異世界帰り、寄り道です。
名前の読み方
桜瑞晴
中島千紗
瞑鬼は文句を言えない。夜一は約束通り一度も手を出していないし、それに不意打ちをかました身で、卑怯だなどと宣えるはずがない。
従って瞑鬼にできる事は、一人黙って痛みをこらえる事だけだ。瑞晴も、あっちゃーという表情で瞑鬼を見ている。
きっと、これまで同じようなことをして同じような目にあった人間を見てきたのだろう。夜一は元の世界でもやたらと絡まれやすい性格だった。
「……まだやれるか?」
申し訳なさそうな顔で聞いて来る夜一。しかし身体はまだまだ物足りなさそうだ。
瞑鬼だって、この程度でめげるわけにはいかない。それに、痛みなら瞑鬼以上に慣れている人間はいないだろう。なにせ、死ぬほどの痛みを2度も味わったのは世界で瞑鬼だけなのだから。
伸ばされた手を取る。こんなに清々しい喧嘩をしたのは初めてだった。まだまだ時間はある。
今日だけは、瞑鬼は一介の学生に戻ることを許された。
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すっかり日は沈み、どんな魔力よりも黒い空が瞑鬼たちの頭上に広がっている。
もう夏前だというのに、外は夕日まで沈みかけていた。そのことから察するに、現在の時間は最低でも七時過ぎだろう。
もう学校に生徒は残っていない。電気は消え、校門は完全に閉められている。テスト前というと、もう少しバタバタとした雰囲気を想像していた瞑鬼だったが、どうやらこちらの世界は思ったよりも時間管理がきっちりしているらしい。
あれからずっと体育館で魔法の練習をしていたので、すっかり魔力は枯れてしまっている。常人の倍近くの魔力を誇る瞑鬼ですら、光る魔法の乱発により魔法回路を開くことすら困難な状況だ。
瑞晴曰く魔力は日を置けば次第に戻ってくるらしいので、最低でも一日は魔法回路を開くなとの事だった。元の世界でいう筋肉痛のようなものである。
現在四人は、疲れ切った身体を癒すためコンビニアイスで体力の回復を図っていた。この暑い夏にぴったりの、いかにもな高校生像である。
「いやー、神前もできるじゃん。夜一相手にあんだけ当てれるなんて、結構すごいよ」
「……そりゃどうも」
「まぁ……、魔法の相性が悪いのが難点だったな。瞑鬼は火力が足りんのだ」
「それは夜一がバカ硬いだけだと思うよ……?神前くんの魔力でも貫通できないし」
明日にはテストが控えているというのに、四人の意識は完全にだらけきっている。
そもそもこんな時間まで残って、ずっと試運転というのもおかしな話だが、他の生徒もやっていた以上この世界ではこれが普通なのだろう。テスト前は家に籠る派の瞑鬼では知りえなかった情報である。
今日一日で、瞑鬼はだいぶ実戦経験を積むことができた。現役の格闘技をやっている人間と拳を交えることで、色々と得るものもあったのだろう。
時折試合を思い返し、イメージトレーニングを繰り返している。
その隙を突いて、瞑鬼が持っていたガリガリとしたアイスを夜一の八重歯が噛み砕く。疲労とイメージトレーニングを重ねていた頭では、糖分を求めて迫り来る夜一の頭を抑えきれなかったのだ。
あぁ、という顔をする瞑鬼。しかし、次の瞬間。瞑鬼も負けじと夜一のもつホームランが打てそうなアイスにかぶりつく。そしてそのまま根元から引き抜き、見事ホームランを打たせてもらった。
「なっ!貴様……っ!サイズが違うではないか!」
「お前のそれ一本の値段と、俺のやつとを比べたら同等だと思うんだが?」
部活帰りの高校生のような会話を繰り広げる二人。そんなバカなことをする二人を、瑞晴と千紗が馬鹿を見る目で見ている。実際馬鹿なのだから、そんは目で見られても文句は言えない。
この時間のコンビニは人が少なく、店員さんも一人しかいないため多少騒いでも問題はない。それにこんな道のはずれにある道路では、騒いでも民家からの苦情も心配ないのだ。
3人は制服だが、瞑鬼一人だけは普通のTシャツを着ている。その不思議な疎外感が、瞑鬼を一人だけ浮かせている。
社会人の友達と再会した高校生のような光景が、田舎の小さなコンビニで繰り広げられていた。無駄にだだっ広い駐車場では、無料で蝉のオーケストラが聞けるという特典がある。
下らない話をし、しょーもない笑いが起こる。瞑鬼は幸せの只中にいた。桜家で味わえるような家族感も瞑鬼にとっては至高だが、又この普通の高校生のような生活も瞑鬼が欲していたものだ。
つい一ヶ月前までは考えられなかった光景に、瞑鬼の胸は熱くなる。ここに来てから、瞑鬼はやたらと心を打たれることが多いのだ。
「仕事は大丈夫なのか?」
あたりを引き換えに行った瑞晴を傍目に、夜一が訊ねる。
「ああ。学校入っても終わったらできるしな。昼とかは殆どお客さん来ないし、陽一郎さんからの許可も貰ってる」
「あの親父さんか……。一度瑞晴の家に遊びに行った時はヤバかったな……」
遠い日の記憶を呼び覚ますように、夜一が線の様な目をして空を見る。その脳裏には、きっとあの陽一郎の姿が映っているのだろう。
頭のおかしい人間には慣れていたはずの瞑鬼ですら衝撃を受けた人物だ。夜一だってかなり記憶に焼き付いてしまったことだろう。
夜一が言われたことを何となく察し、思わず瞑鬼は自分の親を思うような気持ちになってしまう。
「夜一が一人だけ呼び出された時は瑞晴と二人で笑ってたわ。とんでもない顔で帰って来たしねー」
「あぁ……、なるほどね」
「しかし瞑鬼よ。お前はどうやって取り入ったのだ?親同士が知り合いとかか?」
心底不思議そうな顔をした夜一。そう言えばまだ、瞑鬼は自分のことを二人にほとんど話していなかったのだ。名前と働いているということくらいしか言ってない。
普通なら何中?とかの会話になるであろう初対面の時は、魔法の事ばかりでそれどころではなかったのだ。
思考を巡らせた結果、瞑鬼はこの二人に自分の過去を話そうかという結論に至る。魔女特区出身という設定や、両親がいないということも話しておいた方がいいだろう。
それに、元の世界の人間と違いこの世界の二人は十分信用にたる人物だ。余計に広められることはないだろう。
「そうだな……。二人には話しとくか」
「なになに?秘密の話ってやつ?」
「まぁ……、そうだな」
そして瞑鬼はゆっくりと事の端末を話し始める。足りない語彙力を用いて、少ない脳のエネルギーをより一層消費させる。
なんてうらやまけしからん帰り道でしょう。
みなさんは、こんな夢の様な帰路を経験した事がありますか?




