異世界人間?交戦です。
攻略要素があるといいですよね。
見ると、そこには夜一が立っていた。頭からは血が出ている。さすがの夜一とは言え、魔法を発動させるのが一瞬遅れてしまったらしい。
少し離れたところで、《なにか》の呻き声が瞑鬼の鼓膜を刺激した。状況から察するに、夜一のお返しキックが炸裂した様だ。
大きく咳払いをし、瞑鬼はやっとの思いで立ち上がる。口の中は擦り切れていて、砂利と血の味が充満している。
呻く《なにか》と、それを見て構えを取る夜一。完全に瞑鬼たちはついていけてない。
魔獣を倒して明美と戦った。その事実だけが瞑鬼の戦績であったが、どうやら実戦では戦歴などは何の中にもたたないらしい。痛みに慣れた瞑鬼とて、やはり痛いものは痛いのだ。
「……鉄化か……。瞑鬼」
こちらは見ずに夜一が口を開く。
「……何秒かせげる?」
瞑鬼もまた、夜一の発言の意図を察していた。だからこそ、お互いに余計なことは言わず、最低限の事だけを口にする。
この状況下であの発言。考えられるのは、囮作戦である。
恐らく夜一は、時間を稼ぐから逃げるなり退けるなりの策を考えろと言いたかったのだろう。言われなくても瞑鬼は考えていた。
この怪我で夜一が作れる時間は、多くても一分が限界だろう。その間に瞑鬼たちは、何とかして全員が生き残るプランを考えなければならない。切れるカードは限られている状態で、かつ切り札は一度しか使えない。
目の前には、死が迫っていた。
「……一分だな。それ以上は俺が死ぬ」
「……了解」
「……んじゃ頼むからな」
そう言うと、夜一は魔法回路を全力でかっ開く。
残る全ての魔力を振り絞って、作戦ができるまでの時間を作ろうとしているのだ。
叫び声をあげ突進する《なにか》を、夜一の腕が受け止める。二人がぶつかり合うたびに、甲高い音が誰もいない道にこだまする。
二人の戦いを尻目に、瞑鬼は一人頭の世界に入っていた。確実に解決できる策。そんなのは一つしか思い浮かばない。
かなり運要素もある。それに、練りも不十分だ。失敗する可能性が大半だろう。
しかし、瞑鬼たちに迷っている時間はない。ここから警察が助けに来てくれるなんて望みは、ケチなお母さんが作るカルピスよりも薄い。悩んでいても時間は気にせず過ぎて行く。
対等に殴り合っていたはずの夜一が、若干押され気味になる。頭から血が出すぎているのか、足元がおぼつかないのだ。
瞑鬼の頭はかつてないほど回転している。ちょうど、走馬灯を見たときのような。
「瑞晴、千紗」
腰が抜けている二人に、瞑鬼が顔を見せずにいう。こんな時でも、ボコボコの自分の顔を見られるのは恥ずべきことだとの考えである。
「な、なに?」
「俺がなんか投げたら、全力で目をつぶってくれ」
了承を得ている時間的余裕はない。瞑鬼はそういい残すと、吹き飛ばされた包丁を拾い上げ叫ぶ。
「王はここにいるぞクソ野郎!」
その言葉に、暗闇で戦っていた《なにか》が反応した。それにつられて夜一も一瞬手が止まる。
「王よぉぉ!!」
咆哮が飛び、《なにか》の体も宙を舞う。鉄の色をしたその身体は、光を反射して輝いている。
間合いを詰められるコンマ数秒の間に、瞑鬼は目線で夜一に作戦を伝えていた。そんな魔法は持ち合わせていないが、なんとなく伝わるような気がしたのである。
夜一も何と無く瞑鬼がやろうとしていることを予測したのであろう。一瞬遅れて走り出し、瞑鬼との距離を詰めてかかる。
あと二メートルほどに《なにか》が迫る。完璧だ。今だ。
瞑鬼は包丁を振りかぶり、最大限の殺意を込めて投げつける。
ハンドボール投げ平均値の人間によって投げられた包丁は、通常の人間ならばおおよそ反応できないほどの速度で《なにか》の目の前にゆく。
しかし、《なにか》は圧倒的な反射をもって、飛来した包丁を華麗に避けて見せた。格闘技でもやっていたのかと思えるほどの反応速度である。
闇に消える包丁。瞑鬼の眼前には悍ましい顔をした《なにか》が迫っていた。
しかし、瞑鬼の目は死んでいない。しっかりと生きて、濁って淀んでいる。
にやり。音にしたらそんな音がなっただろう。瞑鬼の顔が一瞬歪む。
「…………っ!!」
魔法回路を開きった、神前瞑鬼渾身の猫騙しが炸裂する。乾いた空気が割れる音。それとともに、真昼の太陽を思わせる光が発生する。
《なにか》の魔法は、身体を鉄にするという硬化魔法だ。それも、この硬度は恐らく夜一以上。となると、当然だが瞑鬼の攻撃なんて通用しないだろう。
しかし、それは普通の攻撃の場合だ。瞑鬼の持つ魔法は、光を生み出すというもの。そして光ならば、どんな防御力を持っていても関係ない。
遮光板がないと直視できないほどの光を間近で浴び、《なにか》が声もなく叫ぶ。魔獣の時と同じ、それ以上の光が人間の目を直撃したのだ。一分は視力とはかけ離れた世界に行く事だろう。
しかし、まだ瞑鬼の作戦は終わっていない。ただ目を潰しただけでは、鳥肌を立たせるのがせいぜいだ。硬化魔法をなんとかしなければ、四人に勝ち目はない。
だから、瞑鬼は魔法回路を閉じない。拳を握り、相手を殴るのではなく自分の口元に近づける。
すうっ、という音がした。肺に空気が入る。
「あっ!」
これまでに出したことがないくらいの大声を、魔法に乗せて《なにか》にプレゼントする瞑鬼。
瞑鬼の二つ目の魔法は、相手の耳に直接音を届ける魔法だ。すなわちその時対象となる生物は、強制的にイヤホンを突っ込まれているのと同義な状態になっている。
いくら瞑鬼の地声が小さいとは言え、耳元で叫ばれれば鼓膜くらいは破れるはずだ。どれだけ堅かろうと、目と耳は防ぎようがない。
最高で最高な、そんなバトルを描きたい。




