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どこかの小学生探偵は外出する度に事件に遭遇しているそうだ。とはいっても所詮そんなのは創作の世界、ご都合主義のようなものだ。
……って、思ってたけど、こうなったらな。
ようこさんの死によって旅館は騒然となった。
警察が来たことによって治まったものの、一時はどうなることかと思ったぜ……。
そして鑑識の人が現場検証をしているなか、ヤンキーみたいにガラの悪そうな刑事(背広じゃなかったら補導されてそうだ)とインテリ系な刑事さん(ドラマに出てきそうなおっさん、って雰囲気)から事情聴取を受けることになった。
「――では、まずは発見時の様子をお聞きしましょう」
「…………」
「刑事さんが見たのとあまり変わってませんよ。部屋のなかは水浸しで、真ん中の辺りでようこさんが倒れていた」
「して、なぜ殺されていると分かったのでしょう? 刺殺ではありませんので遠目に見ればわからないと思いますがね」
このインテリ刑事(←命名、俺)はなかなか鋭いな。いつぞやの小太り刑事より有能そうだな。
「根拠は二つあります。まず一つ目は倒れていた場所です――」
ようこさんが倒れていたのは部屋の中央。そして頭が何もない壁の方を向いていた。心臓発作か何かで倒れたのだとしたら、それは何かをしている途中であるはずだ。
机で作業をしているなり、本を取りに行くなり、色々と、な。
そうした行為の途中だったら倒れ方もその行為を思わせる場所を示唆していてもいいはずだ。机の側で、本棚の近くで。しかし何もない中央に倒れていた。
つまり襲われた可能性が出てくる。
「――まぁこれは後付けなのですが……そして二つ目、これは単純です。顔が水面に浸かっていたからです」
「なるほど……そう言うことでしたか。実に合理的だ」
「――んな事言ってて、本当はお前が犯人だからじゃないのか!?」
ヤンキー刑事(←命名、俺)が疑いの目を向けてきた。当然っちゃ当然なんだがな。
「こら、失礼でしょう……スミマセン。彼はまだ新人なものでして――ちなみに、他に変わった点はありませんでしたか? 些細なことでいいですから」
「…………」
「扉が開かなかった、ってことですかね」
「鍵がかかってたんじゃないのか?」
ヤンキー刑事から小太り刑事と同じ雰囲気がしてるな。
「にしてはノブはしっかり回りました。それに強くタックルしたら開きました」
「……分かりました。それと最後に、お二人のアリバイを聞きたいのです」
「…………」
「ええ、何時ごろでしょうか?」
「――午後5時頃、何をしていましたか?」
……は?
「それって……17時、ですよね?」
「ええ」
「その時間は……」
アリバイを聞くってことは死亡推定時刻が判明しているということで。
一応解剖が終わってから正確な時刻はでるものらしいが。
少なくとも……その辺の時間ってことだよな?
「丁度彼女とチェックインして……ようこさんと話をしています」
俺の一言が捜査を混乱させてしまったのか、とりあえず解放された。
が、薫は終始無言で、まばたきするとき以外顔が動かなかった。
そのせいか、布団に入ってからも全然眠くならない。
「……ねぇ」
普段の彼女からは想像できないか細い声がもれた。
「……そっち…行っていい?」
「好きにしろ」
しばらくすると、布団の中に薫が入ってきた。
ぎゅっと俺に抱き付いてくる。
か弱くて、助けを求める子供のようだった。
「どうして…………?」
「……なにが?」
「どうして……ようこは、殺されてなくちゃ、ならなかったの……?」
「さあな」
「っ……何で…………っ!?」
「警察が、その内調べてくれるだろうよ」
「あんたたって……探偵ならっ」
「ボランティアじゃないんだ、ただ事件を解決するだけじゃ意味がない」
「やっぱ…あんたは」
「猫探し、浮気調査、推理、依頼さえありゃ何だってするのが探偵って仕事だ」
これだけ言って気付かなきゃ……どうしようか。
