異世界試験、合格です。
高校の入学試験。あれ?結構シーズンと被ってる?
つい昨日終わったばかりのはずなのに、たった一日で結果がでる。試験を受けたのが瞑鬼だけだったのが幸いだろう。二人いれば、それだけで瞑鬼は不利になるのだから。
当たり前だが、外側からは何もわからない。瞑鬼としては一刻も早く結果を見たいが、残念ながら体は正直だ。本音では受かった気がしていなかった。
「……じゃあ、開けますね」
震える手で封筒を握る。無駄に重たい感触が、腕を通じて伝わってきた。
ここで不合格なんて事になれば、しばらくの間瞑鬼はいい笑い者になるだろう。毎日夜一が帰り際に家によっては、制服を見せびらかしてくるかもしれない。
そうでなくとも、瞑鬼は陽一郎の推薦で試験を受けることができたのだ。万が一失格なんて事になれば、推薦者である陽一郎の顔に泥をぶっかけた事になってしまう。
散々世話になっておきながら、それだけは瞑鬼のプライドが許さないだろう。下手したら休みなしで働くレベルである。
しかし、考えようによっては瞑鬼は有利とも言える。真性の孤児ならば、そもそも読み書きすら出来ないだろう。それが出来るだけでも、大きなアドバンテージと言えるのだ。
「落ちてたら笑えるんだけどな……」
「……勘弁して下さいよ」
いざ取り出そうかという時に、陽一郎が余計な一言を言う。その言葉に瞑鬼の手が止まる。
しかし、いつまでも悩んでいるわけにはいかないだろう。意を決して、瞑鬼は中の書類を掴み取る。
がさがさっ、とした音と共に、一枚の紙が取り出される。ごくごく普通の安っぽいB4の紙だ。
誰にも見れない様に、それを極限まで顔に近づける瞑鬼。最後には知られるとしても、せめて一瞬でも時間を伸ばしたかったのだろう。
しかし、そこに書かれていた内容に、瞑鬼のそんな浅はかな考えは吹き飛ばされた。
「…………受かってる」
ぽつりと一言。だが、その言葉は全員の耳に届き、しっかりと伝わった。
「……受かってます。合格です。ほら」
半ば信じられないと言った顔をして、瞑鬼は書類をみんなに見せつける。
そしてそこに書いてあったことを、黙読する三人。直後、陽一郎が珍しく笑顔になる。いつもの人を小馬鹿にした様な顔ではなく、本当に嬉しい時にする、そんな顔に。
瑞晴を見る。こちらも笑顔で、やったねなんて言ってくれた。もう瞑鬼としては大満足だ。
初めはいいことなんて無いと思っていた異世界生活だったが、それはここに来るまでの布石だったのかもしれない。
瞑鬼のこれまでは、これからのためへの捨て石だったのだ。瞑鬼はそう確信していた。
「……よく一週間でここまで取れたね……」
「……我ながらめっちゃ驚いてるよ」
合格通知の中には、合格の文字の他にも点数が記されていた。そして瞑鬼の点数は300点満点中230点。実に、一教科80点弱も取っていたのだ。
これまでの瞑鬼の成績を鑑みると、これは奇跡と言って差し支えないだろう。そのくらい、瞑鬼がこんな点を取るのは珍しいのだ。
そして、瞑鬼のことを孤児だと思っている瑞晴ではなおさらこの凄さが増してしまう。ゼロから始めてこれならば、正真正銘の天才だろう。
「魔法試験すごっ。これ学年でもトップの方だと思うよ」
筆記試験の成績もかなり良いが、それよりも瑞晴が驚いたのは魔法試験の結果だ。瞑鬼の成績は、総魔力量が規定よりもかなり多かった。その数、実に常人の2倍半である。
そして、瞑鬼には三つの魔法もある。そう考えれば、瞑鬼が試験に受かったのは当然だったと言えるのだ。
こんな条件のいい編入生は、そこいらを探しても出て来るものじゃない。学校側としては、是非とも保持しておきたい戦力の一つだろう。
もう一度瑞晴が祝福の意を挙げ、陽一郎もそれに続く。そっぽを向いていた朋花でさえ、結果を見たら瞑鬼を褒めてくれた。
試験の結果云々よりも、瞑鬼にはこちらの方がはるかに嬉しい事だった。誰かに祝ってもらうのは、これまでの人生では初めてかもしれない。
一応お祝い用に用意されていたフルーツの盛り合わせを、陽一郎が台所から持って来る。普段なら飽きて食べれない無数の果物たちだが、なぜだか今日は最高に最高な味がした。
瞑鬼の舌が震える。瞑鬼だって、幸せと果物を噛みしめているのだ。
「……まぁ、なんだかんだあったが、とにかくこれからだからな」
歓喜に胸を埋めていた瞑鬼に、陽一郎から小言が舞い降りる。
いつもは、やれ勉強の作法だの、美味しい果物鍋の作り方など、聞いてもいないことを教えて来る陽一郎だが、今日ばかりは瞑鬼も我慢しようと思う。こんな日は、誰だって無条件でいい気分に浸っていたいのだ。
瞑鬼は力強く頷く。もうただの子供ではない。一人の人間として、自分で考える時期が来た。それで出した結論だ。恐らく、今後瞑鬼が登校を拒否することはないだろう。
三人でフルーツを突ついていると、以外にも早く底は尽きてしまう。気がついた時には、もう9割が胃袋に収まっていた。
小さく切り分けられたリンゴをかじる。もう口が飽きて来ていたが、それでも美味いものはうまい。
こんなことを重ねることで、瞑鬼の心は満たされてゆく。
「……あ、まだなんか書類あります。……何だこれ」
みんなが食後のお茶を飲んでいる中で、瞑鬼が一人封筒を漁る。そこには、きちんとした一枚の紙片が丁寧に入れられていた。
無駄に装飾が施されたそれは、一目で大事な書類だとわかる。そしてそれは、恐らく合格通知よりも厳重な管理を要求されるのだろう。
特別魔法支援金と書かれた紙を机上に広げ、瞑鬼は頭を悩ませる。添付されていた書類を読むに、どうやらこれは奨学金のようなものらしい。何でも、特別な魔法を持っている人や、多重魔法使いに送られるのだとか。
この世界の魔法は一人一つが基本だ。仮に運良く持っていたとしても、魔法回路の構造上二つまでが限界とされていた。
それに対して、試験で使った瞑鬼の魔法は三つ。話が来るのも当たり前だ。
次が第1章のラストです。ほのぼのな日常にご期待を。




