異世界予習、開幕です。
一個ももらえなかった……。
これ以上教室にいても得るものはないと判断したのか、瞑鬼はため息を一つつくと、教室の外へと足を向ける。大した成果は得られなかったが、それでもこれ以上ここにいるリスクを考えたら帰った方が幾分かはマシだ。
人っ子一人いない廊下を歩く瞑鬼。肩にかけたスクールバッグが嫌に重たいのは、きっと学校の空気が重いからだろう。
陽一郎はもうとっくに帰っているはずであるため、ここから家へは歩いて向かわなければならない。自転車で十数分かかるとするならば、徒歩ならそれの4倍の時間は覚悟しなければならないだろう。いくら仕事が休みでも、高校生の観点から言えばこれは最早労働に値することである。
一人で歩く帰り道の辛さは、この学校にいる誰よりも瞑鬼が一番わかっているはずだ。思い返してみれば、異世界に来るキッカケとなった日もこんな天気だった。
空を見上げると、かんからとした太陽が随分と陽気に光を光を放っている。夏の昼間だというのだから、外は相当に暑いことを覚悟しなければならないだろう。
生徒用玄関のすぐそばにある自動販売機で、帰りの友とする用のお茶を購入。なけなしの金も、今では少しだけだが増えていた。
「……あれ?神前くん?」
靴を履いていざ決戦へ。そう思い立った瞑鬼に、下足箱の向こうから声がかけられる。
振り返らずとも、もうこの声は聴き慣れていた。何度も呼ばれ、何度も返事をした声だ。
「……言って即日に来るって……、結構行動力あるんだね」
「まぁ……、学校に興味はあったしな」
「熱心なことはいいと思うよ」
「……そうだな。ってか、瑞晴は何してんの?もう学校終わっただろ?」
いつも通りの他愛ないやりとりを、学校という特別な空間で繰り広げる瞑鬼と瑞晴。二人が揃えば時と場所は関係ないらしい。
瞑鬼は踵を返し、もう一度靴を脱いでロッカーにそっと置く。歩くたびに乾いた音がなる事に目を瞑れば、安物のスリッパも案外悪くない。
「あぁ……、今体育館で明日の魔法試験の予習?みたいなのをみんなでしてるんだよ」
「……予習?」
この世界の学校が生徒に強いる試験は二つだけ。定期的に行われる学力試験と、一年に一度の魔法試験が双璧となっている。
パンフレットに書いてあった事曰く、魔法試験とは魔力の量と魔法の質とを確かめる試験らしい。
瞑鬼からしたら、それは試験ではなく検査なのではないかと思えるが、みんなが試験という以上は試験なのだろう。魔力については言わずもがな、魔法回路を開いて量を直接調べて終わりらしい。シンプルかつ簡単である。
そして、質についてはそこそこの本格的な実験が用意されているらしく、魔法が強力な人間ほどより複雑でたくさんの実験をしなければならないらしいのだ。
瞑鬼のいた世界でいう、模試と体力テストが一緒になったような試験が、この世界では一般的らしい。となると生徒たちはもちろん筆記試験の勉強はするだろう。しかし、今瑞晴が言ったのは、筆記の勉強ではなく魔法の予習である。
「まぁ、予習っていうか、訓練というか」
「……はぁ」
正直なところ、瞑鬼には全く光景が予想できていない。魔法の訓練と言ったら、どこぞの魔法使いがやっていたような、水を氷に変える特訓だったり、動き回る的に炎を当てたりする特訓などが一般的に思いつくものだ。
しかし、瞑鬼の知る限りではこの世界にそんな直接攻撃的な魔法を持った人間は少ないのだ。手を叩くと光だでるだの、呼吸をすると動物に懐かれるだのの魔法を訓練しても、役に立つ未来のビジョンがあまりに不鮮明すぎる。
つまるところ、瞑鬼は気になってしまっていた。一体誰がどんな魔法を使って、どのような訓練をしているのかが。
「……それって、俺が見に行っても大丈夫なやつ?」
「多分……、大丈夫なやつだと思うよ。ちゃんと許可証も持ってるし」
胸にぶら下げられた許可証を指して、瑞晴が笑う。その言葉を聞くと、瞑鬼もああそうかと納得してしまう。校長先生直々に貰った校内見学の許可なのだ。生徒たちが頑張っている姿を見たところで、特段何かを言われることはないだろう。
二年生は1体との事。瑞晴がジュースを買っている間に行っても良かったのだろうが、万が一体育館に入った所を誰かに見られたら厄介だ。もしそいつが誰彼構わず話しかけれるような天賦の才の持ち主ならば、即刻転校生の来場が体育館中に響き渡ってしまう事だろう。
他人から注目される事を何よりも不得意とする瞑鬼では、一人で高校生なんて集団の中に入っていく勇気はない。
スポーツ飲料を片手に、瑞晴と二人階段を登る。不思議な事に、この学校は1体が二階にあるのだ。
体育館に近づくにつれ、振動と声が大きくなってゆく。そこそこ大きいはずの体育館。結構な人数が集まらないと、こんなに騒ぎにはならないはずだ。
「……何してんだ?」
「えっと……、魔法の試運転的な?」
謎が謎を呼び寄せまくる瑞晴の発言に、思わず瞑鬼は自分の耳を疑った。魔法の試運転など、産まれて初めて聞いた単語である。
体育館の前の廊下には、いくつものカバンが置いてあった。変な柄のリュックサックから、実用的な大きい手提げ袋やスポーツバッグなど。そしてそれらの持ち主は、体育館の中でお騒ぎ中らしい。
瞑鬼が足を踏み入れる。天道高校の体育館は二つあり、そのうちの片方、今瞑鬼たちがいる第一体育館は、主に全校集会や卒業式で使われる、いわゆるメイン館だ。サイズにすると、野球場が一つ分と言われている。
端の方に追いやられた第二体育館と違い、設備も規模もしっかりとしていて、収容できる人数も倍近く違うとの話だ。
そして、今その体育館は人で溢れかえっていた。
正確には、いたるところにマットが敷かれ、その周りを10人弱のグループが取り囲んでいるのだ。
「私とか神前くんみたいに、日常生活で使える魔法の人はあんまり関係ないんだけど、そうじゃない人は学校とかじゃないと自分の魔法の調節が難しいからね。テスト前はこうやってみんなで発散し合う形で、大々的に魔法を使ってもいいって事になってるの」
「……そうか」
瑞晴の説明を聞き、なんとなく瞑鬼はこの騒ぎの理由を察することができた。
瞑鬼が知らなかっただけで、この世界には当たり前だが戦闘にしか使えないような魔法を持った人間もいるのだろう。そして、そういう人たちは日常生活の中で魔法を使う場面が極端に少ないから、テストの際に不利となるのだ。
言われてみれば、年に一度しか使わなかったら加減ができなくなっていてもなんらおかしくはない。
そういうわけで、これはそんな人たちを含めた大魔法調節会とでも名付けるべき集会なのだ。もちろん、全員が全員戦闘系の魔法であるはずがない。友達に付き合う形や、指導役として一緒に練習しているグループもあるだろう。
予習、大事ですよね。




