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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
異世界制覇、始めました
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異世界養子、なってみます

その言葉を聞いて安心したのだろう。瞑鬼も顔を緩めると、その場でほっと息を漏らす。緊張していたのが丸わかりである。


「あ、そういえばまだ名前言ってませんでしたね」


波風瑞晴です。と、自分の名前を告げる。瞑鬼はもう既に名乗っていたので、名乗る必要がないと判断したのだろう。どうもとだけ会釈する。


「よろしくお願いします。瑞晴さん」


鼻の奥からツンと込み上げてくるものがある。気を抜いたら体から塩分が出ていってしまいそうだ。


まだ泣くときじゃない。ここで涙を流してしまったら、せっかくの異世界生活第一歩が泣き顔で飾られることになってしまう。それは瞑鬼にとっても危惧すべき事なのだろう。


なんとかぐっと涙腺を保ち、まっすぐな目で瑞晴を見つめる。


まだその目には濁りが残っているかもしれない。濾しても濾しても、拭いきれないほどの淀みはある。けれど、それとも折り合いをつける時期が瞑鬼にもやって来たのだ。


関羽を瑞晴の足から引き剥がし、二人並んで夕暮れ時の街を歩く。こうして誰かと一緒に帰ると言うのは、随分と経験していなかったのだろう。瞑鬼の目の堤防は決壊間近である。


「あ、そうだ、神前くんの魔法って、どんなの?」


隣を歩いていた瑞晴が、思い出したように瞑鬼に訊ねる。


しかし、聞かれたところで瞑鬼には答える回答自体が存在しないのだ。


この世界に存在する人は全員魔法を使えるらしいが、それはあくまでこの世界で生まれて生活して来た人限定だ。亡命者の如く不法入国をした瞑鬼に魔法なんて便利能力あるはずがない。精々人より環境適応が早いくらいだ。


「あ、えっと、そうですね……」


「もしかして、まだ魔法回路開いてないの?」


困惑する瞑鬼をよそに、聞いたこともない単語を口にする瑞晴。必死に言い訳を考えていた瞑鬼は面食らったように情けない声を漏らす。


足りない頭を全力で回転させ、何とか図書館での本の内容を思い出す。小難しいことが大半でよくわからなかった瞑鬼だが、いくつかの本を読み進めるうちに園児向けの本に行き着いたこともあった。


書いてあった内容はいたってシンプル。人間は大人になったら身体中に張り巡らされている魔法回路を開き、自分なりの魔法を発見するというものだ。


その大人の年というのが、どうやら高校の入学と同時期らしい。つまり、この世界では誰でも十五を過ぎれば魔法が使える体になるのだ。


しかし、魔法回路を開と言われても、瞑鬼一人ではどうすることもできなかったので、そのまま放っておいたのだ。


「開き方がわからないんですよ。僕、学校行ってないんで」


最もらしい理由を考え、瞑鬼が事情説明。この世界では学校へ行かないというのは、それほど珍しいことでもないらしい。何でも、魔王を倒して一挙に名を上げようとする者もいるのだとか。


「じゃあやってみようよ。私も神前くんの魔法見たいし」


そう言って瑞晴が口頭で回路の開き方を説明。驚くことに、歩きながらでも出来る程に簡単な動作をするだけのものだった。


軽く上半身をストレッチの後、全身の気功を開くために深呼吸。そのあとはひたすらイメージトレーニングをするというものだ。


全身から煙を出す感じ、というアバウトな説明受け、瞑鬼は何とか自分なりに想像を膨らませる。


そうして瑞晴の家の前まで来る頃には、瞑鬼はすっかり魔法回路の開閉を習得していた。


そもそも自分に魔法回路なるものが備わっているのかすら不安だった瞑鬼だが、どうやら杞憂だったらしい。この世界に来たと同時に、瞑鬼の体はこの世界に適応するように作り直されたのだろう。


