顔を合わせられるのを素直に楽しみにしていた豊島も、休日だろうと起こしに来てくれたら嬉しいとすら話していたのだ。
なのに、爆睡している。せっかく朝食を作ってあげたのに、と機嫌を損ねたりすることはなかったが、むしろ菜々は珍しく深く寝入っている豊島をじっくりと観察した。
(自分でも『低血圧な方だ』って言ってたし、あまり寝起きよくないんだよな、豊島さん)
薄く開いた口から静かな寝息を感じるほど、菜々は豊島の寝顔に惜しげもなく顔を寄せる。
(……ちゅーなんかしちゃったら、さすがに起きちゃうか)
不意に浮かんだ悪戯心を懸命に堪えて、緩みきった自身の口元を軽く手で抑える。
気の抜けた寝顔の眠れる王子様のことは、そっとしておこう。そう決めた菜々だったが、彼が目を覚まさない限りは、何もすることがなかった。
いつもなら豊島の出勤を見送った後、菜々は豊島の布団を借りて一眠りするか、あまり眠くない時は先に掃除をしたり洗濯を済ませたりしている。だが豊島が眠りこけている以上、今は何をするにしても彼を起こしてしまいかねない。
いっそのこと、自然と目を覚ますまで何もしないことにしよう。豊島の様子を窺いながら、菜々は慎重に慎重に体勢を変えて、寄り添うように彼の傍らに身を横たえた。
(目を覚まして、すぐ目の前にあたしがいたら、相当びっくりするだろうなー)
目覚めた時の豊島のリアクションに期待を寄せて、菜々は心ゆくまで豊島の寝顔を堪能する。
夜勤の疲れが溜まった体には正直、布団から外れたフローリングに寝そべるのは窮屈さを感じたし、次第に床の冷たさがちりちりと全身に伝わってきた。
それでも、豊島が起きる瞬間を心待ちにしている菜々は、この上なく幸せな心地だった。
(……寝顔、見放題だし)
いつもであれば呆気なく目を覚ましてしまう豊島の寝顔は、菜々にとって物凄く貴重なのだ。




