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上書き勇者の異世界制覇  作者: 天地 創造
異世界制覇、始めました
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異世界女子部屋、堪能です。

これぞ、全ての人が思い描いた異世界生活。

斜め読みでページを繰ってゆくが、見つかったのは黄金条約だけ。残念ながら《円卓の使徒》についての情報は一つも載っていなかった。


考えられるのは、最近できた組織であること、そもそも教科書に載るほど有名な組織じゃないということ。可能性で話すなら、圧倒的に後者の方が高いだろう。


「学校の授業ってさ、どんなことするんだ?」


ベッドに座り本を読む瑞晴に質問を投げかける。背後で本を閉じる音がした。


瑞晴は少しばかりうーん、と喉を鳴らすと、


「そうだね……、国数英、それと今神前くんが持ってる地歴公民。私は文系だけど、理系は物理とかもあるらしいよ。あと魔法学と体育とか」


帰ってきた言葉を頭の中で咀嚼し、何となく授業風景を思い浮かべて見る。自分のいない教室、自分以外の誰かがいる教室。


本来ならば風邪の時しか味わえない少し特別な感覚を、瞑鬼はノーリスクで感じれるのだ。最悪最悪と思っていたこの生活も、案外悪くはないらしい。


「……魔法学か……。それの教科書ってある?」


「……その勉強熱心な姿勢を見習いたいよ……」


切実な声でそういうと、瑞晴はよっこいしょと身体を起こす。場所を教えてくれればいくらでも自分で取りに行くのだが、ここは女子の部屋。見られたくないこと山の如しなのだろう。


差し出された少し小さめの教科書を受け取る。タイトルは現代魔法学。元の世界なら完全にオカルト本認定されるような題名だ。


表紙をめくって目次を確認するも、飛び込んできたのは謎の単語ばかり。英語と思しきアルファベットが綴られているが、全く見覚えがなかった。


「これってさ、中学ん時とかからやってんの?」


「そうだね……。確か一番必須科目だったはず……」


「…………まじか」


一瞬編入を考えた瞑鬼だったが、その言葉を聞いた瞬間諦めが脳をよぎった。中学からと言うことは、それなりに覚えることがあるのだろう。恐らくは暗記科目だと思うが、それでも0から始めるとなると相当な時間がかかりそうだ。


何気なく過ぎてゆく時間。その間瞑鬼はずっと教科書を読んでいた。その後ろで漫画を眺める瑞晴。ほとんど会話は無かったが、出て行こうともそろそろ寝ようとも言わなかった。


クーラーの音だけが部屋を反響している。涼しく当たる風も、ただ座っているだけでは凍える風に他ならない。


時折瑞晴が体制を変えたのか、ベッドが軋む音が瞑鬼の耳を刺激する。まるで新婚の夫婦のような空気感。こんな状況で百八もある煩悩全てを抑え込めれるほど、瞑鬼の理性は発達していない。従って、もう教科書なんて頭に入っていなかった。


恐らくは瑞晴も似たようなことを考えているだろう。こんな時間に、若い男女が部屋で二人きり。普通ならば悶々としてきてもおかしくない頃合いだ。


しかし、間違ってもここで手を出してはいけない。理性を極限まで研ぎ澄まし、目の前の文字だけに集中する。朴念仁な瞑鬼にも、一応は欲望が存在していたのだ。


「……瑞晴は勉強しなくていいのか?」


堪え切れなくなった瞑鬼。黙っていてはまずいと思ったのか、何とか話題を絞り出す。


これ以上教科書を見ていても求めるものは得られないと踏んだのか、瞑鬼はそっと本を閉じる。本来ならばここで帰るのが正しい選択肢なのだろう。しかし、まだ瑞晴からの返事はない。


何となくだが、お互いに動けない状況が出来つつあった。


「……そうだね。それじゃ、明日の予習でもするよ」


瑞晴が行動を起こし、一旦空気がリセットされた。行動を起こすなら今しかない。瞑鬼にとっては朗報である。


それじゃ、と軽く言葉を残し、瞑鬼はその重たい腰をあげる。これ以上ここにいてしまったら、本当に理性が飛ぶ恐れがあるのだ。げに恐ろしきは、恋愛ごとに興味のなかった瞑鬼をここまで引きずり落とした、現役女子高生の部屋の匂いである。


「……ありがとな。色々知れてよかったよ」


「ならいいんだけど……」


既に脚は伸びている。直立している。もう後は、部屋に戻って寝るだけだ。明日も仕事がある。朝も早い。


それなのに、瞑鬼の足は部屋に縫い付けられたかの如く動かなかった。未練を感じているのか、まだ話したいことがあるのか。瞑鬼自身もわからない。


よくわからない感情が、瞑鬼の心を揺らしていた。初めて味わう感情だ。意味では、ひたすらに恨みしか持っていなかった心に、突如として地合いが注がれたのだ。瞑鬼の頭は理解していても、心の方はこれをバグと捉えてしまっているのかもしれない。


あと一言だけ。もうあと一つだけ言葉を交わせば、今日はぐっすりと眠れるだろう。必要なのは最後の一言を取り出す勇気だけだ。


「瑞晴は……、なんで俺を拾ってくれたんだ?あの時点だと完全に初対面だっただろ?」


しかし、それはあくまでこの世界の瑞晴の話。瞑鬼は瑞晴を知っていた。そのことを知ってか知らでか、勝手に関羽が二人を引き合わせた。


「……うん。多分だけど、神前くんに対して危機感を覚えたんだ。このままだとこの人危ない……的な。それに、お父さんから、困った人は連れて来いって言われてたしね」


「そんなこと言ってたのか……」


少し笑みがこぼれる。二人してクスッと顔を崩した。


心の距離が縮まったかなんてわからない。そもそも、この湧き上がる感情をなんて呼んだらいいか、瞑鬼は迷っていた。


友達もいなく、ずっと一人で悩みを抱えて乗り越えてきた日々。漸くそれから解放される日が訪れたのだ。


「実はさ……、女子の部屋に入ったのは今日が初めてなんだ。超絶緊張した」


「……私もね。男子がこの部屋に入るのは初めてだよ。それに、緊張度合いじゃ負けないし」


「瑞晴でも緊張するんだな」


またほのかな笑みがこぼれる。初めて心の底から笑いたいと思ったかもしれない。


異世界に来てからはや五日。しかし得られた経験値は果てしない。


きっと明日からもその先も、こんな理想的な生活が続くのだ。これまでが暗黒だった瞑鬼の生活、多少良いことがあってもバチは当たるまい。


ひょっとしたらバトルの方が今の所短いかもしれない……。

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