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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
逃亡の魔女編
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逃亡生活、始めてみます。

今回からは第2章。逃亡の魔女編になります。


土と機械油、そして少しだけ鉄の匂いが混じった空気が、村を満たしていた。空を見ると、そこには満天の星空と、明るくかけた半月がある。


元の世界でいうところの、中国上海の沿岸に、三人の少女がいた。誰もかれもが白一色の服に身を包まれており、あどけない顔がその子達が中学生くらいであるということを示す。


村の規模はごくごく小さく、いるのは精々百人弱だろう。しかし、ここの住民は日本とは違う。


ここにいる人間は、全員が全員女性なのである。村にとどまらず、国に男性の影はなく、ありとあらゆる機関が女性の手で回っている。ここはそんな国だった。


人間界では魔女特区と呼ばれるその国は、魔女とか呼ばれる存在で成り立っていた。人を喰らい魔法を強化するその種族と、糧となるだけの人間側の仲はすこぶる悪い。


一応は魔王軍と人間軍、それに魔女で対立の図式が出来上がっているこの世界だが、その中に置いても魔女だけは異彩を放っている。


まず上げられるのは、その領土の小ささ。それと、圧倒的な個体数の少なさだ。現在の魔女の総数は凡そ一億人。何十億といる魔王軍や人間と比べると、かなりの少数派なのだ。


魔女が領土として確保しているのは、中国全体と周辺諸国の一部のみ。世界を三等分するにしては、かなり小さいと言えるだろう。


そして、その魔女の国の中には無数の村がある。一億人が、だいたい一つ千人以下の村に別れ、各地で互いに不干渉を貫いているのが現状だ。


その村の中の一角で、事は起こっていた。


「……ソラ、まだ魔力はもちますの?」


うっそうと木々が生い茂る、腐海のような森の中。昨日からの雨でぬかるんだ道無き道を、少女たちは駆けている。


ソラと呼ばれた女の子は、その可愛らしい顔を汗で濡らしながら答えた。


「大丈夫。あと二時間はいける。それより、アヴリルは?」


弾む息に気を配ることもなく、少女たちは走り続けている。まるで何かに追われてでもいるように、その足取りには余裕がない。


懇願するように、アヴリルと呼ばれた子を見つめるソラ。その目には、僅かながらの希望と期待が込められていた。


「……こっちも問題なし。ただ、そろそろ疲れてきましたわ」


アヴリルが弱音を漏らす。このくらいの年頃の娘たちが、夜中に森を駆け抜けている状況だ。どんな人間が見ても、まともだとは思えないだろう。


三人ともに息が上がっており、真ん中の一人ーーまだ名前を呼ばれていない、フィーラと言う子はすでに肩で息をしていた。


夜だからといって、暑いものは暑い。服は比較的薄いが、汗を吸い取ってくれない分、体感温度は普通よりも高くなっているはずだ。


誰がどんなに疲れようとも、誰も足を止めようとしなかった。一体何をそんなに必死なのか。思わずそう訊ねたくなるくらいに、少女たちは必死だった。


うら若き乙女のさらさらヘアーに泥が跳ねる。気づいていても、脚は止まらない。


このまま行けば、あと数分で海岸に着く。そこまで行けば、こんな大逃避行も幕を閉じる予定だった。


森の先に灯りが見える。それは人工的な光ではなく、自然からくる月の反射光だった。幻想的な輝きに導かれ、三人は全力で森を駆け抜けた。


しかし、出来たのはそこまでだった。一歩樹海を出た瞬間、先に壁でもあるかのように三人の足が止まる。


「……なんで、ここにいるのよ」


目から全力の殺意を込めた線を送り、ソラが訊ねる。


ソラの眼前に立ちふさがっているのは、一人の若い女だ。こちらの年齢は20前半といったところだろう。緑と金とが散りばめられた民族衣装に身を包み、手にはパイプが握られていた。


