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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
異世界制覇、始めました
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異世界魔法、実験です。

そもそも同級生の女の子の家に泊まれること自体異常である。


うっすらと瞼を開け、陽一郎が漏らす。その言葉には、心からの感服が込められていた。陽一郎からの、瞑鬼への一足早いお祝いである。


結論からして、瞑鬼に新しい魔法はあった。だが魔法自体は大したものじゃない。陽一郎が感じた感覚だと、至ってシンプルで凡性極まりないような魔法だ。


しかし、今ここで重要なのは質じゃない。魔法に関してだけ言えば、質があるよりも量の方が羨ましいのである。


これ以上いると、何としてでも謎を知りたくなると思う陽一郎。まさか身体を切開して魔法回路を調べるわけにもいかない。


大人しく、授業中に眠る高校生のような姿勢をとり、身体を返す。その瞬間瞑鬼の身体がびくっと反応した。例え意識がなくとも、反射は作用するらしい。


陽一郎が魔法を解いて暫くすると、今度は本物の体に入った陽一郎が目覚める。寝ぼける朝の駄目人間のように、必死に目を掻いている。


「……ん……、んぁぁ……」


軽くお茶をすすっていると、ようやく瞑鬼が目を覚ます。こちらは寝起きがいいようで、もうぱっちりと目が開いている。


あたりを確認し、今がどういう状況なのかを判断する瞑鬼。その様子は、さながら生まれたての子鹿のようである。


何度もやっているのに、未だにこの瞬間だけ、瞑鬼は慣れていなかった。


「……あ、どうでした?陽一郎さん」


瞑鬼の目が陽一郎の姿を捉えると同時に、口が動いていた。どうやら瞑鬼はよほど答えを楽しみにしていたらしい。


いい大人として、誤魔化すという選択肢を断たれてしまう陽一郎。


返事を乞う瞑鬼の目には、僅かながらだが光が宿っていた。濁った川の底に沈殿し、鈍く長く光を放っている金のように見えてしまう。


「……そうだな。まぁ、あったぞ、おう。魔法回路開いて、汗を掻くのが条件だ」


「……汗ですか。まぁ、夏にはぴったりじゃないですか?……俺はインドア派ですけど」


「いいのか?汗の匂いを変えれる魔法だぞ?お前らみたいな年頃は、やたらと匂い気にするだろ」


陽一郎が見つけた瞑鬼の魔法は、汗を掻くとその汗の匂いを色んな匂いに変える魔法だった。それは当然、水分が体から出てけばでてくほど匂いも強くなってゆく。


確かに、このお年頃の男子ならば誰しも一度は憧れた能力である。しかし、あまりにもしょぼかった。


瞑鬼の予想だと、ここで隠された力的なのが判明する予定だったのだ。しかし、世界は瞑鬼に甘くない。例え死んでも生き返る魔法を持っていたとしても、死ぬたびに魔法と魔力が増えるとしても、そこだけは頑として変わらない。


早速瞑鬼は、新しく手に入れた魔法の試運転に入る。寝不足でギシギシ鳴る身体を引き起こし、ゆっくりと起き上がり深呼吸。足の裏から伝わる畳の感触が妙に気持ちよかった。


魔法回路を開き、ちょっとだけ屈伸を。最低限の汗を流すためである。


別にそんなことをしなくても、人間は常に代謝しているのだから汗はかいているはずだ。しかし、瞑鬼はやるならば本格的でないと気が済まない性質タチなのだ。


「今まで嗅いだことある匂いなら、何でも再現できるぞ」


「……すごいっすね」


口先ではすごいと言ったものの、本当のところは「この役立たずの魔法め」というのが瞑鬼の意見だった。


昨日食べたリンゴの匂いを思い出す。すると、瞑鬼の体からほんのりと果実の香りが漂い出す。実験は成功のようだ。


「……どうだ?できてるか?」


「……はい。多分」


瞑鬼が集中していると、それを崩すように陽一郎からの質問が飛んでくる。嗅覚が敏感な高校生とは違い、オジさんは鼻が弱いのだ。それに、毎日嗅いでいる匂いだからわからないのも無理はない。


できてます、とだけ返し、本日の実験は終了となった。明日も二人の朝は早い。これ以上続けるのはあまり意味がないと、両人の意見が一致したのだ。


最後に一杯お茶を飲み、部屋からは人の姿が消えていった。陽一郎は一階の寝室へ。瞑鬼は自室へ帰るべく階段を登っている最中だ。


明日は生徒たちのテストだからか、瑞晴の部屋はまだ電気が付いていた。必死に一夜漬けを決行中らしい。


抱き抱えた関羽の感触。もさっとした毛並みは、多分一生飽きることはない。チェルも同様。


こんな普通の生活を送れる事は、瞑鬼にとっては本当にありがたい事だった。それたけで、降りかかる理不尽など我慢できるほどに。


瞑鬼の編入試験は一週間後。選択したのは文系一括の入試だ。点数により、自動的にクラスが決まる。


この世界では、魔王を討伐しようとして学校に行かず、魔法の修業に明け暮れる者も多いらしい。


そして決まってそいつらは、ろくに魔王軍とも戦いもせずに夢を諦める。そんな人たちの救済措置として、学校の編入試験の敷居は至って低いのだ。


だからと言って、瞑鬼とて勉強もせずに入学できるほどの成績はない。普通科の半分程度の頭では、この一週間そこそこ勉強しなければならないだろう。


部屋に入ると同時に関羽をリリース。放っておけば勝手に寝るので、いちいち構っている暇はない。


ベッドに腰掛け、そばに積んである教科書たちを手に取る。魔法学や歴史については完全に一からやり直す必要がありそうだが、数学や国語、英語ならば元の世界の教科書でも問題ないはずだ。


「……この感触、久しぶりだな……」


再生紙特有の手触りを感じながらページを繰る。植物油インクのツンとした匂いが鼻孔をくすぐった。


買い置きのノートを持って来ようとし、体を起こす瞑鬼。すると、丸机の上に置いてあった何冊かの教科書たちが目に止まった。表紙を見るに、魔法学と世界史の教科書らしい。


「……瑞晴の……だよな?」


まるで、「勉強しろ」と言わんばかりに置いてあった本たち。それの裏表紙を見ると、綺麗な字で桜瑞晴と書かれていた。


理由はわかる。少し前に瞑鬼が瑞晴の部屋を訪れた時、この二つの教科に興味を持っていたからだ。明日には試験があるというのに、一番重要そうな教科書を貸してくれるあたり、瑞晴の優しさがうかがえる。


何も言わずに教科書だけ置いていってくれた瑞晴の気遣いに心打たれながら、瞑鬼はノートに単語を書いてゆく。


一枚、また一枚と捲られて行き、その度に瞑鬼の頭には新しい単語がインプットされていった。


一時を回った頃には、瞑鬼は既に半分くらい微睡みの中にいた。書いては寝て、ノートの上に出来上がったミミズを見ることになる。実に学生らしい夜の過ごし方である。


瞑鬼くん第三の魔法。それは、匂いを変えるものだった?

全然使えない、さながら木の棒を集めて戦う勇者様。

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