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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
異世界制覇、始めました
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異世界勉強、開幕です。

世間はホワイトデー。いやぁ、出費が嵩んで仕方ないですよ。

睡眠を欲する体に鞭を打ち続けていた瞑鬼だが、ついに限界が訪れた。次に居眠りしたら、起きるのは朝になってしまうだろう。


明日もトレーニングはするし、仕事だってある。


これ以上勉強できないことを悟った瞑鬼。しかしそのまま教科書を持って寝るわけにもいかないので、眠い眠いと思いながらも瑞晴の部屋に返しに行くことにした。


ドアの前に立ち、ノックを数回。もう寝ている可能性が高いので、なるべくならば起こしたくはない。寝不足はテストに深刻な影響をもたらすだろうから。


しかし、意外なことに扉はすぐに開かれた。もう一時をゆうにまわっているというのに、まだ起きて勉強する気力があるらしい。


「……なに?神前くん……。朋花ちゃんの部屋はここじゃないよ……」


「……眠いなら寝ろよ?」


前言撤回だ。瑞晴は半分眠った状態で瞑鬼の前に現れた。本気で机に向かうときにはいつもしていた、髪を縛って擬似ポニーテールを作っていたのも、今では解かれている。


しかし、一応勉強はしていた模様。開いた扉の隙間から見えた机の上は、プリントやらワーク類やらで埋め尽くされていた。瞑鬼としては懐かしい感覚である。


「教科書返しに来たんだよ。明日いるだろ?」


今にもこの場で倒れそうな瑞晴。そんな姿を眺めているわけにもいかないので、瞑鬼は簡潔に用件を話す。


「……あぁ、そう……。わざわざありがと」


「……いや、こっちこそ悪いな。明日テストなのに」


「いやいや。大丈夫だって。どうせ変わんないし……、あっても多分やんないし」


怠惰な学生のお手本のようなことを言い出した瑞晴。確かに瞑鬼も、教科書があったからといって勉強するとは限らないし、むしろ視界に入るとなんとなくやりたくなくなってしまう。


だがテストという以上は、一応持っていったほうがいいだろう。そもそも一日で高校のテストを終わらせようというのが既に意味不明だが、それがルールならば瞑鬼は従うしかないのだから。


あんな事があったと言うのに、もうすっかり瑞晴はいつも通りに戻っていた。この一ヶ月間瞑鬼が見ていた、いつもの瑞晴に。


「……凄いな、瑞晴は」


「…………そう?」


「あぁ……。あんな事があったのに、すぐいつも通りに戻れてさ。俺なんかもういっぱいいっぱいで……」


後から思い出しても、瞑鬼は自分なりに情けないことを言ってしまったと思うだろう。


魔法の世界の住人とは違って、瞑鬼はあんな騒動に巻き込まれるのは初めてだ。自分で起こした、義鬼や明美との戦いとはわけが違う。


下を向き、一人項垂れる瞑鬼。その中では、瑞晴への謝罪と罪悪感が渦巻いている。


「この町ね、海に近いから多いんだよ。なんか、漂流とかで流れ着いた魔王軍とか魔女とかが」


あの魔王軍の人間については、まだ何もわかっていないと言うのが現状だ。さっきテレビを見ていた限りでは、一応警報は外されていたが、警察のホームページには捕獲したなんて情報は無かった。


瞑鬼たちが殺したのだから、当たり前と言えば当たり前だが、それでもなにか納得がいかないのもまた事実。


なんの目的かも、何でこの町にいたのかも未説明だと、倒した側としては気持ちが悪いのだ。もっとお気楽な性格に生まれていたら、なんて瞑鬼は考えてしまう。


「……なるほどな。でもまぁ、瑞晴が元気なら良かったよ」


それは、何気ない一言だった。全く何も意識せずに、ただすんなりと口から出てきた言葉だ。


けれど、瑞晴耳に届いたそれは、少し違った意味持つ。瑞晴が元気なら良かった。つまり瞑鬼は、自分が死んだことよりも、瑞晴の元気があるかないかを気にしていたのだ。


その事実が頭の中に浮かび上がった瞬間、思わず瑞晴の顔は赤く染まる。


「……そ、それはどうも」


「……おう」


もうなにも話すことがないのに、二人は部屋の前に立っている。瑞晴の部屋から流れ出てくる冷気は、まるで今の瑞晴の心情を表しているようだった。


ここでおやすみと言えば、瞑鬼の今日は完結する。自室に戻り、関羽と一緒にベッドダイブをかますことになるだろう。


けれど、瞑鬼はここを動けなかった。足が石のように動かない。緊張感からとかではなく、もっと別の、何か……。例えることのできない感情が、瞑鬼の中にある。


「……明日、がんばれよ」


「…………わかってるよ」


そしてそれは瑞晴も同じ様で、だからお互い何も話せなくて。


さっきまでの眠気は、もうすっかり消えていた。


外では木兎が囀っている。静かな街の夜は、誰とも知れず更けてゆく。


こんな状況になったのはいつぶりだっただろうか。瞑鬼がこの家に来て初めて瑞晴の部屋に入った時は、きっともっとスムーズに事が運んでいた。


しかし、時が経てば人は変わる。感情も心情も、相手に対する思いだって、三日合わざれば刮目せよ、だ。


勉強しなければならない。眠らなければならない。仕事をして、店に貢献して。瞑鬼のやることはたくさんある。


瞑鬼はまだ、自分が何のためにこの世界に来たのかわからない。誰に呼ばれて、誰のために、何をするのか。その答えは、探しているはずなのになかなか現れてくれないのだ。


しかし、瞑鬼は今それが目の前にある気がしてならかった。ここでこうやって、普通に青い春に乗る事を、世界が許してくれたのではないか。そんな思いがあった。


「瑞晴は……、苦手教科とかある?」


「……数学かな。あとは英語も、うん」


言うならここしかない。あとは世界に身を任せ、瞑鬼はこの風に乗るだけでいいはずだ。


こんな口説き方をするなんて事は、かつての瞑鬼なら考えられなかっただろう。それ以前に、元の瞑鬼なら女の子と関わろうと言う気すら無かった。


こんなに自分から話したいと思ったのは、恐らく今日が初めてだ。


「……テスト終わったら、魔法学教えてくれないか?……その、数学教えるのと交換で」


世間一般の高校生の観点ならば、こんな事は日常茶飯事であるかもしれない。自分より成績のいい異性がいるやつなら、誰もが一度は体験しうるだろう。


だが、普通なら簡単なことも、瞑鬼にとっては一大試験だった。


「……いいけど、今教えて」


「……え?」


「だから……まぁ、明日テストだし、教えてくれるんなら今でいい?」


瞑鬼は時計を見る。もう一時を回っている。明日がテストだと言うのだから、なおさら早く寝たほうがいいだろう。


しかし、瞑鬼の目の前で教科書を見る瑞晴にはそんな概念はない様だ。一夜漬けができない瞑鬼とは違って、こちらはやる気に満ちている。


エデンに昇がれ。

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