誰の目から見ても美しいと思える女性が、月の光を背中に浴びて仁王立ちをとっている。


ソラの殺気がこもった視線を受け取るも、女に変化はない。怯むことも臆することもなく、ただ女は冷淡に笑っている。


何箔か置き、女がその金臭い匂いがする口を開く。真っ白な犬歯にかかる、赤くどろっとした液体に三人は息を呑んだ。


「……なんでって、貴女たちこそここで何してるのかしら?まだやる事は残っていてよ……?」


古代中国の妃を思わせるような口調で、女が返す。その声に込められた僅かな殺気に、フィーラとアヴリルが反応した。


ただ一人、ソラだけが一歩前へ出て、女の放つ尋常ではない気合いから二人を守っていた。


おそらく1秒でも気を抜けば、次の瞬間には腕の一本が飛んでいるだろう。そう思わせるくらいの、異常なまでの狂気を女は孕んでいる。


ジリジリと、三人と女との距離が縮まってゆく。


動きたいのに動けない。蛇に睨まれた蛙のように、誰一人として身動きすら取れないでいるのだ。


「…………今夜はご馳走よ。早く村に帰ってきなさい」


「……ふざけないで下さい。誰が帰るものですか」


強情とも取れる様な態度で、アヴリルが言葉を返す。その発言の中には、一ミリグラムの敬意すら込められていなかった。


「…………そう。ならいいわ。勝手に連れ戻すから」


その言葉を言った直後、女の体に歪な文様が浮かび上がる。


それは神経のように全身に張り巡らされており、呼吸をするたびに漆黒の粒子が溢れ出している。


魔法回路を開いた女。その顔には、さっきまではあった最後の優しさというのが感じられなかった。口元だけは笑顔であるが、目が完全に笑っていない。


女から放たれた、より一層強い殺気を感じ、三人が魔法回路を開く。


まだ齢十余では、本来ならば魔法回路は開いてはいけない。魔力が少なく、魔法回路も小さく細いこの年では、魔法を使うと尋常では無いほどの魔力を消費してしまうのだ。


しかしそれは、あくまで人間側での基準である。体の構造が、若干でも違っているため、幼い頃から魔法回路を開く訓練をするのが魔女流だ。


四人の魔女の体から放たれる漆黒の粒子が、周囲の空間を黒く染め上げてゆく。まだ互いに動きを見せないのは、相手に自分の動向を探られないためだろう。


魔女の子供達。単性生殖が可能な魔女たちは、基本的に子供を何より大切とする傾向にある。


子のために人間をさらってきて、その子供の魔法を強くする。最近の魔女界では、どれだけ自分の子供に人間の魔法回路を食べさせたか、なんて話題で盛り上がっているグループもあるらしい。


ソラたちは大人の魔女を睨みつける。そもそも根本から魔法回路の太さが違うし、総魔力量も向こうの方が確実に上をゆく。


それでも、ソラたちは引かなかった。ここでひいては、まず間違いなく殺されるだろうから。


「……悪いのは貴女たちなんだから」


女が指を鳴らす。森の木々がざわついたかと思うと、どこからともなく空気を割く音が耳に響いた。


ほとんど音もなく三人に迫ったのは、麻で作られたロープだ。太さにばらつきがあり、長さも適当だが、数だけは多い。


森の木々から放たれたそれらを、三人はなんとか全力をもって捌ききる。ある者は避け、またある者は掴んだりして。


「アヴリル!フィーラ!」


ソラの一声で、三人が一斉に集合する。そしてガッチリと互いの手をつないだかと思うと、その姿が夜の闇に紛れていった。


女が最後に見た三人の姿は、左端にソラ。右はアヴリルで真ん中にフィーラという組み方だ。


そして、女にはこの配置が何を意味するのかわかっていた。だから、苛立ちと己の不甲斐なさを責めるように呟く。


「……あのクソガキどもが」


ため息をつき、女はパイプに口をつける。夏の蒸し暑い空に向かって紫煙を吐き、それを幾度か繰り返す。


何度かそうやっているうちに、次第に女の心には異常な感情が芽生えてきた。


自分の仕事を邪魔された恨み。それと、自分に従わない子供達への被従属精神。それらの存在を自分の中に感じ取った時、女の目は一層濁る。


とても子供に向ける感情ではないものを抱きながら、女は海へと目をやる。そして何かを思い立ったかの様に、崖の上から真下の絶壁を覗き込んだ。


その視線の先にあったのは、一隻の小さな船だ。マストと帆だけが頼りなく貼られており、一目で素人の手作りだと理解できてしまう。


そしてその上には、必死にオールで海をかき分ける三人の少女の姿があった。なんてこと無い。子供達は初めから逃げる算段を整えていたのだ。


褒めるべきは、魔法を活用し姿も音もなくあそこまでたどり着いた事だろう。


「…………ふふ」


不敵な笑み浮かべ、再び魔法回路を展開する女。そしてそっと、崖の一面を指でなぞる。


すると、女がなぞった軌跡に、細く短いワイヤーの様なものが生み出される。そしてそれは、女が鳴らす指の音と同時に勢いをつけて射出された。


女の魔法は、指でなぞった軌跡を糸にするというもの。そしてその糸は、本人の意思で動かせるのだ。


海は広いが、自由に行動できるのはごく限られた範囲のみ。ましてや素人である彼女たちは、自由自在に操船する技術など持ち合わせていない。


だから、飛来するワイヤーを避けることなどできるはずもなかった。


無音で飛んできたそれは、少女たちが乗るボロ船のマストを真ん中くらいから切り落とした。そして当然、マストについていた帆も失う少女たち。


災難から逃れられたと思っていた顔が、一瞬にして絶望の一色に染まる。


しかし、何とかオールを駆使し、女の視界から逃れようとしている。


すぐさま第二発を打ち、今度こそは船を大破させようと思ったのか、女が腰を下ろして地面に触れる。しかし、そこまでして彼女の動きはぴたりと止まった。


「…………逃げ足だけは一丁前ね……」


女と三人の船との距離は凡そ二百メートル。実に、それが女の魔法の射程の少し先であったのだ。


まあいいか、と女は言う。そして、海の先にある日本を見据えて、もう一度だけ紫煙を吐き出した。


なんか、雰囲気が違う。って思った方もいるでしょう。


ご安心を。ちゃんと上書きしますから。

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