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「トンネルを抜けると、そこは雪国であった」
「なに言ってんのよ。普通の田園地帯じゃない」
チッ……人が旅行感ある雰囲気を醸し出そうとしてやってんのに。
ノリの悪い奴だな。
「しかも今梅雨時だから雪は一ミリも積もってないわね」
「うるせーな……折角の初旅行だからテンション上げようと思ったのによ……」
そう、現在新幹線に乗車中。
初めて乗ったけど快適なもんだね。
あの守銭奴、薫さまが珍しく旅行しようというもんだから(因みに断ったら今月分の家賃は即刻払わなければならない)付き合ってあげたのさ。
「東京生活十数年、初めての出来事だった……」
「何言ってんのよ、修学旅行はどうしたのよ?」
「俺が行ったと思うのか?」
「そうだったわね……あんたボッチだったんだもんね」
わざわざ声に出して言うなよ。軽いトラウマなんだし。
「それで? いい加減、行先くらい教えてくれませんかね?」
「温泉よ。私の友達が女将をやってる旅館があって、そこに行くの」
「お前友達いたのか」
かおる のこうげき
むごんエルボー
いちげきひっさつ!
痛ぇ……。
純粋に居ないと思ってたんだよ!
「ついでに両親の墓参りにも行くの。ここしばらく行ってなかったから」
「ふぅん……帰省も兼ねてるって訳ね」
「ん、そーゆーこと」
「じゃ俺を連れてかなくてよくないか……?」
「駄目よ、あんたは絶対に来なくちゃならなかったの」
……なんだそれ、理由になってない。
ま、おごりで温泉は入れるからよしとするか。
こう見えて薫には家族がいない。
聞いたところによると、両親が駆け落ちしたらしく親戚は無し、その両親も何年か前に失ってるんだとか。
で、そんな人間がなぜアパート経営の優雅な暮らしをすることができるかって言うと、単純に親の遺産である。父方の実家が資産家らしく(その辺が駆け落ちに関わってるらしい)家を出る際に財産の一部をくすねて(結構な額だったらしいがそれでもはした金レベルだとか、ケッ!)いたとか。
都内の良い場所にアパートを建ててもなお有り余るというその財産は、彼女自身のドケチこ――じゃない、倹約の精神によって未だに減りを見せないとか。一割くらい俺にも分けて欲しいくらいだ。
そして某県の某所に到着後、えっちらおっちらと長い道を歩き(バスが通らない場所らしい)お墓のある場所に到着。
慢性的な運動不足からくる疲労でくたくたな俺をこき使いお墓の掃除をさせる薫。
因みに彼女は何もしていない。
そうか……俺を連れてきたのはこれが理由か…………っ!
「はい、お疲れさま」
俺がベンチで果てていると、両親への報告を終えた薫がお茶を差し入れてくれる。
「もう十分か?」
「うん、しっかりと挨拶してきたわ」
「こっから旅館行くんだろ?」
「そうよ、直線距離で三キロの所にあるわ」
つまり、実際に行くとなると三キロ以上はかかる!
「……タクシー使わない?」
「あら、払ってくれるの?」
「…………歩くか」
荷物少なくしといて正解だったな。
なんなら湿布とか持ってくりゃよかったぜ。
――――5時頃
本当に歩かされた……。
と、言うのは嘘で、ちゃんと公共の交通機関を使った。ありがたい。
そして古風な旅館に到着、さっそく客室に案内してもらう……はずだったのだが、どういうわけかそこでごたついてしまい時間がかかった。
どうしてそんなことが起こったかというと、どうやら今回の宿泊は薫の友達の女将さん(名前はようこ、らしい)が独断で仕組んだものらしく、中居さんの方まで伝わっていなかったとか。
そして俺の愚脳がフル活動して、薫の目論見が読めてきた。
無料で泊まる気だろ……俺に困りごとでも解決させて。
見たところ二人は下の名前で呼び合うほど仲がいい。
今回は女将さんの独断で予約されたもの。
加えて俺が来なくちゃならなかった。
故に、こう結論付けられる。
ハ メ ら れ た !
ま、いいや。報酬が温泉旅行だった依頼主だって思えば。父さんもそういうことがあったって言ってたし。
そんなことより、質問したいことがあるんだ。
「――――えっと、女将さん。一つ聞いてもいいか?」
「どうされましたか?」
一応仕事中なので彼女は薫との思い出話を中断して答えてくれる。
「枕は二つあるのに布団が一組しかないのはどうしてでしょう……?」
「え? あ、ほんとだ。何でなのようこ?」
「いやねぇ二人とも……わかってるくせに」
「?」
薫はわかって無いようだが、俺はなんとな~く察してるんだよな……。
その意図を俺が軽く言ってみる。はずれであることを祈りつつ。
「ええ、その通りよ」
ですよね~。
「ちょ冗談でしょ!? ツイストドーナツの500倍性格がねじれてる極貧探偵と私が⁉」
「何言ってんの! グリズリーの500倍凶暴で男っ気のなかった薫ちゃんと付き合ってくれる人なんでしょ⁉ この機会を逃したら無残な孤独死コースじゃないの!」
「いや……だから恋人なんかじゃ…………」
恥じらって俯く薫を無視し、女将さんは俺の手を取る。
「どうか、親友をお願いします。普段は暴力的だけど根は女の子っぽい優しい子なの」
「えっと……」
「大丈夫、思い切って押し倒しちゃえば――――」
「私の事はいいから仕事しなよ!!」
顔が真っ赤に染まってしまった薫の声が響いた。
うん、これはキレてもいいよな。しつこすぎるし。
「はいはい、わかってるわよ」
「この話はあとでじっくりさせてもらうから!」
「ふふっ! 楽しみにしてるわね」
女将さんは、なぜか俺の方に目配せをしてから、部屋を後にする。
「……さーて、温泉入るか」
何気ない俺の一言に薫が過剰反応した。
「なんだよ急に」
「あんた……まさか」
「どっかの誰かさんのせいだよ」
「いや、そその……私だって、覚悟できてないし」
「……何の話だよ? 俺はただ疲れをいやしに行くだけだぞ?」
彼女の顔がさらに(すでに赤かったが)赤くなった。
「先に言ってよ……」
「反応する方が悪い、そうだろ?」
俺はお風呂セットをカバンから引きずり出し、温泉へ向かった。
○○○
「ああもう!」
薫は悶々としていた。ようこに言われたことが原因だった。
『――男っ気のなかった薫ちゃんと付き合ってくれる人なんでしょ⁉』
なお都合の悪い部分は脳内から削除されている。
「そりゃ……あいつを異性として意識していないと言えば嘘になるけどさ…………」
ああ見えても、彼は恩人でもある。
数年前、明智探偵事務所という名の胡散臭いテナントがやってきた際はいつか追い出してやろうと思っていた。
毎日毎日嫌がらせをしてきた自分を、彼は助けてくれた。
とある事件の容疑者にされてしまったとき、その濡れ衣を取っ払ってくれたのだ。
『――以上、なにか反論はあるか?』
鮮やかに推理を披露し、それを誇りもしない。
淡々と、筋道を立てて、説明するようにわかりやすく。
テレビに出るようなもったいぶって尺を取るうざい名探偵(笑)とはまるで違った。
ヒーローのようだった。
惚れてしまいそうになるくらいカッコいい。
「でもなぁ……」
難点を挙げるとするなら性格。
世界で一番ひねくれているといっても過言ではないくらいの最悪なレベルだ。
何度も何度も幻滅させられてきた。
「う~……」
薫が悶えていると、扉をノックする音がした。