異世界学級、あら探しです。
やはりこのスタイルが落ち着く。
時計を確認し、時間がないことを知る瞑鬼。あと十分もすれば目新しいことに飢えた高校生と言う名の野獣が解き放たれてしまう。そうなれば、転校生である瞑鬼は格好の餌食となるだろう。大嫌いなパーリーなピーポーに拘束され、カラオケと言う名の拷問室へ連れていかれる可能性がある。そのくらいなら、夜一や千紗に出会った方が遥かにマシだ。
齢17ともなれば多少は落ち着きが出て来る頃だろうが、常に危険は危惧しておいた方がいいというのが、瞑鬼の判断だった。
誰にも見つからないよう、こそこそとトイレに隠れる瞑鬼。本当に目立ちたくない人間にって、ここは聖地とも呼べる場所なのである。
便座に座り、パンフレットを開いてみる。一年前に全く同じものを見たが、きっと世界が違えば中身も違うはずだ。
そんな瞑鬼の期待を裏切らず、パンフレットには中々興味深いことが書いてあった。まずはじめに、この学校は普通科の他に魔法科と言うのがあるらしい。恐らくは特進クラスが変化したものだろう。
そしてその魔法科なるクラスでは、毎日のごとく魔法の訓練が行われているとのこと。入学倍率も高く、県下一を誇っているそうだ。
興味もない文章を延々と読み進めると、案外時間は早く過ぎてくれる。読み終える頃には、すっかりチャイムが鳴っていた。
廊下から人の声が聞こえてくる。
テストだるい。赤点とるかも。まじかよ。魔法試験ヤバいよなー。俺帰ったら速攻寝るわ。
聴けば聴くほど、瞑鬼の耳は腐ってゆく。こんな負のオーラが満載なんて、完全に予想外だ。瞑鬼の中のイメージとして、魔法試験は楽しそうなものだったのだが、どうやらそれは間違いらしい。
トイレの周りから人の気配が消えたことを確認し、瞑鬼は脱出する。これ以上止まっていたら、ただでさえ暗い心がより濁ってしまう。
思ったよりも玄関にいる生徒は少なく、その誰もが三年生だ。いつもならテストを諦めた組がこぞって帰路を急ぐのが定石というのに、今回は違うらしい。
暫く校舎をうろついていると、やがて教室から人の気配がないことに気づく瞑鬼。行ってみるも、思った通り人影はない。まだ靴はほとんど残っていると言うのに、帰った生徒はごく少数のようだ。
「……自習室か?」
テスト前には自習室が満席になるのは知っていたが、ここまでとは聞いていない。瞑鬼だって残っていたクチだったが、せいぜい図書室と学習室が埋まるくらいで、ほとんどの生徒が帰らなかったことはない。
不信感を覚えるも、二年の塔に来たことにより瞑鬼には一つの疑問が芽生えていた。この世界は元の世界基準で物事が決まっている。となると、同級生の学年やクラスも一緒だと考えられる。
瞑鬼の頭には、一人の人物が浮かんでいた。憎くもないし怨みもないが、興味が尽きない人間。
「……神前瞑深だったよな……」
この世界の瞑鬼であろう女子生徒のことを、瞑鬼は考えていた。少なくとも、元の世界にはいなかった人間だ。だとすると、この世界の自分であると言う可能性が高い。二人が出会っても死ななかったのは、魔法のせいだと仮定する。
思い立ったことは止められない性質のようで、瞑鬼は教室の中に入り込んでゆく。結構な数の制服が机の上に置かれていた。帰ってない生徒は着替えてどこかに行っているらしい。
瞑鬼のいたクラスの座席表を確認。記されている43人の名前は、どれも聞いたことがあるものだ。一人隣のクラスの人間が混じっているが、ここら辺は誤差とカウントして問題ないだろう。
桜瑞晴の次に瀬戸くんが来ているということは、少なくともここに神前瞑深はいないということだ。以前はよく確認できなかったが、こうも堂々と調べれると、逆に不安になってくる。
ネクタイの色から察するに、瞑深が二年生であることは間違いようがない事実だ。となると、やることは一つ。このフロアの教室を全て調べることである。
溢れ出てくる思春期男子特有の煩悩をなんとか押さえ込み、瞑鬼は一組の教室へ向かう。二年生の塔は3階構造で、上から順に2組づつ振り分けられている。こういう時は一番上階から調べていくのが手っ取り早いだろう。
階段を登り1組へ。教卓に置いてある座席表を確認するも、名前は無し。次いで2組へ。ここも情報がない。文系クラス最後である3組も、瞑深の名前が無いのは確認済みだ。この世界の瞑鬼というのだから、理系というのはいささか考えにくい。が、それが事実なので仕方がない。
4組5組と続くも、名前は確認できない。こうなると、残るのは6組一つだけ。ここにも無かったら、瞑鬼の推測全てが無駄になってしまう。
しかし、世界というのは巧く出来ているようで、最後の最後に希望なんてのを見せてくる。
「……俺なのに理系なのか……」
二年六組十七番。それが、この世界の瞑鬼の居場所だ。全くいくつもりも無かった理系クラスだが、世界と性別が変われば考え方や脳の作りまで異なってしまうらしい。
座席表で瞑深の席を確認し、近づいてみる。どうやら残ってはないらしい。あの何人かの声に紛れて帰ってしまったのだろう。
若干の罪悪感を感じつつも、瞑鬼は瞑深の机の中身を調べることにした。邪魔な椅子をどかし、机の中に手を突っ込んでみる。手に当たったものを手当たり次第に取り出すも、でて来たのは教科書と資料集のみ。しかも全教科ある。変わってしまった世界でも、こういうところはしっかりと瞑鬼のままらしい。
ノートらしきものが出て来たので、かなりの自責の念を抱えつつも開いてしまう。女子高生特有の可愛らしい丸文字などではなく、きっちりとした楷書体で文字は書かれていた。書道検定一級といったところだろう。どうでも良いところまで瞑鬼そっくりである。
放課後の教室で女子の机を漁っているとなると、例えそれが異世界の自分であるとはいえかなりの背徳感を覚えてしまう瞑鬼。犯人が忘れ物を取りに戻って来たらデッドエンド確定なこの状況で、不思議と楽しくなってしまう自分を頭のおかしい奴なんて思ってしまう。
時計の秒針が動くたびに、瞑鬼の心臓が高鳴ってゆく。本人としてはやましいことをしているつもりもないのに、全くもって心外だ。
「……体操服は……流石にまずいな」
見ると、古臭い木張りの机のサイドに体操袋と思しきカバンがかかっている。スポーツ少女が使うような、シンプルで簡素な薄っぺらいやつである。カバンに直接ぶち込んでいた瞑鬼とは違い、ここばっかりは女の子らしい。
自分で自分代理の体操服を覗くのには、さすがの瞑鬼もためらいを持つようで、手を出そうか出さまいか必死に考えを巡らせている。見るだけなら簡単だろう。恐らくそんな大した情報は無いだろうが、ここまで来たら全てを確認しなければ気が済まないのだ。
さりとて、誰かに見つかったら人生が終わるのも明白である。これから始まるはずの素晴らしい異世界学園ライフが、始まる前に終わってしまう。
そしてそうなれば、当然だが瑞晴の耳にも事が届いてしまうだろう。直後、陽一郎からの鉄拳が飛んでくる光景が瞑鬼の頭には浮かんでいた。
この後書きが既に時事ネタを含んでいるという事実。