「だったら……依頼するわ! ようこの無念を…晴らしてっ」
「……受けたぜ、その仕事」
すすり泣く声が聞こえた気がするけど、聞こえなかったことにしよう。
――――次の朝
あんな事件があった翌日なのだ。朝食は質素なものだった。
昨晩は泣き疲れたのか、薫はビックリするほどよく食べていたよ。
腹ごしらえが済んだら、調査開始だ。
「――よし、いくつか質問するから正直に答えてくれ」
「わかったわ」
「まず一つ目、ようこさんはどんな人だった? 些細なことでもいい」
「そうね……とても、お節介で、世話好きで…裏表がないから、みんなに好かれていたわ…………」
「つまり、誰からも恨まれたりとかはない、と?」
「そうね……。少なくとも、学生時代はいなかったけど……ただね、ようこは中退したの。理由は教えてくれなかったけどね」
高校中退……俺と同じなのか。
が、これで少しだけ道が見えてきたな。
「もしかすると、その中退が今回の事件に繋がるかもしれない……かもな」
「偶然かわからないんだけど、丁度その時期にようこのお父さんが亡くなってるの」
「じゃ家を継ぐために……?」
「かもね」
チッ……振り出しか。
「じゃ、二つ目だ。今回の旅行の目的だ」
「それは……言っても怒らない?」
「むしろ言わない方が怒るぞ」
「……ようこからの依頼なの――――」
事の発端は数ヵ月前。薫がようこさんと電話をしていたときの事だそうだ。ひょんなことから俺の話題になったらしい。
恐らくは大捏造された俺の評判を聞いたようこさんがこう言ったのだという――解決してほしい事件がある、と。
それは5年前、彼女の父親が自殺したという事件なんだそうだ。いくつか不審な点があったのだが、状況証拠により捜査は自殺の結論で終了したらしい。それに納得してないから真相を解き明かしてほしい、って依頼だったんだと。
「――黙ってて悪かったけど…友達からお金取りたくないから、ね」
「オーケーオーケー、事情はよーくわかった。んじゃ、例の5年前の事件を掘り下げてみようか」
「ちょっ……なんでそっちが先なのよ!?」
「理由は二つ。俺がすっっっごく気になったのと――ようこさんが殺された原因と関わりうるからだ」
「え……?」
「考えてみろ。もし彼女の主張通り、他殺だったら?」
「真犯人は困る……?」
「なるべく穏便に、場合によっては最悪の手段を用いての口封じ。俺ならそうするがね」
「じゃようこは……」
「5年前の真犯人に殺されたかも、だ。案内してくれ」
案内されてやってきたのは、外れにある納屋。
木製の扉は取り外されて……いやむしろ壊れているが、それはなかった。
「ここで、首を吊っているところを発見されたそうよ」
扉は一枚のスライド式、鍵は左側にある。
俺は鍵の箇所を確認してみる。無傷のようだ。
「つかえ棒で内側から扉を押さえてあったらしくて…それが自殺とされた根拠なの」
「てことは、扉はピクリとも動かなかったと?」
「さすがにそこまではわからないけど……」
「扉に棒を立てかけてロックする方法もあるんだが……それだと確実性が無いよな……」
木製のドア、これはほぼ地面すれすれの――場合によっては地面に触れる配置にあったのかもしれない――そしてあと、
「――その日の天気は?」
「え? ……確か…………詳しく覚えてないけど、曇か雨、少なくとも晴れてはいなかったわ」
「もし、その日の天気が雨なら、これは――他殺だ」
密室が自殺の根拠なら、それを崩せばいいんだ。
このトリックには雨であることが重要だ。
犯行の手順は簡単だ。納屋に呼び出し、殺害し、自殺に偽装する。
後は後は内側につかえ棒を用意し、扉を閉めるだけで心理的な密室が完成する。
雨による浸水で、扉が膨張し開かなくなる。
扉が開けばつかえ棒に目が行き、それが原因だと錯覚する。
ようこさんの部屋の扉が開きにくかったのも同じ原因だろう。
「――シンプルだけど、わからないもんだろ?」
「じゃ、じゃぁ……雨だったとしたら…………?」
俺は頷いてみせた。
「――5年前の真犯人が、今回の犯人でもある」