異世界教室、ばったりです!
いつの間にか世間はバレンタイン。僕の心はヴァレンシュタイン。
…………カカオアレルギーになりたい。
「……まぁ、仕方ない」
誰とも言わずそう告げると、瞑鬼は体操服に手を伸ばす。一体瞑鬼の脳内でどのような議論の末に結論が出たのかは不明だが、本人は自分の決定に満足らしい。迷いを振り払ったような顔をして、体操袋を掴み取る。
開く瞬間に一瞬のためらいが生じるものの、頭を振りそれを散開。一度決めたら瞑鬼は止まりたくない性質のようだ。
放課後の変態よろしく、女子の体操服を取り出す瞑鬼。本人がどんな情報を得られると判断したかはわからない。しかし、誰の目から見てもどの角度から見ても、何の成果も得られないことは明らかだった。
それでも尚、瞑鬼は手を止めようとしない。己の馬鹿さ加減を認めたくないのか、それともただ単に意地なのか。本人は至って真面目な顔をしている。
やっていることは、自分の姉妹の体操服を漁っているのと大差ない。そこそこに趣味嗜好が偏った男子高校生なら一度は経験があるだろうが、残念なことに瞑鬼は一人っ子。その上ノーマルにノーマルを重ねたような性癖なので、こんな事では興奮などするはずもない。感じるのはただ一つの感情だ。
後の瞑鬼は誰とも知れず語る事だろう。あの経験は黒歴史だと。
「…………ん?」
手がかりも見つからなく、証拠を隠滅しようと体操服を畳んでいると、ふとポケットに違和感を覚えた瞑鬼。さらなる罪悪感が襲ってくるのは承知の上で、そっと右のポケットに手を突っ込む。
右手の中指に、小さなものが当たる。感触は固めで、細長い何かのようだ。
「……ヘアピンか」
瞑鬼の予想通り、出て来たそれはヘアピンだった。黒色無彩の、10こで三百円くらいの代物だ。それに何ら変わりはない。
恐らくは、どこかの体育の時間で入れっぱなしにしていたのだろう。女子にはよくある話である。
無事に瞑鬼が体操服を漁ったという痕跡を消し、何とか一安心。まだそんなに時間は経っていないが、そろそろ撤収したほうがいいだろう。まだ人が帰ってくる気配がないと言えど、いつ帰宅ラッシュが来るかわからない。
教室を出ようとすると、ふと廊下から足音が一つ、こちらに向かって来るのが聞こえて来た。歩幅からして、少しばかり急いでいる人のようだ。近づいて来るにつれ、焦る息遣いまで聞こえて来る。
普段の瞑鬼ならば、あたかも忘れ物をした生徒風にふるまって誤魔化していただろう。しかし、今の瞑鬼はそれをできる状況ではなかった。何せ、瞑鬼の存在を知るものはこの学校にいない。言わば完全に部外者状態なのだ。
そんな状況で、生徒に見つかって起こりうると考えられるのは、不審者と間違われるか変質者と間違われるか、良くて変態高校生だろう。どれをとっても瞑鬼のお先が真っ暗になってしまう可能性を十分に秘めている。
先生ならばまだ助かる未来はある。しかし、もしこれが女子。それも、瞑深本人であったならば、その場で殺されるという選択肢も作れてしまう。瞑鬼は考え、一瞬で答えを絞り出す。
「はぁ……っ。はぁっ……」
息を切らしながら教室に駆け込んで来たのは、このクラスの人であろう女子生徒だった。体操服を着ていることから、机の上にあるお茶を取りに来たのだと推察できる。と言うことは、他の生徒たちはお茶がいるほど水分が奪われる何がして入るらしい。
体育祭の準備にしては、いささか早い気もするし人が多すぎる。文化祭も同様。と言うより、誰もテスト前でそんな余裕はなないはずだ。
「……?教室の電気つけっぱだったっけ……?」
疲労困憊であろう脳を働かせ、女生徒が教室の中を確認する。どうやら彼女も瞑鬼の存在を一応は感じ取っていたらしい。どうでもいい第六感だけは進化しているらしい。
女生徒が室内を見渡すも、どこにも人の姿はない。さっきまで居たはずの根暗な変態も、今は息を潜めていた。手にはとっさに盗んでしまったヘアピンが握られている。今捕まったら学校史に名前を乗せてもらえることだろう。同級生が変態だと言うのだから、暫くは新聞部にお世話になるかも知れない。
早く消えろと願う瞑鬼。しかし、その予想とは裏腹に、女生徒は疑問が消えてくれないご様子だ。
確かに消したはずなのに、と頭を悩ませ、教室中をぐるぐると見渡している。犯人の調査か、電気を消したであろう対象のブツをお探し中らしい。
運が悪いことに、最後に電気を消したのはこの子だった。
まずいまずいとは思うが、瞑鬼にはどうする事も叶わなかった。こんな状況で瞑鬼にできることは、信じてもいない神に無様に必死に祈るだけだ。
魔法を使って目くらましをすれば脱出できる可能性もあるだろうが、校門前で観衆に見られながら自分の魔法を公開した以上それはあまりにも部が悪い。と言うよりもリスキーすぎた。
仮に彼女本人が瞑鬼の魔法を知らなくとも、友達に話せばその話が辿り辿って、瞑鬼を直接見た人の元へ行くこととなる。そして瞑鬼の名前を知らずとも、周りにいる夜一と千紗の印象から巡って来る可能性はある。
じっとりと汗がにじむ手。見つかったら終わりの状況だというのに、なぜだか瞑鬼は妙にワクワクしてしまっていた。昔から、ピンチになればなるほど無駄に興奮してしまうのだ。
女生徒が教室内を歩き回る。そんなに気になるかと普段なら思うところだが、同時に少し共感できてしまう部分もある。自分がしたはずなのに結果が少し違っていると、気になって確かめたことは瞑鬼にもある。しかし、この場でそれは最悪だ。
「……まさか、ね」
女生徒の手がロッカーの取っ手を握る。瞑鬼の緊張は最高峰に達しそうだ。おそらく、今世界で一番心が踊っているのは瞑鬼なのかも知れない。そう思えるほどに。
彼女の手に力が込められ、立て付けの悪いロッカーの中身が陽の当たるところとなる。
「……っ!」
「……?」
場の空気が一瞬凍りつく。目はあっていない。
「……だよね」
女生徒はそういうと、黙ってロッカーの扉を閉め、走り去ってゆく。そのことを側から見ていた瞑鬼からしたら、さぞため息を漏らすのを我慢したことだろう。
教室内に誰も居なくなったのを確認すると、瞑鬼は窓を開けてベランダから教室へと帰還する。
「……いらない特技が増えちまったな……」
瞑鬼がいたのは、掃除用ロッカーのすぐ隣にあるベランダだった。咄嗟に隠れるにしては、ロッカーは外から締めなければならない。そうなると、この教室内に隠れ場所がないからとの判断だ。ちゃんとカーテンを閉めて、内側からは見えないように配慮もしている。
明美との自宅内かくれんぼで身につけた、実生活では全く役に立ちそうもないスキル。一瞬で隠れ場所を見つけれても、この先の人生で使用する場面は限りなくゼロに近いだろう。
こんな経験、みなさんにはおありでしょうか?
男子高校生をやった事がある人なら、一度はやってみようと思った人も多いはず。
まぁ……普通なら怖くてできませんよね。




