異世界女子、 訪問です。
熱が下がればなんてことないですね。
食事が終わり、風呂も終了する。時の流れは複雑で、早いと思っていた一日も入浴が終わると随分とのんびりしたもののように思えてしまう。
現在、瞑鬼は自室で関羽と戯れていた。瑞晴に教科書を貸してもらうための待機中だ。女の子の風呂に口出しするほど瞑鬼も野暮じゃない。
「……ネットを使うのは無しだな……」
電話がかかったことのない自分の携帯を一目見て、瞑鬼は悲しさで目をそらす。
当初はインターネットでもサーフィンして、謎の単語群の情報を集めようと思った瞑鬼だったが、よくよく考えてみればそれは危険な賭けなのだと言うことに気がついた。この世界のネットの形式が、元いた世界と一緒なのは初日に確認済みだ。そしてそれは、ネットを使えばどの携帯にも履歴が残ってしまうことを意味していた。
ネットのプロキシを偽造できない瞑鬼からしたら、のこのこと情報を持ってネット界という名の密林へ飛び込むのは危険すぎるとの判断だ。魔法あり科学ありの世界では、誰がどんな事を調べたのか特定される恐れがある。どの端末からの発信で、使用者は誰か、なんてのもわかってしまうだろう。
《円卓の使徒》という言葉を検索したが最後、数分後には魔女部隊に拘束される可能性もある。もしこれが裏の世界の人間しか知らない用語だったならば、ほぼ間違いなく捕獲部隊がやってくる。
従って、今瞑鬼が情報を手に入れる術は一つ。完全オフラインで、実在する書物を漁ることだけである。
休みの日になれば、図書館にでも行って、それらしい本を探すのもアリだ。しかし、瞑鬼の見た所ではこの町の図書館にはめぼしい本は無し。と言うよりも、そもそも魔女関連の本が出版されている可能性は低いので、頼りになり、かつ瞑鬼が観れるものと言ったら教科書が最強だ。
瞑鬼の持っている教科書では意味がないため、瑞晴のを借りるしかない。なるべくならこの件に巻き込みたくないと思っていた瞑鬼だが、苦渋の末の決断だった。
隣の部屋の扉が開いた音がする。どうやら希望の星が風呂から上がったようだ。湯上りに直行は控えた方がいいと思ったのか、瞑鬼はしばし時間を置く。ドライヤーの音が止まった時が頃合だろう。
鏡の前に立ち、自分の顔を確認。ここで重要なのは、間違っても口説きに来たと思われないことだ。ただでさえ瑞晴と陽一郎の好意によって住まわせれもらっている身。
朋花とは違って、一歩でも間違えれば即刻瞑鬼の瞑鬼を切り落とされる可能性がある。相手はあの陽一郎だ。娘の溺愛具合は見ての通り。瞑鬼にしても、手を出さないと思ったから家にまで迎え入れてくれたのである。
目をしっかりと開き、口角を下げる。湯上り女子の匂いや艶感に反応するのは仕方ないとして、それ以上に持っていくのは意地でも避けなければならない。
「なぁ関羽。お前から見てどうだ?普通?」
ついには猫にまで助けを求めてしまう。完全に免疫がない、大人の階段をずっと踊り場で止まっているような男子高校生からしたら、夜の女子の部屋というのはそれほどまでにハードルが高いのだ。
古今東西の主人公たちを思い出し、なんとか平静を保つ瞑鬼。ドライヤーの音も止まったので、行くならば今しかない。下手に遅く行きすぎると、既にベットの中という事があるかもしれない。そんな場面になったら、それこそ瞑鬼に明日はないだろう。
覚悟を決めて扉を開き、数歩歩いて瑞晴の部屋の前まで行く。朋花は風呂にいったらしい。つまり、今このフロアは完全に二人の空間なのである。
「…………ちょっといいか?」
できる限り最大限の優しい声を出し、コンコンとドアをノックする。
「……神前くん?なに?」
扉の向こうからの返信。流石においそれと中に入れてくれるはずがない。というか、そんなに危機感がないと逆に困ってしまう。
「その……、学校の教科書見せてくれ。たまには勉強したくてさ」
「…………入っていいよ?」
「……おじゃまします」
焦る動悸を気合いで押さえつけ、意を決して扉を開く。高校生活最初の、女子の部屋である。
「どうしたの?急に勉強なんて」
「学校じゃどんな勉強するか気になってさ。あぁもちろん、暇だったらでいい」
完全に嘘だ。どんな勉強をするか、瞑鬼は嫌ほど知っている。
好きでもない科目を、嫌々ながらに眺めていた日々が思い返されてくる。勉強自体は瞑鬼も嫌いじゃない。しかし、最も辛いのは、これなんの意味があるんだという、自分との戦いである。全国の高校生が感じる、純粋な疑問だ。
瞑鬼の思惑など知る由も無く、瑞晴はふーんと頷いた。どうやら先制点は瞑鬼のものらしい。
憧れの女子部屋。みなさんはどうですか?異性の部屋にさっと入れますか?




