異世界試験、正面突破です。
そろそろこの章も終わりですね。予定だとあと2話ほどです。
自分から話を振っておいて、断るわけにはいかないだろう。明日の仕事のことを考えると、少しばかり瞑鬼の顔は曇ってしまう。
しかし、魔法学の先生がつくのは願っても無いことだ。勝手がわからないまま教科書を読み進めていても、取れる点はせいぜい二桁前半。とてもじゃないが合格点は取れないだろう。
あぁ、と返事をし、部屋の中へ。慣れたはずの、果物と女の子の匂いが入り混じった香り。
だがやはり、瞑鬼にはこれに耐性をつけるなんて不可能だった。一歩入っただけでクラクラして来てしまう。
「……どこらへん?二年最初の方なら……、多分大丈夫」
幸いなことに、瞑鬼は数学が得意であった。それと言うのも、時間が無駄にあったおかげである。
「えっと……、ベクトルとか指数対数あたりかな」
「……どれ?」
「……これ」
クーラーの止まった部屋で、二人して顔をあわせて考える。うんうんと唸る様は、完全なる学生のそれだった。
教科書をチラ見しながら教える瞑鬼。それに準ずる様に、瑞晴がシャープペンを走らせる。似合いもしない教師の格好に、瞑鬼は自分で自分を笑いそうだった。
集中して勉強すると、思ったよりも時間は早くすぎるらしい。気づくと、もう時計の針は3時半を回っていた。
流石に瑞晴も眠気の限界の様だ。十分前から、こくこくと頭を揺らす回数が増えている。
あまりにも無防備すぎる瑞晴。そんな姿を見せられては、瞑鬼に睡眠欲なんて湧き上がってくるはずもない。最悪なことに、別の何かが起き上がって来てしまいそうだ。
しかし、そこは瞑鬼もなりきり教師。舟を漕ぐ生徒の肩を揺らし、一応は起こしにかかる。
「……大丈夫か?」
「……うん。あと……二つくらいなら食べれる……」
「……太るぞ?」
ため息をつき、耳元でそっと一言。思春期の女子が一番言われたくないであろう言葉を投げかける。
実際その言葉は凄まじい効力を持っている様で、さっきまで夢うつつだった瑞晴が一瞬で帰ってくる。
「……結構やったし、もう寝るか?」
「…………そうだね。……限界」
「……んじゃ。ちゃんと布団入ってから寝ろよ」
今にも机で爆睡ししまいそうな瑞晴を尻目に、瞑鬼は部屋を出て行こうとする。
瑞晴からの返事は、うーん。だけ。瞑鬼の経験上、眠い目を擦っている人間には何を言っても効果はない。7割五分ほど向こうの世界に行っている瑞晴ではなおさらだ。
もう一度だけ確認。ふらふらとした足取りだが、瑞晴は確かに布団に向かっていた。この分なら心配ないだろう。
瞑鬼も部屋に戻り、疲れた体でベッドにダイブ。低反発の枕に顔面からつっこんでゆく。
そのすぐ下では、関羽が天使の様な寝顔で床についていた。瞑鬼のベッドダイブの振動で起こされたことがさぞご不満の様で、うにゃあと瞑鬼に飛びかかる。
しかし、瞑鬼もそれを待っていたかの様に関羽の体をつかんだ。
「…………やっばい」
不思議そうな顔の関羽。主人がいきなり顔を赤くし、元気のなさそうな声を出せば、そうもなるだろう。
関羽の瞳に映る瞑鬼は、耳まで真っ赤に赤く染めている。関羽にはその意味がわからない。けれど、瞑鬼に何らかの心情変化があったのは本能でわかる。
それから約一時間。瞑鬼は寝るに寝れない、悶々とした気分で目を瞑っていた。
夏の夜が更けてゆく。朝日が昇り、鳥が鳴く。
間近まで迫った夏休みよりも、瞑鬼の頭は一足先を行っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…………開けろよ」
「…………わかってます」
「……緊張するね……」
夏休み間近の七月14日、桜家の食卓には重苦しい雰囲気が漂っていた。現在、居間には朋花を含めた全員が鎮座しており、その視線は一点に注がれている。
四角く角張った机の上。普段なら料理と本しか置かれない机上に、一つの封筒が載っている。送り主は天道高校。瑞晴が通っている学校だ。
しかし、宛先は瑞晴ではない。住所こそ同じであるが、便箋に書いてある名前は神前瞑鬼。紛れも無い、瞑鬼宛の届け物である。
そしてその便箋のど真ん中には、大きく重要書類内封との文字がある。
ここにいる全員が分かっていた。ついに瞑鬼の合格通知が届いたのだと。
一週間前、ちょうど瑞晴たちの試験が終わってから、瞑鬼の勉強は本格的に始められた。笑顔で帰ってきた瑞晴とは対照的に、瞑鬼の顔は地獄そのものだった。
この世界の試験は、基本的には三教科だけで良い。学校側からランダムで出される一つの科目と、学年の始めに自分が選んだ二つの科目を受験するという方針だ。理由は簡単。余計な手間を省くためである。
そもそもが魔王なんて規格外なヤツがいる世界。勉強をしている暇はあまり無い。従って、全世界の学生は、一つのことを極める力を求められるのだ。
しかし、残念ながら入試、それも編入となると事は違ってくる。流石に公立高校でも、魔法一筋勉強手付かず、なんて人間を受け入れる枠はなし。
試験の内容は簡単で、かつ広くを求められるのが、この世界の編入試験だ。
そして、瞑鬼はそれに向けて夜一らに勉強をみてもらっていたのだ。
瞑鬼が受けたのは、国語、数学、世界史、英語、魔法学の5教科。国語と数学は何とかなったものの、魔法学はかなり大変だっただろう。
何せ、中学からの教科書を一気に詰め込むことが前提の勉強。義務教育で、最低限中学まで通っていたこの世界の連中と違って、瞑鬼は1秒たりとも魔法なんて勉強したことがなかった。
魔法回路の効率的な開き方や、簡易魔力測定の方法、更に魔力の回復方法など、資格試験の様な内容が教科書には書いてあった。更に魔法学の試験は実技も混同されている。
これは人によって違う。瞑鬼の場合は三つの魔法を用いての先生との模擬試合が催された。
もの見たさにギャラリーが集まってきたとき、瞑鬼はさぞ心中穏やかでなかった事だろう。
そりゃこんなに勉強に付き合ってくれる人が居たら受かりますわ。




