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○○○


「どうしたの、薫ちゃん?」

「うん……」


 薫は未だに決心がつかなかった。

 かつて恋心を抱いた相手を犯人扱いすること。しかも、外れていたら完全に相手の心を踏みにじる行為だからだ。


「ようこの事、か?」

「うん……」

「そっか……辛いよな。一緒に話してた、すぐあとに殺されちゃったんだから」


 …………?


「どうして、知ってるの?」

「何でって……そりゃ」

「あなたはようこと私が話していた時間、旅館(ここ)に居なかったんじゃないの?」

「いや、そりゃ……チェックインの時間を見て」

「だったらなおさらおかしいわ! 私達が着いたのは5時よ、記録上はその時間にようこは殺されてるのよ!?」

「えっと……そりゃ」

「答えて……っ!」


 健一は苛立つように髪をかきむしった。

 そして手が止まると、彼女を睨み付ける。


「チッ……仕方ねぇ」

「きゃっ!」


 節くれだった彼の指が薫の首筋を捉える。


「あとちょっとだったのによ……っ!」


 彼女は必死に抗うが年齢、体格、性別の差は容易に覆せない。グリズリーを上回る凶暴さ揶揄されても所詮は女性、素の腕力では敵わないのだ。


「な……んで…………?」

「お察しの通り、俺が殺したんだよぉ! ……親父も、ようこもなぁ!」

「……っ」


 顔をのけ反らせて気道を確保しようとするが、強く絞められていて意味を為さない。


「お前が居なけりゃ計画は完璧だったんだよぉっ!」

「ぁっ!」


 意識が朦朧としてくる。肺が空気を求めて喘ぐ。必死になって手を引き剥がそうとするも、力が入らない。


「お前さえ――――ぅっぐ!?」


 首の戒めが急に解かれる。


「えほっ……っはぁっ…………」


 薫は痛む首元を擦りながら空気をしっかりと体に取り込む。

 誰が、助けてくれたのか?


「……結局、最後は逆上か。手間かけさせやがって」


 ふてぶてしい声。

 なんかムカつくのに憎めない、そんな人間そうはいない。


「――タネは全部割れてるぜ、健一さんよ」


 性格最悪なニート探偵。

 明智小五郎に他ならない。




















○○○


「はぁ? 訳わかんねぇ! 俺にはれっきとしたアリバイがあるんだよ!」

「……少なくとも殺人未遂でブタ箱行きは確定してるがな。まぁもう少しくらい滞在期間延ばしてもいいと思って、な」


 俺の仕事は減るがな……。


「あんたの言うアリバイ、全くの見当外れだぜ」

「なっ……?」

「その前にひとつ講義をしてやろう――」


 今回の面倒な点、死亡推定時刻だ。

 こいつはまず始めに遺体の存在していた環境から推測していく。例えば高温多湿な場所なら? 腐敗が早く進行しやすいから案外時間がたってないと踏んだり。とか、な。

 何が言いたいかって言うと、環境が変わればその推測も変化してくるって訳だ。


「――で、今回の推定時刻は17時。しかし奇妙なことに俺達はその時間、ようこさんと会っている」

「だったら……なんだってんだよ」

「ずれてんだよ……推定時間が、な」


 まず最初にドアを開けたとき、とてもひんやりとした風が吹き込んできた。つまり室温はかなり低かったということだ。

 そっから推定すれば確かに17時になるかもしれない。

 が、もし犯行時の室温が高かったら。


「もしそうだとしたら、あんたのアリバイはくずれるんじゃないか?」

「んなもん誤差の範囲内だろ!?」

「まーまて、そうあせるなって。誤差以上の変化を起こすことだってできるんだぜ――」


 俺の考えはこうだ。

 犯人は部屋に源泉を撒いたんだ。簡単に言うとあっつあつのお湯を。多少の量じゃ室温は変わらないから膨大な量を、だ。

 そうすれば蒸し暑いお部屋の完成って訳よ。

 部屋を出る前にエアコンのタイマーをセットし――もちろん最低温度で――部屋を冷やす準備は万端だ。


「と、考えてあげると色々と辻褄が合う。部屋からした異臭、温泉独特の硫黄臭と腐敗臭が混ざった臭い。扉が開かなかった理由、多少の防水をも上回る量の水があった証拠さ」

「んなもん梅雨時なんだから――」

()の推測が正しけりゃ、廊下が水浸しだった原因も同じだったと思うぜ」

「ぁ……」

「そして18時半、俺は奇妙な清掃業者に遭遇してるんだ。ときに、あんたその時間何をしてた?」

「ぐっ……」


 健一さん(はんにん)は悔しそうに歯ぎしりしながら、後ずさる。


「くそっ! 折角の計画が台無しだっ!」

「ほぅ?」

「ようこが死ねば! この旅館はおれのもんだっ! それにっ! 金持ちの薫と一緒になればっ!」

「あ、おい」

「一生遊んで――ぶっ!」


 止める間もなく、薫の右ストレートが彼の顔面にクリティカルヒットした。


「ふざけないでっ! あんたの下らない欲のせいでっ……! わっ私だって――」


 俺は続けざまに殴りかかろうとした薫を止める。


「っ離して……っ!」

「復讐すんのは自由だがな……こいつのせいで人生棒に振るのも勿体無いだろ?」

「…………っ」


 彼女は悔しそうに拳を震わせ、ゆっくりと下ろした。





















 あのあとすぐに刑事さんがやって来て橘健一は逮捕された。

 彼が鼻血を流していた理由を聞かれたから正当防衛って答えておいた。

 ちなみに、犯行方法は俺が推理したのとほぼ変わらなかったそうだ。しかもあれで上手くいくとは思ってなかった、と。お湯で室温上げるなんて誰も思い付かんよ。

 と、事件は全て解決したかに見えてるんだが、まだひとつ解決してない事案がある。


「――ようやく見つけたぜ」


 俺は、最初に俺と薫を案内してくれた従業員んの人に声をかける。おかしいと思ってたんだ。

 17時頃、ようこさんと話していたのは俺達以外にもう一人いたんだ。最初に受付してくれた人だ。


「久しぶりだな、雨宮レイナ」


 彼女はゆっくりと振り返った。


「やぁっと、気付いたのね」







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