「さ、ついたよ。ここが私の家」


引っ張っていた自転車を停め、瑞晴が側にある建物を仰ぐ。


つられて振り向いた瞑鬼の目に映ったのは小綺麗な商店と思しき建物だった。商店街通りの方にはあまり来ないので、何屋さんかまでは分からないが、店頭にある果物を見る限り青果店でも営んでいるのだろう。


店の大きさは元いた世界のコンビニほど。通りに店の少ない地域では、割と普通のサイズとして扱われる程の広さである。


しかし、普通の青果店とは違う。その違いは見た瞬間に違和感となって瞑鬼の眼に飛び込んでくる。


店の奥に居座る影。普通なら店長クラスの人間でなければ座れないであろうその贅沢そうな椅子に、悠然とした態度で腰掛ける動物が一匹。目を反らせないまでの存在感を放って瞑鬼の眼前に君臨していた。


関羽が瞑鬼と同じ方向を覗き見る。その瞬間、野生の本能を思い出したのかやけに毛を逆だてると、素早く距離を取り臨戦態勢に入る。


店の奥で座っていた猫も同様、関羽を見ると少し目をギラつかせる。


「え……?」


そんな状況の中、真っ先に声を漏らしたのは瞑鬼だった。これ以上自分の目の前で萌えるような行動を取られたら、命に関わると判断したのだろう。


「おーう、帰ったか瑞晴」


ゆっくりと猫が腰を起こし、そのまま口を開く。他でもない猫が。


そのあまりのファンタジーな光景に、瞑鬼はしばし目を奪われる。動物が喋るとは、これ以上ない異世界感である。


「うん。ただいまお父さん」


唖然とする瞑鬼の横で、瑞晴が帰還連絡。その口から飛び出した、お父さんの単語に反応しない瞑鬼ではない。


「お父さんっ?」


「うん。お父さん」


何事もなく返す瑞晴を見て、瞑鬼は自分がおかしいのではないかという疑念を抱く。この世界ではこれが当たり前。猫から人が産まれても不思議じゃない。そう自分に言いきかせる。


しかし、そんな瞑鬼の無駄な疑念は、障子の奥から本物の人間が出て来たことにより解決する。


「もー、猫に憑依はダメだって。お客さんが驚くでしょ?」


「だぁー、わかってるよ。でも年寄りには人気あんだぜ?」


「言い訳なら晩御飯の後にお願いします」


どうやら、猫はただの口寄せだったらしい。親父さんの魔法なのだろう。今更そんなことで驚く瞑鬼ではない。


仲のいい親子の会話が繰り広げられるなか、一人瞑鬼は遠巻きにそれを眺めていた。


他愛のない言葉の一つ一つに、瑞晴と親父さんの深い信頼が詰まっているのが感じ取れる。恐らく、二人はかなり良好な関係を築いているのだろう。


朝家を出るときには「いって来ます」学校が終わり帰宅すると「ただいま」そんな当たり前の会話が、当たり前にできている。瞑鬼にはそれが何か眩しいものの様に見えた。


たったそれだけ、たった一言なのに、瞑鬼は言ったことがない。言うつもりもない。両親がそんな会話をしているのすら、聞いたことがない。


そんな環境で育った瞑鬼の心では、親子が良好と言うだけで既に奇跡なのだ。


「あ、ごめんね神前くん。この人、うちの店長兼お父さん。神前くんの雇い主だね」


「は?おい待て瑞晴。神前くん?そもそも雇い主って?」


突然瑞晴から覚えのないことを言われ、親父さんが目を丸くする。そして何かを査定する様な目つきで、店の前で唖然としている瞑鬼の顔を睨める。


筋肉質で高身長。整った顔立ちはしっかりと娘に受け継がれている。


「よ、よろしくお願いします」


品定めするような親父さんの目線を全身で感じ取り、緊張の面持ちで応える瞑鬼。全身をスキャンされたような、不思議な感覚に陥る。


しかし、等の親父さん本人は、未だ何が起こっているか理解が追いついてないらしい。娘が突然連れて来た男の品格を、その審美眼で見極めるのが精一杯なようだ。

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