異世界友人、無茶振りです。
久々の土日フリー。篭って書きためようと思った今日この頃。
誰からも呼ばれたことがないであろうあだ名を、事実上初対面の人間に強制する。これが瞑鬼でなかったら、完全に第一印象が変態として刻み込まれた事だろう。
純真なイケメンが微笑むその顔は、同性から見ても一目惚れになる可能性がある。
「……よろしく。夜一くん」
やっちゃんなどというバカップルっぽいあだ名はさておき、伸ばされた手に瞑鬼も手を差し出す。というか夜一が何をよろしくするのか、まだその真相を聞いてない瞑鬼からしたら、さぞその握手は不安なものとして映っただろう。
高校生ともあろう若者が、挨拶の後に握手を交わす。やっている事はサラリーマンである。
握られた手の暖かい感触を忘れないうちに、今度は中島からの自己紹介が入る。
「中島千紗ね。神前くんだっけ?まさかあのお父さんから許可が下りるとはね……。まさか洗脳系の魔法かい?」
開口一番デリカシーも個人情報も超越しようとジャンプしてくる中島。話してみたからこそわかるこのフレンドリーさとフレッシュさ。果ては漂う悪気ゼロな空気は、元の世界では到底味わえなかったものだ。
やはり、環境が変われば人は変わるのだ。元々ならさっきの握手をなあなあで回避していたであろう瞑鬼も、迷う事なくそれに応じた。つまり、その人間の人となりなんてのを形作っていたのは、他でもない環境だったのだ。
いつもは見ていただけの人間に自己紹介をされて自分も挨拶をする。それだけで瞑鬼は幸せだった。望んでいた少し可笑しな日常とは異なるものの、こういうのも青春の一つの形なのかもしれない。
ただ名前を名乗っただけで微笑んだ瞑鬼を可笑しく思ったのか、中島も顔の筋肉を少しばかり緩める。
「そんな大層な魔法は持ってないけど……、一応二つ持ちではあるよ」
柄にもなく毒気のない口調になる瞑鬼。元から喋ったことがある瑞晴とは違い、この二人は緊張の対象なのだ。
「ほぉ……二つ持ちか。ならば俺にその貴重な瞬間を見せてくれ。前々から見たかったのだが……、この学校には生憎一人もいなくてな」
二つ持ちという単語を聞いた瞬間、手に持っていた缶ジュースの存在を忘れて夜一が瞑鬼に興味を示す。
瞑鬼が前に図書館で手に入れた魔法に関する情報によると、魔法を二つ持っている人間の割合は全体のわずか二パーセント程度らしい。そして、その二つ持ちの人間には世界的に特典があるのだとか。何でも、証明書をもらうと海外旅行の値段が安くなるらしい。
瞑鬼の元いた世界で言うところの、メンサの様な非営利組織が、対魔王軍用に能力の育成と向上を試みているのもあるとの記載もあり。しかし瞑鬼のところにそんな組織からの勧誘は一切あるわけがない。
ただでさえ光に満ちている眼をより一層輝かせ、瞑鬼を浄化しようとする夜一。そのあまりにも穢れのない瞳は、瞑鬼にとっては凶器と一緒だ。なにせ、瞑鬼の目は淀《よど》んだドブ川よりも濁っているのだから。
「あ……あぁ、うん。いいけど」
「よかったらでいいんだが、写真を撮っても大丈夫か?失礼なのは承知しているが、どうにも興奮が抑えきれん」
舞い上がる夜一。そしてそれを瑞晴と千紗が傍目で申し訳なさそうに見つめている。思い返せば、いつも瞑鬼の眼前ではこんな景色が繰り広げられていた。
ただ騒ぐだけではない。瑞晴とその仲間たちは、常に他の人間も楽しませていたのである。それが目的だったのか結果だったのかは不明だが、常に彼らの周りには笑顔があった。感情のない愛想笑いしかしていなかった瞑鬼とは大違いである。
「まぁ……、ちょっとだけなら」
暴走する夜一を抑えるため、苦肉の策として瞑鬼は自分の体を差し出すことにした。まさか一度死んだからといって写真に写らないと言うことは無いだろう。
ポケットからスマートフォンを取り出し、ちょこっと操作して背面を瞑鬼に向ける。どうやら準備は完了のようだ。
改まってカメラを向けられると、高校生の心には中々に恥ずかしいものが上がってくる。モデルでもなく新聞に載る様な派手なこともしていない瞑鬼は、写真に写ると言うのがひどく新鮮だった。
最後に撮ったのは、恐らく始業式後のクラス写真の時だろう。実に四ヶ月ぶりである。
わくわくとする夜一の感情が、伝わってこなくてもいいのに瞑鬼の身体を刺してくる。あまり人に興味を注がれ慣れてない人間からしたら、さぞかしこっぱずかしいことだろう。
「……あんま期待すんなよ?しょぼいからな?」
「何を言う。二つ見れればどんなんでも文句は言わんわ」
予め忠告する瞑鬼の精一杯の気遣いなど、夜一の好奇心フィルターの前では無効化される。
ゆっくりと息を吸い、徐々に吐き出してゆく。明美と戦った直後に見つけた、緊張を落ち着かせる瞑鬼なりのテクニックである。
校門前なので、あまり長くいると人が集まってきてしまう。別に奇怪なものを見る目で見られるのは慣れているが、問題はそこでは無い。こんなところで油を売っていたら、なんらかの弾みに明美か義鬼に見つかる可能性がある。
さっさと終わらせようと瞑鬼は自分に操を立てる。
「…………じゃあ」
緊張をほぐし、リラックスした状態で魔法回路を展開。そのまま徐々に魔力の放出量を増やしてゆく。ほんの数秒間で、瞑鬼の周りは漆黒の粒子で染まっていた。
まず見せるのは一つ目の魔法だ。どちらかと言うとこっちの方が画面映えしそうなのだが、やはり順番どうりに行くのがセオリーというものだろう。
両の掌を開き、蚊を叩きつ打つ程度の速度で衝突させる。瞬間、少し乾いた音が、その場にいた全員の耳にはいる。そして、次の瞬間には合わせた手の間から発せられた光が、まだ日も沈んでいないというのに辺りを明るく染める。
「……だからいっただろ。しょぼいって」
反応は顔を見れば一目瞭然だった。確かに少しばかり驚いた今世は残っているものの、この魔法の世界ではこんなのは拍手する値すらないらしい。
「…………すまん」
柄にもなく夜一が頭を垂れる。どうやら本当にここまでしょぼいとは思っていなかったらしい。
初対面の人からこんな無茶振り受けたら、普通ビビりますよね。




