この眼の意味は
「ねぇ…炯人…」
「何、姉さん?」
「…サチは幸せだったかな…?」
溢れんばかりの花、その前に立てかけられた妹、サチの写真の前で姉は、唐突にそんな事を聞いた。
きっとそうだよ…と、姉には言ってあげたかったが、妹の前でそんな事は言えない。
〜昨日〜
妹は、苦しむ俺を心配して道路に駆け出した。決して左右確認を怠った訳ではない妹が撥ねられる事になった理由は、妹を撥ねた車が明らかに制限速度をオーバーしていたからだろう。
「サチッ!!」
悲鳴に近い姉の声が上がる。
そしてあろう事か、全く減速するそぶりを見せないどころか、そのまま走り去った
。
「サチッ…!ふざけんなっ!!止まれっ!!」
黒い車の中には、二人の男が乗っているのが辛うじて見えた。
脳がカッと焼けたようになった。怒りに任せて追おうとした直後、何故かパトカーが来た。もちろん俺たちが呼んだわけでは無い。
後でわかったがこのパトカーは、妹を撥ねた車を追っていたらしい。
警察官は妹の姿を見つけ緊急事態を察知したのか、車を止めた。
まともに撥ねられた訳ではなかったが、何しろ車のスピードが速かったので、かなりの重症だった。
助かると断言できない、そんな状態だった。
警察官が救急車を要請し、焦る気持ちを抑えて祈った。
妹が助からないかもしれない不安と、妹を撥ねた奴らへの怒りがせめぎ合っていた。
銀行強盗と言えば、相当の大事件だろうが、警察官はここに残り、応急処置に努めてくれた。
妹は助かるのかと姉は警察官に何度も聞いたが、答えられるわけはない。
やがて救急車が到着し、姉と二人で妹に付き添う。
病院に着けば助かる。そう信じて、妹の手を取った。
姉も同じ思いだったのだろう。唇を一文字に結んで妹を眺めていた。
そしてー
「兄…ちゃん…?お姉…ちゃん…?」
「「サチッ! ?」」
妹はほんの少しの間だったが、意識を取り戻した。
妹は俺を見て、姉を見て、また俺を見た。
「兄ちゃん…また…悲しい目してるね…。」
いつかの昔口にした言葉を妹は再び口にし、意識を失った。
病院に到着し、担架で運ばれていく妹を追いかける。
サチはもう戻ってこないかもしれない。
集中治療室の扉が閉まるとき、そう思った。
点灯した手術中の赤いランプを見つめ続けていた。姉は隣で、ずっと祈っていた。
どれくらいそうしていただろう。
ランプが消えると同時に姉は立ち上がった。
長い手術で疲弊したのか、息を切らした医師が一人出てきた。
医師が述べた言葉は、望んでいたものでは無かった。
姉は悲しみにくれ、その場で泣き崩れた。
仕事の都合で遠くまで行っていた両親は、ただただ悔しそうだった。
俺はこの右眼で、妹が死ぬ未来を視た。
俺の右眼には、人が死ぬ未来が見える。
この事件で俺はそう確信した。
なぜ俺の右眼にそんな力があるのかはしらない。
だが、この世のあらゆるものには意味があるはずだ。
何らかの使命を成し遂げるべく、この右眼は存在しているはずだ。
俺が、今やるべきこと…
銀行強盗、そんなふざけた犯罪の巻き添えになって妹は死んだ。まだ小学4年生の妹が。
まだまだ、未来に数え切れないほどの希望があっただろう。やりたい事があっただろう。
妹が幸せだったかどうか、死者にものは聞けないが、俺はそうは思えない。どう考えても、妹は残りの人生を生きてはいけない理由なんかなかった。
あいつらが奪った。
車に乗っていた二人の男の姿が脳裏に浮かぶ。
俺がいますべきこと、しなくちゃダメなこと。
俺が殺す。
俺は妹の遺影の前で誓った。