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涙の魔法・外伝 -unbalanced triangle-  作者: 燐紅
薄幸ヒロインとラッキースケベ
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薄幸ヒロインとラッキースケベ 3/5


(さすがにこれ、やばいかも…?)



 軽い眩暈で治まってくれるかと思ったが、わずかに歩道の端に寄って足を止めても、視界は一向に安定しない。


 痛みはなかったが、とにかく頭が、体全体が重い。車通りの多いこんな場所で倒れるわけにはいかないと、菜々は片手で頭を抑えながら辺りを見回した。


 慣れた通勤ルートでいつもはまったく気に留めていなかった、細い路地へ続く角を前方に見つけ、ふらふらとした足取りでそこを曲がる。車も通らない、人気の少ない裏路地に繋がっていたはずだと、おぼろげな思考で思い出しながらそこを目指す。


 やがてさほどしないうちに、シャッターの降りた小さな個人商店を見つけた。店の前に設置された照明の暗い自販機まで辿り着いた菜々は、その先の路地を通る人の目にはつかないだろうと、自販機の陰に腰を下ろす。


 少し体を休めたら、帰ろう。膝を抱えて、埃と蜘蛛の巣で汚れた自販機に身を預けながら、菜々は自身の疲れと体調の回復を待った。



(…全然効かないな、栄養剤)



 仕事の合間にそれを服用していたことを思い出し、菜々はさらにやるせなくなった。


 頼りきりにしているわけではなかったが、体力勝負の覚悟が必要だと店の状況を見て判断した時、菜々は時々その錠剤タイプの栄養剤に頼ることがあった。奈津美が話していた通り即効性は確かにないのだが、効き目だけは確実にあった。


 これまでは確かに効いていたのだ。しかもちょうど一綴り分を使い切ったばかりで、家を出る前に新たにもう一綴りをバッグに入れて持って来たばかりだったというのに。



(ツイてない…の……かな……)



 何故か効き目の無かった栄養剤のことも、立て続けに起こった不運の一つだろうか。暗がり始めたのは自分の視界だけなのか、日が落ちてきたせいなのかと菜々はぼんやり考える。


 そのうちろくに頭を働かせられなくなった菜々は、ゆっくりと目を閉じた。













『――菜々ちゃん』




 …………誰?




『――菜々ちゃん』




 その声……豊島さん?


 …………どこ?




『菜々ちゃん……菜々ちゃんっ』




 もー。どこから呼んでるんですか、さっきから。


 あたしはここにいますってば。


 豊島さん?ロリコンの豊島さん?


 ラッキースケベの、豊島さん?




『菜々ちゃんっ!』




 ……怒っちゃった。


 そんなに怒鳴らなくても、聞こえてますって。


 ラッキースケベってカナちゃんさんやあたしにしつこくからかわれるの、嫌いなのは知ってますから。


 羨ましいですけどね、何であれラッキーなのは。


 あたし基本、ツイてないですから。







 ……反応無いなあ。


 そういや、一緒じゃないんですか?カナちゃんさんは。


 二人であたしのこと、探してるんですか?


 どっちが先に、あたしを見つけてくれますかね?


 やっぱり勘の鋭いカナちゃんさんが先かな?


 それともラッキーな豊島さんが先?


 あーもう。近くまで来てるなら、早く見つけてくださいってば。


 先に見つけてくれた方を、本当の彼氏にしちゃいますからね。なーんて――







 ……。







 …………豊島さん。




 ねえ……豊島さんってば。




 ……いなくなっちゃったん……ですか……?







 …嫌…。




 嫌だよ…。




 豊島さん…。







 …………豊島さん!







 お願いだから、早く……早く来てよ……!




 あたしを…。







 あたしを独りにしないで……!







 豊島さん…。







 ……豊島さんっ!!













            *   *   *




 ――夢オチと呼んで済ませるには、視界に映る景色が様変わりしすぎていた。


 見上げているのは宵闇の空ではなく、薄緑がかった乳白色の天井。同系色の壁と清潔感溢れる真っ白なカーテンで四方を囲んだ空間に、消毒液の匂い。



(……病院?)



 左腕には点滴も施されている。間違いなく、病院内の一角だ。


 自分が目を覚ました場所を把握した菜々は、どうして病院のベッドの上にいるのだろうかと困惑した。


 人気のない自販機の陰で休憩を取っていたことまでしか記憶はなく、そこからどうやってこうして病院に来られたのだろうか。


 偶然誰かの目に止まって、その人物の手を借りてここに来たことは間違いない。その時に、自分に意識はあっただろうか。もしかすると緊急を要すると判断されて、救急搬送されたのかもしれない。



(誰もいないのかな…)



 仕切られたカーテンに人影は映っていない。あまりにも静かすぎて、広さの窺い知れない菜々のいる部屋には誰もいないことが感じ取れた。


 おとなしく誰かが来るのを待とう。そう決めてさほど経たないうちに、カーテンの向こうからドアが開く気配がした。病院関係者か、自分をここへ連れてきた親切な誰かか、まったくの無関係な患者かその付き添いか。様々な憶測を巡らせていると、その人物は足音を抑えながらこちらに近づいてきた。


 やがて丈の長いカーテンが中間辺りで揺れ、折り重なったカーテンの境を手繰ったその人物が姿を見せる。



「――起きてたか」



 抑えた安堵の声を掛けてきたその人物を見て、菜々は目を見開いた。



「とっ、豊島さんっ!?」



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