異世界購買、閉まってます。
すいません。明日から二日に一回更新にします。
ぺらぺらと繰ってゆく。校長先生の御言葉やら、PTAの会長直々の厚い名文もあるが、それは無視。一体このページを誰が見ているのか、瞑鬼は甚だ疑問だった。
エンターテイメント性のかけらもない記事たちを、こぞって読む人間などいるはずがないと瞑鬼は思っていた。しかし、実際に何年か掲載され続けているということは、それなりに評判もいいのだろう。
「……君の目にはどう映る?」
写真のページで目を止めていると、パソコンを打ちながら校長が瞑鬼に話しかける。完全に気を抜いていたので、瞑鬼は驚き顔で首が飛び上がった。この過剰に物事に反応する体質が、瞑鬼は嫌いだった。
「……なんか、本当の笑顔って感じで、いいですね」
「……本当の笑顔ね……。なかなかに素直じゃないか」
「……陽一郎さんとは違って、ですか?」
「……よくわかってるじゃない」
二人して顔を合わせ、同時に口元を綻ばせる。鼻から笑い声が漏れた。自分よりもはるかに年上の人間と一緒に笑うなんて、瞑鬼にとっては初めての経験だ。それも、これから入学する高校の校長先生となると、より一層の緊張が要求される。
一通り笑い声が収まると、今度は校長先生がパソコンから目を離し、瞑鬼の前のソファに腰掛けた。どうやらこれから何かの説明をしてくれるらしい。
「今日は午前で学校が終わるから、良かったら見てくといい。学校の雰囲気を知っておくのも、悪くないだろう?」
歴戦の苦労が偲ばれるシワだらけの顔を歪め、校長が顔を崩す。どことなく悪役な空気を感じ取ったのは、恐らく瞑鬼が捻くれているからだ。
普段ならば、丁重にお断りしていたことだろう。学校から一秒でも早く離れたい。そう願っていたというのに、今瞑鬼は不覚にも学校を見て回りたいと思っていた。こんな向上心を抱いたのは、きっと初めてだ。
瞑鬼も顔を緩め、首を縦に振る。校長先生も向上思想がある生徒は好きらしい。そこはかとなく嬉しそうな顔をして、コーヒーをぐいっと飲み干した。
「それじゃ、あとは好きに見て回るといい。私はまだ仕事が残ってるから同行できないが、一人だと不安かね?」
「…………いえ、大丈夫です。コミュニケーションは得意ですから」
完全に嘘だ。コミュニケーションが得意なんて、瑞晴に聞かれたらいい笑い者にされてしまうだろう。しかし、よもや校長先生の前で、僕はコミュ障ですなんてカミングアウトをするわけにもいかない。積み重ねてしまった虚構の重さを、瞑鬼が理解するのはもっと先のことだろう。
厚く礼をして校長室を出る瞑鬼。念のためにとパンフレットを持って来たが、よくよく考えるとこんな物を持って校内を歩いていれば、一発で転校生だとバレてしまう。隠密を基本とし、人の陰に隠れるのが本分の瞑鬼としては、目立つのは避けたいところだ。
実を言うとこの世界に来てから一度この校舎には入っているので、構造の変化がないのは確認済みである。まるまる一年通った学校だ。案内板など見なくてもゆうに教室の場所などわかる。
瑞晴曰く授業は四限までらしいので、放課まであと二十分程度しか猶予が残されていない。今のうちに人がいないところの確認をしておくのが吉だろう。
安いスリッパが鳴らす音を極限まで抑え、瞑鬼は一人廊下を歩く。今回は以前と違い、しっかりと許可証を貰っていた。万が一教員に見つかっても、とやかくお小言を言われる心配はないだろう。
懐かしさすら覚えてしまう校舎の中を、使われてない教室を見ながら歩く瞑鬼。まだ学校に来なくなってから一ヶ月と経っていないのに、随分と校舎の空気が変わった気がしてしまう。これまで一度も不登校にも保健室登校にもなったことがない瞑鬼にとって、この感覚は新鮮なものだ。
吹き抜けの大廊下。その通りには、購買部だけがポツンと壁際に置かれている。そのすぐ後ろに階段があり、そこを上がると職員室がある。
全くいい思い出がない場所だ。謂れもない罪で呼び出された時は、思わず瞑鬼の右手が教師の顔面を捉えそうになったこともある。すんでの所で止まれたのは、きっと自分の理性が強いからだと再確認する瞑鬼。学校にいる間は、とにかく瞑鬼は冤罪をかけられることが多かったのだ。
腹が鳴ったことを確認し、瞑鬼は昼飯を買うべく購買の前へ。しかし今日が午前日程だったことを思い出し、即座に絶望へと色を変える。この学校は、午前しか学校がない時は購買が開かないのだ。
ちょっとばかり周りが忙しくなりまして……。時間ができたらまた毎日にします。




